ついに南さんが退職!(連載終了です)
私は、西江 郁、40代のおにいさんだ。
そして今日――
南さんが退職する。
(ついに来たか)
思えば長かった。
ランボー部長。
プーさん部長。
コスパ北井くん。
おしゃべり小田さん。
般若の妻。
そして私。
(修行だな)
南さんは本当によく耐えた。
――最終日。
オフィスは妙にしんみりしている。
小田さんが泣いている。
「南さんが辞めるなんてぇ~!」
大場さんもうるうるしている。
「ちゃんとご飯食べるのよ」
(母親か)
北井くんですら真顔だ。
「転職……ペイするといいですね」
「ありがとう」
(最大級の祝福だな)
そして女性陣から花束。
小田真理。
大場佳代。
(名前が強い)
南さんは少し笑う。
だが、そのとき気づく。
「……あれ?」
西さんがいない。
机を見る。
そこには――
インちゃん。
『……』
妙に静かだ。
(逆に怖い)
南さん、不安になる。
(まさか最後まで来ないのか?)
だが同時に思う。
(いや……)
(そもそも西さんに“普通”を期待した私が悪い)
そしてふと思い返す。
――吊り橋効果。
怖い状況を共有すると、人は妙に親近感を持つ。
(確かに毎日怖かった)
――フレーミング効果。
言い方で印象は変わる。
「問題」ではなく「成長機会」。
(西さん、よく言ってたな)
――社会的証明。
周りが笑うと、つられて笑う。
(というか、みんな諦めて笑ってた)
――限定効果。
変な人が一人しかいないと、妙に価値があるように見える。
(あっ)
南さん、止まる。
(もしかして)
(西さん自体が限定商品だったのか……?)
インちゃんが突然つぶやく。
『レア♪』
「やっぱりそうか」
――夕方。
南さん、会社を出る。
振り返る。
少し寂しい。
少し怖い。
でも前を向く。
(……行くか)
その瞬間。
玄関口に人影。
「……」
白いマント。
謎の仮面。
そして頭には――
巨大なゴジラ。
「……」
(いた)
西さんである。
「西さん!?」
「シーッ」
「いや目立ちすぎです!!」
すると西さん。
突然、花束を取り出す。
「えっ」
「卒業だ」
「……」
南さん、少し感動する。
(なんだかんだ、最後はちゃんとしてるんだな)
その瞬間。
花束からハトが飛び出す。
――いや。
ハトではない。
インちゃん。
『インコー!!』
「そこから!?」
さらに西さん。
耳元でささやく。
「南くん」
「はい」
「人生で一番危険なのはな」
「……はい」
「“正解”を探し続けることだ」
「……」
「だいたい途中で動けなくなる」
沈黙。
南さん、静かに聞く。
西さんは続ける。
「間違ってもいい」
「……」
「動け」
「……」
「止まるな」
「……」
「あと」
「はい?」
「変な上司には気をつけろ」
「一番説得力ないですよ!!」
インちゃん、大笑い。
『ブーメラン♪』
そのときだった。
西さん、急に真顔。
「南くん」
「はい」
「最後に一つだけ教える」
「……」
「はい」
西さんはゆっくり指を鳴らす。
すると――
南さんのポケットから、名刺が大量に飛び出す。
「うわっ!?」
「マジックだ」
「最後まで何なんですか!!」
さらに名刺を見ると、全部裏に文字。
そこには、
『なんとかなる』
沈黙。
南さん、思わず笑う。
涙も少し出る。
「……雑ですね」
「うむ」
「でも」
「……」
「ちょっと救われました」
西さん、満足そうにうなずく。
「よし」
「はい」
「今日も仕事したな」
「何もしてませんよ」
インちゃんが最後に叫ぶ。
『サイコー♪』
夕暮れ。
南さんは歩き出す。
新しい人生へ。
後ろでは、
ゴジラ頭の西さんが、なぜか通行人に写真を撮られていた。
(……やっぱり変な人だ)
だが南さんは思う。
(でも)
(ああいう人が一人いると)
(人は少し、生きやすくなるのかもしれない)
――これが本当の意味での、
人生の転機とは、“正しい人”に出会うことではなく、“なんだこの人”に出会うことで起きる現象である。




