第3話 人魂
自然に月が動くスピードではないし、見上げれば月だけでなく星も消えていく。
そして辺りを見渡せば、グルリと亡霊に囲まれている。
あたしの周りは、闇と、亡霊達の体が放つ薄ぼんやりした光のみに満たされ……
……そいつらは一斉にあたしににじり寄り始めた。
「い……や……いやぁぁあああ!!」
あたしはそばにあった椅子を掴んで力任せに振り回し、椅子の足が一番近くに居た亡霊の首をなぎ払った。
「!?」
前に素手で殴った時はすり抜けてたのに。
そっか。この部屋の家具は死霊魔道が魔法で作った物だからだわ。
亡霊の、もともとちぎれかけていた首は、この一撃で完全にちぎれて吹き飛んで……
床に落ちた頭も、たたらを踏む胴体も、霧のように消えていく……
けれどその空間を埋めるように、奥に居た亡霊が前に出る。
そしてまた消えたはずの亡霊は、もと通りのちぎれかけの頭をブラブラさせた姿で、列の後ろに復帰している。
あたしは椅子を亡霊に投げつけ、別の椅子を踏み台にして、テーブルの上に飛び乗った。
亡霊達はまるで波打ち際の海藻のようにユラユラとテーブルに腕を伸ばして、のたくるけれど、その腕をテーブルの縁にかけて這い上がるという発想はないらしい。
これが怨念に憑り依かれるということ。
あたしもここで死霊魔道を恨んだまま死ねば、彼らのようになってしまう……?
それだけは絶対に嫌だッ!
長くうねった天板をハイヒールで踏みつけ、亡霊の腕を飛び越えながらテーブルの端へ駆け抜けて、そのままの勢いでベッドの上に垂れ下がる天蓋の布にバッと飛びつく。
天蓋の上によじ登れれば……!
足をバタバタさせていると、亡霊はこの靴だけは避けていく。
ガッ!!
亡霊に、足首を直に掴まれた。
「ひあ!」
背筋に寒気が走る。
霊の手が冷たいのではなくて、例えるなら黒板を引っ掻く音が、耳ではなく足から入ってきたような感じ?
負けるもんかと布を握る手に力を込めても、その布がビリビリと破けてしまい、あたしは引きずり下ろされて、亡霊の群れの上に落下した。
ドサッ!!
背中を床に打ちつけた。
位置的にいってあたしの下敷きになってるはずの亡霊が、何事もなかったように立ったままあたしを見下ろしていた。
ああ、何でこう、何もかもがあたしに都合悪くできているの?
どうしてあたしはハリエットなの?
もしもあたしがローズ姫なら、こんな時はラリルみたいな勇者様にカッコ良く助けてもらえるのに!
仰向けに倒れたまま亡霊に手足を押さえつけられて、涙ぐんだ目で天井の穴を睨む。
ああ、闇だ。
月も星もあたしを見捨てた。
その闇の果てからフユラフユラと、人魂が一つ、降りてくる。
亡霊だけじゃなく、こんなのも居るんだ。
魂の在り方っていろいろなのね。
人魂は、舐めるように確かめるように、あたしの顔の上を通りすぎると、スーッと上昇して遠ざかっていった。
アンタ、何がしたかったのよ?
それとも気づいてないだけで、あたし、生気を吸われたりとかしてるのかしら?
去り行く人魂と入れ違いに……今度は……首のない騎士が降ってきた。
「ひええええっ!?」
さすがに叫んだ。
騎士は、さっきの人魂のようにゆっくり降りてくるのではなく、自然な速度で落下してきたのだ。




