36話 予想外、三つの石板
「えぇぇ!?」
あの気さくな笑顔でこちらに手を振っているのが国主なの!?冰有国の国主である銀裂とは真逆すぎでしょ………とはいえ、物知りの崩星が言っているのだ。突如出てきた存在ではないから信用していいことだろう。
急いで寝ている三人を起こして、身形を整える。
「何で門の所に国主が居るんだよ…僕はもっと寝ていたかったのに」
「何か事情があるのだろう。ああいう性格だが国主は国主だ。無礼を働かないようにしろ」
「僕に言っているのか!?全員に言うべきだろ!」
「はいはいケンカはやめる!陳湛も早く起きて!」
「んん…────」
◇
色々ドタバタしたが到着までには間に合った。数秒後、我々を乗せた牛車は国主の前で停止する。
「やぁやぁ、お疲れ様~旅する道士達よ。長かったでしょ」
と国主が笑顔で話しかけてきた。それに崩星は答える。
「到着まで二日半ってところですかね」
「それはご苦労だったね。とりあえず宿と浴場を手配しておいたから、移動しながら話そうか」
五人は牛車から降りて国主の後に続く。涼しい風、輝く夕日、波の音。これら全てを受け、歩き出す。
尚無鏡、崩星、陳湛、魏君、木煙。短日国に入国。
国主は歩きながら我々に、
「聞いたよ~。君達は冰有国で起きたとんでもない事を解決した道士とその仲間達だって」
「誰から聞いたんですか?」
国主にそう陳湛は尋ねた。
「君達がこの前まで居た国の国主銀裂だよ。君達が短日国に行くと言っていたから、昨日彼女から手紙が届いたというわけ。そういえば君達がここに来た理由って──────」
「はい。宝刃戯派という謎の組織が宝剣を集めて世界を変えると。そしてその組織の次の行き先がここ短日国だと聞きお伺いしました。おそらく、ここにある宝剣を狙っているのでしょう」
すると何やらキョトンとした顔で国主は言ってきた。
「あれ?石板のことじゃなくて?」
「せ、石板…?」
「今その話題で賑わっててねぇ、色々と大変なわけよ。まぁ確かに宝剣もあるけどさ」
ここの皆が気になっていたことを、魏君が代わりに質問した。
「よろしければ、その石板の詳細を教えてくれませんか国主様」
国主は歩きながら顔を振り向かせて、
「常詩でいいよ。正直、国主呼びなんて堅苦しいの苦手なんだよね。えっと石板ね。その話題の石板って言うのは封宝板って名前で、元々一つだったんだけど三つに割れちゃってるのよ。んでその封宝板は封宝堂って場所の扉を開けるのに必要な石板。その扉を開けた者には千年長寿が降りかかると昔から言われてるんだけど…誰もそんな物などないと思っていたんだけどね…」
「思っていたけど、その扉を開けるための石板が見つかったと」
「そうそう。二年前に発掘され、噂は本当だったと大騒ぎになった。だからこれを国で管理するとなったその時、何者かによって石板を三つに割られ、どっかに飛んで行ってしまった。この間やっとのことで一つを短日衛団が回収した。けれどあとの二つは行方不明。その二つも集めてしっかりと国で保管しなきゃならない。というわけで君達に手伝ってほしい!とお願いしたかったんだけど…」
常詩の言葉の途中ではあったが、尚無鏡は真っ直ぐな目で彼を見て口を開いた。
「全然問題ありません。寧ろやらせてほしいくらいです」
「彼女の言う通りです」
尚無鏡と陳湛がそう言った。それに対してどう答えるか常詩は少し迷っている様子だった。その看板の捜索が途轍もなく難儀であり、我々の人数では心もとない…わけないか。さっき「君達に手伝ってほしい!」って言ってたし。
おそらく、私が口にした宝刃戯派のことだろう。魔剣を所持している組織。多分だが、魔剣を持っているのは承影と名乗っていた女性だけではないと尚無鏡は踏んでいる。
しばらく続いていたこの沈黙を断ったのは木煙だった。
「あの、常詩様がよろしければなんですけど、二手に分かれませんか?石板を捜索する側と宝刃戯派を対処する側に」
その提案に常詩は指を鳴らして、
「賛成だ!でも分かれるなら二手じゃなくて三手かな。二つ目の石板を探す班、三つ目の石板を探す班、そしてボクと一緒に宝剣を守る班の三つ。ボク含めるとここには六人居るから二人ずつで分かれることができるね。まぁ今日からやるわけじゃないけど一応決めておこうよ」
刹那、何かの気配が背後に現れ、体がビクリと震える。
振り返るとそこには──────陳湛が居た。くそ、二人一組と聞いた瞬間に予備動作無く近づいてきたのか。そして抵抗のする間もなく、後ろから抱擁された。ジタバタとしていると、それを見ていた常詩は笑顔を向けていた。
「仲が良いねぇ。じゃあそこは確定かな」
「ちょ……!」
私の頭に、陳湛は頬を擦り付けてくる。
「もう離しませんよ」
「助けてくれぇ!」
その叫びは届かなかった。この距離で届かないことがあるんですか?
「俺は常詩様と共に宝剣を守るとしよう」
「あれ?君はてっきり捜索する側に回ると思っていたけど…」
「本来なら俺はそっちに行くだろう。だが、これはまたとないチャンスなのだ。目の前に居るのは人界最強の男。何か学べるかの知れないからな」
魏君の言葉を聞いた木煙は、目を限界まで開きながら腹の底から驚愕の声を上げた。
「は、ええぇ!?じ、人界最強!?」
「木煙さんは知らなかったのかい?割と有名だと思っていたけれど」
「崩星、彼の知識はひどく偏っている。気を遣ってくれると助かる」
「誰の知識が何だって!?」
二人がいがみ合っている最中、常詩は手をパンッと叩いて言った。
「じゃあ、この組み分けで大丈夫かな?────っと、そろそろ着くよ」
そう言われ、皆は目前を見上げる。なんて豪華絢爛な建物だろうか。これが彼の手配した宿なのか─────
「すごい宿ですね」
「まぁ宿とは言ったけど、正確には住処だよ」
な──────
自分の住処に宿泊されるのか……言っていることは、氷茁閣に泊ってもいいよと同じなのである。戦いだけでなく、こういうところもとんでもない男だ。
「さ、到着だ。明日に備えてゆっくり休んでくれ」
◆
湯気が上がる。じんわりと体に染み渡る熱を心地よく感じる。正直な話、体を洗えればいいと思っていた。けれど、その先に待ち受けていたのは広々とした浴場だった。足を伸ばしても反対側に届かないほど広い湯船。
「良い湯ですね」
「何で居るんですかね」
「いいじゃないですか。こんな広い浴場を目の前にして順番待ちなんてできません」
「じゃあ何で太腿に手を置いているんですかね?」
「ちょうどよかったので」
「ちょうどよかったって何!?」
浴場故によく声が響く。せっかく広いんだから密着していないでもっと広々と使えばいいのにと尚無鏡は思っている。
湯を手で掬って顔に掛ける。髪から滴る雫が顔を伝い、それを手で拭いながら髪を上げる。
人と入るのは悪くはない。ただ相手が陳湛なので少し疲れるだけ。あとは、より鮮明に可視化されたことにより生まれる劣等感!
横目で陳湛の胸を見る。肌に膨れた水滴が、谷底へと誘われる。その後に自分のを見下ろす。べ、別に私も小さすぎるわけじゃない。通常よりないだけ。ほどほどなだけ。いやあいつがでかいだけ。
「気になりますか?」
まずい、バレた……いやまだ大丈夫だ。誤魔化せる。
「別に何も見てないけど…」
「私にはわかってますよ」
と言いながら私の胸を揉んできた。
「コラ!揉むな!」
バシャバシャと藻掻いていると、浴場の戸がガラリと開いた。
「うるさいわよ。脱衣所まで聞こえてるわ」
と、声のした方を見る。そこには予想外の者が在った。
視線の先に、貧乳コンプレックスを抱いている尚無鏡にとって崇め奉るべき存在が現れたのだ。これは神様からの贈り物なのかはわからないが、その人は私よりも胸がないのであった。




