51話 黒手党、朝靄を肺に
墨走国内にて─────
夜が明け、明日は典礼だということで外から来る客で賑わっている。その中に紛れるような恰好をした男が一人、建物の隙間へと入り裏へ行く。
「来たか。随分と時間が掛かったな」
その男を待っていたもう一人の男、髭を生やし頬は少しコケている。その髭を生やした男は、今来た男にそう言った。そして、
「申し訳ございません。流石百回記念というべきか、巡守隊の警備がいつも以上に多く手こずってしまいました」
「それより…例の宝剣は?」
「それが昨夜、巡守隊の警備が『大泥棒の温帆寧に宝剣を盗まれてしまった』と言っていました。それが真実か確かめようと、全ての倉庫を探しましたが、やはり見つかりませんでした…」
髭の男は歯を食いしばりながら建物の壁を拳で叩く。まるで、今までは上手く回っていた歯車に小石を詰められたのを怒るように。それもそのはず。彼はこの国に存在する黒手党の老大[読み:ラオダー。親分のこと]であるのだから。
今回の計画として、嵐流青舞滝典礼の優勝景品である『宝剣・流転』を強奪し、それを高値で他の組織に売りつけようとしていた。だが、その計画に水を差されてしまった。裏社会の人間故、この怒りがどこへ向かうか想像もつかない。
「おい、子分共」
老大の声に反応したか、ぞろぞろと黒に包んだ人間が数人現れる。
「宝剣を奪った温帆寧を見つけ次第始末し、宝剣を奪い返せ。そして、その宝剣を追う巡守隊も構わずに殺してしまえ。だが、くれぐれも巡守隊には気を付けろ。巡守隊が勢力を拡大させれば、こちらも本気になったとて少し厳しいからな。組織との契約は三日後だ─────取り掛かれ!」
「「「は!!!」」」
一ヵ所に集まった黒い男達は、砂に息を吹きかけたかのように一気に散らばって行った。表と同じように、裏であっても契約は契約。だが表と差異があるとすれば、それは残機であろうか。
表での失敗は取り返しのつかないことで無ければ重くても骨折だろう。だが裏では斬首に等しい。
未だかつて味わったことのない渦潮が、いきなり目の前まで来ていたとなれば、どんなにふんぞり返った人間でも危機感を覚えるだろう。その状態がまさしく、今の老大なのだ。
「くそ……温帆寧め…肝心な時に俺の邪魔をしやがって」
握る拳、止まぬ歯軋り。だが、その最中に違和感が見えてくる。
温帆寧は普段、宝石や骨董品などをよく盗むと聞いている。だが奴が今回手を出した物は宝剣だ。これまでの行動ではあり得ないことだ。これには何かある、と老大は思考する。
だが何かあったとて、何としてでも温帆寧を見つけ宝剣を奪わなければならない。契約の期限は三日後、つまり嵐流青舞滝典礼最終日ということだ。できるだけ早く見つけたいところだが、人が少なくなるタイミングは最終日。けれどその時にはもう表彰式は終わっているだろうから、勝負を仕掛けるとするならば典礼一日目の明日ということだ。
ここでもう一つ、老大の脳に違和感が走る。
優勝景品の宝剣が盗まれたのに何故中止にしない?典礼が行われている前提で考えていたが、そもそもあるのがおかしいと冷静になって思う。何か中止にできない理由でもあるのか。そうであったとしても、典礼運営の事情など考えても意味は無い。今は、忌まわしき大泥棒を何とかしなければ……
「待ってろよ、大泥棒──────」
◆
同時刻、ガラガラと牛車の車輪が音を立てる。少し冷える今日の朝、雲一つなく晴れてくれて本当に良かった。道中、ずっと曇天で雨でも降られたらどうしようかと思っていたが、結局雨は降ることなく、次第に雲は晴れて満点の星空を眺めることができた。
日の光で目が覚めて、尚無鏡は大きく背伸びをする。少々大きな石を踏んだか、牛車は揺れ、その揺れで完全に覚醒した。
「おはよう、阿鏡」
「あっ、おはよう崩星」
もうすっかり彼の運転に甘えてしまっている自分に驚いている。尚無鏡は「また長時間運転させちゃってごめんね」と彼に言い、崩星はそれに対して「好きで運転してるから気にしないで」と返した。彼は至って変わらない様子で接する。密かに怒りが溜まっていなければいいのだが……
そして続々と目を覚まし、落ちる瞼を手で擦り、虚ろな目に光を宿す。
「前が二日だったから、今回はとても早く感じるな」
「そうですね。あ、木煙様、仙華様に剣を────」
「……ん」
「早く起きないか。墨走国は近づいているんだぞ」
魏君が未だ目を覚まさない木煙の体を少し乱暴に揺らし、髪と同じ色の睫毛をピクリとさせながらやがてゆっくりと瞼が開いた。二度三度強い瞬きをすると自分が最後だと悟ったか、ガバッと勢いよく状態を起こした。
「やっと起きたか」
「………悪い、結構寝心地が良いんだよなぁこの藁」
「なら次の宿泊は君だけここにするか?」
「はぁ!?冗談じゃない!」
「それよりも、早く仙華様に剣を」
「あぁ、そうだったね」
起きたばかりの木煙は、背中に掛けてある剣と鞘を外して、尚無鏡に手渡す。木煙の剣は青白い氷のような剣。白い術色を持つ木煙にピッタリのデザインだ。だが木煙の剣は、私が以前所有していた樂蓮や、魏君が背負っている罅樹のような秘剣ではない。装位は秘剣に劣るものの、私が投獄される前から使っているので相当頑丈な剣だということがわかる。多分前のように折れることは無いだろう……
「ありがとう。あ、そうだ──────」
嵐流青舞滝典礼に参加する時は、選手名と所属国名、武器種と武器の名前の登録が必須となっている。所属国名の部分は、短日国に送られてきたものであるので『短日国』と記入することになっている。だが、とても長く付き合いがあるのにも拘らず、木煙から剣の名前を聞いたことが無い。
「登録する時に剣の名前を書かなきゃいけないんだけど…名前って何?」
尚無鏡の問いに、少し照れながら答える。
「──────冷淵、です」
「いい名前だね。誰が付けたの?」
「自分…です」
「フッ─────」
「おい魏君、今鼻で笑っただろ!?」
「皆、準備しておいて。そろそろ着くよ」
崩星の言葉により、皆が身だしなみや荷物を整えている。既に済んでいる尚無鏡はだんだん近づいて来る墨走国を覗き込むように牛車から身を乗り出す。
墨走国は、今まで訪れた国より遥かに大きい国であることがわかる。正確に測ったわけではないが、短日国の約6倍、冰有国の約4倍の規模がある。見渡していると、高い城壁の外側を半透明な幕が覆っていることに気が付く。
「あれは────?」
「あれは結界だよ。典礼が近くなると、巡守隊と呼ばれる者達が結界を張るんだ」
「入る時はどうするの?」
「結界の傍にいる巡守隊員に審査を行ってもらい、異常が無ければ入る事ができる。逆も然りさ」
流石典礼、警備もしっかりしている。怪しまれることが無いようにしないと。折角譲ってくれた参加切符が台無しになってしまう。
揺らぐ牛車にて、緊張により弾む心臓を収めるべく、朝靄を胸いっぱい吸い込む。肺をいっぱいにしてから吐くことで、自然と心が落ち着く。
「審査を終え次第、皆は降りて典礼会場に行って登録を済ませておいてくれ」
手綱を握り、前方を向いたまま崩星がそう言った。その言葉に疑問があったのか、木煙は彼の背中に問う。
「君は会場には行かないのか?」
「あとで行くさ。この国では牛車や馬車などは自由に置いておくことができない。典礼期間なら尚更厳しい。だから審査を終えたら指定の場所に案内される。もしかしたら時間が掛かったりするかもしれないから、皆には先に降りてもらおうと思ってね」
「なるほど…結構厳しい国なのですね」
「いっぱい人が集まるからね。それは仕方ないよ」
「仙華様、とりあえず牛車から降りて登録を済ませたら、腹ごしらえをしましょう」
と、意外にも魏君がそう口にした。とはいえ、我々は典礼出場者。腹が減っては全力を出せないし、何より体力が持たないかもしれない。だがもちろん、食べるだけというわけにもいかない。
「それじゃ、食べ終わったら典礼前の手合わせでもお願いしようかな~」
「実に光栄です。よろしくお願いします」




