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九章 宣戦布告・八

もうすぐで六時を過ぎるが、セリが起きる気配はない。

俺は時計とセリを交互に見て、長椅子から立ち上がり、ベッドの縁に浅く座りセリの寝顔を見る。

寝息も規則正しいし、顔色もいい。波も乱れていない。心身とももう大丈夫かな。

んじゃ起こすとしますか。

まずは呼んで起こそうとしたけど「んん……」と小さい声と共に、瞼がピクピクと動く。どうやらもう自分で起きそうだけど俺はセリを呼ぶ。

「セリ、セリ。もう六時過ぎたよ。セリ、セーリー」

「ぅん……ろく……じ……」

「そう。六時過ぎたよセリ。起きなくていいの?」

「……ろく……ろ……?」

セリは目を開け、右手で両目を擦る。

まだぼーっとしているけど俺の顔を見ると「アロ……イス……」と寝起きのぼやっとした声で俺の名前を言う。ふふ、寝起きの無防備なセリ、可愛いなあー。

俺はにっこり笑って「うん。セリ、おはよう」と言い、セリの頭を軽く撫でた。

「ぅん……ん……んんっ!?」

撫でられたことで一気に目が覚めたのか、セリはものすごい勢いでブランケットを頭まで引っ張り上げた。

「え、ええええとっ……こ、これは……」

一体なんだ。

なになになにっ!?

なんで起きたらアロイスの天使のような微笑みがあるの!?

私はパニックになった。

え、えーーっとおっーー!?

寝起きの頭で今までのことを思い出そうとしたら笑いを押し殺した声でアロイスが話しかけてきた。

「おはよう、セリ。えーっと、時間がないから手短に言うけど。セリはサンジェルマンにいきなりこっちに連れ込まれて俺達の所に逃げて来たんだ。覚えてる?」

「…………覚えてる」

そうだ、思い出した。

コンビニに行ったはずが、何故かこっちの世界に無理矢理連れてこられて、皇子達と言い合って。その後皇子達から逃げるために堀に飛び込んだんだ。

「うん、それなら話を進めるね。その後セリはベッドで休んでもらって、六時を過ぎたから起こしたんだ」

「六時!?」

私はブランケットをバッと取り、慌てて起き上がり壁にかかっている時計を見た。

本当だ。

六時十三分。

まっずい! まずいまずい!

時間のズレが遅くなければいいけど、遅かったら超まずい。

私はベッドから急いで下りようとしたけど、マユキにがちっとしがみつかれ下りられなかった。

「ぅぐっ……マ、マユキ!?」

「うん。セリ、おはよう。でもまだ待って」

「おはよう、マユキ」

おはようと挨拶されれば条件反射で挨拶を返し、近くに可愛いマユキの頭があれば撫でてしまう。可愛いマユキを撫でないという選択肢はない。

「んぅ……」

撫でられるのが気持ちいいのか、嬉しくて小さな声がマユキの口から漏れた。可愛い……。

「ん、んー。何羨ましいことしてるんだよ。俺も撫でて欲しいけど! 今は時間がないから我慢するけど!」

「アロイス……」

残念さのブレないアロイスに呆れつつ感嘆しアロイスを見る。

「む。酷いな、セリ。俺はセリにもっとかまって欲しいだけなのに。まあ、それはまた今度してもらうけど。はい、これ」

かまうの確定なんだ……。まあそれは無視してアロイスが差し出してきたものを受け取った。

「わあ、きれい……」

それは丸い紫色の石が一粒ついただけのネックレスだった。とてもシンプル。

紫色の石を手の中で転がしながらよく見ると、中が揺れた気がした。

ん? と思って目の前まで持ち上げて見ると、中には水? が入っているのか揺らすと小さな飛沫が上がり、その中央には小さな黒い石の様な物がある。しかも周りを覆う石はただの紫色ではなく、金色が混じっている。まるでアロイスの瞳みたいで……。

「アロイス、これ……」

「うん、これはね、お守り。つけてあげるよ、セリ」

「え、あ」

アロイスはさっと私からネックレスを奪うと背後に回って私につけた。

「これは絶対に外さないで。これをつけてればサンジェルマンにいいようにはされない」

「ありがとう……。あ、でもネックレス、ずっと離さず持ってるから外しちゃダメかな……?」

学校につけていくのは無理だからなぁ。

「ふっふっふっ。そういうと思ってたから、そのネックレスには目眩しの魔法がかかっているからセリと俺とマユキとカイしかわからないよ。あとはよっぽど魔力のあるやつかな。そういうやつはそうそういないから安心して」

「そうなんだ。じゃあいいや」

見えなきゃオッケー。それと肝心なこと。

「ねえ、これつけてるとサンジェルマンに対してどう安心なの?」

「うん。サンジェルマンに無理矢理つれて来られないし、近寄らせない。それにセリがこっちに来たときは必ずマユキのいる扉につながる」

「え。それって色々凄すぎない?」

「うん。なんかもう、俺達が心配になるからもう、ね」

「ふ、ふぅん……」

背後からアロイスがはぁ……と溜息とともに、どこか遠くを見るような目をしているに違いないという態度を感じる。

それならもっと初めにって……その頃はマユキ、いなかったし、こんな目にあうなんて思いもしなかったしね……。

「よし、説明はこれでお終い。今日はもう帰ってまた明日来て。待ってるからね」

「待ってるよ!」

二人にそう言われ、私は立ち上がった。

「うん、わかった。じゃあ今日は帰るね。また明日」

私は小走りでドアに向かい、二人を振り返らずにドアを開けた。


着いた先はうちの玄関だった。

急いでカバンからスマホを出すと、時間は六時ちょうどだった。

「よかった……」

私は脱力して玄関の段差の所に座ると、一気に疲れが出た。

いやもう……ほんと何? なんだけど。

多分四時近くでアイツに拉致されて、皇子達につるし上げられて堀に飛び込んで、あげくアロイスに……。

うっ、恥ずかしくてこれ以上は思い出したくない……。

私は抱えたカバンに顔を埋めた。

「あらやだ、あなた何してるの? 帰って来たらただいまぐらい言いなさい」

はっと顔を上げて振り向くと、エプロン姿のお母さんがいた。

「ただいま。て、今日ちょっと早くない?」

普段ならもう少ししたら帰って来るぐらいなのに。

「ああ、今日は買い物しなかったからね。そんなことより早く着替えてきなさい、芹」

お母さんはそう言うとさっさとキッチンに行った。

確かにここにいてもしょうがないし、みんなが行き来するから落ち着かないし。

私は立ち上がり、部屋に向かった。

部屋に入りカバン置くと床に座り、後にあるベッドに寄りかかり両膝を抱えた。

今日の出来事は、思い出そうとしなくても勝手に思い出してしまう。

特に皇子のこととアロイスのこと。

皇子達に言われたことやされたこと、一生忘れられないと思う。

もし、もしもし万が一、コンテストに優勝したら本当に皇子と婚約しないとダメなのかな……ていうかされるよね。だってそのためのコンテストだもん。でも私、皇子と婚約なんて絶対絶対絶対に嫌っ!! でも皇子に何も仕返しできないのも絶対に嫌っ!!

ああ、どうすればいいんだろう……。

やっぱりアロイス達に相談、だよね……。

向こうの世界のことだもん。向こうに住む人からの助言が一番あてになる。

……アロイス、か……。

アロイスにはいっつも助けてもらってばかりだな……。

マユキの時や皇子達の時、今日も皇子達のことだけど、ほんと、色々……。

ゔ…………。

ていうか、泣いてばかりじゃない……? 私。

今日だってそう。

泣いて、甘えて、あやされて……?

っ……!!

やばい、もう恥ずかしすぎて次、どんな顔して会えば!?  って明日だし!?

ああーもうどうしようどうしようどうすればっ!? って、こんなこと考える時点で私って!?

やばい、顔がすごい熱いんだけど!?


「芹ー、ご飯出来たわよー」


びゃっ!?

突然のお母さんの声に、めちゃくちゃびっくりして心臓がドキンと大きくはねる。

階段下からの声かけだったけど、びっ、びっくりした……ていうか何でこんなにびっくりするの!? まだ心臓がバクバクしてるわ。

んああーもう! こういうときは素振り、素振りしたい!! 

よし、なんか適当に用事作っておじいちゃんの所に行こう!

私は急いでジャージに着替えて、おじいちゃんの家に逃げ出した。

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