第2話 王子様の手紙
ご夫婦に改めてご挨拶して、大きなお風呂に女の子四人で一緒に入るという地元ではまずないような体験をしたあと、温め直しのシチューをいただき、久しぶりにいい気分。
来客用のパジャマが常備してあるって辺りに家柄の差を感じつつ、あたしは広々とした客間のフカフカのベッドに潜り込んだ。
ユリアさんはセリアさんのベッドで一緒に寝るらしい。
……眠れない。
落ち着いたトーンの内装のせいで逆に落ち着かない。
ここは大人を泊める部屋なんだ。
それにこの部屋は広すぎる。
あたしなんかのためじゃない、上流階級の人のための部屋。
あたしがローズ姫の子孫だって話が本当で、もしも姫が家出をしていなかったら、あたしはここよりももっと豪華な部屋を自分のものにしていたはずだけど、あたしは姫より勇者ラリルの血の方が濃いのかもしれない。
いや、やっぱ育ちの問題か。
他のみんなはまだ起きてるかな?
マリアちゃんはもう寝たよね。
ソフィアさんが『机』って言ったのは、本当に手紙のことだったのかな?
……気になる。
廊下から物音が聞こえた気がして、あたしは客間のドアを開けた。
廊下を風が吹き抜けて、飛んできた何かがあたしの顔に覆い被さった。
紙?
茶色い便せん。
ソフィアさんの机の上にあった手紙だ。
紙が茶色いのは古いからで、もとの色はたぶん白。
これ、ソフィアさんが書いたものでも、ソフィアさんに宛てられたものでもない。
ソフィアさんが生まれるよりも三百年も前の日付。
これはソフィアさんがしている研究の資料だわ。
手紙の宛名は……
ローズひめへ
こないだは せっかく あそびにきてくれたのに、あえなくて ごめんなさい。
ぼくは すごく あいたかったけど、おいしゃさまが ゆるしてくれなかったのです。
おいしゃさまの いうことは ぜったいで、おとうさまでも さからえないのです。
ぼくの まわりは おとなばっかりです。
ローズひめと おともだちになれて とっても うれしいです。
ぼくを きらいに ならないでください。
とっても さびしいです。
また あいにきてください。
エリックより
この手紙を書いた人って……
お姫様が会いにくるってことは、どこかの王子様なのかしら?
廊下にはもう一枚、便せんが落ちている。
それを拾うと、すぐ近くに、さらに一枚落ちているのが目に入った。
ローズ姫へ
ぼくは今度こそ元気になれるかもしれません。
前にも何度もこんなことをいっているし、そのたびにウソになってしまったけれど、今度こそ本当だって思うのです。
先日話したお医者さまもこれまでの人と同じようにクビになって、今度はマホウツカイがやってきたのです。
今までずっとマホウをつかうのは悪いことだって司祭さまに教えられてきたのだけれど、お父さまがその司祭さまもクビにしたので、今日からはマホウツカイがおともだちです。
元気になったら、もっといっぱいおともだちができるはずです。
ぼくはそれがとてもたのしみです。
でも一ばんのおともだちはローズ姫です。
ローズ姫、大好きです。
早く元気になって、ぼくのほうからもローズ姫にあいにいきたいです。
エリックより
ローズ姫へ
ギロームさんのマホウのおかげで今日は体のちょうしがとってもよくて、おしろのにわを歩くことができました。
すごいでしょう。
ギロームさんは、ちっともわらわないし、少ししかしゃべらないけど、ぼくはギロームさんが大好きです。
ぼくもマホウツカイになりたいって言ったら、かんたんなマホウを教えてくれました。
ジュモンをとなえたら、そよ風がふいて、足もとの木の葉がとんでいきました。
ギロームさんは「一回でできるなんてサイノウがある」ってほめてくれました。
めったにおどろかないギロームさんがおどろいていたので、ぼくのほうがビックリしました。
エリックより
ええと……これは……
誰が何の話をしているんだって?
手紙はまだ落ちている。
廊下に点々と。
あたしをソフィアさんの部屋に、彼女の机に導いていく。
ローズ姫へ
また体の具合が悪くなりました。
ギロームさんに魔法をかけてもらえばいつもすぐに良くなるけれど、お城の中には魔法を嫌っている人も大勢居て、魔法を使う度にお城の中が暗い雰囲気になります。
ぼくは魔法に救われている体だけれど、魔法が嫌われる理由というのもわかります。
神に逆らう力だからではありません。
そもそも神が居るのかだってわかりません。
悪魔に頼る力だからでもありません。
あるいは悪魔に頼るというのがもともとこういうことであったのかもしれません。
体調が良い日には、ぼくは相変わらず魔法の修業に励んでいます。
最近は部屋の中で嵐を起こせるぐらいになりました。
想像できますか?
何もない空中に、本来ならばはるか空高くに浮かんでいるはずの雨雲を作り出して閉じ込めるんです。
雷で花瓶を割ったり、シャンデリアを落とすなんてお手の物です。
だけど魔法を使うと変な気分になります。
美しい花瓶をわざと割って、その瞬間は“うまくいった”としか思わないのですが、時間が経つと悲しくなります。
ギロームさんは、慣れれば悲しくなくなるって言います。
きっとこれこそが魔法の怖さなんです。
好きなものが嫌いになって、楽しかったことがつまらなくなって、部屋から出るのも食事をするのもおっくうになってしまうのです。
ばあやは『ちゃんと食べないと元気になれませんよ』なんて言うけれど、食べなくても魔法があれば元気になれるし、そもそもどうして元気にならないといけないのかも、近頃はわからなくなってきてしまいました。
エリックより
PS.この手紙を書いていて思い出しました。
ぼくは、あなたに会うために元気になりたかったんです。
次の手紙は、今までのと同じ便せんではあるけれど、文字は別人のものみたいに乱暴に書きなぐられていて、ほとんど読めなかった。
どうにか読み取れた単語は……
うわっ。バカとかシネとか、そんなんばっかだ。
ローズ姫へ
こないだは変な手紙を送ってごめんなさい。
魔法を使うとこうなってしまうんです。
ぼくはローズ姫が大好きです。
魔法を使うと心の中がおかしくなって、大好きなら大好きなほど嫌いになってしまうんです。
このせいでぼくは、お城のみんなを何度も困らせてしまいました。
世話係もつぎつぎ変わって、ぼくの周りからどんどん人が居なくなっていきます。
今度こそ反省しました。
魔法の勉強はもうやめます。
元気になる魔法をギロームさんにかけてもらうのも、本当はやめにしたいのですが、そうしたらぼくは三日持たずに死んでしまうらしいです。
でも魔法をかけてもらう回数はできるかぎり減らします。
だからお願いです。
どうかぼくをみすてないでください。
あなたを好きでいる気持ちだけが、ぼくが人間の心をなくしていないアカシです。
エリックより
続きの便せんはソフィアさんの机の上に残っている。
あたしはゆったりした椅子にガッチリと腰を下ろした。
ローズ姫へ
なかなかお会いできなくて寂しく思っておりますが、それも致し方ないことだと受けとめております。
つい先日、僕達の婚約が解消されたと聞かされました。
今さら驚くのもおかしいですが、僕は貴女と婚約していたのですね。
きっとあまりに幼い頃に取り決めたので、親達の言葉が理解できていなかったのでしょう。
王子と王女。
良くある話です。
素敵な夢でした。
魔法の支えをもってしても、僕はもう長くないようです。
神に授けられたこの体に、終わりの時が迫っているのを感じます。
心は悪魔の力に侵されて、体より先になくなってしまいそうです。
両親にも見捨てられたようで、今月に入ってから一度も会っておらず、公務が忙しいのはわかっていますが、それだけとはとても思えません。
家臣達も僕を避けていますし、世話係も僕と目を合わせようとせず、本音は逃げ出したいくらいなのでしょう。
体の痛みよりも孤独が辛い。
全ては僕が魔法なんかに頼った罰です。
受け入れる他にありません。
ただ、できれば最後にもう一度だけ、貴女にお会いしたかった。
子供の頃からの夢。
いつか元気になって、僕から貴女に会いに行く。
叶わないまま終わります。
今までありがとう。
さようなら。
エリックより
ローズ姫へ
お返事ありがとうございます。
心配していると言っていただけて、僕なんかの身に余る思いです。
明日、戴冠式を行うと大臣から聞かされました。
誰のかと思ったら、僕のだそうです。
小間使い達がひそひそと、両親の葬式はどうするのかと話していました。
何が何だかわかりません。
何か事故でもあったのでしょうか。
誰も教えてくれません。
ただ、自分が両親に見捨てられたわけではなかったのだとわかって、少しだけ気力が湧いてきました。
僕はつい先ほども倒れたばかりで、戴冠式が終わるまでこの身が持つとはとても思えませんが、僕に王位を継がせることは両親の長年の願いでした。
その願いを、僕の命の最後に、わずかな間だけでも叶えられるなら僕も幸せです。
両親が死んだなんて信じられない。
きっと戴冠式で会えるはずです。
その時まで、がんばります。
エリックより
ローズ姫へ
僕がまだ生きていると言ったら、優しい貴女はきっと喜んでくれるのでしょう。
ですがそれは間違いです。
僕は自分でも気づかないうちに、この世に居てはいけない存在になってしまっていたことを、今日になってやっと知りました。
僕が今日まで生きてこられたのは、他者の命を吸っていたから。
ギロームが僕にかけていた魔法は、人間を生け贄にして行われていたのです。
僕の命を繋ぐために、数え切れないほどの人が犠牲になったそうです。
それも、自ら進んで。
僕が幼い頃から世話してくれていた優しいばあやも、王家を守ると誓いを立てた気高い騎士達も、それに父も母も。
戴冠式の最中に、倒れた僕を助けるために大臣が生け贄になりました。
大臣は笑いながら、ギロームが振るう儀式用の刃に身をゆだねました。
とても誇らしげに。
僕はもう生きていたくない。
生きていてはいけないのです。
でもギロームが言うのです。
僕が死んだら、僕を救うために死んでいった人達の命が無駄になるって。
僕がいけないんです。
幼い頃、死にたくないなんて言ったから、ギロームのような者を招いてしまった。
ギロームは城から追い出しました。
これ以上、僕のために犠牲を出すわけにはいきません。
自ら死ぬだけの勇気はありませんが、このまま何もしなくても、すぐに時が来るでしょう。
この国の人は誰一人として僕を咎めようとはしない。
少なくともそれを言葉や態度では表さない。
けれど神様はきっと僕をお許しにはならないでしょう。
どうか早くこの身に終わりを。
あれほど恐れた時が今は待ち遠しい。
僕がこの手紙を書いているのは、貴女には、貴女にだけは本当のことを知ってもらいたいからです。
城中が僕を哀れんでいる。
けれどそれは正しくないのです。
僕はもっと蔑まれるべきなのです。
ローズ姫、どうか僕が死んでも悔やみの言葉など述べないでください。
例え形式でも。
貴女は僕を蔑んでください。
エリックより
ローズ姫へ
近隣の国々が協力して、僕の討伐隊が結成されたと聞きました。
ギロームが言い残していった言葉は本当だったのですね。
僕が夜な夜な城を抜け出し、民を襲って、生きたまま血肉を喰らっていると……
昼間はベッドから起きることもできないというのに、眠っているはずの時間にそんなことをしているなんて、最初は信じられませんでした。
ですが、戴冠式以来ずっと食事を取らないようにしているのに、何ヶ月もこうして生き続けているのは、やはりそういうことなのでしょう。
僕はいつから人間でなくなってしまったのでしょう。
討伐隊にはローズ姫の国の騎士団も加わっておられるそうですね。
ならば是非お伝えください。
僕を完全に殺すには、魔を払う銀の杭を胸に打ち込む必要があります。
もしそれ以外の方法で僕を殺せば、僕は蘇り、今よりさらに恐ろしい“死霊魔道”いうバケモノになってしまうのだそうです。
今の僕は、少なくとも昼間はこうして手紙を書ける程度には人の心を保っています。
ですが死霊魔道にはそれすらないそうです。
心がなく、それでいて強い力を持つ、殺しても死なない不知死の魔物。
そのような恐ろしい怪物を作り出すことこそが、ギロームの端からの目論見だったのです。
それがギロームの、魔法使いとしての力を示すことになるから。
自分の手で終わりにしたくても、城の中の銀製品は、全てギロームに処分されてしまいました。
追い出したはずなのにいつの間にか戻ってきて、もう一度追い出すように家臣に命じても、家臣達は僕を死なせたくないのだと言って、誰も僕の言うことを聞きません。
心をなくしてバケモノとして生きろだなんて、罪の報いにしても重すぎますし、それに何よりバケモノなんかになってしまえば、さらなる罪を重ねてしまう。
それも、罪の意識もないままに。
戴冠式の夜が遠い夢のようです。
こんな僕のいったいどこが王なのでしょう。
僕が居なくなれば家臣達も目を覚ましてくれるのでしょうか。
我が国の軍には、城から離れた鉱山の警備をするよう命じたので、もしも彼らが僕を王だと思ってくれているのなら、城の守りは手薄になっているはずです。
討伐隊の一刻も早い到着をお待ちしています。
エリックより
あたしは夢を見ているらしい。
椅子に座ったまま眠ってしまったのかしら?
少なくとも手紙を読んではいない。
もしかすると寝ぼけたまんま、部屋にあった何かの本でも読み始めてしまったのかもしれない。
銀の杭を巡る知らせは討伐隊には届かず、彼らはギロームが仕掛けた儀式の最後の仕上げを行なってしまった。
討伐隊の槍によって八方から貫かれた若き王の遺体からは、血ではない、液体ですらない黒い何かが流れ出た。
その黒いものは闇としか呼びようがなく、その闇は空気に混じって宙を漂い……
それを吸い込んだ討伐隊は、次々と倒れて命を落とした。
そしてどこからか火の手が上がり、瞬く間に城中に燃え広がって……
美しかったあの城を、黒衣城なんて呼ばれるまでに染めたのは、火事の煙か死霊魔道の闇か……
生き延びたのは、討伐隊とお城の人とを合わせても、ほんのわずかな人数だった……
若き王は、彼が恐れていた通りの存在になってしまった。
唯一の救いがあるとするなら、それを嘆く心すら、もはやないということ。
おぞましき死霊魔道は何のためらいもなく民人を襲い、喰らい、その被害は周辺諸国にまで及び……
となれば、ローズ姫であれ、どこの国の姫であれ、当然、放ってはおけないわよね。
だからって自分から敵のお城に、しかも丸腰で乗り込むってのもないと思うけど。
案の定、取っ捕まって人質にされちゃったわけだし。
そのせいでローズ姫の父王も、付き合いのある他の国の王様達も軍隊を動かせなくなって……
所属のない流れ者の傭兵やナンかが、誰に雇われたとも告げずに死霊魔道に戦いを挑んだけれども、次々返り討ちに遭って、あたしが見たあの亡霊達に……
ラリルだけが、死霊魔道の力を打ち破ることができた……
ラリルは強かったんだな……
ローズ姫も勇敢で……
死霊魔道は……
あんなに慕っていたローズ姫を……
昔の思い出も何もかも失って……
本当に、何もかもなくしたの……?
何か……何か一つだけ……
どうしてもなくせない想いが一つ……




