第3話 マリアちゃん
小さな女の子の足と、ハイヒールを履かされたあたしの足では、大したスピードは出ないしスタミナもない。
それでも何とかギロームを撒こうと、いくつもの角をでたらめに曲がり、倒れるようにしゃがみ込む。
「大丈夫よ、マリアちゃん」
とかなんとか心にもないことを言ってみるけど、どう考えても大丈夫なわけがない。
本当にでたらめに走ってきたので、ギロームとどの程度まで離れられたか見当もつかない。
案外グルっと回ってもとのところに戻ってしまってるのかもしれない。
それを感じているからか、マリアちゃんは泣きじゃくりながらも必死に声を殺してる。
あたしはため息一つ、つくにつけずに、髪をいじった。
出口は果たしてどちらだろうか。
明かりはマリアちゃんが持っているランタンだけ。
オイルが減ってきているようで、炎がチラチラ揺れている。
淡いオレンジに照らされて、マリアちゃんが着ている服の色はいまいちわからないけど、良家の息女なんだろうなというのはわかる。
これが普段着であるならば日常がパーティーって感じの、浮かれたフリフリのワンピース。
きっと廃虚探検に着ていくような粗野な服なんて持っていないんだ。
丁寧にカールされたフワフワの髪。
お守りめいたアクセサリーについているのはホントの宝石?
……そろそろ泣き止んでくれないかしら。
いったいぜんたいどうすりゃいいのよ。
どうにかしてほしくって泣いてるわけじゃないってぐらいはわかるわよ?
あたしだって呪われ暮らしが辛くって、あてもなく泣いてばかりいた時期だってあったわよ。
でも今は、どうにかしなくちゃなんないわけじゃない?
ギロームが怖いとか、家に帰れるか不安だとか。
あたしには慰めらんないわよ。
「大丈夫よ、マリアちゃん」
意味のない言葉をくり返す。
「きっと、ゆりあオネーチャンや、せりあオネーチャンが、助けに来てくれるわよ」
通った道の複雑さを考えると、実際に見つけてもらえるまでにどれだけかかるかわかりゃしないし、それまでランタンのオイルが持つとは思えないけど、とりあえず言ってみる。
あれ? でも、さっきはマリアちゃんがギロームに先回りしちゃってたわけだから……
つまりギロームも知らない近道を、マリアちゃんが見つけたってわけなのよね。
……うん!
「立って、マリアちゃん! 出口を探すのよ! ソフィアさんの霊体も見つけないといけないし!」
「……ソリ姉の魂……まだここに居るの……?」
マリアちゃんが、やっと泣き止んだ。
「さっき上の階で見かけたわよ。亡霊みたいになっちゃってたけど、今ならまだ助けられるかもしれないわ」
「ごーすとって、なぁに?」
「マリアちゃん、まだ亡霊に遭っていないの? そりゃラッキーね。あのね、亡霊っていうのはね……」
あたしの言葉をさえぎって、マリアちゃんがあたしの背後を指差して悲鳴を上げた。
振り返るとそこには……ウワサをすればナンとやら……まさにちょうど良いタイミングで現れた亡霊の群れがひしめいていた。
マズイ!
あたしは慌ててマリアちゃんの口を押さえたけれど、マリアちゃんはあたしの手を振り解いてなおも泣き叫ぶ。
「落ち着いて、マリアちゃん! ランタンの光があれば亡霊にはあたし達は見えないから!
それよりギロームに声を聞かれるのの方がマズイの!」
「ソリ姉が……! ソリ姉が……!」
「ソフィアさんはあんなにグロくはなってない!」
「そうじゃないの! あっちにソリ姉が居るの!」
「!?」
通路を埋める亡霊の群れ。
その後ろをソフィアさんが、群れにもあたし達にも全く気づいていない様子で横切っていった。




