第三話:通過儀礼
別作品の執筆準備の為、こちらの投稿を一時中断する旨報告致しましたが、あまりに無責任だと思い直したのでマイペースではありますが更新して行きたいと思います。
もしよろしければ評価はして頂かなくても良いので感想だけでも頂けたら作者は大喜び致します。
誰かに読んで貰えている事が実感出来る。それが何よりの創作意欲の着火材ですので。
「あー、ソコソコ疲れた」
私は右手には水筒を、左手には仕事で汚れた服を、背中に大きなリュックを背負った。そして、先程まで乗っていた車のドアを膝で蹴り閉め、駐車場の隅に停めていた自転車に歩み寄る。両手の荷物を雑に自転車の籠に詰め込み、私は自転車に乗って帰路に着いた。
正直、面倒である。自宅の駐車場は諸事情により使用できないため、数百メートル離れた駐車場を借りて自転車で往復している。この時間さえ無ければあと五分は布団の中でゆっくり惰眠を貪れるのだが、致し方ない。
そんな事を考えながらペダルを漕いでいたら自宅に到着した。所詮は少し離れてる程度。自転車を使えば数分の距離である。数ヶ月前はこの距離を自転車を使わずに走って移動していたのだから楽なものだ。……何故あの時の私は自転車に乗らなかったのか? 全くもって意味不明である。
玄関から中に入り、靴紐を緩めて安全靴から足を無理矢理引き抜く。臭い。まったくもって臭い。一日履きっぱなしの安全靴、及び靴下は殺人レベルの異臭を放つ。某嵐を呼ぶ幼稚園児の父親をイメージして貰えれば想像に難くないだろう。自分でも臭いレベルである。いやはや、臭い。
適当に靴を並べて置いた後、私は廊下を気だるげに移動し、服を脱いで浴室の洗濯物入れに投げ捨てた。勿論、先ほどの異臭物は即座に洗濯機へホールインワンである。そして私はパンツ一丁で居間のドアを開き、直ぐ横の冷蔵庫からアイスを手に取る。ついでに台所に顔だけ出して中を伺う。
母が晩御飯の用意をしていた。とりあえず一言声を掛ける。
「たぁーだいま」
「あらま、お帰りー」
包丁を右手に持ったまま体を捻り、コチラを向きつつやんわりと笑顔で母が迎えの言葉を投げ掛けて来る。シチュエーション次第ではホラーにもなり得るかもしれない、等と馬鹿な事を考えつつアイスを口で咥えてからバックから水筒と弁当箱を取り出し台所の机の上に置いた。
「もうすぐご飯出来るから下で待っててよぉ」
母が台所から少し声を張って私に先手を打って来た。普段は直ぐに二階の自分の部屋へ上がって行くのだがそれを牽制されたようである。まぁ、大体はうたた寝を始めてしまいご飯が冷める頃まで眠り込むので母が釘を刺すのも無理は無い。せっかく作った料理の一番美味しい頃合いを寝過ごされたら作り手にとってよろしいはずもないだろう。私は早く部屋に籠りたい欲求を抑えつつ、母の言うとおり居間の椅子に腰を降ろし、アイスを噛りながら待つ事にした。食べる側の人間が作り手に対して払うべき絶対唯一の敬意。それが『出来立ての一番美味しい内に食べる』事であるのだから。
食事の光景はダイジェストでお送りしたい。なんせ特に面白い事は無いし、説明するのも面倒だ。あの後私は台所から食事を居間へ運び、テレビを見ながら食事を済ませた。途中、会社からの電話を受け、元友人からの着信をスルーし、父親が話し掛けて来た内容を左から右へ聞かずに流し、食器を台所の流しに重ねて水につけ、母にご馳走様の挨拶をして終了である。もしかしたら気になるイベントが有ったかもしれないが、そこは気にしないで欲しい。私にとっては部屋の埃よりどうでも良い事である。
私は居間のドアを開け、浴室前を通り過ぎて直ぐ横にある階段を電気も点けずにノソノソと上がって行く。昔の習慣で家に居る間は電気をあまり点けずに過ごしているのだが、長年の習慣ともなれば暗闇の中でも階段の上がり降り程度は朝飯前である。今は晩飯後なのだが。時々踏み外す時もあるが、そこはほら。気にしないで貰いたい。階段を上がって直ぐ横の部屋が私の部屋である。廊下の奥にもう一つ部屋はあるが、気にする必要はない。あの部屋へ入る事はまずあり得ない。廊下の奥から自分の部屋のドアへ視線を移しつつ、私は自分の部屋に入っていった。
さぁ、自分一人だけの時間のスタートである。




