57話 典礼開幕、武の達人達
翌朝、布団の心地良さのせいで危うく寝坊するところだった。道袍に着替え、顔を洗って、髪を整え、木札を持ち、剣を背負って宿泊施設から飛び出した。流石典礼当日だ。雲鋒館へ向かう人が殆ど。だけど進路方向は同じなのが天の救いだった。もし逆方向であれば…いや想像したくない。人混みの間をすり抜けながら会場に向かう。
雲鋒館の選手控え室入り口に到着した。既にそこには魏君と飛川が立っていた。二人よりも遅れて到着した尚無鏡は開口一番、
「ごめん遅れたっ!」
「俺達も先ほど到着したので問題ないです」
「嘘よ。10分くらい待った」
「ほんとにすみません……」
「いいのよ。それより頑張ってよ?宝剣は多分まだだけど、彼等が必ず取り戻してくれる」
「それを正面から受け取るためにも、俺達も彼ら同様に典礼を頑張らなければなりませんね」
「そうだね。よし、行って来ます!」
気合を入れた尚無鏡は魏君を引き連れて選手控え室に入って行った。昨夜の温帆寧のことは後で伝えるとしよう。入室した瞬間、我々は驚かざるを得なかった。控え室は非常に広く、まるで高級宿のロビーほどの広さを誇っていた。設置されている長椅子もとても頑丈な素材で座り心地も良さそうだ。
入室時間ギリギリだったので室内に居る人間は既に全員揃っている。自分達含めて32人。それが今回の嵐流青舞滝典礼の参加選手。大男はもちろん、髭面の男やいやらしそうな戦術を熟しそうなヒョロヒョロの男なども居る。だが、あまり女性陣の参加者は多くないようだ。故に──────
承影。彼女の存在がとても目立つ。
とはいえ、それまでに負けてしまえば意味がない。雑念は捨てて、これから来る試合に備えなければならない。と、思ってはいたが、ある男が気になってしまった。その様子に気付いた魏君は小声で私に囁く。
「仙華様、どうされました?」
「あまり顔を動かさないで。部屋の真ん中左側の柱に寄りかかっている大きい男、何か凄く怪しい雰囲気を漂わせてる……それと、どこかで…うーん」
横目でチラリとその姿を確認した魏君は「確かに、辺りを異常に気にしていますね」と言って、さらに言葉を続けた。
「しかも背負っている大剣を包んでいるのは布でも鞘でもなく帯革。こういった典礼には数々の武術の達人が集っているのにどうして…」
「帯革だと何かおかしいの?」
「特別おかしいというわけではありません。人それぞれ、自分に合った装備を装着するのはとても大切ですから。ですが、ああいった帯革の鞘であれば剣はむき出しになっている状態。普通なら柱や壁に寄りかかるなんて行為はしません」
「確かに、他の選手は手に持って手入れしたり肩に立て掛けたり、寄りかかっていても鞘は腰にある。あの人だけ何か違和感」
「あの承影ですら手に持っているというのに、彼は自分の剣に何も関心はないのか?」
すると、外の方からドーンドーンという音が選手控え室に響いてきた。おそらく開会式が始まったのだろう。なるほど、選手陳は開会式には出ないのか。そうなると本当に試合に没頭すればいいだけなのだな。
それはそれとして──────
「ねぇ魏君。この典礼の試合の勝利条件ってわかる?」
「し、知らないんですか……?」
驚いて目を見開いた魏君は、溜め息交じりにそう口にした。魏君曰く、どうやら宿泊施設の選手が泊まる部屋にある机の棚に『嵐流青舞滝典礼の規則』という書物が入っていたらしい。これは完全に私の不注意だ。
魏君は仕方ないなという顔をしながら、尚無鏡に説明を始めた。
「試合の決着は三通り。一つは場外。試合は特定の舞台の上で繰り広げられます。そこから落ちてしまえば敗北となりますが、あくまで落ちた場合の話なので、あまり居ないかもしれませんが壁などを蹴って舞台に戻れたら続行するそうです。二つ目が武器破壊。この典礼では格闘家であっても手甲の装備が義務付けられています。故にそれらが完全に破壊された場合、敗北となってしまいます。そして、この三つ目がとても重要です」
「三つ目は何なの?」
「三つ目は戦闘不能。言ってしまえば気絶や死亡です」
「え?し、死亡……!?」
「そうは言っても、あくまでそれは疑似的なものです。会場の選手が居るエリアには、特殊な薬煙が漂っており、その薬煙の名前は『形覚煙』。これに触れてさらに摂取すると、形覚煙が摂取者の元の形を覚えて、死亡や気絶した場合に効力が最大限に発揮。気は失いますが、体の傷や形は元に戻るという、とても技術の高い、そして使い方によっては危険な薬なのです。不正に利用や持ち込みがされぬように警備は厳重となってますし、この薬もしっかりと国が厳重に管理しているとのことです」
「もしかして、こういう規則の書が部屋にあったのって……」
「鋭いですね。これはあくまでも薬。体に合う合わないがあります。そういった場合、典礼の辞退や決着内容を絞るといったことを申請できるのです」
「でも、どうしてそこまでして…」
「典礼、これは力比べでありながらも儀式の一つ。故にこの会場で流れる戦士の血こそが、東将軍への供物となるのでしょう」
なるほど。まさかここまでハードな内容だとは思っていなかった。正直、形覚煙があるからといって、あまり傷を付けたくはない。出来るだけ武器破壊や場外を狙うとしよう。
「規則ってことは、禁止事項も書かれてるんだよね?」
「もちろんです。試合とは言っていますがこれは戦い。金的や目潰しなどは制限されていません。ですが、登録武器の改造や選手外及び選手内の結託、矢以外の術色での武器生成などは禁止されています」
「術色自体の制限はされてないのね。ありがとう、大体わかったよ」
「ちゃんと読んでおいてくださいよ」
そうしたかったのはやまやまだったが、昨夜私の部屋に温帆寧が来てしまって、と心の中で言い訳を垂れるも、そもそも温帆寧が来ても来なくても規則の書の存在を知らなかったのでこの言い訳は意味を成さない。
そうこうしていると開会式が終わったのか、会場のスタッフである若い男が選手控え室へと入って来てこう声を掛けてきた。
「これより嵐流青舞滝典礼一日目を開催いたします!木札に書かれてある番号を言いますので、その番号の選手は会場へと向かってください!それ以外の選手は観客席に居ても構いません。ですが、次に試合を控えている場合はこの控え室にて待機をお願いします。昼陣営16名、夜陣営16名、計32名。それぞれの陣営が二組ずつ試合を行います。それでは木札番号『1』と『2』、『3』と『4』は昼陣営側の舞台へ向かってください。木札番号『17』と『18』、『19』と『20』は夜陣営側の舞台へ向かってください。次に試合に出場する『5』『6』『7』『8』と『21』『22』『23』『24』の木札を持っている選手はここで待機していてください。それではこちらに──────」
スタッフの居る扉へと向かって行ったのは、あの怪しげな大剣使いの大男と我等の敵・承影だ。これはまたとないチャンスかもしれない。ここに居るのは武の達人達。魔剣使いとはいえ苦戦を強いられ、それにより彼女の強さを測ることができるかもしれない。私達の出番はまだ先だということなので、魏君と話して共に観客席へと向かうことにした。それにしてもあのスタッフも、どこかで見たような顔をしていたが、気のせいだと考えるのをやめた。
選手控え室を出て観客席その道中、如何にもお偉方のような良い服を着た若者がこちらへと寄って来て「あの~もしかして尚無鏡さんですか?」と尋ねてきた。少し訛った口調の彼を警戒しながら、魏君は質問で返した。
「申し訳ありませんが、どちら様でしょうか?」
「おっとスマンスン。興奮してつい自己紹介を忘れとったわ。俺は夕剪平って言う者で根張国の太子殿下やねん。貴方の冰有国の活躍のおかげで、赤い妖鬼から逃れることができたんや。そやさかい礼を言いたくてな、どうもおおきに」
「い、いえいえこちらこそ。太子殿下が私を知ってくださっていて寧ろ光栄です」
と話した瞬間、奥の方から彼の名前を呼ぶ男の姿が目に入る。父親だろうか。それを見た夕剪平はこちらの方を見て、
「今回の試合楽しみにしてるで。ほな!」
と言って夕剪平は走って観客席へと通じる方へ走って行ってしまった。
それを見送る尚無鏡の横で、顎に手を当てている魏君の様子が視界の端に映る。何かに気になっていることに気になった尚無鏡は魏君に尋ねた。
「どうしたの?」
「いや、あの気さくな感じと訛り方…どこかで」
「流石に考え過ぎじゃない?彼は死んだし、世界は広い。似た話し方をする人も居れば、似た性格の人も居るって。それより、私達も観客席に上がろう?試合が始まっちゃうよ」
「そうですね、行きましょう」
◇
「すごい人だね……」
「そうですね。もしかして空いている場所はないのでは─────」
魏君がそう言った瞬間、飛川の姿を発見した。彼女に声を掛けようと近づいたら、彼女の隣二席が空いていることに気が付いた。すると彼女は振り向いて、
「やっぱり来たのね。席は取って置いてあるわよ」
「ありがとうございます」
「これだけすごい人数なんだもん。占領しなきゃ取られちゃうし」
飛川が取って置いてくれた席に感謝を込めながら着席する。そろそろ試合が始まりそうな雰囲気を会場が漂わせており、観客達も今か今かと待ち侘びている。武を高め合い、武を競う血の儀式。
会場に目を向ける。試合をする場所は赤と青の二色のエリアに分かれ、それぞれに舞台が二つ用意されている。おそらく赤い方が昼陣営側で青い方が夜陣営側だろう。昼陣営側の舞台の一つには、先ほどの怪しい大剣使いが、夜陣営側の舞台の一つには承影が立っているのがわかる。
これで確定する。
もしこのまま勝って行けば、大剣使いに当たるのは尚無鏡、承影に当たるのは魏君だということが。敵を知るまたとないチャンス。我々の目に、そして飛川の魔眼にその戦いぶりを焼き付けようではないか。




