第2話 望み
「二度目……だね……」
これは一人言ではない。
「あなたのための生け贄の儀式を、あなたが邪魔するの。あなたが求めているのは、生け贄じゃないならいったい何なの?」
相手が聞いているかどうか、自信があるってわけでもない。
「何とか言ってよ! 月明かりが怖いの? 死霊魔道なんてすごい名前で呼ばれてるくせに!」
空気が、震えた。
『ボ・ク・ヲ……』
どの方向ってことじゃなく、壁全体が……
いえ、空気が……
黒衣城という空間そのものが声を発している。
『ボ・ク・ヲ……コ・ロ・シ・テ……』
若い男性の声。
音響は効いてるけれど、声自体は何だか弱々しくて……
化け物の王様って感じはあんまりしない……
『ロ・ー・ズ・ひ・め……あ・な・た・ノ・て・デ……』
「あたしに言わないでよ」
『ロ・ー・ズ・ひ・め……』
「違う」
『ロ・ー・ズ……』
「あたしはローズ姫じゃない」
あたしは瓦礫の山に背を向けた。
肉体に戻ったあたしには天使の姿はもう見えないし、ギロームも気配さえも感じられない。
『ロ・ー・ズ・ひ・め……』
「…………」
地上に戻るにはあの長い階段を自分の足で上がんなくちゃなんない。
頭上の星空に後ろ髪を引かれつつ扉に手をかけたところで、ギロームのランタンの火がとっくに消えていたのに気づいた。
何か他に明かりは……
適当な家具を燃やして……
それよりもまず火種をどうにかしないと……
考えながら扉に背を向けた直後に、その扉がバンッ!と開かれて、亡霊の群がなだれ込んできた。
「死霊魔道!」
あたしが叫んでも返事はない。
「助けて!」
小石の一つも動きやしない。
「……あたしが突き放した言い方をしたから?」
それか、この部屋にはもう死霊魔道は居ないのかもしれない。
この部屋で扉の他に出口といえば、天井の穴ぐらいしかないし、もちろんそこには手が届かない。
でも、とりあえずは、そこしかない。
あたしは穴の下の月光の中に身をひそめた。
亡霊達は部屋中に広がり、ある者は壁沿いに、ある者はただフラフラと歩き回る。
そしてある者は……腹に大きな穴の開いた男が……まっすぐこちらに向かってくる。
あたしが居るのが見えてるの?
いいえ、たまたまよね。
だってほら、他の亡霊は、同じくまっすぐ淀みなしに明後日のほうへ進んでく。
そうよ、月光はちゃんとあたしを守ってくれてる。
守ってくれてるよね?
こんなにも淡く儚い輝きだけど。
ああ、亡霊が近づいてくる。
本当に大丈夫なの?
逃げ出したい。
でも逃げ道はない。
隠れたい。
あのクローゼットの中は?
無駄ね。立てこもったところで、その後どうしようもない。
亡霊はあたしの鼻先まで迫り、あたしはしばし亡霊と見つめ合った。
いえ、見つめ合ってはいない。
見つめていたのはあたしだけだ。
亡霊は壁を前にしたようにクルリと向きを変えて、またまっすぐに歩き出し……
次の瞬間、その亡霊の上に、別の亡霊が落ちてきた。
……前回の儀式の時もこんな感じだったっけ。
すぐ上の階からも、ずっと上の階からも。
亡霊は音を立てないけれど、強いて言うならドサドサよりもボトボトって雰囲気で。
月光と闇の境目に引き寄せられるように、次から次へと降ってくる。
死霊魔道に殺された彼らには、ギロームのようなハッキリした意識は残ってないけど、ギロームが死霊魔道を求めたようにこの亡霊達も死霊魔道を捜してる。
死霊魔道が死霊魔道になる前の、人間の王子様だった頃に彼に仕えて彼を守っていた兵士と……
死霊魔道が死霊魔道になってから、彼を退治するためにやってきて返り討ちに遭った戦士……
どっちがどっちか、鎧のデザインで見分けはつくけど、今となってはどちらも同じ。
それにしてもあたしはいつから亡霊を落ち着いて見てられるようになったのかしら。
そりゃ襲ってこられるのは今でもじゅうぶん怖いけど、ちょっと前にはあのグロテスクな外見だけでパニックになっていたのに。
これは慣れたってことなのか、それとも麻痺してしまったのかな。
何にしても月明かりの中に居ればあたしは安全で、余裕があるからこそ亡霊達に同情できる。
その月光が……
「どうして!?」
思わず叫んだ。
月光が、急激に陰り出した。




