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071[フランス・ナバラ同君連合王国]

071

[フランス・ナバラ同君連合王国]



 ―――1284年初夏、ナバラ王国首都パンプローナ市街。


  ――いよいよ女王様が輿入れなさるそうだ。――

  ――これでナバラは平和になるのかの?――

  ――父王エンリケ様はなかなか良き王だったが、

    まさか肥満が原因で早くに亡くなってしまうとは思わなかったからなぁ。――

  ――もう11年も前の事になるか。――

  ――それにしても嫡男テオバルト3世様の死も不可解だったな?――

  ――宮廷内の謀反という噂も……。――

  ――あの頃は、ホントに国がピリピリしていたからなぁ。――

  ――エンリケ陛下も気苦労が絶えなかったのだろう。

    正式な戴冠式もしばらく行なわれなかったし。

    息子の死がショックで過食にでもなったんだろうか……――

  ――まあ、いずれにしても、

    王母様が実家のフランス王国に庇護を求めたお陰で、

    ナバラ王国の貴族はもう殆どフランス王国に忠誠を誓っているという。――

  ――実のところ10年前の時点で、

    フランス王太子との結婚の話があったみたいだけれど、

    女王様は当時まだ3歳だったし、

    もともと王太子様には夭折した兄がいて、

    その亡き太子様との話だったようだしね。――

  ――女王様は今年で13歳。さぞかし美しくなられただろうなぁ。――


ナバラ先代王エンリケ(1244-1274)が亡くなって、

シャンパーニュ伯爵位とナバラ国王位を受け継いだのは一人娘フアナ(1271-)。

当時まだ幼少のフアナ女王を抱いた母ブランシュ・ダルトワはナバラ国内の政争から脱し、

フランス国王フィリップ3世に庇護を求めました。


以後、フアナ女王は幼少期を自国のナバラでは無く、

フランス王国でフィリップ王太子と共に過ごしました。

しかし、カスティリア王家のデ・ラ・セルダ家のような状況とは異なり、

女王が国内に不在であっても国王の座を他家に奪われる事なく維持し、

ナバラ貴族は今回のフランス王太子との婚姻も認めていました。


  「1258年のコルベイユ条約でフランスとアラゴンは休戦、

   その後アンジュー家の急成長で地中海は安泰……」

  「故にナバラ諸侯はフランス貴族とも密接にしていたが……」

  「1275年のカスティリアの政変……」

  「1282年のシチリアの晩鐘事件と……。」

  「シチリアの事件の影響は大きいぞ。」

  「カスティリアの新政権がもし巧く進んでアラゴンが力を持ったら……。」

  「だが、現教皇もフランス派だし、教皇庁もその派閥で占めている。」

  「教皇が現在フランスの傀儡だからこそ今回はフランスに味方するが……。」

  「フランス贔屓の教皇庁がいつまで続くか分からん。」

  「海戦ではアラゴンの優勢、アンジューの王も病で倒れたという話も聞く。」

  「だが、今アラゴンに付いても、アラゴンが信じる筈もないし、

   当然フランスから真っ先に攻撃を受けるかも知れん。」

  「でもフランスは進軍を辞めるかも知れないぞ?」

  「だとしても直ぐにアキテーヌから、

   イングランドとフランスの連合軍として襲ってくるだろう。」

  「やはり今はフランスとの同盟が正解か。」

  「ならばアラゴンからの攻撃に備えなければ。」

  「エブロ川沿いの諸都市の兵数を増やさねばな!」


ナバラ貴族はそれぞれ大きく動く事はせず、

隣国のカスティリア王国、アラゴン王国、

そしてフランス王国の情勢を静かに傍観する事にしていたのでした。


   ・・・‥‥……―――


 ・・・‥‥……―――


1284年8月16日、パリ。


フランス王太子フィリップ4世(1268-,16歳)とナバラ女王フアナ(1271-,13歳)の結婚式が挙行されました。

この結婚を持って、王太子フィリップは、

フアナ女王と同等のナバラ国王位を獲得する事になります。


「フアナ、まさか君と結婚するとは思わなかった。」


フィリップは優しく微笑みかけました。


式には、フランス王家の者、ナバラ王家の者、

シャンパーニュ家やアルトワ家を通じて両家とも同族であるので、近親者が大勢集まりました。


   「おめでとう、フアナ。

    これで、ナバラ王国はフランス王国と一つに結ばれました。

    両国とも平穏が訪れん事を!

    両国の繁栄の為にたくさん子を産むのですよ!」


フアナの生母ブランシュ・ダルトワ(1248-)は大きくなったフアナを抱きしめました。


「久し振りのパリだろう?

 案内して欲しい所はあるか?」


  「所というか……、人がいっぱいで、

   ちょっと動揺しています……。

   あの、よければ、家族を紹介して欲しいです。」


「―――そうか、それもそうだな。

 では、親戚を紹介しよう。

 先ずは叔父叔母にあたる、父フィリップ3世の妹弟達からだ。」


  ブランシュ・ド・フランス(1253-,31歳)(フィリップ3世の妹)


     「お久しぶりね、フアナ。もうこんなに大きくなって!

      覚えているかしら?

      私は亡きカスティリア国王アルフォンソ10世の王太子フェルナンド・デ・ラ・セルダの妻よ。

      夫はもう亡くなってしまったのだけれどね。

      夫は賢王とも呼ばれて、いろいろな学問にも精通していたわ。

      領土回復運動(レコンキスタ)を通じてイスラーム文化やユダヤ文化も調べて、

      各地の音楽を学んで自分で作曲したりもしたのよ。

      あらゆる言語の文献を集めて、自ら編纂・校閲したイベリア史と世界史も素晴らしい偉業よ。

      そうだ、貴女は天文学はお好き?

      アルフォンソ10世陛下は天文学が好きで、プトレマイオスの『天動説』と、

      それを元にした『トレド天文表』を改良して、

      自分で『アルフォンソ天文表』というのを作ったのよ。

      ご覧になってみる?

       あぁでも、今カスティリアはそんな悠長な事を言っている場合では無いのよね……。

      夫フェルナンドは1275年に死んでしまったから、

      その弟サンチョ4世がカスティリアを牛耳っているのよ。

      私にはアルフォンソとフェルナンドという二人の息子がいるというのに…!

      デ・ラ・セルダ家は、一応、

      カスティリアの有力貴族だったデ・ララ家に保護してもらっているわ。」


デ・ラ・セルダ家は、今後もフランス王室と親しい付き合いをします。


  マルグリート(1254-1272)(フィリップ3世の妹)、

    その夫ブラバント公ジャン・ド・ブラバン(1253-,31歳)


        「こんにちわ。

         私はフィリップ3世王の義弟にあたる、ブラバント公だ。

         王妹の妻マルグリートはもう12年前に死別してしまっている。

         私は父からブラバント公爵領を受け継いでいるルーヴァン家の出で、

         母がブルゴーニュ公ユーグ4世の娘アデライート。

         妻を亡くした今は、

         フランドル伯ギィ・ド・ダンピエールの娘マルグリットと再婚している。

         その間には、息子ジャン(1275-)と、

         娘のマルグリット(1276-)が産まれている。

          今やフランスは世界一の国として名を馳せている。

         有力な教会の人間も味方につけていて、

         今や教皇庁すら牛耳れているのだ。

         こうして神聖ローマ帝国領内の公国へ結婚政策が滞りなく行なえるのも、

         この国が世界で認められている証拠だ。

         安心してこの国で暮らしていただきたい。

          な!ロベールよ!」


  クレルモン伯ロベール・ド・クレルモン(1256-,28歳)

       (フィリップ3世の弟)


     「父ルイ9世の時代からフランスは平和が続いている。

      姉さんは亡くなってしまったけれど、

      ブラバントとの付き合いは良好だ。

      私は陛下の弟であるクレルモン伯ロベール。

      そして私の妻がベアトリス・ド・ブルゴーニュ。

      彼女はブラバント公ジャンさんの母のブルゴーニュ家の出だ。

      クレルモン家については、

      妻のベアトリスから説明してもらおうかな。」


   ―――ベアトリス・ド・ブルゴーニュ(1257-,27歳)


      「始めまして。

       ブルゴーニュ公ユーグ4世の次男ジャンの娘です。

       父とその兄、次いで祖父も早くに亡くなってしまったので、

       父ジャンの弟、叔父のロベール2世様がその公爵位を次いでいます。

       その叔父の薦めで、カペー家のクレルモン伯様に嫁ぎました。

       結婚と同時に、ブルゴーニュ公領の一部、ブルボネー地方を夫クレルモン伯に割譲しました。

       これは、、要するに、年長の継承者である私は、

       ブルボネー地方と引き換えに本領の継承権から外されたという事なのかしらね。

       叔父様は国内でもかなりの発言権を持っていて、

       夫とはしばしば朝廷で対立しているの……。

       私の息子ルイは、いま6歳になりました。

       ルイはクレルモン伯領とブルボネー地方の継承権を持つ事になります。

           あっ、ちょっと、ルイ!何してるの!

          大人しくしなさいっ。

          この子は、いくつになっても、

          なんか、こう……、……落ち着きが無いのよねぇ。

          知能発達が遅いのかしら?」


  アニェス・ド・フランス(1260-,24歳)(フィリップ3世の末妹)


     「私は、国王陛下の末妹のアニェスです。

      ブルゴーニュ公ロベール2世の所へ嫁がせてもらっています。」


      ―――ブルゴーニュ公ロベール2世(1248-,36歳)


   「何か陰口が聞こえたような気がするが?

    気のせいか?まぁ良い。

    ナバラ女王様、始めまして。ブルゴーニュ公ロベール2世です。

    我がブルゴーニュ公家も、11世紀まで辿ればカペー家なので、

    カペー系ブルゴーニュ家といいます。

    カペー家二代目国王ロベール2世(902-1031)の三男ロベール1世よりブルゴーニュ公家が始まっています。

    ブルゴーニュ公国はイル=ド=フランスの南東に接しています。

    ちなみに我がカペー系ブルゴーニュ家から12世紀にポルトゥカーレ伯として分家した家系が、

    現在のポルトガル王家のボルゴーニャ家となっています。

    ちなみにカスティリア=レオン王国をヒメノ家から継承したブルゴーニュ家とは別系統で、

    これはブルゴーニュ公国の東隣のブルゴーニュ伯国の出身です。

    公国と伯国は隣同士ですが別物であるのでご承知置きください。

    ブルゴーニュ伯国は、10世紀からイヴレーア辺境伯のアンスカリ家より始まった国です。

     ついでに隣国のブルゴーニュ伯国も説明しましょう。

    伯国の方は神聖ローマ帝国領で、

    アンスカリ家、若しくはイヴレーア家とも呼ばれる、に継承されています。

    伯爵位はイヴレーア家から婚姻でホーエンシュタウフェン家に移り、

    その後三世代四人が継承し、

    女伯から、夫のアンデクス家に家督が移りました。

    その後アンデクス家のアデライード女伯がイヴレーア家系のシャロン家のユーグと結婚し、

    現在はその子、シャロン家のオトン4世がブルゴーニュ伯爵です。

    父のユーグ・ド・シャロン死後は、

    母アデライードの再婚相手のサヴォイア伯フィリップ・ド・サヴォイア(1207-)が便宜上ブルゴーニュ伯爵を継承しており、

    この頃より明確にフランス国王に忠誠を誓うフランス国王家臣となりました。

    アデライードが逝去した1279年にシャロン家のオトン4世が継承していますが、

    彼もまたフランス王国の家臣です。

    伯国領は本来神聖ローマ帝国領ですが、

    フランス王国に忠誠を誓う身分であり、

    特別に、皇帝への忠誠義務を免除される事が決まり、

    自由伯(フランシュ・コンテ)と呼ばれています。


     では私の国、ブルゴーニュ公国とは、

    その西隣であり、先述の通りカペー家に由来します。

    11世紀より、カペー系ブルゴーニュ家が絶えず継承しております。

    私の兄が二人とも早くに亡くなってしまったので、

    弟であるこの私がブルゴーニュ公爵の地位に就いています。

    長兄ウードの娘マルゲリータは、シチリア王シャルル・ダンジューの後妻に、

    次兄ジャンの娘ベアトリスは王弟クレルモン伯に、ブルボネー地方ごと嫁がせました。

    父は他にも子沢山で、いろいろな所へ嫁がせようと思っています。

    息子のユーグは、やっと3歳になります。」


ブルゴーニュ公は丁寧に挨拶すると、夫妻に礼をとりました。


「ブルゴーニュ公家にはとてもお世話になっている。

 ロベール2世殿の異母末妹アグネスが今年で15歳になる。

 この子は、既に妻を失っていたドイツ・ローマ王ルドルフの所へ嫁ぐ事が決まった。」


王太子フィリップは一通り紹介を終えると、

次に、自分の弟達を紹介しました。


「私の弟達も紹介しよう。

 ちなみに生母イサベル・ダラゴンは1271年に亡くなってしまったから、

 父は74年にブラバント公ジャン殿の妹マリーと再婚している。」


  シャルル・ド・ヴァロワ(1270-,14歳)


   「今年ヴァロワ伯に叙されました。

    ヴァロワはイル=ド=フランスの北に接しています。

    クレピー=アン=ヴァロワを中心とし、フィリップ2世王の時に王領に併合され、私でヴァロワ家として分家しました。

    つまり私がヴァロワ家の祖という事になります。

    今回、アラゴン十字軍の総大将を務め、この夏アラゴンに出兵する事が決まりました。

    どうぞ、お見知り置きを。」


  ルイ・デヴルー(1276-,8歳)


   「兄さんは堅いねぇ~~~。

    僕は、エヴルー伯。

    って言っても僕はまだ子供だから授爵はまだだけどね!

    エヴルーはノルマンディーの南東でイル=ド=フランスに接する場所さ。

    フィリップ王太子殿下や兄さんとは、母が違う異母弟って奴。

    妹にブランシュとマルグリッドがいるぜ。」


「こらこら、この礼儀知らずめ。」


王太子フィリップは笑いながらエヴルーを宥めました。


「じゃあ続いて、

 父フィリップ3世の父、つまり祖父ルイ9世の弟の家族達を。」


  ロベール2世・ダルトワ(1250-)


   「この度はおめでとうございます、王太子ご夫妻様。

    ルイ8世王の子でルイ9世王の弟、

    初代アルトワ伯となったのが、私の父ロベール1世・ダルトワです。

    その子が、フアナ様の母ブランシュ・ダルトワと、

    アルトワ家を継承した私です。

    つまり、夫妻はルイ8世王の曾孫同士という事になります。」


「そして、祖父ルイ9世、ロベール1世・ダルトワの直ぐ下に、

 ポワトゥー伯及びオーヴェルニュ伯及びトゥールーズ伯であったアルフォンスが居たが、

 子がなく没してしまい、王領に併合された。

 そして、彼らの末弟が、アンジュー伯及びプロヴァンス伯、

 そしてシチリア国王となったシャルル・ダンジューだ。」


  「シャルル・ダンジュー……。

   倒れたと聞いたのですが、ご無事なのですか?」


「ナポリからまだ詳しい情報が入らないのでなんとも……。

 アンジュー家も、こちらにあまり情報を流したく無いのかも知れない。」


    「継承者であるサレルノ公殿の所在も掴めぬとか。」


「まだペドロ3世王と共にシチリア島に居るのかも知れん。」


アラゴン軍は依然シチリア島周辺におり、

その支配を確実なものとする為に活動していました。


    ・・・‥‥……―――


 ―――数日後のこと―――


       「アラゴン軍に動きあり!!!」


    「何だって?!」


  「ペドロ3世軍がバルセロナに帰国!!」

  「内陸部を攻めるつもりかと!!!」


「内陸??ナバラに向かう気か??!!」


    「ジェノヴァ軍はまだなのか?!」

    「教皇命によって動くはずですが、まだ整わない!」


「うぬぬ……」


国王フィリップ3世は唸りました。

情報を聞いた王太子フィリップが駆け付けました。


「陛下!」


「王太子よ!聞いたな?!

 予定通り、私自らアラゴン十字軍に参加する!

 王太子フィリップ!フランス王国の内政は任せたぞ!」


「は!お任せください!

 父王陛下!それにヴァロワ伯シャルル!

 道中お気をつけて下さい!

 武運を祈ります!!!」


国王フィリップ3世は諸将に向かって叫びました。


「敵は破門されたペドロ3世!

 我々はアラゴン十字軍である!

 ヴァロワ伯軍!!及びフランス国王軍!

 いざ!!出陣!!!!!」


     ―――おおーー!!!!―――


 1284年夏、

フランス軍はオルレアン、ブールジュ、リモージュ、トゥールーズと南下して行きます。

マヨルカ王国の国境に着く頃には、

騎士16,000、弓兵17,000、歩兵に至っては10万にもなる大軍となっていました。


「この先はルサリョー領に入る!

 マヨルカ国王は我々の味方だが、

 領内にはまだ我々を認めていない城もある!

 情報を集め、確実にこの地域の城を確保せよ!!」


   ・・・‥‥……―――


さてこの一方、

春から包囲していたアルバラシン城の包囲に追い討ちをかけるように、

アラゴン国王ペドロ3世軍が加わりました。


「デ・ララに奪われていたアルバラシンを確実に奪い返すのだ!!

 この峠を得る事はトレドへの道を開く事を意味する!!

 カスティリアとの連絡の障害となるデ・ララ軍を駆逐せよ!

 皆の者!!!かかれぇぇ!!!!」


1284年9月、アラゴン軍はアルバラシン城に総攻撃を掛けました。

数ヶ月の間持ち堪えていた守城側のデ・ララ軍でしたが、

ペドロ3世軍の援軍による攻撃を凌ぐ事は出来ず、ついに降伏。

9月29日、アルバラシン城はアラゴン王国の手に帰す事になってしまいました。


「峠さえ抑えれば背後を心配する事はない!

 アラゴンとカスティリアは繋がった!

 これよりアラゴン軍は北上!トゥデラへと向かう!

 日和見主義のナバラ王国の拠点に揺さ振りかけるのだ!!」


アラゴン軍はアルバラシンから一度アラゴン側に下りて北上、ナバラ王国を目指しました。


   ―――……‥‥・・・


 その頃フランス王国軍はマヨルカ王国首都ペルピニャンに到着しており、

ヴァロワ軍はその南部、アラゴン王国との国境に迫っていました。


   ―――ルサリョー地区南部エルヌ城。


ヴァロワ伯シャルルは、激しい抵抗を受けていました。


「我々はヴァロワ軍である!

 マヨルカ国王により通過を許されているのだ!

 直ちに開城せよ!!」


  「ジャウメ2世陛下の指示だなんて嘘に決まっている!!

   この奥のパニサール峠から先はアラゴン王国!!

   フランス軍に通過させてなるものか!!!」


ルサリョー伯サンチェスはルサリョー領の住民の支持によってフランス軍に抵抗しました。


この戦いの結果……、

フランス王族のマルテッロら数名が捕虜に取られるヴァロワ軍の敗北となりました。

しかし、マヨルカ国王ジャウメ2世直々に沙汰が下される事になります。


「エルヌ城はマヨルカ国王の指示に逆らった逆賊となる。」


ジャウメ2世はサンチェスを責めました。


   「陛下!!騙されています!!

    陛下はアラゴン王家の人間!!

    ペドロ3世国王の実弟なのですぞ!!??」


「黙れ!!

 マヨルカ王国とルサリョーはフランス王国に忠誠を誓うのだ!

 フランス王国を信じるのだ!!」


   「し、しかし……、アラゴン王国は……」


「お前は誰の臣だ?!

 兄か??この私か??」


   「ジャウメ2世陛下です……。」


「ならば私の指示に従え!」


   「は………、承知……、致しました………。」


ルサリョーは結局降伏。

ジャウメ2世の意向通り、フランス軍はルサリョーを確保出来るようになります。

しかし、多くの保釈金がフランス国庫から支払われる事になりました。


「とにかく、これでマヨルカ王国はフランスに統一されたと思ってよい。」

「この先は国境のパニサール峠だ。」

「まもなくアラゴン国内に侵攻出来る!」

「ラウリア率いる海軍はまだシチリアに留まっていて不在。

 シチリア支配に多額の資金をつぎ込んでいてあまり手が回っていないようだ。」

「ペドロ3世軍は今はナバラに出払っているし、

 今のうちにフィゲラスを攻略してしまおう!!」

「うむ、そうだな!」

「だがもう冬季に入る。敵軍も動く事は無い。

 とにかくペルピニャンを拠点に資材を整えておこう。」


こうして、1284年の戦役はここで終了しました。


 ―――……‥‥・・・


   ―――……‥‥・・・


    ―――ナポリ王国東岸の都市フォッジア。


「ギリシアからの返事は来たのか?」


シャルル・ダンジューは老体を起こして使節の言葉を聞きました。


   「はい……、申し上げ難いのですが……、

    皇帝アンドロニコス2世は、

    アンジュー家に援助するつもりは毛頭無いとの事です……。」


「やはり駄目か………。

 しかし妙だ。

 俺たちにも付かずアラゴンにも付かず………

 ギリシアは何か問題でも抱えているのか……?

 詳しい事を知りたい。

 ギリシアやアナトリアの情勢を、掴んで……げほっ、げはっ……」


    「は、陛下?!陛下!!」


シャルル・ダンジューは突然吐血して倒れこみました。


「うぐ……ぉぁっ……」


シャルル・ダンジューの病状が急に悪化していました。


    「誰か!!誰か来てくれ!!!

     陛下が吐血された!!!」


       「陛下!ど、どうなさいました……!!」


  ……ああ……、もう、お終いなのか…………


      「陛下!!」「早く医者を!!!」


       「陛下!!!」


          へいか………!


     ・・・‥‥……


        ・・・‥‥……


       ……アンジュー殿……


    ……プロヴァンス伯よ……


     貴方は?  ペトロニラ様……?


   女王様……?


    なぜそんなに嘆き悲しむのでしょうか……


  貴方の憐れみ深い目を私に向けてください……


     ああ、憐れみ深き母に幸いあれ……


  我らの命、、喜び、希望である母に幸いあれ……


     ・・・‥‥……―――


           ・・・‥‥……―――


医者はスッと溜息を吐き、首を横に振りました。


   ―――陛下ぁ……!―――

    ―――アンジュー様っっ!―――………


1285年1月7日、シャルル・ダンジュー(1227-1285)、崩御―――――。


    ―――……‥‥・・・


  ―――教皇領ペルージャ、教皇邸。


「な、、なんだと……?!

 馬鹿を申せ!!アンジュー殿が死ぬなんて……?!」


教皇マルティヌス4世はシャルル・ダンジューの死を聞いて腰を抜かしてしまいました。


「そ……、そんな……!

 ナポリは誰が守る??

 サレルノ公殿も捕虜のまま……。」


マルティヌス4世は空を仰ぎました。

そして、鼓動の高まりを感じていました。


「サヴェッリ卿はおるか?」


  「いえ…、それが今は自宅療養中で……。」


「療養?」


  「腰が痛くて、立てくなる事がしばしばだとか…。」


「そうか……、だが意識ははっきりしているのだろう?」


  「はい。大丈夫です。」


「ならば、良い。

 アンジュー殿の、ナポリとシチリア王国支配を守ってやって欲しい。

 現在捕虜となっているが、

 サレルノ公のシチリア国王の地位を守ってやって欲しいのだ。」


  「はい。心得ました。」


    ・・・‥‥……―――


  ―――教皇領ローマ、サヴェッリの館。


ジャコモ・サヴェッリ(1210-)は使臣の言葉を聞き頷きました。

マルティヌス4世よりも老齢のサヴェッリは、

このところ痛風に悩まされていたようで、座ったままゆっくりと答えました。


「分かっておる。

 これまでアンジュー殿やフランス国王と共にこの世を守ってきたのじゃ。

 バルセロナ家にナポリを奪われるわけにゃいかん……!

 我が私兵もアラゴン軍の動きに注意させておる。

 モローネ卿らと共に、司教らの動きは注意しておこう。

 じゃが……、

 マルティヌス4世聖下がわざわざそんな事を言ってくるとは……

 まさか……。」


使臣は口を噤みました。しかし、静かに頷きました。


   「聖下は既に親しい大司教や枢機卿に手を回しています。」


「まさか、儂を?」


使臣は無言で頷きました。


「じゃが儂はこの通り歩くのも困難な身じゃ。」


   「サヴェッリ卿はこれまでの働きを見込んで、

    お願い申し上げると仰っていました。」


「………うむ……。

     分かった。」


シャルル・ダンジューの死の二ヶ月後の事でした。


1285年3月28日、教皇マルティヌス4世(1210/1220-1285)薨去。


その僅か5日後、1285年4月2日、ジャコモ・サヴェッリが、

フランス派の司教らに推薦されて、

ホノリウス4世として教皇に戴冠しました。


「これまで通りフランスを支援し、

 ナポリの維持とシチリア島奪還に務める!

 逆徒ペドロ3世との徹底抗戦を続け、

 新たなシチリア国王シャルル2世・ド・サレルノを救出するのじゃ!!」


聖堂に拍手が響き渡りました―――……‥‥


   ―――ぬぬぬ……


 もちろん、賛成の人間ばかりではありませんでした。


   ―――マッシ枢機卿……、

      教皇庁はどうなってしまったのか!

      フランスの操り人形ではないですか。―――


 ―――カエターニ殿、落ち着かれませ。

    フランス王国の天下に逆らう事は出来ません。―――


   ―――なぜ年老いて身体の不自由となった者が支持を得るのだ!

      どいつもこいつもフランスに媚を売りやがって……。―――


 ―――多くの大司教や枢機卿が、

    フランス王国が世界平和を導くと考えています。

    もう少し様子を見てからでも。―――


   ―――このままでは教会そのものが世俗のフランス王国に支配され地に堕ちてしまう!

      既にアンジュー家は潰れたも同然!

      捕虜のサレルノに彼の帝国が維持できると思うのですか?

      教会が世俗領主に支配されれば、

      その世俗領主が失墜すれば教会そのもの腐食するのですぞ!

      そうなれば東方教会に再びつけ込まれ、

      教皇首位権が危ぶまれてしまう!

      マッシ枢機卿は、それでも良いとお考えなのですか!?―――


カエターニ卿の言葉に間違いは無い……

とは思いつつ、この直ぐ怒る性格は、上に立つ人間では無い…

とも思っていました。

フランシスコ会出身のジロラモ・マッシ枢機卿は口籠もり、それ以上答えられませんでした―――……


     ―――……‥‥・・・


   ―――……‥‥・・・


 ―――マヨルカ王国首都ペルピニャン。


「そうか、サヴェッリ卿が無事に……。」


フランス国王フィリップ3世はようやく深く座り込み、頷きました。

シャルル・ダンジューの死から数ヶ月、

フランス軍はアラゴン王国との国境で、事態の急変を恐れていました。

既にマルティヌス4世の死期が近かった事も把握しており、

気が気でない状況が続いていたのです。


「とりあえず、これでサレルノ公とナポリは無事という事なのか……。」


フィリップ3世とシャルル・ド・ヴァロワらは肩を撫で下ろしました。


「では、これからの軍の進め方を議論致しましょう。」


「うむ、そうだな。

 こちらの軍は整っている。

 アラゴン軍はまだ揃っていない故に、攻める機会は今しか無い!

 次の目標はフィゲラスだ!」


   「おう!!!」


    ―――……‥‥・・・


  ―――……‥‥・・・


   ―――ペルピニャンの南―――……


  ―――アラゴン王国北部の街フィゲラス。


   「将軍……、

    アラゴン国王ペドロ3世からの書簡です……。」


将軍パラスソビラ伯は書簡を受け取りましたが、使者の顔を伺いました。


「うぬ、、、顔色が優れないな……、

 まさか、援軍は無いのか……?」


   「それは……、書簡に示してあります。」


「むむ……、………!!

 な、なんと!ここを捨てろと?!」


将軍パラスソビラ伯は書簡を持つ手を震わせました。


「撤退……?!

 嘘だ!!

 この街が、フランスに奪われるだと!?」


   「はい……。

    陛下は苦渋の決断を下されました。

    ご承知くださいとの事です。

    パレルモでの準備が整い次第、

    ラウリア提督の艦隊もこちらに参陣します。

    それまでの間、ジローナを守り抜けとの仰せです。」


「うぬぬ………、ジローナか……!」


将軍パラスソビラ伯はピレネーに所領を持つ領主ですが、

フランス軍の進撃に備えてこの地に派遣されてきていました。

しかし、フィゲラスでは防衛困難とみて、

より守り易いジローナまで防御線を撤退させよとの王命が下ったのです。


「焦土作戦か……!実に無念だが、仕方ない。

 住民をジローナに移動させる手筈を整えよ!

 我々はフランス軍を足止めすべくペララーダで待ち伏せる!!」


フィゲラスの住民を安全に避難させるまで、

パラスソビラ伯らの軍は北の街道の村まで移動し、フランス軍の進軍を阻む役割を担いました。

ペララーダ村ではヴァロワ伯軍と直接戦闘も行われました。

パラスソビラ伯は住民の居なくなった村々や田畑を焼き払いました。


「このくらいで撤退しよう!!」

「我々も危険です!!早く逃げましょう!!!」


1285年春、アラゴン軍はフィゲラスを完全撤退し、

防御線をジローナまで後退させました。


  ・・・‥‥……―――


 ―――1285年4月28日。フランス軍陣営。


   「おめでとうございます!アラゴン国王陛下!!」

   「ついにアラゴン入りを果たしました!」

   「早速戴冠の儀を行ないましょう。」


シャルル・ド・ヴァロワは媚びてくる司教達を煙たく思っていました。

しかし、とりあえずアラゴン国内の街を一つ奪い、

アラゴン国民に自分の名を知らしめる必要があるという事で、

戴冠式を執り行う事になっていました。


   「実際の本物のアラゴン王冠はありませんが、

    職人に幾つかの豪華な王冠を造らせました。

    陛下はどれがお好みでしょうか??」


シャルル・ド・ヴァロワは、いくつも用意された王冠を目にして溜息を吐きました。


「君達はこんな物の為に金を使ったのか。

 偽物の王冠なんて無意味だ。

 王とは民からの信頼と忠信あってこそ成れる存在だ。

 こんな物に金をかけずに、

 焼かれた村々を再生する為に使って欲しいものだな……。」


いずれにしてもアラゴン国王位への儀礼的な戴冠式がアラゴン国内で行われました。


「次の目標はジローナを奪う事だ!

 アラゴン軍が防御を固めている。

 大叔父上を苦しめたラウリアの艦隊が援軍に来るはずだ!

 海軍が到着する前になんとしてもジローナを落とさねばならん!」


アラゴン十字軍は、次の目的地、ジローナ市の包囲の準備を開始しました―――


   ・・・‥‥……―――


     ―――……‥‥・・・‥‥……―――


   ―――中部イタリア・アレッツォ。


    「また教皇はフランス贔屓らしい!!」

    「まったく!!教皇庁は既に腐っている!」

    「滅多な事を言うなよ!

     フィレンツェの役人が目を光らせているかも知れんからな。」

    「フィレンツェとペルージャの間に挟まれて、

     俺たちは肩身の狭い思いをしている。」

    「この状況をなんとか打破しなければ。」

    「皇帝派のシエナともっと密に連絡が取れれば良いのだが。」

    「フランスとアンジュー帝国は、

     やはりドイツ王ルドルフに牽制して貰わなければ。」

    「皇帝を頼るのか?」

    「皇帝に再びイタリア政策を促すのはどうかと思うが……。」

    「だが教皇派を牽制するには皇帝の力が必要だぞ?」


    ・・・‥‥……―――


 ―――中部イタリア・フィレンツェ。


  「無事にフランス派の教皇が即位された。

   このまま教皇派のジェノヴァと共に発展出来れば幸いだな。」

  「フランスとフランス派の司教らの勢力は今や世界一だろう。」

  「ボローニャやブレシアも教皇派。

   彼らについていけばフィレンツェの発展も間違い無い。」

  「だが市民らが反対しているのだろう?」

  「独立しようなんて馬鹿な考えをする輩は放っとけば良い。」

  「金持ちになって良い気になっているだけだ。」

  「市民なら市民らしく教皇に従っていれば良い。」

  「それにしても、この頃アレッツォの動きも活発だな?」

  「実戦もあるかも知れない。」

  「体を鍛えなければならないかも知れないな……。」

  「軍備を調達しておく必要があるか。」


 ―――……‥‥・・・


  ―――……‥‥・・・


   ああ、なんて事だ………

   僕は許嫁と結婚しなければならなくなってしまった……!

   でも、気を害さないで欲しい……!

   僕の心は君だけのものなんだよ……!

   ああ、ベアトリーチェ、会って君に詫びたい。

   本心じゃ無いんだ。

   僕の心を信じてくれ!

   愛しているのは、変わらず、ずっと君だけなんだ………


  ―――……‥‥


   「うげ………、またアイツからだわ。」


ポストの中の手紙を手にした女性。

気持ちのいい朝だったにも関わらず、

彼の手紙を手にした瞬間気分は地に落ちました。

 その日彼女は、例の彼の恋の相手と会う事になっていました。


 「え……また?」


   「また変な詩が送られてきたのよ。

    アイツ、結婚するらしいよ。」


 「え?誰と?」


   「気になるの?」


「まさかw」


   「んと……、どっかに書いてあったかな…。」


「諦めるって?」


   「ぜんっぜんそんな気は無いみたい。

    ほんっと、一度見ただけでこんな恋するなんてねぇ。

    10年前だっけ?会ったのは。」


「11年前ね。74年の5月の祭りの時、一度偶然会ったんだけど。

 お互いまだ9歳だった時の事よ?

 そんな小さい頃の事なんて覚えてないじゃない?

 それから一切顔を合わせた事も無かったんだけど、

 再開したらしいのは2年前。

 “すれ違いざまに会釈された”時に心を射たれたそうだけど、

 私には全然覚えがないわw」


   「全く会話した事もないまま、

    うちらが巻き添えくらって、

    いつもいつも変な詩を送りつけられてるw」


「ホントいい加減にして欲しいわね。」


   「あなたも結婚しちゃえば?

    ほら、銀行員がどうとかって言ってたじゃない?

    順調なんでしょ?」


「まぁ確かにねぇ。そろそろ考えちゃおうかな?」


間も無く、ベアトリーチェも結婚する事になりました。

詩人の彼とは、結局その後も言葉を交わす事のないままでした。


  ・・・‥‥……―――


 ・・・‥‥……―――


北イタリアでは、教皇庁の動きに合わせて、

再び教皇派(ゲルフ)皇帝派(ギベリン)の派閥に分裂するようになってきていました。

中でも影響力があったのは、ジェノヴァの動きでした。

概して教皇派であるジェノヴァは、教皇グレゴリウス10世と共にアンジュー家と対立しました。

ところが、フランス派の教皇マルティヌス4世が即位してからも、

ジェノヴァは教皇派であり続けました。

つまりジェノヴァは、フランス方に転じたのです。

そして同様に、概して教皇派であるフィレンツェもフランスの影響で裕福になり続けていました。

亡きシャルル・ダンジューは、ジェノヴァもヴェネツィアも巧みに利用して貿易を行なっており、

プロヴァンスやミラノ、フィレンツェとの交易も発達させました。

教皇領であるラヴェンナとローマ、教皇派のボローニャとペルージャ。

フィレンツェはこれらの都市を繋ぐアペニン山脈麓の要衝であり、

皇帝派であったアレッツォを支配下に置いてさらに発展しました。

拡大するフィレンツェでは、富裕市民の声も大きくなり始めていました。

金融業を営む小貴族の子として生まれたドゥランテ・アリギエーリ(1265-)は、

こうした情勢下で育ち、貴族の息子として1285年頃に結婚を強いられ、

フィレンツェ軍の兵士として徴兵される事になるのでした。


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