第二話:趣味を探して立ち往生
さて、ここでアンケートを取りたいと思う。
『貴方に時間を忘れる事が出来る程に夢中なれる趣味はありますか?』
果たしてどれだけの人が有意義な時間を過ごす事が出来ているだろうか。私がまだ警察官をしていた時に周りの先輩に同じような質問をしたことがあった。その時に返って来た回答の大半は『パチンコ』又は『スロット』であった。つまり賭け事である。
自分のやっている職業を自覚しているのだろうか。そうも思ったが理由を聞いたら納得した。
『趣味を持つような時間がない』
『金を使う時間がない』
『仕事の後に趣味をするような元気がない』
恐らく、趣味を持たない社会人の大半の理由はこれらにカテゴライズされるのではなかろうか。ちなみに、時間が無いという理由の中には『仕事が忙しいから』、『家族が居るから』という内容を含んでいる。仕事するだけでも時間が無いのだ、家庭を築いていたのなら尚更自分の時間は持てないだろう。それこそ、『定年までお待ち下さい』なんてことになる。
しかし、私に生き甲斐も無く定年まで生き続ける気力があるのか怪しいものだ。結婚して子どもでも産まれれば変わるのかもしれないが、そんな勇気は私には無い。そもそも、結婚出来る気がしない。
それはさておき。結論として私が言いたい事は、『日々の生活の中で心が満たされる癒し』を見つけないとやっていけないという事だ。毎日の仕事なり、人付き合いで摩耗していく精神の器に再び中身を満たす何かが無いと何時かは中身が空になってしまう。そのまま生きるのはとても辛い事だと思う。少なくとも、私は死にたくなる程に辛かった。
思えば、警察官だった頃も趣味は無かったが日々を生きる目的だけは有った。一つは『人の役に立つこと』そして『家族を幸せにすること』だった。……かなり臭い事を話しているのは自覚している。
自分で言うのもなんだが、昔の私は正義感に溢れていた。悪い事は許せず、困ってる人が居たら声を掛ける。今思えばかなりの変人だったと思う。その反面、少しだけあの頃の自分に戻りたいとも思った。一言で言うなら若さなのだろう。青臭い精神が私をそういった人物にしていただけなのだろう。しかし、私にとってはそれなりの生き甲斐だったように記憶している。とは言え、今の私は正反対の価値観でしか生きていない。
『人の為に生きるなんて馬鹿のする事。やりたい事をやってこその人生(ただし、人に迷惑を掛けない事を前提とする)』
最後の一文に昔の青臭い精神が見え隠れしているが、今の私の思想なんてそんなものだ。
誠意を持って接した相手が自分に対して誠意を持って接してくれる事など少ない。逆に悪意を持って利用してくる人間ばかりだ。
大袈裟だと思う人も居るだろう。しかし、少なくとも私の周りの人間はそんなヤツラばかりだった。
今までに私は五人の人間に金を貸した事がある。それも数万円単位のソコソコまとまった金額だ。さて、何人がまともに返してくれたか分かるだろうか。正解は『誰も居なかった』である。金を貸しても五人の中でまともに帰って来たのは一人も居ない。貸した相手は、警察の同僚の二人、兄弟、仲が良かった親戚、親である。一つ聞いても良いだろうか。
私は誰を信じればいいんだろうか?
犯罪を取り締まる警察官の同士だった仲間も、血の繋がっている家族も親戚も私を裏切った。頼むから誰か教えて欲しい。
私は誰を信じればいいんだろうか?
つい先日も高校時代の友人に『サバゲーをやってみたいんだよね』っと言って私を散々引っ張り回した。その挙げ句、友人がしている仕事の保険の話を持ち掛けて来た。私に保険へ入る意志が無いことを理解したようで、それからは連絡も無くなった。
それは良いが、せめて私が貸した電動ガンと充電器セットを返してからどっかに消えて貰えないだろうか。安い物ではないので正直心中穏やかではない。
もはや、誰かを信じるつもりも無ければ助けるつもりも完全に無くなった。誰であろうが知った事ではない。勝手に困って勝手に消えてくれれば良い。私は改めてそう思った。
さて、何の話をしていたのだったか。あぁ、趣味についてのアンケートをしていたのだった。正直それもどうだって良い。結局の所、私が何を言いたかったのかと言うと、
『夢中になれる趣味を見つけた所で時間が無ければ意味は無い』
という事である。先程の友人とのやり取りで『サバゲー』について触れたが、私は少し前にサバゲーにも手を出していた。運動に成りつつストレス発散が出来て、程々に人との絡みもある良い趣味だと思ったからである。実際、悪い趣味ではないと今でも思っているのだが、いかんせんデメリットが多い。
近くに遊べる場所が無い。お金が掛かる。基本日曜日にする事が多いため仕事前に疲れてしまう。
etc……
やはり、自分に向いている上で時間的に余裕のある趣味でなければ続けるのは厳しい。それらの理由により、現在はサバゲーセットは封印されている。
そんな訳で、趣味探しの旅は難航を極めるのだった。『小説を書く』事を趣味にする考えに至るのはもう少し後の話である。




