58話 嘗てに似た者、黒白と炎戟
四組の準備が整い、戦いの開始を合図する銅鑼がグワァン!と鳴らされた。出場している選手は銅鑼の音を聞いた瞬間、一斉に動き出した。ただ一人を除いて。
「──────」
月陣営側の一人である承影は微動だにせず、対戦相手の剣をただ待つのみだった。されど、それに襲い掛かる剣士は大きく振りかぶって自身の愛剣を勢いよく振り下ろすが、華麗な舞のように躱される。まるで氷上居るかのような動きは、おそらく魔剣から来る力の影響だろう。
対戦相手の男は技量というよりかは筋肉を頼りにするような戦術を取っているが、そんな戦い方は承影には通用しない。
「──────────」
魔剣を持つ者の戦いを目に焼き付けたかったが、決着はどの組よりも早く着いてしまった。時間にして二分経ったかどうかだ。横に座っている魔眼使いも「これだけじゃわからないわね」と頭を抱えていた。
「本領発揮、とまではならなかったみたい」
「多分このまま行けば魏君と戦う時にわかるかもしれないね。期待しているよ」
「あ、あまりプレッシャーをかけないでください……」
一番見たかった試合がすぐに終わってしまったが、私にはまだ見なければいけない試合が一つある。それが昼陣営側で繰り広げられている大剣使いの試合だ。あいつが勝ち進めればいずれ私と当たることになるだろう。それまでに私が敗北しなければだが……
大剣使いは対戦相手の槍を軽々と受け流し、槍の持ちうるメリットであるリーチの長さが全く活きていない。寧ろそれがデメリットという枷となり、防御の幅を狭めている。だが、何か違和感が尚無鏡を襲う。
大剣使いの男が大きく大剣を振る際、片方の手首を回しているのだ。まるで大剣の柄を捻っているように。そもそも大振りを行う時、そんな行動は取らない。寧ろ振りにくくなってしまう。
その大振りに直撃した瞬間、今までとは比べ物にならないほど高威力な一撃が見舞われた。それがこの試合に何度も──────故に槍は限界を迎えてしまい、真ん中からボキッと真っ二つに折れてしまい、強力な一撃により舞台の外へ吹き飛んでしまった。
一回戦で見たかった試合は全て終わった。結果は大剣使いの男と承影の勝利。あとの一回戦では私と魏君が勝利して上に上がることのみが目的となる。
◆
あの後の試合を全て見届けて、とうとう尚無鏡と魏君の出番が回ってきた。控え室で待機していると、スタッフから出場番号を呼ばれて控え室を後にする。会場は大歓声に包まれており、特になんとも思ってはいなかったが急に緊張してきた。呼吸を整えて、自分の上がる舞台へと上がる。
反対方向から上がるは尚無鏡と対戦する女性剣士の忘便。彼女の姿を一目見た時、尚無鏡は何か不思議な気を感じていた。その正体は、互いに剣を構えた時に判明する。砂のような色をした髪を携え、漆黒の剣を前に構える。その眼光はまるで古い鏡、嘗ての自分がそこに居るようだった。構えも剣も、本当に昔の自分のよう。きっと彼女は、とても慕われていて、とても強い剣士なのだろう。
会話は不要。剣で語るのみ。
尚無鏡は笑みを浮かべながら白銀の柄を握り、ゆっくりと青白い剣を抜いた。投獄直前、釈放後と彼女にとって手に剣を握ることは死の天秤、命のやり取りでしかなかった。しかし、今はそうではない。互いに磨き上げた最高の剣を、相手と交える二重奏、剣戟は人々を魅了する音色。
刹那、銅鑼の音が鳴り響く──────
「ハ──────!」
「フッ──────!」
短い声と共に、尚無鏡は忘便の左上から斬り込んだ。されど、忘便も前に出て振り下ろされた刃を受け止め、両者の顔は火花によって一瞬照らされる。互いに互いの刃を押し返し、ほとんど最初の位置へと戻った。だが次の手は既に考えている。尚無鏡は落ち物パズルのように、次の手やその次の手を常に思い浮かべながら戦っている。
押し返された足に力を入れ、弩弓から放たれる矢の如く尚無鏡は剣尖を突き出しながら突進する。しかしその刃は忘便の体を貫くことはなく、海から鯨が出てきたように下から弾かれてしまった。剣尖の起動はズレ、尚無鏡の右脇腹はガラ空き──────などではなかった。尚無鏡は思い切り体を左方向へと捻じり、その勢いのまま右脇腹へと吸い込まれるはずだった黒い剣を思い切り叩く。これで武器が壊れればと思ったがそんな甘い結果とはならなかった。
やはり試合とはいえこれは本気の斬り合い。なるべく武器破壊や場外に留めておこうと考えていた私が甘かった。生半可な優しさは重りの付いた枷であり、かえって自分の首を絞めることになる。実際この会場には形覚煙という重症を負っても死ぬことのない特殊な薬が蔓延している。実際、今まで見てきた試合でも斬られて大量に出血している人は何人も居たが、その後全員なんともなかったかのように元気を取り戻している。残っているのは試合に負けた悔しさのみ。
ならば、
「──────────っ!」
空の左手から緋い光を輝かせる。術色だ。鍔迫り合う最中、尚無鏡はその手中の炎を忘便へと放ち、視界は煙で覆われた。
今の一件を見て、観客席は「おお」という声が多く聞こえてくる。けれど、術色の使用はこの典礼では禁じられていない。私の前にも使用していた人物は二名ほど居るが、どれも同じような反応だった。やっぱり珍しいものなのか、崩星の言っていた通り誰にでも使えるけど誰でも使えるわけじゃないのだな。
叩き付けた剣に重みを感じ取れなくなり、警戒しながらも後退する。煙る舞台、だがその煙の真ん中がぼんやりと緋く光る。まさか────────
「──────っ!」
その煙の奥から火球がこちらに向かって放んできた。纏う気が似ているだけでなく、術色と型まで同じとは思わなんだ。だが、もし今のが本気に近いものならこちらに分がある。けれど油断はできない。
晴れた煙。更なる追撃に備えて腰を低く剣を構える。
常に一歩二歩先を決めて戦っている尚無鏡には、更なる試練が待っている。相手は嘗ての自分と似た者。故に戦いの癖も似ていることだろう。ならばそれよりももっと先を、十歩も百歩も先を決めておかなければならない。自分ですら読むことが不可能なほど先へ───────
「──────────」
再び弩弓から放たれた矢の如く舞台を踏み込んで突進する。けれどその速度は先ほどとは比べものにならないレベルであり、自身の手前に存在する空気を一点に圧縮断熱を起こすに等しいほどの気を切先と共に彼女へ送る。
されど、その反応速度は素晴らしいものでありながら寧ろ怖ささえ感じるほどだった。神速とも思える切先を黒い剣身で受け止めたのだ。だがそれでも抑えきることはできず、靴を滑らせてじりじりと後退してゆく。
ギギィと嫌な金属音を立てながら、互いに先の戦術をこの舞台上に仮想構築する。そしてタイミングは同じか、構築した未来の自分を道標とし、そこに向かってトレースさせる。
尚無鏡は刺突する右腕をそのままに、左の掌に緋の術色を集中させる。
忘便は防ぐ右腕をそのままに、左の掌に緋の術色を集中させる。
まだ甘いというのか。いや、こうなっている以上そうなのだろう。まだ自分すら読めないまでの領域に至っていない。出でることのできない技量の領域。ならばそれをぶつけ合おうではないか、どっちかが壊れるまで──────!
「りゃ────────ッ!」
「タァ───────!」
拮抗するのは二つの赤。
黒白の剣の火花と、緋い焔。
両の手それぞれ別に力を使わなければならない。この時間が長く続けばおそらくは──────そうなのだ。きっと相手もそう思っている。なら、勝利を得るためにはこの時間を長く続かせるしかない。
絶対に負けられない。
きっと崩星や陳湛、木煙も向こうで頑張ってくれている。彼等が宝剣を取り戻して無事に戻ってくると信じている。そう思うのなら相応しい結果を捥ぎ取れ。ここで苦戦している場合ではないだろう──────
「──────うおおぉぉぉ!」
「!?──────」
腹底からの咆哮により、左手から放った炎の威力が上がっていく。それだけではない、剣尖が捉えている黒い剣身にも罅が入り始めている。
押し込め!そのまま、前に──────!
剣身の罅も徐々に大きくなっていき、拮抗する炎極の衝突地点もググッと忘便の方へと向かっている。せめぎ合う火花と熱波。その勝敗は─────
「──────!」
「!?──────」
ガシャァァン!と甲高い音を会場に響かせ、尚無鏡の炎は忘便の身を包み込んだ。その勢いは暴風の如く後方へ押しやった。
やがて火炎は止み、包まれていた忘便の姿が露わになる。彼女はギリギリ舞台の上に残っていたものの、肝心の黒い剣は真っ二つに折れてしまっている。
瞬間、ワァァ!という大歓声と拍手が雲鋒館に響き渡った。周りを確認すると、どうやら戦っていたのは私達が最後だったみたいだ。
火傷を負い気絶した忘便をスタッフが運ぶのを、私は歓声の中舞台を降りて選手入場口へと向かって行った。武器破壊という望んでいた結果とはなったが、やはりそれなりの覚悟は必要だということ、生半可な優しさは必要ないとわかった。




