第1話 薔薇と天蓋のベッド
ギロームが足を止め、目の前の重そうな扉が、手を触れもせずに開いていく。
そこは美しくも混沌とした部屋だった。
まず、広い。
豪勢な舞踏会が開けそうなぐらいに広い。
その真ん中に、お姫様にふさわしい、けれど舞踏会の場にはありえない、天蓋つきのベッド。
ベッドの隣に寄り添うように、冗談めいた長テーブル。
テーブルの端と端とで会話ができないくらいに長いってのはまだいいとして、足の長さがまちまちな上に天板の形もイビツで、食器を置けば一秒で滑り落ちるほどうねっている。
クローゼットは上が引き出しで下が扉になっていて引き出しに手が届かないし、鏡台は鏡の部分がエビ反りになって先端が長テーブルについている。
全てが古びて汚れてるけど、良く見ると可愛さもあって、どの家具も薔薇の模様で飾られていた。
ここは死霊魔道がローズ姫を監禁するために作った部屋なのかしら。
ギロームは……ううっ、呼び方がややこしいっ……
あたしの体に憑り依いているギロームは、あたしの体でベッドに仰向けに倒れ込み、三百年分のホコリがベッドからはたき出されて宙に舞った。
「・・・長きまどろみより目覚めよ、死霊魔道! ・・・これがお前の望みであろう!」
ギロームの魂を封じた壺の破片が、あたしの肉体を離れて浮き上がり……
カケラの先端が青白い光に包まれて、ナイフのように鋭く尖る。
無数のそれらがあたしの肉体の心臓を目がけて降りそそぐ。
間一髪、あたしは寝返りを打つ格好で身をかわし、そのままベッドから転がり落ちた。
どういう仕組みか知らないけれど、あたしの魂はあたしの体に戻っていた。
「あたしを生け贄にするのが死霊魔道の望みって、どうも違うように思えてなんないんだけど、それはさておき!
ギローム! あなた自身の望みは何なの!? 死霊魔道なんか復活させてどうしたいのよ!?」
シーツに突き刺さった破片が宙に浮き、パズルのように組み合って、一つの壺の形を取る。
それは、ひどく素っ気ない壺だった。
色も模様も飾りもない。
何でも入りそうでいて、何かを入れたいとも思えない。
不気味な魔法の道具なのだから、もっとおどろおどろしいデザインでも良さそうなものなのに、そういった趣向は一斎ない。
ギロームはこの壺に自分の魂を封じる前……生前って言い方でいいのか……もともとはどんな人間だったんだろう。
壺なんていう硬質な拠り所を持つことで、廊下の亡霊達よりも安定しているようだけど……
「・・・私が何をしたいか。・・・それを死霊魔道に訊きたい。
・・・私の望みが何だったのか、死霊魔道ならば覚えているかもしれない」
壺なんかに魂を預けちゃ駄目だ。
あんなものにしがみつかれてちゃ天使様でも手の施しようがないし、大事な部分をなくすのは、全て消えるのより切ない。
「・・・死霊魔道の望みは覚えている。・・・ラリルとローズに復讐すること」
その言葉に応えるように、空気が揺らぎ、ホコリが舞う。
壺がベッドから離れて、後退りするあたしに迫る。
ドシャッ!!!
天井が崩れて、落ちてきた瓦礫が、ギロームの壺を押しつぶした。
は?
「…………。ギローム? えーと……生きて……る?」
言いながら、我ながらマヌケな質問だなって思う。
瓦礫の隙間から青白い光が漏れ、砕かれた壺の破片が飛び出して……
それを押さえつけるように、さらに瓦礫が降ってきた。
一つ上の階の天井も崩れたのだ。
「偶然……にしてはタイミングが……」
さっきよりも大きくなった瓦礫の山の下から、さっきよりも細かくなった壺の破片が飛び出してくるのと同時に……
もう一つ上の階の天井が崩れる。
「何で……? ギロームと死霊魔道は仲間じゃないの?」
さらにまた上の階から瓦礫が降ってくる。
「………………」
また降ってくる。
「……」
ギロームの反応がなくなってるのに、まだまだ崩れる。
ふざけた光景にも見えるけど、崩落に巻き込まれないように部屋の隅っこで縮こまって、もうもうと舞い上がるホコリを吸い込まないようにスカートの布で鼻と口を覆ってじっと耐えているのはなかなか苦しい。
……不意に涼しい風が吹いて、月光が射し込み、辺りがスゥッと静かになった。
死霊魔道が黒衣城の地上部分までをもブッ壊したのだ。




