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思い出と執着の定義

今回のテーマは『運命』と『恋愛』です。青春モノを目指して失敗しました。

今回も楽しんでもらえると嬉しいです!

「昔、彼が怪我をした時に私が手当てした事があったらしいの」


姉である 京加きょうかが、妹である私に頬を赤く染めながら今日会った運命の出会いというものを始めた。

なんでも、姉の高校に転校してきた人が昔ここらへんに住んでいたらしく、姉の事を覚えていたらしい。残念ながら姉のほうには記憶がなく思い出せないらしいのだが、その転校生に一目見た時に運命を感じたそうだ…。


「彼ね…渡瀬わたせ かなでくんって言うんだけど…。すごく素敵で…。クラス中の女子がぼーっとしちゃうぐらいなのよ」


ちなみに私は姉と違う高校だ。しかも私は女子高なので、会う事も出来ない人の事を言われても「ふーん」としか答えようもない。出会いのない女子高に行った私が悪いのだが、トキメキのない学生生活の私に姉の話はただの自慢にしか聞こえないのだ。


「それなのに、奏くんったら私にばかり話しかけるから、周りの嫉妬がすごくて…。ちょっと困っちゃった…」


まったく困った様子のない姉は、私のスルースキルさえも見事にスルーして話を続ける。余程、素敵な転校生だったのだろう。「それは、大変だったね」っと目の前にあるポテチの袋をあけパリパリ食べる。姉に優しい妹は、話を最後まで聞いてあげる為に、お菓子とジュースを用意して腰を据える。


「帰りも同じ方向だったから一緒に帰ってきたの。思い出の公園とか、よく使っていたスーパーとか…近くにいたのに会った事があるのはたった一回だったって…お礼が言いたくて探してくれたらしいけど、すぐに転校する事になったらしくて…」


私は何となく思った事を姉に聞いてみた。「人違いとかではないの?」っと。すると姉は、よくぞ聞いてくれました!っという顔をする。いい質問だったらしい。


「苗字だけだったけど…手当てした時に水を濡らしたハンカチに名前がかいてあったからそれを覚えてたらしいの」


ほーほー…たった一回の出会いで、顔と名前まで思えているなんてすごい執念だなぁっと思ったのだが、姉は違っていたらしい。


「覚えていてくれた事がすごく嬉しくて…あぁ…これが運命なんだなぁって…」


物は言いようだと思った。私には執念にしか思えない事も、運命として受け入れられるのか…。勉強になったよ、お姉ちゃん。

完全に恋する乙女の目をした姉を横目に、ポテチを食べる。「いる?」っとポテチを差し出し姉に聞いたが、「胸がいっぱいだからいい」っと断られてしまった。これが、女子力の差か!少しは姉の女子力を見習わないといけない。そう思いつつもポテチを食べる。空けてしまったものは仕方がない。姉が食べないというのだ、責任もって私は処理をする。


「あの公園に子猫がいたじゃない?その子猫が木から下りられなくなったからって奏くんが登って助けたらしいのだけど…その時膝をすりむいたらしくて…。その時だって…」


何が?っと聞くのは無粋だというのは分かるので空気を読んで黙っている。あの公園っていうのも、何処の公園なのかすぐに分からなかったが、子猫がいた公園なら覚えている。真っ白の可愛い子猫で、安直にシロと名付けて当時公園に遊びに来ていた子供達皆で可愛がっていた。その子猫は私の友人が飼う事になり、公園に行く事はなくなったが、子猫に会いに友人宅には今だに遊びにいっている。そうかぁ~友人がシロを飼う前の出来事なのね~っとのんびり考えていると、姉がため息をついた。幸せが逃げるよー?とか言わない。ここは、「どうしたの?」が正解だ。


「だって…奏くんと友達になったら、これから大変そうだなぁ…って」


…ポテチがなくなった…。妹としてはここまで頑張ったと思う。よし移動しよう。


「お姉ちゃんなら大丈夫だよ!私応援してるね!」


「応援って…別に私は…!」


私の言葉に動揺する姉に畳み掛けるように言う。


「照れなくったっていいって!あ~これからノロケ話をきかされるのか~」


姉は「違うんだから~」などと私に言っているのをバックにさっさと立ち上がる。あのままの場所にいても、彼とのあれこれを聞かされ最後には「大丈夫」とか「奏君やらもきっと気があるんだよ~」などと女子としてはありがちな会話が続くだけだ。そもそも、相手を見た事もないのにそんな会話を続けるなんて無駄以外ない。姉はまだ私に話を聞いて欲しいらしく歩き出した私の後ろで何かいっているが、ココまで姉の話を聞いてあげた妹の優しさを分かってほしい。私は、明日の学校への用意をする為に部屋へと戻った。



――――――――――――



次の日、私は同じクラス友人3人に姉の話をふってみた。そのうちの2人は姉と同じく、「運命の再会だよね!」だとか、「赤い糸で結ばれているんじゃない?」的な話で盛り上がっていたが、もう1人はボソッと「執念パネェ…」っと呟いた。私は思わず呟いた彼女…前田まえだ ゆうの手をとり固い握手を交わした。さすが長年の私の親友だ。他の二人が姉と同じ反応をしたので私の考えは捻くれているのかと焦った。そんな私達を目もくれず他の2人は私に、姉の今後の展開を教えてほしいとお願いされ渋々了承することになる。


学校が終わり部活もない私は、委員会が終わった有と一緒に帰っている。夏休みが終わった二学期の始めは、まだ残りの蝉が鳴いていて暑さを増長させる。「あつい~」とか「エアコンかもん」などの会話をしつつ帰っていると、有の家の前まで着く。私の家から10分程度の距離にある有の家は、祖父の代からある立派な和風建築だ。


「今日はどうする?」


有が家に誘ってくれるが、暑さで昨日は良く眠れなかったので寝ようと決めていた私は…


「今日は、家で寝ようと思う~」


「わかった」


そう言って私は有に手を振り自宅へと帰った。「ただいま~」っと家にはいると、玄関には見慣れない靴がそろえられ、お客さんが家にいる事が分かった。嫌な予感がした私は、急いで二階の自分の部屋に入り制服を着替える。携帯とお財布をいつも使っているカバンにいれるとすぐさま玄関に直行した。


「あっ、みぃちゃん。今ね、お姉ちゃんの学校のお友達が…」


私を母が呼び止めたが無視して靴を履き扉をあける。


「ごめん、お母さん。有と約束してて、急いでいるから!」


玄関に母がいたから鍵は任せても大丈夫だろうと振り返らず有の家まで走った。チャイムを鳴らして有が扉を開けた時の私は、息は切れて髪は乱れすごい形相だったらしい。そんな様子の私をみても冷静な友人である有は、だまって家に招きいれた。


「それで、何があった?」


「私に安息の地はなくなった!」


支離滅裂な私との会話でも、何となく察してくれた有は「あがって」っと言って部屋に入れていれる。部屋から「にゃ~」っと顔を出した白い猫が私の足元に絡みつくように甘えてきた。「シロちゃ~ん。」あぁ…癒される~っと思いつつ抱き上げると待ってましたとばかりにしがみつくシロ。そう、この猫が公園に住んでいた子猫のシロ。有が責任をもって育ててくれていた。私の家では父が猫アレルギーで飼えなかったんだよね。私がシロに癒されている間に、有が飲み物を用意して持ってきてくれた。


「もう、落ち着いた?」


「うん。大丈夫」


「でっ」


「…玄関にね、男の人のものの靴があってね。母が言うにはお姉ちゃんの友人だと」


「…えっ?」


「だから、お客様がいらっしゃると…」


「…私の予想があってるのなら…ナニソレ、怖い」


「…」


「ちょっと待って、今日話してくれたお姉さんの話って昨日の事よね?」


「ソウデスネ」


その日家に帰れば、姉の怒涛のノロケ話と母のイケメンへの熱意を嫌と言うほど聞かされ事になった。

『奏くん』と言う名がトラウマになるのも時間の問題じゃなかろうか…っと思っている間に、父が帰ってきてその話は終わり父の偉大さに感謝する。食事の時 母が「感じのいい姉の友人」の話に「彼氏なんてまだ早い」っと何時の時代の父親だよ…っと思われる返答を父がしたかと思えば、姉が「まだ彼氏じゃないよ」っと顔を赤くしていた。

我関せずの姿勢をもってスルーしていたのだが、父からの「お前も会ったのか?」っとのまさかのふりに、私は「会ってない」っとそっけなく言うと、母が「イケメンだったから、みぃちゃんにも会わせてあげようとしたんだけど…」っと非常に余計な事をしようとしていたのだと分かる。

父が「みぃには関係ないだろう!」っと母を諌めてくれたので、それに便乗して私は「見世物じゃないんだから…そんな事したら相手に失礼でしょ」っと追い討ちをかけておいた。これで、母は余計な考えを今後しないだろう。


正直言えば、イケメンを見たくない訳じゃない。イケメンは確実に目の保養になるだろう。別に私と彼が会ったからと言って何かが起こる訳ではない。会ったとしても何も問題はないのだが、私の気持ちの問題だと言ったら分かりやすいだろうか?昨日の姉の話の時点では、運命だの何だの言っていた姉をまだ微笑ましく見ていられたのだが、昨日の今日で家までやってきた事に動揺してしまっている。

考えても見て欲しい…。昔、助けてくれた女の子にお礼が言いたいだけだったら、「あの時は、ありがとう」で終わりではないだろうか?ちなみにシロが公園にいたのは、私が小学校に入ったばかりの頃だったから約9年前の話だ。いくら記憶力がいいとしても、姉を一目見ただけで分かるものなのだろうか?たとえ姉を偶然にも見つけ出したとしても、家に入り込むぐらい仲良くなれるものなの?異性の家にいくのって普通ハードル高くない?それって異性になれてない私だからなの?これが、運命の出会いって事なのだろうか?…どうしても、素直に彼の存在を受け入れる事は出来ない。直接関わるのは姉だけだとは分かっているが、今の私が『奏くん』とやらに会ってもどんな顔して会っていいのか分からない。会った事もない人を決め付けてしまうのはいい事ではない事ぐらいは分かっている。だからこそ、相手に不愉快な態度をとらない自信がないうちは会わないほうがいいだろう。



――――――――――――



それからの私は徹底的に『奏くん』を意識してさけるようになった。

家に帰れば、姉から毎日の様に『奏くん』の話を嬉々としてしてくるのを右から左に流し、学校では友人2人が満足いく程度に姉の話を聞かせる。姉は外に『奏くん』とデートに行ったりもするが、何故かあれからウチに来るようになりその間は、有の家に避難してシロに癒してもらった。

いつの間にか父さえも陥落しており、家族で夕食をとるようにまでなっていた。それにはさすがにコレまでか!っと思ったのだが、有の「ウチで食べればいいじゃない」の言葉に甘え今じゃ『奏くん』が居る時は、ご飯まで頂くようになってしまった。有のお母さんには「お姉ちゃんの彼氏がいたら、ご飯お腹いっぱい食べにくいわよねぇ~。遠慮しないで毎日でも食べていってね」っと同情されてしまった。有難すぎて、有の家の方向に足を向けて寝られない。

家に帰れば、姉は『奏くん』の為に女を磨き、母は『奏くん』に振舞う食事を考えている。何処までウチに入り込んでんだよ!っと益々『奏くん』の存在が薄ら恐ろしくなり会えないでいる。


学校で姉の話を聞いていた2人の友人がどうも姉と一緒にいた『奏くん』を見たらしく、あまりのイケメンにビックリしたそうだ。芸能人以上だと興奮して話す2人に一緒になってテンションを上げられない私は、貼り付けた笑顔のまま何も言えない。その場に有がいないのも、話が終わらない理由の一つだった。いつもこの話を、他に向けてくれていたのは有だったのだと今更ながら感謝しなきゃと思う。私も2人のように、考えられたら何の問題もなかったのに…本当に何で変な方向に見てしまったのか。

運命の出会いで良かったじゃないか…。次の日には家に居たとしても、姉が無理やり誘ったかもしれないじゃないか。2ヶ月もしないうちに夕飯まで食べていくほど、家族と仲良くなってたってきっと凄くいい人なだけだ。姉の彼氏なんだから私には関係ないし、会えばきっと私だって『奏くん』に慣れて、今までの事だって気のせいで終わるはず…。

会ってみようか…そうは思っていても、今までさけていた為、無意識に体が有の家に逃げてしまっていた。


「私の考えすぎかなぁ…?」


シロを撫でながら私が呟くと、漫画を読んでいた有は手をとめる。


「考えすぎっとは言えないけど、いつかは通る道ではあるのかも知れないわね」


「だよね…」


「よくココまで会わずにいられたのが、不思議なぐらいだしね」


季節は秋から、冬に変り始めていた。最近まで暑かったのにあっという間に肌寒い季節だ。本当にここまで良く逃げ切ったと思う。週一はウチにいる『奏くん』は、必ずご飯を食べていくようになっていた。両親が共働きの為、夕飯にコンビニ弁当を買っているらしく、食生活を心配した母が提案して夕食を一緒にする様になったのだ。それが決まった時にはもう反対する余地はなく、有にまたまた泣き付く事になったのだが、有のお母さんからは「みぃちゃんは、いっぱい食べてくれるから大歓迎よ!」っと喜ばれ今ではここに住んでいるのではないかと思うぐらいの気兼ねなさが申し訳ないぐらいだ。


「シロを助けてくれた人だから、いい人なんだよね…」


「腹の中までは分からないけどね」


「…」


今の有の言葉は聞かない事にする。もし会ってしまったら…それはもう覚悟はしているつもりだ。妹としてきちんと姉の彼氏に挨拶をするぐらいは出来るはず。一緒に夕食はまだ覚悟できないが、徐々に慣れて姉を祝福できる…そう単純な事だと思っていた。この時までは…。



――――――――――――



その時は、突然だった。


「みぃちゃん?」


家に入ろうとしていた私は、聞いた事もない声に呼ばれる。後ろを振り向くと、身長180はあろうかというほどのスタイルのいいイケメンが立っていた。黒い髪は艶があり前髪が目にかからないぐらいの長さ。鋭さもありながら二重の奇麗な目に形がいい薄い唇。瞬間この人が『奏くん』だと分かったのだが、何故呼び止められるのか分からないし、ちゃん付けってのも気になる。

しかも今日は姉は部活で帰ってくるのが遅いはずだし、母も友人と会ってくるらしくいつ帰ってくるか分からない。だから何故、ここにこの人がいるのかが分からない。もしかしたら私の人違いかもと思い聞いてみる。


「えっと…どちら様でしょう?」


「あっごめん。君のお姉さんに聞いてないかな?俺は、渡瀬 奏、いつも君のご家族にはお世話になってます」


「はい、姉から聞いてます。こちらこそ、姉がお世話になってます」


軽く頭を下げる。よし!ちゃんと挨拶できたぞ!心の中でガッツポーズを決める私。いつの間にか距離がつめられ目の前にいる『奏くん』から一歩後ろ下がってしまう。


「君のお姉さんの部屋に忘れ物をしてしまったらしくて…お姉さんから、メールしてもらってるはずなんだけど…」


なんだと!!急いで私は携帯を見る。学校に行っている間はマナーモードにしていて気が付かなかったが、確かにメールが入っていた。―友人が行くから家にいれてあげて―…。この時ほど姉を憎いと思った事はないだろう。帰ってこなければ良かった。


「帰ってきてくれて助かったよ」


私の思考を読んだかのように、そう言ってホッとした様子に心の中で悪態つきながら家の鍵をあける。姉の部屋へ通すだけ…通すだけ…。


「どうぞ…」


声が震えてないだろうか。怒りやらなんやらが感情が安定していない私は、今どんな表情をしているのかさえも分からない。「お邪魔します」っと中に入ったかと思えば、玄関で私のほうを向いてすまなそうな顔で言った。


「迷惑かけてしまってごめんね。どうしても必要なもので…。お姉さんの部屋まで申し訳ないけどついてきてもらってもいいかな?一人ではどうしても色々と…ねっ?」


「…分かりました」


別にいつも2人で部屋に入っているだろうから、姉も気にはしないと思うのだが…。親しき仲にも礼儀ありって事だろう。私が頷いて玄関に靴を脱いで家の中に入ると後ろからカチャ…っと音がして振り返ろうとした私の方をさりげなく抱き姉の部屋へとさとすように『奏くん』は私を二階への階段へ進んだ。今日初めて会ったばかりの人に触れられるのが嫌で、先に二階に上がる。さっさと忘れ物とやらを持って帰ってもらいたい。


「あのここに居ますので、忘れ物をどうぞ捜してください」


「分かった。ちょっと失礼するね」


探していたものは簡単に見つかったらしく、思いのほかすぐに出てきた。ほっとした私は顔に出てしまったのか、そんな私を見て『奏くん』は困り顔で「ごめんね」っと言われ、思わず「いえ!気にしないでください」っと心にもない事を言ってしまった。


「ありがとう…。えっと、みぃちゃん…でいいかな?」


ここは拒否ってもいいよね…っと思ったのだが、良く考えたら『奏くん』とやらに私は名前を名乗っていない事に気づく。『奏くん』は私の返答をじっと待っているようだった。


「えっっと…その…家族とか親しい人にしか、そう呼ばれていないので…」


「俺とは親しくなりたくない…かな…」


イケメンの悲しい顔は、中々の迫力があり私はつい否定の言葉を選んでしまう。


「そっそうじゃなくて!これから親しくなってからでも…」


「よかった…なら、俺は親しくなるつもりだから…みぃちゃんって呼んでもいいよね」


「いや、あの…私…未李みりっていうので、その…」


…ん?どう、呼んでもらえばいいんだろう?はっきり必要ないって言えばよかったのかな?ここで私は、言葉選びを間違ってしまった事に気づき何もいえなくなる。


「未李」


優しさと甘さが混じった声で『奏くん』は私を呼び捨てにした。


「苗字で呼ぶと、君のお姉さんとかぶってしまうから…」


「別に、かぶっても…」


「未李…」


警告音が鳴り響く…この雰囲気は駄目だと。直ちに逃げるべしだと。なのにイケメンを前にしているせいか全く体が動かなかった。『奏くん』が私に何かしている訳では決してない。ただ、2人で見つめあっているだけだ。違う所はお互いの表情だけ…。顔の造形が美しい彼は、ますます周りを魅了するであろう洗礼された笑顔で、私は表情を作る事を忘れてしまったかのような無表情。

外部の音さえも聞こえない静か過ぎる空間に、玄関のほうからカチャっと音が響いたかと思えば「ただいま~」っと姉が帰ってきた。とたん肩の力が抜け私は、玄関のほうに向かおうと歩き出そうとすると、チッっと舌打ちが聞こえた。舌打ちが聞こえたほうを見ても、にこやかに笑う『奏くん』がいるだけ。気のせい…じゃないよな…確かに聞こえた。


「何で鍵かかっているのよ~。みぃ居るの~?」


「二階にいるよー!」


鍵をかけた覚えはない。誰がかけたのかとか考えたくない私は、早く姉に『奏くん』を任せてしまいたかった。彼氏の管理はきちんと彼女がやって欲しいものだ。

姉が二階に上がってきて私と『奏くん』を見るなり驚いた顔をしている。


「奏くん一人で来たの?」


どういう事?っと思って『奏くん』を見ると、何て事もないかのように笑顔のまま頷いている。


鍵沼かぎぬまは?一緒にこっちにいると思っていたんだけど…」


「飲み物とかを買ってくるらしいよ」


状況が把握できないが、私は居なくてもいいのだろうっと判断する。自分の部屋へと行こうとすると、『奏くん』に「未李…どこかいくの?」っと引き止められる。姉は、又驚いた顔をして今度は固まってしまっている。『奏くん』が私を呼び捨てにした事が引っかかったのだろう。それにしても驚きすぎだと思うが。


「…ちょっと友人の家に…」


「また、猫見に行くんでしょ!奏くん、あの公園にいた猫ね、このこの友人が今飼っているのよ」


「そうなんだ…。まだ、元気なんだね」


「そうみたい。思い出すよね…、あの公園の事…」


勝手に2人で思い出してて欲しい。本当にそろそろ行ってもいいだろうか?いかにも、私を邪魔だと思っているらしい姉はチラチラ私に目配せしてくる。私は、そっとその場を離れようとする。


「そうだね…、思い出すよ。未李…あの時は、ありがとう」


「「えっ?」」


私も姉も『奏くん』が何を言ってるのか分からず、変な声を出してしまった。私たち姉妹にそんな反応をさせた本人は、そんな様子にも気づく様子もなくニコニコしている。


「あの時、未李にお礼を言えなくてずっと後悔していたんだ。だけど、やっと会えた…」


「えっ…だって、それって…」


「何いってるの!それは、私だって…」


私の言葉に続くように姉が私たちの間に入ってくる。何が何だか分からない私は口を出せない。出せる状態でもない。


「俺は、籐野ふじのさんだと言った事は一言もないよ。似ているし苗字は同じだとは言った事があるかもしれないけど」


ちなみに、藤野とは私たちの苗字である。「だって…」「でも…」と繰り返している姉は、今にも泣き出しそうな勢いだ。


「誤解させていたならごめん。まさか勘違いしていると思ってなくて…。俺は君に、お礼なんて言ったこともなかっただろう?」


「お礼なら、ずっとお礼が言いたかったって…!」


「うん、だから今、未李にお礼を言ってるんだ」


私は、空気…私は、空気。どうか、私を解放してほしい。よく分かんないが、お礼は受け付ける。ただ、それだけだ。私には関係ない。

ピンポーンっとチャイムがなったかと思うと、玄関が開く音とともに「お邪魔しまーす」っと二階まで上がってくる足音がこちらに向かってくる。


「あれ?奏、みぃちゃんに会えたんだ!良かったな!」


涙を溜めた姉の姿に動揺する事もなく、ニカッと笑ってそう言ったのは姉と中学からの友人鍵沼さん。私とも何度か会った事がある程度の人で、決してちゃん付けで呼ばれるような仲ではない。今日初めて面と向かって呼ばれた。


「鍵沼、藤野さんが何か誤解していたみたいなんだけど、説明してくれてたんじゃないのか?」


「え?説明したと思うんだけど…。奏は、昔からずっと想い人がいて探してるんだって」


「…それ、説明になってないよね」


2人の会話に聞き捨てならないワードが組み込まれてていたが、私は見事なスルースキルを繰り出し忘れ去ろうと思う。もう駄目だ。ここに居ては、私の人生にない何かが勝手に動き出そうとしている。


「…そんな…だって、ウチにまで遊びに来てくれて夕飯も食べて…一緒に遊びにも行ったし…。それに、それに…」


「それ、全部俺もいたじゃん」


鍵沼さんが姉の言葉を一言で終わらせた。今までウチのご飯鍵沼さんも食べていたんだなぁっと思うと、少しイラッともするがこの場をどうにかしてくれそうなので敵意はむけない様にする。そっと後ろに下がりつつ自分のへやのほうへと移動しようと試みる。


「みぃちゃん、奏ときちんと話してあげてくれるかな」


「えっ…」


断る!っとかはアリでしょうか…?逃げ腰な私は、上手く頭が回らない。


「いっ妹は、関係ないじゃない!」


姉が助け舟を出してくれる。まぁ妹を心配してっとかじゃないのが残念だけど。


「関係ないわけないだろう?奏がずっと探していたコだぞ!お前だって、運命の出会いだって素敵だって言ってたじゃないか」


「それは…そうだけど…」


姉よ…もう少し頑張ってくれ。乙女的な考え方でもう少しこの場を乗り切ってはもらえないだろうか?


「どうして、妹だと思うのよ!みぃ!あんた覚えていたとかな訳!?」


思いっきり首を横にふり、両手でも知らないアピールをする。頑張ってくれっとは思ったが、こっちに飛び火しないで貰いたい。


「みぃちゃんが覚えてなくてもさぁ、お前の所のおばさんは覚えてたぞ。奏が昔の話をした時に、『あぁ、みぃちゃんの事ね』ってさ」


「うちのお母さんが?昔過ぎて、私と間違っているんじゃないの?」


お姉ちゃんの粘りが中々凄いなぁっと感心していると、『奏くん』が「それはないよ…」っと言って懐かしむように笑う…。その笑顔を見た途端、姉はポーっとして何も言わなくなった。


「未李があの時くれた絆創膏がね、あの時に流行っていたキャラクターだったんだ。その絆創膏の話を未李のお母さんが覚えてたんだよ」


そう言って『奏くん』は私に近づき耳元で「そんな事がなくても未李に会えばすぐに分かったけどね」っと言った。

顔が赤くなってしまっている事が、鏡を見なくても分かる。イケメンの威力は計り知れない。私にも乙女な部分があったらしい。


この後私は逃げる事が叶わず、心の中で呼んでいたように『奏くん』と呼ぶことになった。


『奏くん』と一緒に入り浸っていた鍵沼さんは、ずっと姉の事が好きだったらしく、乙女な姉は『奏くん』の事を運命だと言っていた時のように、鍵沼さんとの事を今じゃ運命だと言っている。


学校の友人2人には、今は何も情報提供はしなかった。バレたら何を言われるか分からないので秘密にしていたら、奏くんが私の学校に来たことにより発覚してしまう。今後の追及が怖い。


いつも助けてくれていた有は、状況を説明する前に何もかもを何故か把握し笑って『奏くん』と握手した。もう有には頼れないのだと把握できただけだった。


そしてこの日も私の隣に何故か『奏くん』が居る。もう逃げているつもりもないが、今までの日常に前々から居たかのように『奏くん』が組み込まれているのだ。いや…前々から居た所に、私が入っただけなのかもしれない。


今の私には、どうしても分からなくなった事がある。誰か分かる人がいたら教えて欲しい。




これは、運命?執着?貴方ならどう思いますか?









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