49話 出発の時、剣を握る二人は誰か
「──────という流れになりまして…」
人気のない廊下の奥にて、尚無鏡は通筆書を交えて思子宗と通話をしている。突如出現した四大霊獣の一角である冥淚玄武の討伐、短日国の国主・常詩から貰った『嵐流青舞滝典礼』の参加切符二枚。これら起こったことを全て報告し、下頼殿の者に判断を委ねる。
「冥淚玄武の出現に関しては仙界の上層部でも問題とされており、現在は仙西域の将軍である雨晩様が死界へ調査に赴いています」
「し、死界!?」
仙界が仙人の集う世界、人界が人の集う世界ならば、死界は死した魂が集う世界ということ。そんな世界に行くことができるのか。流石は将軍だ、位が違う。
「それで、西将軍は……?」
「まだ仙界には戻ってきておりませんが、行ったばかりですので心配はないかと。流石に二日や三日で帰ってこなければこちらも動くと思います」
「なるほど……それでどうしましょうか。このまま典礼にでるか、それとも典礼には出ずに他の国へ行くか…」
思子宗はそれに対し、
「こちらからは宝刃戯派の動きは見られませんし、典礼に出場してもいいかと」
「でも、典礼に出場して徳って積めるのかな?」
「徳を積む過程は同時に布教でもあります。なので、仙声を集めるには徳を積むというだけではありません。舞台で勝者が高らかに宣言することも布教に繋がります。ましてや典礼、仙人の加護を受けていると信じている者は多いはずです」
なるほど、そういう手もあったのか。であれば、この参加切符を無駄にするわけにはいかないな。
「お忙しい中ありがとうございました」
「いえいえ、これが下頼殿の仕事ですから。尚無鏡様もお気を付けて─────」
という声の後に通話は切れた。何も書かれていない通筆書を閉じて、尚無鏡は仲間の元へと向かって行った。
◆
「さて……」
とある一室の円卓を囲んで座る五人。真ん中には参加切符が二枚。
「誰が出る?」
静寂を切り伏せた一言を放ったのはもちろん尚無鏡だった。そしてそれに続いたのは大剣使いの魏君であった。
「俺が出る」
「まぁ、妥当だな。それなら二人目は僕かな?」
「お前が出ても一回戦敗退だろう」
「君流石に舐め過ぎじゃないかな!?」
「ケンカしない!崩星と陳湛は典礼に興味とかある?」
「ないかな。僕は見てる方が好きだし」
「私も剣術や武術は得意ではないので不参加という形で」
二人は不参加ということが確定した。私自身出たいとは思っているが、この嵐流青舞滝典礼には武器登録が必須となっている。格闘家も素手ではなく手甲を着けることを義務付けられている。
私が現在持ち合わせているのはこの黒い弓だけ。もちろん知っての通り、私は弓術よりも剣術の方が何倍も秀でている。
すると、
「木煙、この典礼は今後の仙華様の為にも必ず勝利しなければならない大事な典礼だ。だから一つ、いい案を思いついた」
「なんだよ」
「君の剣を、仙華様に貸すのはどうだろうか?仙華様は剣術に秀でている御方。力を失っているとはいえ、君の何十倍も強いだろう」
「まぁ、それなら文句はないさ…秘剣持ちの君と、凄腕の仙華様。皆はそれでいいかな?」
木煙の言葉に、その場にいる全員が頷いた。円卓の真ん中に置いてある参加切符を尚無鏡と魏君が手にする。
「それじゃあ、僕の剣は墨走国に到着する時にお渡ししますね」
「ありがとう木煙、大切に使わせてもらうね」
「今度は絶対に折らないでくださいよ……」
そうだった。以前仙界に居た頃、木煙から剣を借りた際に誤って折ってしまったことがあった。あの時の剣は少し刃こぼれが進んでおり、新しい物とは言えなかったが、結局は人の物だ。気を付けなければいけない。
「それでは、明日の出発に向けて、我々はもう休みましょう」
と陳湛が提案し、了承した各々は部屋へと戻って行った。
「仙華様、今夜は私とお楽しみですね」
「頼むから自分の部屋に行ってくれ」
◆
「いやぁ、結構早かったねぇ」
国門前で常詩が、牛車に乗る準備をしている我々に向かってそう言った。その後ろから巍儀芳が続く。
「元々彼女達は宝刃戯派を追って来ましたから。まぁ、同時に石板の問題も解決できたので、凄く感謝してます」
「ほんとかぁ?国主になれなくて悔しそうに見えるけど」
「そんなこと思ってません!」
悪戯っぽく笑いながら常詩は巍儀芳を弄る。その様子を見て尚無鏡が笑う。確かに、短日国に来てから二日くらいしか経ってないか?冰有国からここに来る時間より短い滞在だった気がする。
「とても短い間でしたが、お世話になりました」
「なに、頭を下げるのはこっちよ。あなた達の助けが無かったら上手く行ってなかったわ。本当にありがとう」
「巍儀芳さんも国主になれるよう頑張ってくださいね」
「ふ、二人して何よ!」
と、牛車に乗ったと思っていた陳湛が、私の後ろから体を出して巍儀芳にある事を尋ねた。
「そういえば…先日吹っ飛ばした連中はどうなったんですか?」
んんっと咳払いをして自身の感情を整える。その後、陳湛の目を見ながら彼女はその問いに返答する。
「奴等のことは心配しないで。昨日衛団が海に居る組織を大半捕まえているから。長も捕まえてるし、逃れた奴が集まっても今まで以上の脅威はないと思う」
「それなら良かったです。抑えるのに必死で…」
「いいのよ。協力感謝するわ」
すると、汽笛かのように出発を今かと待ちわびている牛が鼻を勢いよく鳴らした。牛車には荷台で寛いでいる魏君と木煙の姿が、牛を撫でている崩星の姿が目に入る。
「それでは、私達は行きます」
「おう、気を付けて。ボク達の分まで頑張ってくれよ」
常詩、巍儀芳に尚無鏡はそれぞれ固く握手を交わした。
五人の旅人達は手を大きく振り、牛車は手綱を握った崩星によって発進する。冥淚玄武の攻撃によって崩れてしまった道を避け、これから徐々に真上に昇る日の方向へと進路を向けた。
「どうしたんだい、阿鏡」
自分では無意識だったが、深刻そうな顔をしていたのか崩星が声を掛けてきた。それに対し、ピクリと体を震わせ、
「ああ、いや──────ちょっと心配なことが」
「どんなこと?」
「ここを出る前に国主と話をしたんだけど、宝刃戯派はここの宝剣を予備計画としていたらしくて、もし本計画で何か不都合が起こった場合こちらに来ると言ってたの」
「なるほど…でも、彼は人類最強の男だ。そう身構えることは──────」
「いや、その人類最強ですら、心の奥底が震えるほどの何かを感じさせた人が居たの。確かその人の名前は、赤霄って言ったかな」
「どんな姿をしているかは聞いた?」
「もちろん。背は高くて体格も良くて、赤い剣を携えた毛先がくすんだ桃色の長髪だって…」
確かに、氷茁閣、で確認したシルエットの中に体格の良い者は存在した。だが、形として捉えられるほどの情報しかなく、その中身までは把握できていなかった。
くすんだ桃色。記憶の引き出しの奥底から香る、正体不明の懐かしさ。なんだ──────?
「……崩星?」
深刻そうな顔をしていた少女に声を掛けた者が、今度は深刻な顔をしていたのか。尚無鏡はこちらに心配の声を掛ける。
「大丈夫?」
「ああ、大丈夫だよ…」
思い返してみれば、決別してから一度も彼の姿を見たことが無い。この千年間で、どういう成長をしたのかも不明なまま。故に、それはあり得る道だと崩星の思考はそう言った。墨走国で会えるかはわからないが、もし何も邪魔が入ることなく直接その姿を拝めた時、お前は誰だと問う必要がある。正直信じたくはない。例え決別していたとしても、君はオレの────




