8.終わり
お待たせ致しました。
エピローグです。
ソフィアは出て来ません。
クリスプ伯爵家本邸から引きずり出されたヘンリーとミアに、貴族警察隊の一人が逮捕状を見せた。
「ヘンリー・クリスプ元伯爵。並びに、ミア・ドーラン男爵令嬢。窃盗の罪で逮捕する!」
「窃盗?! していないぞ、そんな事! 畜生! あの男、無実の罪まで着せやがって~!」
「酷いわ! 私が何をしたって言うのよ!?」
「恍けるな! 貴様等が、王妃様のイヤリングを盗んだ事は動かしようのない事実!」
貴族警察は、ミアの耳からイヤリングを外した。
「それが王妃様のイヤリングだと?! 違う! それは、ソフィアのだ!」
「そうよ! あの女の物は、私の物なんだから!」
二人は、『グレー公爵のでっち上げ』を必死に否定する。
「『サムシングフォー』を知っているか?」
突然、話題が変わったように聞こえ、ヘンリーとミアは戸惑った。
「知っているわよ! 馬鹿にしないでよね! 『何か古い物』・『何か新しい物』・『何か青い物』・『何か借りたもの』でしょう!?」
「それが何だって……。『何か借りたもの』?!」
ヘンリーは青褪めた。
「漸く、気付いたようだな。このイヤリングが、『何か借りたもの』。王妃様のイヤリングだ」
しかし、二人は納得しない。
「いやいやいや! おかしいだろう!? 何で、王妃様がソフィアなどに貸すんだよ!?」
「そうよ! 公爵令嬢って言ったって、特別でも何でもないのに!」
ミアは兎も角、ヘンリーが何故知らないのかと貴族警察は呆れた。
「ソフィア様は、王妃様の姪である」
脳が理解を拒否したのか、ヘンリーとミアは暫く呆然としていた。
「いや、ちょっと待て! おかしいだろう?! それが本当に王妃様にお借りした物ならば、何故、一ヶ月も返さずに置くんだ!」
「夜会で返す取り決めだったからだ」
そういう約束だったならば、流石にヘンリーもそれ以上なにも言えなかった。
「クソッ! 結婚なんかするんじゃなかった!」
ヘンリーが結婚する事を決めた切っ掛けは、夜会で「愛人との間に子が出来ないのは、クリスプ伯爵が種無しだからなんじゃないか?」と言う陰口を聞いたからである。
それだけならば、他に恋人でも作れば良かった。
それをしなかったのは、ミアが、自分の子を伯爵家の跡取りにする事を望んだからである。
しかし、ヘンリーが結婚を申し込んだ令嬢の父親は、悉く彼を選ばなかった。
そうして、数年。グレー公爵家から結婚の申し込みが来たのだった。
相手が『頭が足りない』事で有名なソフィアであった事は気に入らなかったが、曲がりなりにも『公爵』家の令嬢であるし、断られ続けてプライドが傷付いていた事もあって、彼女との結婚を決めたのだった。
『頭が足りない』なら従順で御しやすいだろうと思っていたが、ソフィアは、彼が思っていたほど従順では無かった。
別宅へ行く事は拒まなかったが、十歳以上も年下のくせに常に生意気だった。
殴れば大人しくなるかと思ったが、そうはならなかった。
余り殴り過ぎてはばれてしまうと、手加減したのが悪かったのか? そう思っていた。
一回でもばれる恐れはあった訳だが、ヘンリーは、若い令嬢は閨の事なんて恥ずかしくて誰にも言えないだろうと、高を括っていたのだ。
そして、彼女の父であるグレー公爵の事も、嫁の貰い手が無い娘を貰ってやったんだからと下に見ていた。
オリバーに何度忠告されても、その思いは変わらず、グレー公爵を過大評価しているオリバーの事が鬱陶しくなり、敵視するようになった。
昔からよく比較されて気に入らなかったのだが、その思いが強くなったのだ。
もしかしたら、彼が結婚する事を選んだ理由に、オリバーへの対抗心もあったかもしれない。
それは兎も角、ヘンリーがミアを愛している以上、ミアの願いを叶えようとしない筈は無い。
ヘンリーを破滅させたのは、彼の性格とミアへの愛だろう。
「わ、私は悪く無いわよ。だって、王妃様からの借り物があるって教えてくれなかったあの女が悪いんだから! そうでしょう?!」
ミアは、貴族警察達を見渡して、自分に同情している者がいないか探した。
勿論、居た所で事態は好転しないのだが、彼女にはそれが判らない。
貴族警察達に冷たい目で見られ、ミアはままならない現実に苛立った。
「何よ! あいつ等が公爵家の人間だからって、贔屓して!」
「被害者が誰であろうと関係無い。他人の物を奪ったお前が悪い」
「違う! 私は悪く無い! だって、妻の物は夫の物でしょう! だから、私が貰っても、何も悪く無い!」
「夫の財産で購入した物だけが、夫の物と言えるのだ」
「それに、王妃様からお借りした物は王妃様の物であって、ソフィア様の物ではない」
「そんなの知らなかった! 教えなかったあの女が悪いの! どうして、解ってくれないの!?」
昔のミアは、何処にでもいる普通に身の程を弁えた男爵令嬢だった。
それが変わったのは、ヘンリーと付き合うようになったから。
ヘンリーは、ミアを事ある毎に褒めてくれた。
ミアは次第に褒められる事に慣れ、褒められる事を当然と思うようになり、ヘンリー以外からも褒められたくなった。
ヘンリーの友人達は、オリバーを除いて彼女を褒めてくれた。
嬉しくて、求められるままに体の関係にもなった。
しかし、彼等は婚約者と結婚すると離れて行った。
その数年間で、ミアはすっかり、自分が特別な人間だと思うようになっていた。
その頃のミアは、ヘンリーの子を産めば伯爵夫人になれると思っていた。
しかし、ある日、父親から縁談を勧められた時に、それが無理だと知った。
それでも、ミアは独身のまま、ヘンリーの愛人になる事を選んだ。
種無しの噂を払拭したいと言うヘンリーに、自分の子を伯爵家の跡取りにしたいと言ったのは、この頃である。
だが、ヘンリーがソフィアと結婚してソフィアが妊娠しても、ミアには子が出来なかった。
流石のミアも、漸く自分は石女なのではないかと認めざるを得なかった。
だから、ソフィアの子をミアの子として届け出ると言うヘンリーの言葉を、名案だと思った。
何も知らない者には、ミアの子供だとしか判らない。
子供にだって、『貴方を自分が産んだと言うのはソフィアの嘘よ』と騙せる。
子供の代になっても、クリスプ伯爵家の財産を好きに出来る。
そんな訳は無いが、ミアはそう信じていた。
ミアを破滅させたのは、彼女の性格と物欲だろう。
「言うまでもないが、この王国では、被害の大きさで刑罰が変わる。今回は、盗まれた物が高額である為……」
二人は、貴族警察の言葉を、現実では無いかのような心持ちで聞いていた。
「死刑だ」
ご覧頂きまして、ありがとうございました。
初めて予約投稿してみましたが、途中でストックが切れてしまいました。
数日余裕を持って予約した方が良かったですね。
ソフィアは、多分、二人が死刑になったなんて知らずに生きて行くでしょう。
ドーラン家は、お取り潰しです。