第3話 勇者の遺品
物音がして、目を覚ました。
大きな出窓が思い切り開かれた音だ。
「おはよう、ハリエット君。昨夜は良く眠れたかい?」
「ソフィアさん……?」
机に向かったまま寝てしまったのに、良くも何も……あれ……?
いつの間にやらちっとも覚えていないけど、あたしはベッドに横たわっていた。
「……大丈夫かい?」
「あ……はい」
寝ぼけ眼を手の甲でこする。
手が濡れたので、自分で少し驚いた。
涙だった。
ソフィアさんが窓枠を乗り越えるのと同時に、一陣の風が吹き込んで、シックなグレイのカーテンを巻き上げた。
昇り始めたばかりの朝日は、分厚い雲の向こうにボヤけて、昨夜の星空が嘘みたいだった。
窓の外に、イバラがあった。
黒衣城の城壁を覆っていたのと同じ、異様に太いイバラの蔓。
その蔓が束になって絡み合うことで何倍にも太さを増して、人が歩いて渡れるくらいの、一本の長い橋になって、先端を窓枠に乗せていた。
蔓を良く見るためにベッドから降りようとして、あたしは床にしりもちをついた。
呪いのハイヒールの踵部分が、今までの倍の高さと半分の細さに変形していたのだ。
「あ……あははっ……死霊魔道は準備万端ってわけねっ。“彼”はあたしを迎えに来たのねっ」
「うむ。蔓の上を歩いても問題はない。私も博物館からこの部屋までこれの上を通ってきた」
「ふぅん。“彼”はあたしに来てほしいのね。そうまでして来てほしいのね。あははははっ」
ああ。泣いたり笑ったり忙しいや。
「この様子だと、逃げたとしても無駄だろう。けどね、私もヤツを逃がす気はないよ」
差し出すソフィアさんの手には、細身の剣が握られていた。
「それは……」
刀身の冷たい輝きに、あたしの頭に上った血液が一気に引いていく。
「勇者ラリルが死霊魔道を倒した時に使った剣だよ」
「……本物ですか?」
「もちろん。この剣は、十五年前に地元の子供が黒衣城の中で発見したのを、当時の町長達が取り上げて博物館に納めた物なんだ。
それだけではラリルの物だと断定できないって考えるかもしれないが、この剣を黒衣城から持ち出した時、城の奥からうめき声が響いたんだよ。
町長達は風の音だと言ったけれど、あれは確かにうめき声だった。
この剣が特別な物であるのは間違いない」
「いえ、その、本当に切れるのかって程度の意味で訊いたんですけど」
「切るんじゃなくて突くんだよ。心の臓をグサッと。
魔を滅すると云う銀の杭の代わりさ。
前回、滅しきれずに死霊魔道が復活してしまったのは、武器としての強度を保つために銀に混ぜ物をしたせいだろうけれど、それでも一度は倒せたんだからね。今度も数百年は持つさ」
「てゆっかその話の流れだと、責任者が居るとは思えないような真夜中に博物館に屋根から入って、由緒ある展示品を玄関ではない出口から持ち出したみたいに受け取れるんですけど」
「全部当たっているな。何、借りただけさ」
「黙って借りたんですか?」
「うむ。いや、博物館の側が、君の先祖の忘れ物を黙って借りたんだ。だから気にするな」
「あたしは気にしませんけど、あなたは気にしてください」
などと軽く言いつつも、あたしは剣に手を伸ばせずにいた。
「どうしたんだい、ハリエット君? 何をためらっているんだい?」
「……どうして……」
「ん?」
「机の上の手紙ですよ! ソフィアさんが見ろって言ったヤツ! あんなの見ちゃったらいくらあたしでも死霊魔道を……」
「あれ? おかしいな。こいつらは資料庫に返したはずなんだが。私が見てほしかったのはこっちなんだがな」
首を捻りつつソフィアさんは、机の上のデッサン人形を手に取った。
絵の練習をするのに使う、木製の地味な人形だ。
「妙な話だが、しかし手紙を読んでいるなら話が早い。ハリエット君、君は、君に呪いのハイヒールを履かせた死霊魔道のことを、今までずっと恨んできたね?」
「はい。でも……」
「手紙を読んだら情が沸いたかい?」
「…………」
「しかし死霊魔道の願いは……」
「ローズ姫に殺してもらうこと。それが果たせなかったから、三百年前、死霊魔道は死ねなかった」
「うむ。ラリルも余計なことをしたもんだな」
「……そんなの……言ってくれないとわからない……」
「言われずに迫られても逃げるのが普通だろうね」
「でも! 知っちゃったらますますできませんよ!」
「不知死の魔物になると心がなくなるから、そういうのもわからなくなってしまうのさ」
「……あたしには……死霊魔道の望みを叶えるなんてできません……」
「それでいい。そこでこいつの出番だ」
ソフィアさんは手の中でもてあそんでいたデッサン人形をあたしの鼻先に突きつけた。
「この人形を利用して、死霊魔道の魂を生け捕りにする!」




