第1話 姉妹の事情
牧場主は最初はブチキレていたけれど、セリアさんが少し話しただけであっさり許してくれた。
なので、もしやと思った通り、ワトキンス姉妹の暮らすお家はものすごく豪華なお屋敷だった。
あたしはちょっぴり不機嫌になった。
この人達は幸せだ。
こんなお金持ちのお嬢様が通うような学園では家の農作業の手伝いがどうなんて話題は出てこないだろうし、それで肩身の狭い気持ちになって自分もちょっとぐらいなら大丈夫って手伝おうとしたら呪いの気配を感じ取った牛が大げさに怖がって暴れて、牛小屋に近づくなっていつも言ってるだろってパパに叱られて、シュンとなってるところをあたしが働けない分だけ仕事が増えてる弟にズルイだ何だとなじられて、思わず蹴飛ばして余計に騒ぎが大きくなる……なんて状況、想像すらもできないでしょう。
そんな余裕ぶっこいた環境だから、姉なんかを助けるためにわざわざ危険を冒そうなんて真似ができるのだ。
あたしと弟ではありえない。
立派な玄関の立派なノブをセリアさんが回す。
「ただいまァー」
セリアさんは壁の時計を横目で見ながらおずおずと。
「ただいまぁ~」
マリアちゃんは純粋に疲れた声で。
「…………」
ユリアさんは、そばに居るあたしにも聞こえないぐらいにボソボソと。
家の外と中でずいぶん態度の変わる人だな。
ご両親、そんなに厳しいのかな?
「セリア! マリア! こんな時間まで、どこ行ってたのよ!? もー、こんなに服を汚しちゃって……」
バタバタと玄関に飛び出してきたのは、やけに若い母親だった。
末っ子のマリアちゃんのママとしては妥当だけれど、長女のソフィア先生は……先生って呼ばれるくらいの年齢の人を、いったいいくつで生んだのかしら?
そのママ殿の斜め後ろで、四角い眼鏡の中年男性が「ソフィアは居ないのか」とボソリとつぶやいた。
「あら? セリアのお友達?」
「あ。ども。お邪魔します」
ママ殿と目が合って、あたしは慌てて頭を下げる。
「お邪魔しまーすっ」
ユリアさんはあたしの背中に隠れて声を張り上げ、そのままあたしを盾にしながら階段の方へ引っ張っていった。
玄関では何やら揉めてるようだけど、ユリアさんは構わずあたしを二階の一室に連れ込み、ドアを閉めた。
「ユリアさんのお部屋……?」
にしては知的すぎる。
壁を埋め尽くす本棚には小難しげなタイトルが並び、ベッドもクローゼットも大人が好む落ち着いたデザイン。
「何だかお父様のお部屋みたいですね」
「そーかな? ソリ姉の部屋なんだけど」
「あれ? じゃあユリアさんのお部屋は?」
散らかっていて見せられない、みたいな話かと思いきや……
「下町にあるよっ」
「え? ああ、一人暮らししてるんですか。すごいですね。あたしと変わらないくらいの年なのに」
「ううん、そうじゃなくってねー。血の繋がりが絶妙というか何というかでー」
「?」
「…………」
「あ! 義兄弟ってやつですか? さかずきのちぎりを交わしたみたいな!
いいなー、そういうのってちょっと憧れます、お酒はさておき。
あたしはそんな仲のいい友達って居ないけど、あの弟一人だけってのよりかはいいなー、義兄弟」
「あっ、あのねハーちゃんっ、実はね、さっきのあのご両親は再婚で……」
「へ?」
「ええとね、パパ親さんと最初の奥さんとの間に生まれたのがソリ姉で、離婚したあと、この奥さんが別の人と再婚してあたしを生んだわけ。
だからソリ姉はソフィア・ワトキンスで、あたしはユリア・スチュワートなのね。
で……その……パパ親さんの方も再婚して……」
「わたしは母の連れ子なんです。義父と母が結婚してマリアが生まれました」
セリアさんがいつの間にかドアのところに立っていた。
「そういうわけなのよ」
ユリアさんは、自分の口から言わずに済んで、荷が下りたように肩をすくめた。
「ちなみにわたしとユリ姉は父親が共通で、誕生日はユリ姉が先だけど同い年。母は未婚でわたしを生みました」
「複雑すぎ!」
思わず口に出してしまった。
「あ……え~と……でもでもっ、複雑な事情があるからこそ、そんなに仲良しなのかもしれませんねっ。
うちにも弟が一人居るけど、あたしを助けようなんてしてくれないしっ」
フォローのついでに自分の愚痴を乗っけてしまう。
「う~ん、絆っていうより執念って感じ?
あたし達の問題をあたし達以外の手で終わらせようってする奴が居たら、その相手が神でも悪魔でも許さない、みたいな。そんな執念。
この際だから言っちゃうけど、実はあたし、ソリ姉に殺されかけてるのよね、生まれる前に。
……ソリ姉ね、突然居なくなったママを捜して回って、やっと見つけたと思ったら知らない男の人と一緒で、しかもお腹にはあたしが居たわけ。
で、ソリ姉はママのお腹を思わずブン殴っちゃって、ママは反射的にソリ姉を突き飛ばして、倒れた場所が悪くて右の目が……
そんで今でもモノクル生活。間接的にはあたしのせいよね?」
「いえいえいえいえっ」
「いいの。ソリ姉の視力を奪ったのはあたしってことで。どんな形でもいいから繋がってたいの」
「それはそうと!」
重い空気を払うように、セリアさんが机をペシペシとたたいた。
「ソリ姉が、机がどうとか言ってましたよね? 机って言えばこれなわけですけど……」
「気になるのはこの手紙だよね。あんまり触んない方が良さそうだけど」
ユリアさんが机の上の広げっぱなしの便せんを示す。
「あらやだユリ姉! これ、ラブレターじゃないですか!」
「うん? いえ、あたしが言ってるのはそこじゃなくって、この紙は……」
「これは勝手に見ちゃダメですよ! ハリエットさんも! きっとソリ姉は、机に近づくなって言いたかったんです!」
「そんな誘うようなこと、わざわざ言うかなぁ? それにこの紙、どう見ても……」
「もう! ダメですってば!」
そこにマリアちゃんがお風呂が沸いたと呼びにきたので、あたし達は一階に戻った。




