46話 約束、侵攻する玄武
常詩の家はとても裕福とは言えなかった。けれど、そう言ったら嘘となってしまう。実際には、常詩が産まれてくる前までは裕福であったと言うべきだ。常詩が産まれた時には既に父親は居らず、家は裕福ではなくなっていた。どうやら第一子を出産した二年後に突然出て行ったらしい。その時既に母のお腹には常詩が居た。
産まれてから数年、母は病死。荷物を整理していた時に、母の日記を見つけた。ここで自分には何か特別なものがあると理解した。故に色容体であること。
そして兄と父の存在も。母は「兄を連れてどこかに行ってしまった」と日記に記述してあった。もしまだ健在なのなら、何かとんでもない事を起こそうとしているのではないかと常詩の頭に過った。
そのためにはまず、この体を使いこなさなければならないと考え修行に励んだ。その日々が脳内に廻るほど、大きな緊張が走った。
「誰だ──────」
桃色の毛先を揺らしながら、そいつは常詩の方を見る。
「お前が、最強か」
「そのガキの仲間だな?」
「いかにも」
「ってなると…代打?」
想像は的中か。男は背中にある赤い柄に手を伸ばす。柄を握った瞬間、剣を巻いていた赤い布の端がまるで蛇のように彼の手首に絡みついた。抜剣する刹那に、悍ましくも美しい彼岸花を目にした。剣を巻いていた布は一気に広がり、地に着くことなく男の後ろを漂っている。
男が剣を払い、ボクの緊張は加速する。朱がゆっくりと迫る。ゴクリと喉を鳴らした次の瞬間、後方から大きな音が鳴り響いた。
「なんだ!?」
「──────────」
振り返ると、山の上に巨大な玄武の存在を確認する。まさか、封宝堂の扉が開けられそこから出てきたのか?しかし、今はどちらも危険。巨大な玄武、そして謎の男。すると男から意外な言葉が放たれた。
「なるほど…敵討ちはお預けか。自分の責務を全うするがいい」
「どういう意味だ…」
「言葉の通りだ。今国主であるお前はあの玄武を対処しなければならない。そしておれの目的はこの太阿を連れ戻すことだ。こいつが先走ってこちらに来たことに関しては謝罪しよう。だがこれだけは言っておく。ここの宝剣はあくまで我々の予備計画にすぎない。必要となればまた同じように攻め入るだろう」
「つまり、メインじゃねぇってことか?舐められたものだな」
「ここの宝剣は効力が少し弱い。我々が求める宝剣には僅かに遠い」
常詩は息を吸い、目前を睨みながら問いかけた。
「お前、名を名乗れ」
「──────赤霄だ」
「わかった。ならそのガキを連れてここから去れ。次来た時、宝剣を駆けてテメェと一対一で戦ってやるよ」
「ああ。それまで楽しみにしていよう。くれぐれも、あの玄武との戦いで死ぬようなことの無いように」
そう言って赤霄は、太阿を抱えてジャンプして消えていった。それを見届けた後に魏君が常詩に話しかけた。
「国主まずいです。あの玄武、こちらに向かって来ています!」
「まじか…とりあえず、さっきの騒ぎでここに住民はほぼ居ない。巍儀芳達も例の組織を何とかしてくれたと信じて──────短日衛団よ、聞け!」
常詩が叫ぶ。すると、至る所から武弁達がぞろぞろと集まってくる。その様は圧巻。国主の一叫びでこんなにも──────
「山の頂上に突如現れた巨大玄武がこちらに向かって来ている!この国を守るため、総員国門前に集結せよ!その後は巍儀芳将軍の指示に全て従え!」
「国主様!現在、儀芳将軍は不在であります!その場合は──────」
「いや、必ず彼女はここに来る。万が一来なかった場合はボクが指揮を執る!総員直ちに出動せよ!」
「「「はっ!!!」」」
衛団は地を揺らしながら国門前へと向かっていった。常詩は魏君の肩にポンと手を置き、先ほどとは打って変わった表情で、
「それじゃ、ボク達も行こうか」
「はい!」
◆
「あのクソコソ泥、やってくれたわね!」
罵倒を吐き捨てながら、高速で下山をする巍儀芳一行。道中、こちらに向かう陳湛と合流するが崩星の姿がどこにも見当たらない。彼女曰く「途中どこかを曲がって行ってしまった」とのこと。下りる最中、尚無鏡は気になって尋ねる。
「山を下りて、どうするの!?」
「多分国主が衛団を集めていると思う!とりあえず、国門前に全力疾走で向かうわよ!」
「陳湛、後ろから風を起こせる!?」
「彼と一緒にここに来る時が限界で、これ以上はもう──────」
とはいえ、我々の時速はとうに50キロを超えている。傾く道の木々を抜け、前に前にと地を蹴り飛ばす。時間にして5分だろうか。冥淚玄武よりも速く下山することができ、国門前には既に衛団が集合されてある。
「流石国主!君達も配置に着いて!助力を願うわ」
「もちろんそのつもりですよ!」
配置に着くのはいいが、尚無鏡は途中で消えた崩星が気になる。どこで何をしているのだろうか、心配の感情が積もっていく。
「待ってたよ、儀芳将軍。結構遅かったね」
「悪かったですね!遅くて!」
「それじゃ、任せたよ」
「もちろん。衛団の皆よ!これより、あの巨大玄武の侵攻を阻止、さらに完全無力化するべく攻大方術を行う!配置に着け!」
「「「はっ!!!」」」
攻大方術?そんなもの私は聞いたことが無い。周りにいる仲間の顔を見るに驚いている様子はない。もしかして私だけ知らない感じ?とりあえず、近くに居た木煙に聞く。
「ねぇ、攻大方術って何?」
「ああ、仙華様はその時投獄されていたので知らないと思いますが、約二百年前にできた方術の派生です。多くの人間の体力を束ねて、極大な一撃を見舞う方術です」
「ですがそれを連発することは極めて危険なこと。できても三回が限界でしょう。それを超えてしまえば、体力を献上した者は気を失ってしまいます」
「それは凄いね……でも相手は四大霊獣の一角、通用するのかな?」
配置が完了する。上から見れば扇のような形だろうか。その先頭に巍儀芳が月牙鏟を構えている。そしてついに、冥淚玄武が下山を完了する。瞬間──────
「用意!」
将軍の指示に、衛団の武弁は皆武器を天に掲げる。すると、巍儀芳の目の前に巨大な陣が現れる。そしてその陣の中央に光の玉が現れ、それは徐々に大きくなってゆく。
あれが攻大方術。
結束の攻撃。
我々も武器を掲げ、体力を光の玉に送る。まるで特大のミサイルランチャーのよう。照準を前に、これが最後と言わんばかりの必殺が今ここに。
カーン。
月牙鏟を地面に突き立てる音が甲高く響いた。瞬刻、陣から超巨大な光の玉が冥淚玄武に向かって勢いよく発射される。玉は地を抉りながら進み、放たれてから僅か2秒後に大爆発を起こした。
空間が割れそうなほどの爆風が巻き起こり、そこに居た者は皆地面に伏せた。これだけの威力、あの四大霊獣であっても無傷では済まないだろうと、誰もがそう思っていた。
煙が晴れる。その煙は晴れてほしくなかった。幕が上がると同時に叩きつけられる絶望の現実。直撃した冥淚玄武は傷一つなく健在だった。
「そ、そんな──────」
「なんでだよ…」
「何か他に策はないのか…?」
唖然とする声は沢山の武弁から零れていく。言うまでもないだろう。しかし、こちらとしてもあれを打破する代案などまるでない。絶望を前に佇むのみ。されど衛団は諦めず、二回目の攻撃準備を始める。体力的に残り二回が限界だろう。今度こそと祈りながら、皆は武器を天に掲げた。
◆
最早、氷壁に囲まれた北国のように寒い廃坑。冷気は依然として漂っているが、足を氷に包まれたあの二人の姿は無かった。
「流石に逃げたか。まぁいいか」
バリバリと氷を砕きながら奥へと歩む。その姿は何らかに変わることなく前進する。最奥の手前に到着した後に、冷え切った空間で彼は口から白い息を吐くことなく声を出した。
「─────居るんだろう召立」
その声に応じるように、青い炎は再び燃え盛る。
「何故、ここに帰ってこられたのですか?何かあったのですか──────」
「封宝堂の扉が開かれた」
「なんですって!?な、中には何が……」
「冥淚玄武。嘗て仙人の国の脅威であった大魔の一角だ。そしてオレがここに戻って来た理由はただ一つ。召立、冥淚玄武の討伐に手を貸してほしい。ほしいんだけど…焦りのせいもあって、実は特にこれといった考えは全く──────」
玄武と聞いて驚いたか、魂は目を見開いた。けれど、
「自分に、いい考えがあります──────」
「─────、なんだい?聞かせてくれ」
青い炎は彼を見ながら、自分の状態を確かめる。
武器、筋肉、技量、能力。どれを取っても彼以下に過ぎない。そんな彼が自分に頼み込んできたのだ。
俺にしかできないこと。それはたった一つ、
「この体は、石板を守るという役目を終えたのに未だ燃え続けている。つまり、まだ果たさなければならない使命があると俺は受け取った────俺を…衛霊残火と化した俺自身を使ってください──────」




