80話 謎の老爺爺、伝説の戦士の過去
右手首を縛める枷と鎖の重みを感じる。体の状態を確かめているとジャラと重い金属音が牢屋に響く。その音に、壁の方を向いて寝そべっている男がこちらに顔を向けて小さな声が放たれた。
「ん?魏君、起きてたのか」
「それはこっちのセリフだ」
どうやら俺達は、気絶させられた後にこの地下牢に放り込まれたようだ。死ななかったのは幸いだが、俺はもう背中に武器はない。何故生かしたのかは謎であるが、とにかくここから出て、奴等を倒す、もしくは先に宝剣を宝刃戯派に奪われないように回収するかの二択だ。この地下牢に居ても外の音は聞こえてくる。俺達のような激闘が繰り広げられているような音は聞こえない。まだ宝刃戯派は来ていないのだろうと思っておこう。
思考が終わり周囲を見回す。灯りは鉄格子を隔てた通路に数ヶ所しか存在していなく、そこから漏れ届くのみ。同じ牢獄の真向いに寝そべっている木煙の輪郭がぼんやりと見える程度の灯り。
「どうだ?」
「……何とか。まぁ節々に痛みはあるけど、問題なく動ける」
「そうか。なら──────」
「おっと、君の考えていることなんてお見通しだ。僕の剣でこの鉄格子を壊せというんだろ?」
「よくわかったな」
「長いんだ、嫌でもわかるさ。それで、率直に言うと無理だ。この手触りと音、おそらく星泊鉱[人界で掘れる鉱石。磨き上げれば人界史上最も硬い物質になる]だろう。君の剣だったらギリギリ行けたかもしれないけど、僕の剣じゃこれを断ち切ることはできないな」
「なるほど。だから剣を没収しなかったのか……」
そうなれば、右手首にある枷とそれを繋いでいる鎖も星泊鉱でできているのかもしれない。どうにかしてここから脱出しなければならない。色々を思考していると、向かいの牢獄から不気味な笑い声が聞こえてくる。
魏君と木煙はその方向を見る。だがそこは暗闇。でも微かに輪郭を確認できる。木煙は躊躇いながらその暗闇に向かって尋ねた。
「そ、そこに誰か居るんですか……?」
すると、暗闇は答えた。
「ああ、居るとも」
深みのある渋い声が聞こえてくる。声的に間違いなく老爺爺だろう。そしてその老爺爺は言葉を続けた。
「君達かい?少し前に表で暴れていたのは─────」
「え、ええ……まぁ」
「それで、どうだったんだい?」
「わかっているでしょう老爺爺。ここに居るってことは負け──────」
「いやいや、勝敗を聞いているんじゃない。傷を与えれたかどうかを聞いているんだ」
「傷…ですか?与えたには与えましたが…」
それを聞いた暗闇に潜む老爺爺はフッと笑いながら「そうかい」と呟いた。
「あの、あなたは何者なのですか?」
「わしか?わしは嘗て宮殿に仕えていた老い耄れだよ」
「嘗て?」
「ああ。あの常唐という髭の男と常紗という筋肉の男がこの国に来てから、何もかもが変わっちまった。平和に暮らしていた民は武の稽古や建築作業を延々とやらされるようになり……たった二人だというのに、俺達じゃ何も敵わないのさ」
やはり彼はこの国を真に治める者ではなかったのか。そして今ここで彼の名前を知るとは思わなかった。彼も『常』という苗字だ。こういうことになるのなら、もう少し常詩と話しておけばよかったと後悔する。
「色々と情報を集めようとしたが、結局は何も掴めなかった……奴等の目的も、あのよくわからない攻撃も……」
「そのよくわからない攻撃って言うのは、常紗の放つ透明な攻撃のことですか?」
「そうだが……もしかして─────」
「確定、というわけではないんですが……僕達が辿り着いた結論は術色でした。でも、何故透明なのかはよくわかってないんです」
すると老爺爺はまた不敵に笑いだした。
「そうかそうか……奴に傷を与え、さらには技も解明しているとな─────お前さん等なら、きっと奴等を倒せるだろう」
「……それは無理ですよ。まずここから出る方法がない。それに、俺にはもう武器はありませんし、体力もさほど回復していない」
「あるんだよ……ここから出る方法も、勝利する可能性を見出せる物も─────」
二人はその言葉に息を呑む。そんな物が存在するのか?あの化け物じみた奴に勝つことができる代物が─────
「ここから、どうやって出るんですか?」
「俺は少し方術を使えてな……内容は物質の変形だ。どんなに硬い物でも変形できるが、俺ももう年、数回程度しか使えない」
「ということは、その方術でこの牢獄から脱せるということですね」
「それで、可能性を見出せる物とは?」
「それを語るには少し長くなってしまうが、構わんか?」
「構いません。もう少し体力を回復させたいと思っていましたので」
老爺爺は咳払いをして、それについて語り始めた。
「それは、この国の宝剣と共に大事にされてある札『嵌合札』と呼ばれる物でな。これを語るにはある二人の……いや、一人の伝説の戦士の話をしなければならない」
□
数百年前のこと。
道場に三人の男。一人は大人、もう二人は十を過ぎたばかりの子供。子供の名は、長男・珊朗、次男・珊丹。この二人の父の名は珊王。この家は、古より伝わる武術『心清武術』を代々教えている。心清武術は戦うための武術ではなく、心を鍛える武術である。武を極めることで心も極まる。
珊王の本業は商人である。だが、その情熱の多くは商売よりも武術を兄弟に教えることに注がれていたのだ。この心清武術は体術の他に剣術や弓術、槍術など様々な形がある。珊王は剣術に特に傾倒していた。
次男である珊丹は厳粛に武術を教える父が好きだった。誇りにも思っていた。共に成長してきた兄の珊朗も同じ気持ちだと思っていた。
しかし──────
ある日、珊丹は頼まれた物を買って帰ろうとしたその時、あるものを見てしまった。それは、同じ年ぐらいの子供等に珊朗が蹴り飛ばされている様子だった。兄は胸を下に倒れ込み、子供等はそれを見ながら笑っている。その中でも少しばかり背が大きい子供が兄の目の前にしゃがみ、こう言った。
「お前昨日、俺達との遊びに負けて野兎捕まえるって言ってたよな?何で一羽も捕まえてねぇんだよ」
「ご、ごめん……昨日はその…家の用事で─────」
するとその子供は、パンッと兄の頬を叩き、弾ける音を立たせた。あまりにも鋭い音だったので、茂みに隠れながら見ていた珊丹はビクリと体が震えてしまった。
「あ?何口答えしてんだよ、珊菌のくせによ」
珊菌……!?あいつ等、兄を菌呼ばわりしているのか?
途端、兄を平手打ちした子供は自分の掌を見てぎょっとした。
「げっ!こいつの血が手に付いちまった!」
「うえ~、きったねぇ!」
「おいこっち向けんなよ!」
「感染しちゃうわ~。ちょっとそこら辺の川で洗って来るわ」
「ここら辺ドブしかないけど、ドブの方がマシだもんな!」
手に血の付いた子供はそそくさと川の方へと走って行った。これで終わったかと思いきや、その取り巻き達が振り返って兄の方を指差した。
「おい珊朗、おまえが約束を破ったのがいけねーんだからな」
「ごめん……」
何も言い返さず、ただ「ごめん」と謝り続ける兄にその取り巻きの一人は、「ごめんごめんうるせーな!」と叫びながら鳩尾を拳で突いた。
当然兄は地面にうずくまってゲホゲホとむせてしまう。その兄に向かって取り巻きは「明日捕まえてこなかったら殺すからな!」「ギャハハハ!」とキンキン響かせながら去って行った。
彼等の姿が完全に見えなくなったと判断した珊丹は勢いよく茂みから出て珊朗の元に駆け寄った。
「兄ちゃん……だ、大丈夫?」
「────丹…」
「ねぇ、何で話してくれなかったの?兄ちゃんがいじめられてるって」
尋ねた珊丹に、珊朗は優しく微笑んでこう返した。
「いじめ?いやいやそうじゃないよ。ちょっとからかわれてるだけさ」
「でもさっき殴られて……」
「あれはちょっかいの一種だよ。ちょっとだけ痛いけど」
「なんであいつらをぶっ飛ばさないんだよ!?俺達は心清武術を身に着けているんだぞ!?」
「丹。俺達の武術は、そんなケンカのためにあるんじゃない。父さんだっていつもそう言っているだろ?」
「で、でも!俺嫌だよ!兄ちゃんが菌呼ばわりされてるの!兄ちゃんが言わないなら、俺が代わりに父さんに言ってやる!」
珊丹はそう言った後、腕を思い切り振りながら一目散に走り出した。




