第一話:人生に潤いを求めて
「とりあえず、小説を書こう」
電気も点けていない暗い部屋の中、布団の上で仰向けになりながら私は呟いた。小説を書き始める話は一先ず置いといて、まずは突拍子も無いこの一言が飛び出すまでの過程を振り返りたいと思う。
私はゲームで言うなら能力値評価オール『C』クラスの人間だ。多分そこらかしこに『D』も混ざっていると思う。あえて言うなら、体力と根性だけなら『B-』を辛うじて持っていたかもしれない。そんな人間があろうことか自分の身には余る目標を抱いてしまった。何故志したのか等の詳細は省くが、私の目標は警察官に成り社会に役立つ事であった。
話が長く成りそうなので結論から話そうと思う。警察官には成れた。そして二年で辞めた。やはり、能力値『C』には無理があったのだろう。
唯一の自慢だった無駄に健康な身体が体調不良箇所満載の病弱な身体に産まれ変わり、精神面も削れ果てた。しばらくは何をしても心が反応しなくなる程に弱り果てていた。あれだけ大好きだったゲームも、絵を描くことも、何をしても楽しく感じない。その上頭の中は真っ白だった。そんな状態から回復できた時には七年が経過していた。あまりにも人生を無駄にし過ぎである。
その七年の間にも様々な悪い出会い、裏切り、挫折等もあったため回復出来ただけでも良しとしなければならないだろう。
さて、精神の安定をようやく取り戻した私が最初に求めたのが何かというと、『夢中になれる趣味』である。何処で見たのか思い出せないが、
『生きる為に仕事をしているのであって、仕事をする為に生きてるのではない』
という言葉を私は遥か昔に何かで見た。現在、私が仕事をするなかで一番重要視している事である。自分のやりたい事が無い。やっていて楽しいと感じる事がない。そんな状態で生きていて面白いとは到底私は思えない。そのうえ、労働という苦行をしつつ上司に理不尽な叱責を飛ばされたうえ無駄なサービスまで要求される生活を続けなくてはならないのだ。ただ生きていて楽しいはずがない。少なくとも私は楽しく思わなかった。
このままでいたら自分で命を捨てる日が来ると感じた。確信してしまった。多分、自分が他の全てを犠牲にする覚悟で目指した夢が他人の悪意なり、理不尽によって打ち砕かれた経験が『なんとなく生きる』事を出来なくしてしまったのだと私は思う。夢も幸せも、それまでの努力も崩れ去るのは一瞬だった。それを目の当たりにした私には目的も無しに生き続けるのは苦行でしかなくなっていたのだ。
誰が目的も理由も無いのに水も無い砂漠のど真ん中で生活をするだろうか。目的も理由も無いなら移住出来る人はもっと良い場所に移り住むだろう。それをしない、出来ないのはそれなりの目的か理由がある人だけだ。
生きる事自体が苦しいのに、生きる過程に喜びを見つけられないなら死ぬ事に救いを見出だしてしまうのは仕方ないだろう。少なくとも、年間数万人の自殺する人が居るのはそう言った理由だと私は思う。そして、私としては仕方ない事だと思う。生きる意味を見出だせないなら死んだ方がよほど楽だろう。もし、この話を聞いて
『せっかく親から貰った命を何だと思ってるんだ!』
『死にたくなくても死んでいる人が居るのにその人の前で同じ事が言えるのか!』
等と言ってくる人が居るのなら
『死にたくなるまで追い詰められた人の気持ちが、想像でも妄想でもなく本当に貴方は理解出来るのか?』
『死にたくても死ねない状態の人の前でそんな綺麗事を倫理観だけで正当化して胸を張って言えるのか?』
そう言いたい。その人にはその人の事情と環境があって、何に対してどれだけの苦痛を感じるかも違うのに、何故そうも簡単に綺麗事を並べ立てて全否定するのか。私にはサッパリ分からない。少なくともそれは社会の強者の発言であって、社会の弱者として存在する私には相容れない価値観だ。
勿論、私もせっかく生きているのだから幸せには成りたい。贅沢を言うなら周りの人も含めて笑って暮らせる未来を夢見ている。そのためにも先ずは自分の日々の生活に潤いを設けなくてはならないと思い立ち、『夢中になれる趣味』を探し始めたのだった。