30話 切れた糸、怒れる仙人
「どうせあんたは私に勝てないし、教えても問題なさそうだから教えてあげる。これはただの攻撃術の応用。攻撃術で生成された物質は任意のタイミング、ある程度の衝撃で液体になるの。衝撃によって液体になった場合は再構築が不可能だけど、自分で液体にしたのなら別。まぁ、できるかどうかはあれとしてもその応用自体は皆基本知っている。本当に塗着術のことしか知らないんだね」
尚無鏡は言い終わると、くるりと方向を変えた。その行動に、秋河は疑問を抱く。
「あ?俺に背中向けてどないなつもりや」
「何回も言ってるでしょ。あんたは私に勝てない。だから、今最も優先するべきものは、あの黒い柱を何とかすること。訓練でも稽古でもないんだし、弱い奴に構ってる時間はないの。何をしても、あんたじゃ私を止められないから」
攻撃術の応用を知らず、彼等に対して行ったすり抜ける斬撃も繰り出す前に屠られる。いくら体が頑丈と言えど、攻撃を受け続ければ死に至る。
現状、秋河が尚無鏡を攻略する兆しが全く見えない。これ以上続けなくても訪れる限界、今際の際、場所と相まって崖っぷち。そう判断した。
尚無鏡は足を崖の方へ出す。
「おいおい、折角会うたんやさかいもっとお話ししていかへんか?そう急がんでもええやん」
舌を回す。
されど、彼女の歩みは止まらず。
「復讐せんでええの?妖鬼遣わしてあの女刺したんやで?」
されど、彼女の歩みは止まらず。
「男二人は俺が斬った」
されど、彼女の歩みは止まらず。
「北源は俺が殺した」
「───────────」
刹那。歩みは、止まった。
狡猾な舌は歩む彼女を止めた。
「なん、だって───────?」
さらに舌が回る。
「あ?聞こえへんかったん?せやから北源は俺が殺したって言うたんや。ピーピーやかましいし邪魔ばっかしてくるさかいムカついて殺したわ。なんやこっち見て。はよう行ったらええやん。あれ止めるのんが先なんやろ?ほらはよう行けや。天国で見てる北源もそう思ってるで。もしかしたら、地獄から見上げてるかもなぁ。ギャハハ!」
突如、尚無鏡の何かがプツンと切れた。解れていた糸が限界を迎えたのではなく、何の余興も無く鋏で切られたように。
崖の下で流れる川の音も、揺れる葉の音も、何も耳には届かなくなった。
「なんやこっちみて。はよう行ったらええやん。あれ止めるのんが先なんやろ?はよう行けや」
もちろん、秋河の言葉ももう届いていない。
あるのは怒り、絶殺のみ。
瞬間。
「───────は?」
先ほどまで崖際に居た尚無鏡が、一瞬にしてこちらに来た。
視界は黒。正体は彼女の掌。ガッと尚無鏡は秋河の顔面を鷲掴みにする。
なんやと。術色纏えへん。いや、纏うてる。纏うてるが、纏う前に触れられたせいで、コイツも一緒に纏うてるんや。
そう、秋河が術色を纏う速度より、尚無鏡が顔面を掴む方が速かったのだ。彼女に触れられた状態で塗着術を発動したが故に、尚無鏡も一緒に術式を纏ってしまった。本来であればあり得ないが、規格外な塗着術であったが故の弊害。
秋河も既に理解している。塗着したままでも、塗着を解除しても、結果は──────
「ンガッ─────!」
尚無鏡はその勢いのまま、後方にある木に秋河の頭を打ちつけた。
「カ、ハ─────」
何度も。
「あが──────…」
何度も。何度も。
「ぃ───………」
何度も。何度も。何度も。
「───────」
何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。
「───────」
何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。
「───────」
頭を打ちつけている木はだんだんとへこんでいく。後頭部はただの肉細工と化し、狡猾な舌すら回らなくなるほど。
無意識に、もうこの木では耐えられないと判断したのだろう。秋河を上に放り投げる。力が入っていないので体は宙をくるくると回る。
先ほど仕舞っていた弓を再度取り出す。さらにもう片方の手には術色で剣を生成する。けれど先ほどとは異なり、刃の部分は円錐状となっている。
狙いを定める。目標は心の臓。故に、
「死ね───────」
天空目掛け、赤く燃える剣は放たれた。そして2秒も経たずして、上空で大爆発が起こった。夜を、崖を。そして彼女を照らす。
鬼将の呪いで死んでいた方がマシだったなんて思いもしなかった。あなたを救えなかったことを許してほしい。もう遅いかもしれないが、今はどうか、ゆっくりと眠って。
「───────」
天空の大爆発を以って、秋河との決着はついた。冷静を取り戻し、状況を確認する。
闇は依然。黒い柱の下へは誰も行っていない。辺りを見回すと、崩星と陳湛が数体の妖鬼と戦っているのが目に入る。私一人でも止められるだろうけど、相当の時間と体力を必要とする。故に複数人で処理した方が良いと考えた。
急いで加勢しなければ。そう判断し、尚無鏡は崖を飛び降りた。
◆
「ハァ……ハァ…────ク、カカッ。ツメが甘いんじゃクソ女ァ…」
路地裏にて、傷だらけの男が地を這っている。息を荒げながら誰も居ない虚空へと小言を吐く。
「アホが…俺から手ぇ離したのんが間違いやったなぁ……このまま街に出て住民の血ィ吸って回復や…まだや、今度こそあいつを──────」
時が止まる。地を這うための腕が動かない。困惑しながらも顔を下に向ける。
凍っていた。感覚が麻痺していたため気付かなかった。そして耳に知っている声が届いてきた。
「よくやった柳燃。これで簡単に殺せる」
奥の角から二つの影が現れた。曜血鬼と柳燃だ。目線を上に、秋河は睨む。されど、
「ガ──────」
ドスッと音を立て、曜血鬼は秋河の心臓を掴んで引きちぎる。滴る血に目もくれず、心臓を眺めている。
「おい、そんなことしてないで早く殺せ!そういう約束だろ」
瞬刻。
「──────な」
曜血鬼はその心臓を柳燃の体に埋めたのだ。
「本当にお前は何も学習していないようだな。お前が皆に迷惑を掛けない最高の方法は、ただ黙っているだけだというのに…俺とて同じ気持ちだが秋河、お前の計画にはつくづく呆れていた。その死に体で、俺の完璧な計画でも見ているんだな」
「僕を…どうするつも、りだ──────」
曜血鬼は黒く伸びた光を見ながら言った。
「あれはただ力が漏れているだけだ。そして今から、あの場所にその力に耐えうる器を設置する。そうすることで、この国諸共晄導仙華を殺せると言うわけだ。焔血鬼の存在をあれから未だに感じ取れないのが心配だが、それも時間の問題だ」
言い終わると、曜血鬼はその黒い柱の方へ飛んで行った。
「────く、ハハ……ギャハハハハ!」
一人残された秋河は、狂ったように高く笑い声を上げた。
「そかそか。ハハ、ええで。ええで。けどな、所詮何も守れない隊長よ…俺が先にこの国ぶっ壊したるわ──────!」
体をぐらりと大きく揺らしながらなんとか立ち上がり、ある場所へと向かった。




