34話 出発の時、さようならまたいつか
翌日、思子宗からの連絡が書かれていた。通筆書は持ち主と会話できるだけでなく、文字でのやり取りも可能。書を確認すると『動向が掴めました。彼等の目的地は、短日国です。』と書かれていた。つまり、私達の次の行き先が決まったのだ。
廊下を歩いている時、崩星が私に声をかけてきた。意識をしていなかったせいで少しビックリしてしまう。
「ごめん、ビックリさせちゃったかな。何か考え事?」
「うん。昨日の謎の集団、宝刃戯派の行方がわかったの。だから皆を集めて国主に挨拶した後にここを旅立つ。崩星も、ここまで本当にありがとう。色々と頼っちゃったけど────」
言葉に割り込み、笑顔で彼はこう言った。
「移動する手段は、どうするんだい?」
「あ─────えーっと…」
「よかったら乗せていこうか?」
さっきの別れの雰囲気は何処へ、またしても崩星に迷惑をかけてしまうのかもしれない。実際、我々は移動手段皆無の一文無し故、優しさに甘える事しかできないのである。不甲斐ない。
「ね、言ったでしょ?これから長くなるかもしれないって」
この男は本当に不思議だ。何を考えているのかも本当に読めない。
「そうかもね…」
◆
「仙華様、お早う御座います」
「おはよう陳湛。それに木煙、魏君も」
「おはようございます。ん?無鏡様、後ろの男は?」
と魏君が訪ねてきた。まぁ無理もない。彼は崩星に会う前に気を失ってしまったのだから。昨日も魏君に会いに行ったが、その時は崩星は一緒じゃなかったな。そう考えつつも、まだ木煙にも合わせたことが無かったなと思い出す。
すると陳湛が口を開く。
「私の敵です」
「あんたは黙っとれい───この人は崩星って言って、私達を色々助けてくれた人。彼の作戦が無ければ、秋河を倒せていなかったし…それに二人とも、無鏡じゃなくて仙華呼びでいいよ。彼は私の正体を知っているから」
「なっ!なんだって……!?」
「そう身構えないでよ。確かに謎な部分は多いけど怪しい人じゃないから…」
「謎が多かったらそれは怪しい人ですよ…それに、陳湛が私の敵と言っていたがそれは…?」
疑問に思う魏君に木煙が呟く。
「どうせ恋敵だとかそういうことだろ」
「ああ、なるほど」
「と、とりあえず、国主の所に行こうか」
「いや、国主には会えないよ」
と、崩星が言ってきた。何故なのかわからず、頭の上にクエスチョンマークが飛び出る。彼にその理由を尋ねる。
「さっき阿鏡に会う前に訪問したんだけど、彼女はまだ眠っているそうだ。だから会いに行けたとしても彼女に直接挨拶はできないってことだ」
「そっかぁ。まぁ昨夜あんな事があったし仕方ないか。それじゃあ手紙を書いて渡そう」
「そうですね。では、ここは私が代表して書きましょう」
「よろしく。変なのは書かないでよね?」
◆
陳湛が手紙を書いて届けるまで少し時間が出来た。その時間を使って、私はあるところへ行く。
柳燃の病室だ。ガラリと病室の扉を開けると、そこには柳燃だけでなく、明萋歌も居た。
「失礼するよ」
「あ、無鏡さんおはよう」
「おはよう萋歌さん」
挨拶を交わした後、よいしょと言って横にある椅子に腰を掛ける。
「よいしょって、お年寄りみたいだよ?」
「つい口に出ちゃうの。それより、教えてくれる?あなたが妖血歩団を裏切った理由を」
明萋歌は頷いて、口を動かした。
「うん。始めはただの晄導仙華を呪う集団だったの。家族、同胞、住まう場所を奪われた者の。私達のような力を持たない人間はそうすることしかできないと皆思ってたんだけど、ある時突然、何人もの人が状態異常を起こしたの」
「状態異常?」
「空腹によって暴走を起こしたの。それにより、野生動物はおろか自分達の同胞までも嚙みついたの。ここでようやく、自分達はもう人間ではないと確信した。そしてこれに気付いた秋河があることを思いついたの」
「妖鬼の力を以って、晄導仙華を殺す─────」
「そう。暴走した妖鬼と化した人を三十六体、その中には私の家族も含まれてる。そして理性のある人を秋河は連れて旅に出た。これが、人界で今でも言われていた『妖血歩団』の誕生なの。最初の内は野生動物や昆虫だけを食べていたけれど、ある日を境に人を食べたり、挙句の果てに誘拐して弄んだりし始めて…簡単に言ってしまえば彼等の加速する愚行や思想に限界が来た。そしてそれを見る度に何度も抜け出そうとしたり人を食べることを禁止にしようとしたけれど、私の家族を人質に取られてこうするしかなかった。そしてついに家族は殺されて。その衝動で抜け出してきたけど、どうすればいいか分からなくなって…私達のせいで被害も沢山出したし人も沢山死んだ…許されることではないのはわかっているけど─────」
恨みつらみの対象は同じだけれど、やり方や思想が相反することもある。
「でも、無鏡さんの言葉で迷っていた自分を取り払うことができた。全部から逃げて居場所にしがみついて、自身の居場所を捨て、一人になった故に怖くなって…でも、やっと見つけた、生きる意味を。歩む道を。それが償いにならなくても──────」
誰かの許しはいらない。
今、彼女は歩き出した。それだけでも──────
「私からは、頑張ってとしか言えないけれど、挫折しそうになったらいつでも相談に乗るよ」
すると、我々の傍にある布団で長らく寝ていた柳燃が目を覚まして、眩かったか日光の光を手で遮った。そして、喉に水分を宿していない声を出した。
「……あ、尚無鏡さん、明萋歌さん」
◇
彼も大分回復していた。胸部分に大きな跡が残っている程度で、それ以外は万全の体だった。尚無鏡は柳燃に、もうここを出発することを伝える。
「そうですか…もう行くんですね」
「うん。やらなきゃいけないことができちゃったからね」
そう言って立ち上がり、自分が先ほど入ってきた方向へ向かう。
「本当に、尚無鏡さん達には迷惑を──────」
「迷惑をかけたって思うなら、さっさと直して人助けをしなさい。あんたが今やんなきゃいけないのは謝る事じゃないの。それに、強いお供も付いたみたいだし」
「強い、お供…?」
明萋歌は少々照れながら、柳燃に言った。
「私も、あなたに同行してもいいですか?選択を間違えてしまった者同士、先導者無しで、できることをしたいんです」
「そうですね。いつまでも尚無鏡さん達に頼ってちゃいけないですよね。自分達の歩く道は、自分達で決めて歩かなきゃ──────」
その言葉に、尚無鏡は振り返って口を開く。
「これから色々な人と関わる。その人一人一人を大事にしないとダメだよ?すぐどこかに居なくなっちゃうかもしれないからね」
しぐるるや、しぐるる俗世へ歩み入る。意図せずとも、そこかしこで袖が触れる。けれど、それに気を取られ、掲げた道標を見失うことのないように、今を、人を、友を──────
「どこでまた会えるかは知らないけれど、それじゃあまたね──────」
◆
「仙華様、遅いですよ」
「ごめんごめん。ちょっと柳燃達に挨拶してきたの」
昼前、太陽は垂直になりつつある。後ろでは崩星が牛を撫でており、あの完治していない二人はというと……
「何で君が藁を占領するんだ!僕にも寄越せ」
「君の怪我は大分よくなっただろう。俺はまだ安静にしていたい。これ以上渡すことはできない」
「僕だってまだ痛いんですけど!?自分勝手な奴め!ガキか!」
「ガキは君だろう。駄々を捏ねているその様はまさに子供だ」
「なんだと!?」
「こらケンカしない!」
それを見ていた崩星は牛に餌を与えながら笑い、尚無鏡に向かって呟いた。
「いいじゃないか。賑やかになってなによりだ」
「しばらくすればうざったくなってくるよ、これ」
三度訪れた波乱の終夜。赤い妖鬼の集団・妖血歩団との戦いは幕を下ろした。けれど、新たなる敵である宝刃戯派が何かを企んでいる。放置すれば人界のみならず仙界にも危険が及ぶ可能性がある。祭りに参加できなかったのは残念だが、平和の為にも動かざるを得ない。
「それじゃあ、出発するよ」
と言い、手綱を握った。我々の次の行き先は、短日国。
◆
誰も居ない。ただ一人。黙々と書を読んでいるところに、予想だにしない人物がやってきた。
「どうですか思子宗。彼女の様子は」
「し、将軍様!?お戻りになられてたんですか?」
「ついさっきですよ。それより、彼女に渡した依頼はどうなりました?」
「はい。尚無鏡等は依頼通り冰有国に訪れ、民を脅かしていた妖鬼集団・妖血歩団の全壊を果たしました。しかしそれと同時に、新たな派閥が彼女の前に現れました」
南将軍である晁薜の顔は変わらなかったが、纏っている周りのオーラは変わった。
「新たな派閥?」
「はい。名を宝刃戯派と。将軍よりも上の存在である「神」を信仰し、卑劣な仙人のくびきから人々を解放する者を自称しています」
「なるほど……」
そう言って晁薜はくるりと方向を変える。その背中に思子宗は言葉を掛ける。
「まさか……将軍自らが──────」
「フフ、勘違いしないでください。あれの処理も彼女にさせます。解決出来たら同時に徳も積めるだろうと思いますし。ワタシは待っているのです。徳を積んで、あの頃の尚無鏡に戻ることを……誕主祭が重なって釈放に立ち会えなかったのは残念ですが、それによりもっと楽しみが増えました。では、ワタシはこれで──────」
言い終わると、それ以上何も言うことなく、思子宗は下頼殿を出て行く彼をこの目で見送った。
挿絵を挿入したい…みてみんに登録しないとできないのかな




