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【魔王デーヴァプッタ編更新中】マスターリング ~復讐の操獣士~  作者: 高村孔
第三章 誰がISSを墜としたか

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#369 封印術士ネリスの献身7

――うそ……シンシア!?


――そんなわけないよ、ばか。


 振り返ってみれば真っ当な義憤のこもったノアのツッコミではあったが、本気の怒りが滲んだ声を脳に直接浴びるのはなかなかにダメージがあった。

 悪魔というのはこういう誘惑をするものだ、という典型。その姿を目の当たりにした衝撃で、場合によっては本当に轢くつもりだった気勢をくじかれ、大きく避けながら魔導騎を停めてしまったのは返す返すも悔いるべき失態だった。

 展望台の欄干にもたれかかり、さび色の雨に濡れそぼり、意識の焦点を失って虚ろな目をしたリュートに絡みつくように、女魔が寄り添う。

 その姿はリュートの想い人であり、鬼籍に入ったが故に遂げられぬ哀しみの象徴となったシンシアの姿をしていた。本人ならば絶対にしないであろう媚態(びたい)をつくって、リュートの耳に何やらよからぬことを吹き込んでいた最中と思しい。


「離れなさい!」


 そうと認識すれば、自分でも驚くほどの怒りが湧き、自分でも聞いたことのないほどの声量が憎き敵を一喝した。

 ……それほどに、リュートとシンシアの純粋な相思を汚した女が許せなかった。

 こちらに気付き、艶然と余裕の笑みを浮かべる敵に、半ば無意識に、封印の杖を構えている。


「封印――!」


 その存在ごと封印できるとは思っていない。その表層にうっすらとかかっているのが見える、容姿を偽装する幻術の膜。

 それくらいは剥ぎ取れるはずと踏んだ読みどおり、封印の杖に生じた黒球に向かって、文字通り化けの皮が吸い込まれていった。


「破ったかえ、錆雨(さびあめ)のタンハーと名高き、この(わらわ)の幻術を」


 シンシアの顔、見せかけの容姿がすっかり封印の杖に吸収された後には、昨日砂漠でまみえたばかりの女魔が、その本来の姿を表した。


 その素性が、この世界で時の墓標と呼ばれる遺跡――地球世界でいうところの国際宇宙ステーションの残骸に現れた魔王、デーヴァプッタの三人娘の一人であることを、コナラから聞いていた。そのデーヴァプッタがリュートを敗走せしめ、その仲間達を分断させたことも。


 そのタンハーの両腕が艶めかしい動きで宙を掻く。ほどなく、雨と同じ錆色の大きな水球が現れ、意識のないリュートの体をすっぽりと包み込んでしまった。胎児のように背を丸めたリュートを内包し、水球はタンハーの後方に浮く。人質にでも、したつもりだろうか。


「知らないわね、覚える必要もない」


 返す返すも、その気になればここまで攻撃的な応酬ができたのかと、我ながら呆れる限りだ。

 封印の杖の中でノアも、念話で軽薄な口笛を吹いてよこすという器用なリアクションをくれた。

 対するタンハーは他愛もなく怒気を表した。女性の私でも魅入られてしまう端整な顔立ちの中で眼が裂けんばかりに鋭くつり上がり、人外の相を見せる。たおやかだった腕が、醜い虫の蠕動運動のようにうごめきながら細長くのび、枯れ木のように節くれ立って天を指した。


「口の利き方も知らぬ、あばずれめが……!」


 彼女の怒りに伴って、先ごろから降りしきる雨が地面のそこかしこに作る、赤く汚れた水たまりが、地獄の池のようにぼこぼこと沸き立つ。


「我が雨に打たれ、露と消えるがいいわ――!!」


 変節した醜い腕が振り下ろされ、その先端、指先が私を指す。

 瞬間、水たまりから沸き立った錆色の水玉が、逆再生のように宙に浮く。ほどなく、それら水球はそれぞれに槍や剣などの鋭い形を整え、それぞれの切っ先を私に向ける。


――魔導騎を使って。ママが望む限り……


――どんな形にもなる!


 強く念じるため、ノアのアドバイスの後半を引き取って、彼女が封印された杖の先端で魔導騎に触れる。

 イメージは単純であればあるほど、具体的で、すなわち強い力を具現化する。


「――モード変更、〝アガートラーム〟!」


 その名前は、確かに魔導騎自身が私に教えてくれた気がした。これまで何となく成功させてきた変形とは違い、確かに意識したとおりに変形を行使した手応えがあった。

 まばゆい光に包まれた魔導騎は、その正面から流線の優美な形を大きく変える。

 フロントカウルが、まるで悪魔の口が開くように、その下の構造部品ごと縦方向に、五つに割れた。

 怒りに醜く変じたタンハーに負けず劣らず、無骨な機械部品の塊がごくごくとうごめきながら目まぐるしくそれぞれの配置を変え、封印の杖ごと私の右前腕を包み込む巨大な機械の腕となる。

 私が杖を握る拳に力を込めれば、それを包む、禍々しい大きさの機械の拳も握り込まれる。

 間髪を入れず襲いかかる錆雨の刃の数々に向かい、私が思い描くことは至極単純――殴る、それだけだ。

 工夫も何もなく、ただ単純に振るわれた機械腕が、強烈な衝撃波をまき散らしながら鮮やかな青白い魔力の軌跡を描いた。

 私に殺到した錆雨は、その一撃にことごとく撃ち落とされていく。


「蛮族め……!」


 忌々しそうに顔を歪めるタンハーがなおも多数の雨刃を差し向けるのに構わず、それら雨刃を機械腕で薙ぎはらいながら、私はタンハーの罵声に相応しい勢いで彼女に迫る。

 しかし、奸智に長けた女魔は、やはり力押しが通じる相手ではなかった。

 驚愕に歪んでいた顔が一転、サバトの夜空に昇る三日月のように禍々しい形に歪んだ唇の上で、爛々と輝く瞳が、明暗を反転させる。


「ふくく、可愛らしい顔をして、なんと歪んだ願望を抱えておることか――その願い、叶えてやろうぞ」


 私以外の眼には、まばゆい光が溢れ出したように見えただろうか。明暗の入れ替わった視界の中では、私の見える世界は真っ黒な闇に塗りつぶされ、場面を変えるのだった――。

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