第1話 より深い地下へ
魔法の効果でユメウツツ。
逆らう力はないけれど、完全に眠ってるってわけでもなくて……
ギロームは左肩にあたしを担ぎ、右手にランタンをぶら下げて、黒衣城の地下を歩いてく。
階段を降りて、通路を進んで、また階段を降りたっていうことだけわかる。
あたしの意識があることに、ギロームは気づいていないみたい。
前にやられた時のような一発熟睡じゃないのは、たぶんだけどギロームはベルナリオさんの体を使うのにまだ慣れていないから。
とはいえ、眠い。
とても眠い……
周りを亡霊がうろついているのに、恐怖よりも眠気が勝る。
眠っちゃ駄目……眠っちゃ駄目……
ギロームが階段を降りる。
この先は地下四階。
段を降りる振動に合わせて、あたしはハイヒールのつま先を自分のすねに押し当てた。
痛い。
これでいい。
ギロームに気づかれないように、グリグリえぐって眠気を飛ばす。
ギロームは、少し進んで、今度は階段を登り、少し進んで、また降りて……
トータルでは降りてる分の方が長いし、まだまだ降りてく……
この迷宮は、いったいどれだけ複雑で、いったいどれだけ長いのだろう。
ただひたすらに通路ばかりが続いてて、リビングもベッドルームもないし、不便すぎて倉庫にも使えそうにない、意味のない空間。
ソフィアさんの著書によれば、黒衣城の地上部分は死霊魔道が誕生するよりずっと前の王様が普通に建築したものだけど、地下は死霊魔道が魔法で継ぎ足したのらしい。
だから……きっと……
この地下の世界の闇は、死霊魔道の心そのものなんだ……
通路をうろつく亡霊とすれ違う度に、ソフィアさんではないかしらと、ギロームにバレないように薄目で追ってみたけれど、ゴツいオジさんばっかりだった。
たぶん彼らは勇者ラリルが来るより前に、死霊魔道を退治しようと立ち上がって、返り討ちに遭った戦士達……
ランタンの光があれば、亡霊達はこちらの気配を感じて近づいてくることはあっても、手が触れる距離までは入らない。
それでも寄ってくる数が増えすぎて、遠巻きとはいえ取り巻かれ、さすがに邪魔になってくる。
するとギロームはランタンを持つ手を揺らし、呪文らしき言葉をつぶやく。
それは攻撃の魔法。
ランタンの中の炎が二つに割れて、その内の一つが弾丸のようにランタンから飛び出し、道を塞ぐ亡霊の群れの真ん中で爆発して、亡霊達を吹き散らす。
亡霊達が浮かべる恨めしげな表情に、ギロームは眉一つ動かしもせずに通りすぎる。
亡霊達もまた、ついさっきされたばかりのことを記憶する力がないみたいにすぐに戻ってくる。
そしてギロームはまた魔法で蹴散らす。
すでに死んでいる不知死の者にトドメを刺すことは、ギロームにもできない……
それにしても……
(まるで牛のアブ追いみたい……)
亡霊達のしつこさも、ギロームのあしらい方も。
ギロームが階段を降りる。
あたしは何気なくその階段を振り返った。
(!?)
思わず叫びそうになった。
あたしのすぐ鼻先に、怒りと苦悶に満ちたものすごい形相をしたベルナリオさんの半透明の霊体が浮かんでいた。
(!!?)
ベルナリオさんの、筋肉質で大きくて、だけど血の気のない半透明な手……
その手が、ツメを立てるような仕草でこちらへ伸ばされる。
(……っ!)
あたしはギュッと目を閉じた。
(…………)
しばらく待っても何事もない。
あたしはおそるおそる目を開けた。
ベルナリオさんはギロームに……
ギロームの魂が入った自分の体に必死でしがみつこうとして……
だけど掴めずに勢いのままもんどりうって倒れて……
這いずり、起き上がり、またすがりつく。
だけど……
まるで油でも塗ってあるみたい……
腕、肩、髪の毛。
ギロームの体のどこを掴んでも、ベルナリオさんの手は滑って落ちる。
ギロームは魔法で防御しているんだ。
ベルナリオさんはギローム以外には目もくれない。
あたしのことは、見えてないのか、眼中にないのか……
他の亡霊達とは違って、ギロームだけに集中してる。
ランタンの光の中は、霊の目では見えないはずなのに、自分の肉体のありかはハッキリ認識している。
自分の体を取り戻したいって、目的があってここに居るから。
……じゃあ他の亡霊は、いったい何の目的で、いつまでもこんなところに留まって、誰彼構わず襲っているの……?
ギロームが角を曲がった瞬間、ベルナリオさんがギロームの目の前に回り込んだけど、ギロームは全く動じずに、炎の魔法でベルナリオさんを軽く払い除けた。
ああ、ベルナリオさん、怒り狂って……
肉体があったのでは骨が邪魔してできないくらいにメチャクチャに顔を歪めてる。
もとはあんなに穏やかで、シャイな感じが可愛くて……
だけどあたしは、のたうちながら追ってくる霊体の執念よりも、それに対して平然としきっているギロームの態度の方が怖かった。




