35話 前夜の剣、到着の四仙一人
どこかの国のどこかの通り。並び立つ街灯の一つの下に、一人の男が書を読みながら立っている。すると左の闇から一人の足音が聞こえてくる。男は書を閉じて、その方向へ狐の眼を向ける。
「二十四時丁度、相変わらず流石ですね。赤霄様」
闇から灯りの照らす光へと歩み入り、毛先のくすんだ桃色が灯りに照らされ、その後背中の赤い剣がギラリと反射する。
「流石?時間通りに来るのは当然だろう」
赤霄がそう言い切った途端、再び闇の方からこちらに近づいて来る音が二つ聞こえてくる。それは足音だけでなく人の声も。
「ほら早く、小邪」
「待ってよ姐姐~」
数秒もしない内にこちらに到着する。手を引っ張っていた女は開口一番に、
「ごめんなさい。小邪の支度に時間が掛かっちゃって……」
狐目の男は微笑みながら優しく言葉を掛ける。
「いえいえ。集合時間は二十四時、まだ30秒ほど過ぎただけですよ。龍淵様、干将莫邪様」
急いで来たからか、干将莫邪は頭に着けている装飾が気になるようで、それを触りながら龍淵に問いかける。
「ねぇねぇ姐姐!頭のこれ、変になってないかしら?わたくし心配で~」
それに対して、口を開いたのは龍淵ではなく赤霄だった。
「くだらん、時間の無駄だ。早く本題に入ろうか、湛慮」
「何よ!乙女はこういうの重要なの!」
「おれはこういう時間の無駄が嫌いなのだ。身形など、ある程度整っていればいいだろうに」
淡々と述べる彼に、湛慮は細い目を向けてこう言う。
「か弱い乙女はお姫様です。決して時間の無駄ではありませんよ」
「ふん。魔剣を持っているか弱い女が居るわけないだろう。それにあいつはまだ来ないのか」
と辺りを見渡す。
「確かにまだ来ないわね。お姫様を待たせるなんて、とんだガキンチョですわ」
「太阿様は、どこかでお菓子でも買っているのでしょうか?」
はぁ、と大きく溜め息をつき、赤霄は街灯に寄りかかって腕を組み、小言を呟き始めた。
「時間に遅れ、人の時間を無駄にする人間。そして、時間より早く到着し自分の時間を無駄にする人間。おれからすれば、どちらも愚かだ──────」
彼の目線の先には、煙管を吸う承影の姿があった。彼女は振り向いて、
「約束の時間を守れないのなら、早く来て時間を無駄にしてる方がよっぽどマシよ。約束を破るなんて、あり得ないから──────」
刹那。
何かを感じ取ったのか、干将莫邪は怯え龍淵の背中に隠れた。その端で、湛慮はブツブツと言っており、滅多に開くことのない目を開いて「わ、わかりました」と言っていた。コホンと咳払いをして、湛慮は前に出る。
「皆様お揃いになりましたので、これより我ら宝刃戯派の主導者である軒轅様からのお言葉をお伝えいたします」
すると、湛慮の行動に疑問に思ったのか、龍淵が話に割って入った。
「ちょっと、お揃いって…まだ太阿が来てないじゃない」
「それについても触れますので、どうかご心配なく」
全員が湛慮の方に注目する。息を吸って、湛慮は話を始める。
「ではまず太阿様のことですが、ここに来ることはありません。確認したところ彼は現在、一人で短日国へ向かっているそうです」
「な、なんで!?」
「これは私に非があるかはわかりませんが、本日の夕方頃に丁度話をしていまして、その時の内容は『短日国で発見された宝剣は効力が薄いので予備計画に変更。墨走国の宝剣を狙うことにする』というものでした」
「それならさっき聞いたけれど、もしかして彼は─────」
承影の言葉に湛慮はコクリと頷く。
「ええ。何かを勘違いし、一人で向かっていきました」
その言葉に赤霄は「フン、ガキが」と呟いた。続くように干将莫邪も「ホントにガキですわ」と吐いた。
「全く…本当に迷惑をかけるわね…」
「それで、あの方のお言葉は?」
「予備計画は継続、ただし新たな任務を与えると─────」
「新たな任務?もしかして、太阿を連れ帰ること?」
「それも含まれています。ですがもう一つ…短日国では『封宝板』というものが話題となっており、その封宝板とは『封宝堂』を開けるのに必要な石板のことで、これらは三つに分かれております。そのうちの一つは短日衛団が所持しており、残る二つは不明ということです。封宝堂は短日国民の間で「開けた者に千年長寿が降りかかる」と言われております」
承影がそれに続く。
「つまり、軒轅様はその千年長寿が宝剣であるかどうかを調べてほしい、ということね」
「左様でございます。そして今回この任務に向かっていただくのは、赤霄様、龍淵様、干将莫邪様となっております」
「やった~!姐姐と一緒ですわ!」
と龍淵の服を掴んだままピョンピョンと跳ねている。その様子を見ていた赤霄は「ガキの迎えにガキを連れて行くとはな」と小さく呟いた。小言が聞こえていたか、赤霄にビシッと指を指して干将莫邪は言う。
「なら来なくてかまいませんことよ!そんなに嫌なら承影と留守番していたらいいわ!」
「叶うなら、な。だがこれは命令だ。行かないという選択肢はおれにはないだろう」
と赤霄は歩いて行ってしまう。光の領域から出て闇へと混じる彼の後姿を見ていた湛慮は、
「では、御二方もお続きになってください。赤霄様の歩いて行った方向に船を用意してありますので」
「え~めんどくさい~。湛慮がいつも使ってるやつは使えないの?」
「あれは私一人しか通ることができませんので」
「ゴミ!バカ!クソ能力!」
と言って彼女等は去って行った。
「今回、私はお休みなのね」
「そうみたいですね。本当であれば、墨走国に承影様と赤霄様が行くことになっていたのですが、それは延期になってしまいました」
「まぁいいわ。それじゃあ、甘えさせてもらうわ」
承影は煙管をしまいながら、彼等とは反対の方向に歩いていく。
「どちらに?」
「お風呂よ。一緒に入る?」
「遠慮しておきます」
◆
ガラガラと牛車に揺られ、三回目の夜を迎えようとしていた。
尚無鏡は大きな背伸びと大きな欠伸をしているのをみて、手綱を握っている崩星は声を掛ける。
「眠そうだね」
「うん…でも崩星の方が眠いでしょ?」
「いや、そんなことはないよ。夜には強いからね。別にまだ寝ていても良かったのに」
「何かあったら大変でしょ?やっぱり少なくとももう一人は起きてないと…崩星だって、別に変っても良かったんだよ?」
「気持ちだけで十分だよ」
「いや、休むべk──────」
と立ち上がろうとした瞬間、どんな寝返りなのか陳湛が腰に抱き着いてきた。抱き着くだけに飽き足らず、顔まで擦りつけてくる。
「アハハ。もうすぐ着くし、そのままでいいよ」
「ご、ごめんね…」
ガラガラと牛車に揺られる。夕日は沈み始め、木漏れ日がチラチラと点滅している。しばらく乗っているうちに木々を抜けて、景色が一気に広がる。
「見えてきたよ」
広大な草原。四角く壁に囲まれた国、小さな山々、その奥には広大な海が広がっており、夕方の風に潮が乗ってくる。
海が近い故に港が多く、漁業が盛んとなっている国、短日国。道なりに沿って牛車が走る。短日国に近づくに連れ、門の真ん中に何かが見えてくる。
遠くからだとよくわからないが、何かがぴよぴよと動いている。動物か何かかと尚無鏡は思っていた。
だがそれは大きな間違いだった。ぴよぴよと動いていた者の正体は人であった。こちらに向かって大きく手を振っていた人だった。さらに近くなって確認でき、こちらに「おーい!」と声もかけている。
5分と言ったところか。緩やかに走ってその姿が確認できた。髪はターコイズブルー、上下黒で内着は白。
「おお、わざわざ…」
と崩星が反応したので尋ねてみる。
「知ってる人?」
「もちろん。だって彼、短日国の国主だもん」




