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008[第二回十字軍]

008

[第二回十字軍]


 ―――1148年、アンティオキア。


アレッポ(ダマスクスに次ぐシリア第2の都市)を継いだヌールッディーンは、エデッサを陥とした後、今度は隣国のここ、アンティオキアを脅し始めていました―――。


「やはりエデッサの次は、ここが標的となるか…。」


  「ヌールッディーンは、予想以上に早く力を付けています。

   レイモン殿…、アレッポは強敵です…!」


「厳しい戦いを強いられそうだな……。

 十字軍がまもなくここへ到着する。

 彼らに協力して貰えればいいが…。」


  「その十字軍ですが、ドイツ軍は壊滅状態だという報告が……。」


「うーむ…。ドイツの傭兵達さえも…!

 フランス軍は無事に到着すればいいのだが…。」


  「アリエノール様も同行してらっしゃいますからねぇ。」


レイモンは険しい表情のまま頷きました―――


 1148年始め、第二回十字軍に参加したフランス国王ルイ7世らは、半ば追い出される形でコンスタンティノポリスを出発していました。

彼らがアナトリアで見たのは、無残に転がったドイツ兵の屍骸の数々。


「アリエノール!これで分かっただろう?

 これはただの巡礼じゃない。お遊びじゃないんだ!

 だからそんな目立つ格好は辞めてくれ!略奪の恰好の的じゃないか!」


 王妃アリエノールは豪華に飾った車で移動していました。

このアナトリアの状況を見て、少しは大人しくしたでしょうか…。

夫妻の仲は険悪のままで、東へ進んで行きました。


夫妻仲だけでは無く、連合軍も、統制がまったく取れていません。

行軍中、各軍がルーム・セルジューク朝軍に襲われましたが、軍の動き方はばらばら。

ドイツ軍と同じく、多くの卒兵を失ってしまうのでした。


残った兵士達は、攻撃を避けながら、命からがらアンティオキアに到着したのでした―――。


 ・・‥‥……―――――


    ・・‥‥……―――――


 ―――首都アンティオキア宮。


  「アリエノール!!よく無事で!」


 レイモンとアリエノールは、久しぶりの対面で熱い抱擁をしました。

なんとかアンティオキアに到着したルイ7世と王妃アリエノールたち。

だいぶ兵力も落ちていました。


  「フランス国王陛下。よくいらっしゃいました。

   長旅でお疲れでしょう。是非このアンティオキアでごゆっくりして下さい。」


「いえ。ゆっくりしている時間はありません。

 私たち十字軍は、先ずエルサレムへ向かう心算です。」


  「そう焦らずとも。

   エルサレムは今のところ大した攻撃を受けていないではありませんか。

   アンティオキアは、今ヌールッディーンから攻撃を受けています。

   そこで私どもは今、彼らの拠点アレッポの征圧を考えています。

   是非これに協力して頂きたいのです。」


レイモンはフランス王夫妻に対し、自身が進めていたアレッポの征服への協力を依頼しました―――……‥‥・・。


 ……―――

   「陛下。レイモン殿は自身の国の事しか考えておりませんよ。」

   「アンティオキアと、エデッサ、エルサレムの両国とは、予てから仲が悪いのです。」

   「だから、エデッサの事はどうでもいい様な、あんな言い方をするんですよ。」

   「それに、あの公爵は王妃様と親しくし過ぎじゃあないですか?」

   「あの二人は同郷…、というか叔父姪の関係。

    親族なんだから、当然の行動では?」

   「南仏の人間は親戚ともあんなにベタベタとしているのか?」

   「怪しいですな!あの二人。」

   「おい、陛下の前だぞ…!」


「……。あれが南仏の人達の普通の表現なんだろう……!

 あいつの噂話をするのはよせ!」


   「はっ!では、軍備と、ここを発つ日取りを決めましょうか。」―――……‥‥・・


 明確な目的も無かった十字軍は、とりあえずエルサレムへ行く事を決定していました。

しかし、予想以上の戦力の喪失。

態勢を立て直すのにも時間がかかってしまいます。

軍は暫くアンティオキアに留まる事になります。

その間も、レイモンとアリエノールは急速に接近していたのでした。


ある日アリエノールは、ルイに食い掛かりました。


  「ねぇっ、ルイ。叔父様はアレッポを攻めて欲しいと言っているのよ!

   この要求が飲めないと言うの??」


「アリエノール、我らの本来の目的を忘れちゃ困る!

 本来の依頼者は教皇だ!一公爵の野望に関わる暇は無い!」


  「なぜそう怒るのよ。

   今敵に攻められているのはアンティオキアなのよ!?

   私の身内でもあるのに、助けられないとでも言うの!」


「自分勝手な!

 そんなにあの男と一緒に居たいのか!!

 いい加減、アンティオキアに留まるのは良くない!

 皆の者!すぐの旅支度だ!出立するぞ!」


 ルイ7世は、こうしたアリエノールの言動や行動に激怒。

結局、予定を早めて無理矢理アンティオキアを発つ事にしてしまいます。


  ・・‥‥……―――……‥‥・・


 1148年初夏、十字軍が各国からエルサレムに集結しました。

目的も定まらないまま集まった十字軍は、ここにきて初めて軍議を開きました。


  「で。どうする?」

  「・・・・・・。」

  「私らは予定外に戦力を欠いてしまった。

   このままヌールッディーンには立ち向かえまい。」

  「つまりエデッサの奪還は、ほぼ不可能。」

  「奴らに真っ向勝負を挑むのは無謀。」

  「ところで、エルサレムはまだキリスト教国のものだが、

   2番目の聖都ダマスクスは、敵国側だよな。」

  「ダマスクスを支配しているのは、ブーリー朝の連中だ。」

  「ブーリー?」

  「元はセルジューク朝の人間だが、今は反旗を翻してザンギー朝とは敵対関係だ。」

  「ブーリーの基盤はまだ弱い。」

  「では、今の私たちでも勝てる見込みがあるというのだな。」

  「ではダマスクス奪還を目的に!」

  「ちょっ!ちょっとお待ちください!

   ブーリー朝は何故ザンギー朝と敵対しているのか…??」

  「それは、現在エルサレム王国と同盟を組んでいるからだ。

   8年程前には、ザンギーに攻撃されていたエルサレムを、ブーリーが守ったという。」

  「つまり…、それは十字軍国家の味方という事なのでは…、それを、我々が攻撃…??」

  「もともとブーリー朝はザンギーとは折り合いが悪くて、彼らの攻撃の対象とされていた。

   ブーリー朝は、エルサレムと同盟することで、ザンギーに対抗する力を維持している。」

  「しかし、聖都であるダマスクスは、我らの支配下に帰さねばならぬ!」

  「その通りだ!異教徒にのさばらせておく訳にはいかないのだ!」

  「異教徒なら、誰でも攻撃するのか?仲間でも?」

  「仲間ではない。敵だ!異教の者は殲滅せよ!!」


こうして決定したのが、セルジューク朝から分離したブーリー朝の支配するダマスクスへの攻撃でした。

しかし数名が反対したように、このブーリー朝は他のトゥルク系とは違い、シリアへの十字軍国家の存在を認めていました。


―――エルサレム宮廷。


  「大変です!十字軍からの報告です!

   彼ら、ダマスクスへと向かっています!!

   ブーリー朝を攻撃すると!!」


「馬鹿な!!あやつら、この国とダマスクスは同盟関係である事を知らぬのか!」


  「そんな事を知らない無知では無いかと…。」


「いや、無知だ…!!

 同盟しているとはいえ、異教徒ムスリムなのだ。

 攻撃したらどうなるか考えんのか!!」


 当然、エルサレム王国の臣下たちはこの決定に反発しました。

しかし、十字軍の正当性を高める為に盛り上がった彼らを、抑える事は出来ませんでした。


 ―――1148年7月23日、十字軍は、ダマスクスの補給路としても重要な西側の森を塞ぐようにして包囲を開始しました。


 ―――ダマスクス。領主はウナル。


――敵は、十字軍を名乗っているだと?!

 私たちは十字軍国家エルサレムと同盟しているのだぞ!――


  ――それを理解した上で、ここを攻撃している模様です。――


――エルサレムはなんと??――


  ――軍に撤退を要求しているようですが、勝手に十字軍は動いてしまったと。――……‥‥・・


 7月25日から、十字軍は本格的に攻撃を開始。

エルサレム軍も対処出来ないまま、ダマスクスは窮地に追いやられてしまいます。


――奴らの攻撃は防ぎ切れん!

 斯くなる上は、ヌールッディーンに救援を!――


ウナルは、敵対国ザンギー朝のヌールッディーンらに救援を求めました。


   ――スルタン、ダマスクスから応援要請です。――


――十字軍の奴らめ。馬鹿な事をしてくれた。

 こちらとしては好都合だ。

 ダマスクスを取り込む事が出来たのだからな。

 各方へ通達!

 このヌールッディーンがダマスクスに援軍を送るから、他国も協力せよとな!――


これによりダマスクスは、各ムスリム国家の協力を得ることになりました。


   ――ムスリム軍の勝利は間違いないでしょうな。――


ヌールッディーンの本隊の力を味方につけたブーリー朝。


 結局、十字軍は、結集したムスリム軍に太刀打ち出来ず。

たったの4日で惨敗してしまうのでした。

 十字軍は何の成果も無いまま、エルサレムへ退却しました。


 この攻撃で、対立していたブーリー朝とザンギー朝は結び、ムスリム国を助長させる結果となってしまいます。

十字軍は何も出来ないまま時が過ぎ、一年近く滞在していました。


 十字軍を駆逐したヌールッディーンは、その勢いのままアンティオキアへも攻め込みました。

ヌールッディーンはアンティオキア軍と戦い、領地の大部分を奪っていきました。


   「レイモン様っ!逃げましょう!ここは持たない!」


「分かっている!イナブの平原に軍を召集させよ!」―――……‥‥・・


 ―――……‥‥・・


   ―――……‥‥・・


 ・・‥‥……―――どうだ?アンティオキア軍は?――


   ――さあ…、本当にあれきりしか軍は居ないのか?――

   ――十分、警戒を怠らずに、夜のうちに接近だ。――

   ――サムアン!――


 アレッポ軍は夜の内に陣営を築いていました。


 ――続け!!!レイモン!恐るるに足らん!!!――


 1149年6月29日、公レイモンはイナブでヌールッディーンと対峙。

アンティオキア軍は1,400人程。

アレッポ軍は6,000に達していました。

 分が悪い!!


  「レイモン様!!脱出です!!」


「うむむ…!!お前は先に逃げろ!

 私の心は既に決まっている!」


  「レイモン様!?」


「これ以上兵士達を置いて行くわけにはいかん!

 ハシシャーシン殿!!あの剣を!」

「レイモンド殿!覚悟を決めなさったのですな。

 さすが、見込んだ男だ!」


  「お二人とも…っ!」


「行くぞ!!!続け!!」


 数少ないアンティオキア軍は、敵軍へ突っ込んでいきました。

アンティオキア軍、一斉攻撃。

それは既に死を覚悟した戦いに他なりませんでした。

無残な戦いが繰り広げられていました。

数で遥かに上回るムスリム軍。

 レイモンはついに力尽き、倒れこんでしまいます。

取り囲まれ、抑え付けられ、そして、恐らく身分の高い者が近付き、自分を見おろしてきました。


  ――レイモン公爵。この顔を覚えていないわけが無いだろう?――


 そういって顔を少し覗かせたのは、アイユーブの次男シール・クーフ。

アイユーブ家は、ダマスクス総督ウナルの忠実な部下。

レイモンと親交のあった彼ですが、彼と兄のサラーフッディーンには、ザンギーにも恩があったのでした。

そして彼の足元には、傷だらけのレイモンが動けずにいました。


「…っうぐ、貴様は!な、何故…」


  ――自分のしてきた事を後悔するがいい!!レイモン!覚悟!!――


「っ!」―――……‥‥・・


・・‥‥……その首は箱に入れられ、ヌールッディーンの元へ運ばれていったのでした。


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