第2話 町の人々
黒衣城で一番高い塔に上ると、オーガネックの町全体が見渡せた。
黒衣城が建っている丘自体が、この辺りで一番高い場所なのだ。
朝焼けの町の景色には、こうして眺めているだけで全ての不浄を消し去ってくれそうな清々しさがあるけれど、もちろんそんな力は本当にはなくて……
ハイヒールに当たる日射しは、ただただまばゆく反射するだけ。
ざわめきに気づいて視線を下ろすと、イバラで固められた正門の向こうに、数人の人影が見えた。
やった! 助けが来てくれた!
あたしは大急ぎで、慌てすぎて何度も転びそうになりながら塔を駆け下りた。
庭園に飛び出した途端、中年男性の荒々しい声が響いた。
「おい、見ろ! 誰か出てきたぞ!」
その声は怒気をはらんでいた。
すぐに気づいた。
呪われ生活が長いと、こんなのはままあることなのだ。
怒気はあたしに向けられていた。
「誰だお前は!?」
「何モンだ!?」
最初の一人が怒鳴り声で始めると、続く人もみんな、怒鳴り声になる。
「そこで何をしてやがる!?」
「こりゃアお前の仕業なのか!?」
最初は様子見だった人達も、すぐに引きずられて怒鳴り出す。
「なワケないでしょ!? 魔法使いじゃあるまいし!!」
普段のあたしなら、こんなやつらの相手なんかわざわざしてあげないけれど、こっちも気持ちがギリギリなんで、ついつい言い返してしまう。
「魔法だと!?」
「あいつは魔女なのか!?」
「何てことだ!! 今の時代にそんなモノが居るなんて!!」
「何て恐ろしい!!」
……ダメだこりゃ。
連中の一人が足元の小石を拾うのが見えて、あたしは慌ててお城の中に引っ込んだ。
玄関脇の壁にもたれて、あたしは泣いた。
濡れた目でハイヒールを睨みつけ、消えろ、消えろと念を送った。
あたしが本当に魔女ならば、靴を一足消すぐらいはわけないはずよ。
だけど虚しいだけだった。
あたしには罪はないし、魔力もない。
あたしは泣きながらも耳を澄まして、外の怒号の中に誰かあたしを庇ってくれる声がないか探した。
聞こえてきたのは……悲鳴だった。
勢いづいた粗野なヤローどもが、乙女のように逃げ惑う声。
外を覗くと、城壁を包むイバラの一本一本が、まるで蛇のように自由にのたうって、そこに居る人々を襲っていた。
足が震えて、あたしは汚れた床にへたり込んだ。
イバラはあたしが寝ている間に生えた。
ハイヒールに歩かされるのだって、あたしが眠っている時だけだ。
今、十五年間生きてきて初めて、不思議なことをこの瞳で見た。
怪我をした男性を、仲間が抱えて逃げていく。
ひどい出血で、遠目に見てもゾッとした。
……頭がクラクラする。
罵声が飛んできているのは感じてるけど、何て言われているのかわからない。
その罵声も、遠くに消える。
あたしは黒衣城の奥へと逃げた。
少しでもイバラから離れたかった。
でも、これじゃあ逃げたことにはならない。
ここは死霊魔道が治める城なのだから。




