第3話 イバラの向こう
あたしは黒衣城の中をやみくもに歩き回った。
走り回るには瓦礫が多すぎたから、歩きで回った。
崩壊の少ない一室がお祭りの倉庫にされていて、出店で売る軽食の材料がしまわれていた。
そういえば昨夜から何も食べていない。
たしか露店のところに調理器具が置きっぱなしになっていたなと思い出しながらジャガイモを一つ手に取ったけど、食欲がなくて袋に戻した。
パパに会いたかった。
あたしは庭園に出て、イバラに向かって石を投げてみた。
ただ当たっただけで、何の反応もなかった。
ちょっと近づいてみたけれど、あたしを襲ってはこない。
さらに近づいてハイヒールのつま先でつっついても、踵で軽く蹴ってみても無反応。
さっきあれだけ動いてたのがウソみたい。
だけどやっぱりこのイバラは異常。
蔦を手で押し退けて隙間を作ろうとすると、石みたいに硬くなって少しも広がらなくなるし。
だったらって思って蔦に足をかけて登ろうとすると、今度はゴムみたいに軟らかくなってブヨブヨ揺れて、とても体を支えられない。
硬くなったり軟らかくなったり、まるで死にかけてグンニャリした人と死後硬直の始まった人みたい。
……なんか我ながらコワイ想像しちゃったな。
イバラの向こうから、近づいてくる足音が聞こえた。
「ハリエットちゃーん!」
今日初めて名前を呼ばれた。
「ベルナリオさん!」
駆け寄る人の名をあたしも呼ぶ。
けれどベルナリオさんの声は驚愕に、あたしの声は悲鳴に変わる。
イバラがベルナリオさんを狙って鎌首をもたげたのだ。
「ダメ! やめて! ベルナリオさん、逃げて!!」
あたしはイバラにしがみついた。
ベルナリオさんが立ち止まる。
そこはイバラが届かない距離らしくって、イバラはおとなしくなった。
「ハリエットちゃん、大丈夫かい?」
「は、はい! 何ともないです!」
あたしは慌てて両手を背中に隠した。
トゲのせいで血が出てしまったから。
服も少し破れてしまった。
「あの……ベルナリオさん……」
なんて切ない距離だろう。
気持ちは抱きつきたいぐらいなのに、イバラ越しにしか会話できない。
「ベルナリオさん! あたし……何でこんなことになっちゃっているんでしょう?
このイバラ、他の人には攻撃するのに、あたしにだけそうしなくて……何であたしだけ……」
地元の人に魔女とか言われて、気にしていないつもりだったけど、ベルナリオさんの顔を見たらほっとして、甘えと弱気が出てきてしまう。
「ハリエットちゃん…」
ベルナリオさんの目は、あたしを怖れてはいない。
あたしを魔女だと疑ったりなんかしていない。
そんな様子は微塵もない。
それだけで勇気が湧いてくる。
「……ごめん……」
「え?」
一瞬、何のことかわからなかった。
「ええと、僕が……その……」
「ああ。お祭りで。ベルナリオさんがついていたのにってことですか?
気にしないでください! あんなの反則なんですから!」
パパは良くあたしに謝る。
ママにも弟にも謝る。
ベルナリオさんてば、パパみたい。
きっと優しすぎるんだわ。
「そうだ! ベルナリオさん、鉈か何か持ってきてください!」
「それならもう試したけれど駄目だったよ」
「じゃあ、除草剤とか」
「それも試したよ」
「いつの間に?」
「んんッ。とにかく何とかしてそっちへ行く方法を探すから、しばらく待ってて!」
意味ありげな咳払いを残して、ベルナリオさんは何度も振り返りながら去っていった。
本当は、もう少しそばに居てほしかった。
イバラの城。
あたしは囚われのお姫様。
勇者ラリルが死霊魔道の手からローズ姫を救い出したみたいに、どうかベルナリオさん、あたしを助けて!




