第100話 晴天と陽光 4
遅ればせながら、あけましておめでとうございます。
今年も頑張って更新致しますので、何卒お付き合い頂ければ幸いです!
混乱した場に追い打ちをかけるように現れたエスペルト。少なくとも、彼の言を聞いた者たちは敵味方問わず動きを止めた。この状況でエスペルトと“四季将”が争わず対話するというのは、嫌でも勘ぐってしまう。
「......秋仙様、敵と内通していたというのは――」
「あ、それはないです。だって私、何度も何度も同盟のお願いをしているのに全部突っぱねられましたもん」
「なっ!?」
場をかき混ぜ、爆弾を落とし続ける。実のところ、同盟の話は“双天”以外、千日紅国の人間は知らない。彼らが情報操作を重ねたため、知る由がないのだ。それをエスペルトはこのタイミングで明かす。
「汝......何を考えている?」
「ただ1つ、貴方たちと同盟を結び平穏な日々を。でもそれには邪魔な要素がありますよね?」
チラッと戦場を見た。“晴天”と“黄金の英雄”による一騎討ちが繰り広げられている。全くの互角で見えるのは光と、両者伸びきった時に見せる姿勢だけ。その間に介在するであろう数多の剣戟を肉眼で捉えられるものはそういない。
「ちょうどいい! 今、手を止めてこちらをご覧になってる皆さん! そう、そこの貴方もです! 知っていましたか? 貴方たちが信奉していた“晴天”は何と首を斬られても動くんですよ? 首も腕をくっ付きます! 抹茶みたいな血も流します!」
この場の雰囲気に流され忘れかけていたが、もう1つ大切なことがあった。“晴天”の存在である。人としても、魔法使いとしても、生物としてもあり得ない再生能力を披露した彼に、誰もが疑問に思っただろう。
「貴方たちはこれまで一体誰に従っていたのでしょう? 本当に人間ですか? いえいえあり得ません。だって人は首を刎ねられたら死ぬし、緑色の血なんて流しません。怖くないです? だって人間じゃないんですよ? 敵国どころか、どんな存在と繋がってるかなんて分かったものじゃありません」
「......どこまで知っていたのだ? まさか、貴方はあのバケモノと対峙するために亡命を......」
秋仙を支えているもう1人の“四季将”百夏が尋ねる。
「私にそんな殊勝な愛国心なんてありませんよ――」
すると、エスペルトは抱えていたゼデクを雑に捨て、2人の胸ぐらを掴んだ。
「本当にお前たちが千日紅国の将ならば、そこでへばってないで刀を取れよ。この先も国を引っ張っていくつもりなら、今すべきことぐらい自分で判断できるだろ」
道化を捨て、かつて“天”まで上り詰めた人間としての言葉に皆は顔を見合わせるのであった。
◆
「......先ほどの童を育てたのは君だな。彼同様、嫌な流れを感じるぞ。周囲の魔力が君1人に収束している」
「その口振りだと、エドムと戦ったのかい?」
緩やかな口調とは裏腹に、互いの身体は飢えた獣の如く殺し合いに興じていた。
「あぁ、殺したとも。恨むかい?」
「嘘付け、顔に出てるよ。まだ殺したい奴誰も殺せてないから邪魔なお前は消えろって」
「ははは。これでも偽るのは得意なのだがなぁ」
純な魔力に近い存在である光魔法。それはゼデクの炎ほどではないにせよ、とあるバケモノにとっては毒だった。天敵であり嫌悪すべき存在。厄介な彼もここで消すべきだ。
「ところで君から魔力が感じられないわけだけど、その気味の悪い力なに?」
「......“黄金の英雄”は知らない側の人間か。やはり真実にたどり着いた人間は、頭が良ければ良いほど情報を共有しない」
「それ僕が蚊帳の外にいるって聞こえるんだけど」
周囲の様子が変わってきた。戦闘を行っている場所が減りつつある。エスペルトが吹聴し、疑心が広まってきたのだろう。暁としては好ましくなかった。彼らにはもっと殺し合って貰わなければいけない。
「ふっ、そうなるな」
「はは、なんかムカつく」
「気にすることはない。今から死ぬのだから、君は散り際の華やかさにだけ気を配るといい」
「どうせ死ぬなら教えてよ」
さらに変化が訪れる。ゼデク・スタフォードだ。この場で1番の憎悪を孕む彼が、再びこちらに向かってきているらしい。
「......随分と豪華な陽動だ」
暁が人間性を装うのをやめた瞬間だった。さっきの醜態を見られた以上、この場にいる人間は1人残らず皆殺しにするつもりなのだから、隠す必要がない。
身体全体の筋肉が膨張した。手の甲を隠していた手袋が破れ、六花の紋様が浮き上がる。
「え、ちょっ、まだ強くなるの?」
「さぁ本気を出せ“英雄”。恥を晒しても知らんぞ」
背から蒼炎が翼のように灯される。滞空する炎、腕とは別に独自に動き出し、ライオールを襲った。
「冷や汗を流すには早かろう」
「勘弁してよ、この場で怪我する予定ないんだけど」
「だったら逃げろよ」
少しずつ戦況が傾き、暁が押し始めた。おそらく陽動として張り付くライオールは、どれだけ不利になろうと離れるわけにはいかない。
彼は驚嘆すべき存在だ。畏怖するべき存在だ。何しろ、人の身でありながら“晴天”とここまで渡り合えるのだから。一定の警戒を強いる光魔法も持っている。
だが届かない。その魔法を持ってして致命傷を与えようならば、かなりの量を体内に流す必要があるのだ。およそ人が致命傷となり得る攻撃を受けても動ける暁は、それだけでも人に対して大きなアドバンテージを持っている。
ならばゼデクが来るまでに潰す、それが暁の方針だった。
「......!」
彼の視界を縫うように、死角から攻撃してくる者がいた。
「朧かッ!」
翼から散る羽の如く、火炎弾が放たれる。エスペルトは常人離れした視力を駆使し、全て躱すと斬りかかった。暁も2人相手に臆することなく、拮抗した勝負を繰り広げる。
しかし疑問が浮かぶ。彼はこんなにも強かったのだろうか? “天”の重圧に恐れをなし、他国に亡命した文官風情が、“黄金の英雄”と肩を並べて戦っているのである。2人がかりとはいえ今の自分と渡り合っているのである。
それに暁の本質を危惧するのであれば、ここに現れるのはグラジオラス・ウィンドベルのはずだった。報告では、キングプロテアにおける真実の到達者は彼だと聞いている。もし自分を危険視し、この場を決戦とするならば、彼自身が動く必要が出てくる。
暁は情報を元に、ゼデク・スタフォードを利用しているのは、全てを知ってしまったグラジオラス。そう結論付けていた。
だと言うのに、いるのはこの2人。そしてライオール・ストレングスが真実を知っている素振りを見せない。
ここまで考えたところで、エスペルトという特異な存在が怪しく見えてきた。ひょっとして彼は――
「今だ!」
掛け声と同時にライオールが身を退く。であればゼデク・スタフォードが前に出てくるに違いない。
「詰めの甘い連携よな! この場で返り討ちにしてく――」
言葉を止める。
なんとそこにいたのはゼデクではなく、秋仙だった――




