45話 止まぬ風、青空の翠
強烈な一撃の下、太阿の体は勢いよく吹き飛ばされる。しかし、彼はそうさせなかった。
「今度はこっちから行かせてもらうよ」
常詩は飛んでいく少年の手前に渦を発生させる。その吸引力は強力故に、太阿の進行方向は強制的に変えられた。このまま渦に飲み込ませるのか、そう考えた魏君だったが甘かった。彼は渦に飲み込まれる寸前にその渦を消したのだ。するとどうなるか。多少速度は落ちるが、引き寄せられた勢いのまま常詩の所に戻ってきているのだ。
再び肘で弾幕を破壊する。故に──────
「おい────俺の首取るんじゃなかったのかよ」
再び高速の拳が放たれる。今度は脇腹。だが先ほどのような感触はなかった。
なるほど、意識はあったというわけか。直前に塗着術で軽減してやがったか。
とはいえダメージは酷く、先ほどまでとは行かないが少年の体は後方に吹っ飛んでいった。
まずい…!頭がグラグラする。さっきの一撃は辛うじて軽減できたものの、砕かれてしまった霆龍は治癒に専念しているため暫くは呼び出せない。だからさっきみたいに空中に居続けるなんてことはできない。かといって地上に降りてしまえば上から一方的に──────ん?いや、地上にはもう一人居るじゃないか!さっき首を取るって宣言したが、俺の目的は宝剣なんだからな!何の罰も当たるまい!
滞空していた太阿の体がいきなり下方へ飛んで行く。常詩からして見れば、途端の行動故に一手遅れる。
まさかアイツ、下に居る魏君を──────
だが、この目に映る光景により、焦り顔に笑みが浮かぶ。大剣使いでありながら俊敏な動きを取ることができる魏君。戦いを見ながらもきちんと状況を確認することができる彼にとって、この奇襲は短いリードを取っている時に投げられる牽制球に過ぎなかった。
勢いよく振り下ろされる剣に、臆することなく大剣を叩きこむ。重力と魔剣の力により、多少劣勢となったこの状況にて魏君は──────
「解憶・罅樹」
剣身は罅割れていき、赤い亀裂が走る。常詩に剣に宿る龍を割られ、力を思い切り発揮できない片手用魔剣と、解憶によって強化された両手用秘剣。どちらがこの鍔迫り合いを制するかは、どんな素人にでもわかるだろう。
「フッ──────!」
ジャアァ!と鋭い音を立てながら大剣が押し返す。そしてその勢いは、後を追うように放たれた雷閃に託された。
鳴雷。強烈な光に触れ、太阿の体は再び上空へ飛ばされる。魏君は空の攻撃術、そして手に持つ秘剣は解憶を成している。出力された雷は天を割る勢いだったが、常詩との戦闘で感覚が掴めてきたのだろう。同様に、攻撃をくらう直前に術色を体に纏って軽減している。しかも、魏君と太阿の術色は共に空。常詩の時よりダメージを受けているような感じではない。だが、
「おかえり、クソガキ」
その先には、自らの手刀を術色で纏い構えていた常詩の姿があった。急いで体を翻し迎撃態勢に入ろうとしたが時すでに遅かった。伸びた風の刃は胸を斬り裂く。そして空かさず手に纏っていた風を解き放つ。
痛い。ただの暴風のはずなのに痛みが走る。まるで前方から何本も針が飛んできているかのように。
体は後方へ。それを追いかけるように弾幕が飛んでくる。霆龍はまだ使えない。頼れるのは己のみ。慣れぬ空中で懸命に剣を振るう。しかし、こちらに向かってきたのは弾幕だけではない。なんと常詩自身も、弾幕に紛れて飛んできたのだ。
圧倒的予想外。弾幕は斬れても、人を斬るほどの力は空中では不可能。そして避けることも────
「ぐっ──────!」
迅る拳は腹部へ吸い込まれる。鳩尾に叩き込まれた拳ほどは無いが十分にダメージが入る。
「まだまだぁ──────!」
パンチの勢いでさらに後方に飛んでいる太阿を挟むように、ジグザグに渦を配置する。一番手前の渦が起動する。太阿はそれに引っ張られ、今渦に飲み込まれようとした最中、その渦は消え去り次の渦が起動し始めた。交互に体を持っていかれ、最早感覚など無く。そしてその終着点には、拳を構えている常詩の姿。揺らめく背景に、かの技が蘇る。
「落ちろ」
飛んできた太阿の体目掛けて拳を振り下ろした。こちらに向かって来るよりもさらに速い速度で太阿は落下していった。容赦の欠片も無い一撃に、魏君は息を吞むことしかできなかった。
落下地点に土煙が舞う。数秒後煙は晴れ、太阿の姿が見え始める。めり込んだ地面に大の字で倒れており白目をむいていた。正直驚きが隠せない。あの速度から、あの高さから落ちて原形を留めているとは。普通の人間なら四肢が吹き飛んでいてもおかしくない。これも魔剣による影響なのか。
その様子を見に来るかのように、上空からゆっくりと常詩が降りてくる。
「この程度か。で?首と剣はどうすんだよ?」
「ぅ──────……」
さっきまで白目をむいて気絶していたのにもう声を出せるのか。ここまでくると悍ましさというものを感じてしまう。
太阿は膝に手を当て、ボロボロの体に鞭を打って懸命に立ち上がる。立った瞬間に倒れそうになった故に、魔剣を杖のようにして支える。
くそ……これが、人類最強。魔剣の力を以ってしても、叶わないというのか…?いや、あり得ない。
「へぇ、立つことはできるみたいだな」
「…黙れ。はぁ、お前は俺に負ける運命なんだよ…!」
「そんなボロボロ体で言われても説得力ねぇよ」
目前を少年は睨む。弱者が追い込まれた時の最終手段のように、眉間に皺を寄せ血走らせている。その様子を見て、常詩は溜め息を零して頭の後ろを掻く。
「わかったよ。最後のチャンスをお前にやるよ。剣構えろ」
常詩が何故そんなことを言ったのか魏君はわからなかった。別に特別機嫌が良いというわけでもなさそうだというのに。
「一回だけだ。そのたった一回だけの攻撃で、ボクに傷を付けてみろ。それができたら首も剣もくれてやるよ」
「な──────!」
「安心しろよ魏君。別にやられるつもりなんかないから」
「で、でも…」
傾ける耳は既になく、常詩は太阿の方を見る。瞬間、ゴオォと巨大な音を立てた。音の主は太阿。その音は視界を潰すほど大きかった。まさか、こんな時に、霆龍が復活するとは。
「フハハハ!残念だったな最強!たった今、お前がくれたこの時間で霆龍は復活したぞ!」
体が沈む。足はバネの如く、解放されることを今か今かと待ち侘びている。対して、常詩は特に変わった様子はなかった。降りて来てから何も変わらない。
そしてこれより1秒後に、この戦いに終止符が打たれる。
「俺の勝ちだァ──────────!」
轟雷。稲光。
全力全開の雷鳴が響き渡り、魔剣と龍と共に太阿が常詩に攻撃を仕掛ける。それも光速。仙人である魏君も、あれとまともに対峙すれば敵わないかもしれないほどの速度。瞬き一回で勝負が着く速さ。
一閃────────
太阿は常詩の後ろに立っていた。まさか、真っ二つに斬られてしまったのか……そう思った束の間、常詩が口を開いた。
「お前、マジで何も学ばねぇな。本当にガキだ」
どれだけ速かろうと、どれだけ本気を出そうと、そもそも次元が違ったのだ。常詩は今まで通り、体に風を纏い攻撃を受け流していた。
「ば、バカ…な──────!」
風の弾幕を、疲弊しきった太阿にぶつける。ドサッと音を立てて地面に倒れ込む。それに常詩はゆっくりと近づいていく。
「本気を出せば勝てるとマジで思ったのかよ…いきがっていたくせしてその程度か」
魏君は生唾を飲む。今のこの空気は重い。それに、何だか嫌な予感がする。胸のざわめきが止まない。なんだ?この感覚は…。
手刀が翠色に光り、腕を上げる。そして──────
「危ない!」
「!──────」
轟音と煙を上げ、何者かが割って入ってきた。間一髪に後方に避けることができた常詩は目前を睨む。だんだんと煙は薄れていき、逞しい体、厚い剣、そしてくすんだ桃色の髪が見えてくる。
そして人類最強の男に、人生で初めての緊張が走る。




