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044[ベネヴェントの戦い]

044

[ベネベェントの戦い]


 ―――1265年夏。


ローマに駐屯するシャルル・ダンジュー軍。

しかし彼らには、撤退していたマンフレーディを追う資金がありませんでした。


「兄からは、やはり金の提供は無しか。。。厳しいな。

 マンフレーディがいつ攻撃を仕掛けてくるか分からないのに。」


   「新たな両替商からの借り入れの約束は取れました。

    これで6件目……。

    まだまだ軍を移動させるには程遠いです。」


「強引に行く方法を考えねばならんか……。

  それにしても、

 ここフィレンツェは、発達しているな……。

 独自に鋳造した貨幣を、都市間の規模で両替を行なっているんだから。」


   「パリにも両替商がありますが、規模が違いますね。

    フィレンツェの両替商は、フランドルやシャンパーニュを主な顧客として発展しようとしています。

    為替業は勿論、輸送業なども行ない、お互いが競争し合って大きくなっています。」


「商業が発達した都市は、金融業も海洋技術もなんでも最先端だ。

 ドイツ王が北イタリアを欲するのも十二分に理解出来る。

 それに、シチリア島というのはイタリア半島と北アフリカの中間に位置していて、

 古代からチュニジアのチュニスとの貿易で発展した土地でもある。

 今後は他国との貿易、異文化交流が非常に大事である事を、この街は示してくれている。」


   「中でも、イタリア半島の両脇、

    つまり、リグリア海とアドリア海のそれぞれ最北端の町ジェノヴァとヴェネツィアは、

    昔から海洋国家として競うように発達していて犬猿の仲ですからね。

    お互い発展する訳ですよ。」


「そのうち、ヴェネツィアは、比較的フランスに対して好意的だ。

 協力はしてくれそうだな。」


   「ジェノヴァとは遂に戦争にも発展したとかで、

    彼らはニカイア政権に組したといいますから、

    その状況は利用できるでしょう。

    そういえば、

    ヴェネツィア近郊の町のバンコにもアプンタメントが取れました。」


「本当か!良かった。

 では明日はそちらへ行こう。

  全く……、軍の指揮をしなきゃならんのに、

 金借りに飛び回らねばならんとは、飛んだ苦労をするもんだ。

 まだ夏になったばかり。

 今攻められたら、ひとたまりも無いな……。


   「本当に怖いですね……。

    ところで、本国から、アングルテール王国の状況が入って参りました。

    去る65年8月4日、イーヴシャムに於いてシモン・ド・モンフォールが戦死。

    王太子エドゥアルド様による政権が復活したと……。」


シャルルは大きく溜息を吐きました。


「今はそんな事、どうでもいいわ!」―――……


ところで、シャルルらがこうして金銭面で四苦八苦している間、

本来ならば、マンフレーディは軍を再調達し、涼しくなる秋頃に戦闘があってもよさそうなものでした。

ところが予想に反し、マンフレーディからの攻撃は一切無し。

彼の軍は、全く動く気配は見せず、冬が訪れようとしていました。


 資金不足のシャルルにとっては不幸中の幸い。

シャルルは、イタリア半島中を掛け周り、資金調達を急ぎました。

軍はフランスで集められ、南仏に結集しつつありました。


その軍を束ねるのは、フランドル伯ギィ・ド・ダンピエール(1226-)。

以前フランス王家と対立したフランドル伯兼エノー女伯ジャンヌ(1194-1244)は妹のマルグリット2世(1202-)と敵対し、

結果両領はマルグリット2世に渡っていました。

彼女とダンピエール伯ギョーム2世・ド・ダンピエールとの間に生まれたのが早世するギョーム(1224-1251)と弟のギィ。

しかし兄弟には前夫の子ジャン・ダヴェーヌ(1218-1257)もおり、

ダヴェーヌとの継承争いの末に、

エノー伯はマルグリット2世が再度所持する事になり、

フランドル伯はギィが所持している状況となっています。

今回の行軍でギィは、フランドルやエノーなどの北フランスの兵を率いて来ていました。

また、ギィの嫡男ロベール・ド・ダンピエール(1247-)も付き添いました。


もう一隊を指揮するのが、

アルビジョワ十字軍としても活躍したカストル卿フィリップ・ド・モンフォール。

最初のアルビジョワ十字軍を指揮したアモーリ(モンフォール伯兼王国軍司令官)とシモン(第六代レスター伯)の父である第五代レスター伯シモン・ド・モンフォールの実弟ギィ・ド・モンフォールの直系孫に当たり、

フィリップの父フィリップ・ド・モンフォールはシリアにも土地を持ち、ティール卿の称号を持っていました。

モンフォール家宗家はドルー家に吸収されてしまっていたものの、

王国軍司令官としての地位をギィ・ド・モンフォールの家系で保っていたのです。

カストル卿はプロヴァンスを中心とした南フランスの兵を率いました。


二人が率いるイタリア遠征軍の主軍は65年10月にリヨンに結集しました。


「マンフレーディ軍がこの秋に攻撃をして来なかったのは、来春に力を蓄える為に違いない!

 先手を打たなければ!!カストルに急がせろ!」


未だ満足がいく程資金は集まっていなかったシャルル軍は、敵の油断を突く必要がありました。

兵数も武器も、もちろん食料も不利なシャルル軍は、奇襲作戦しか道はなかったのです。


フランドル伯やカストル卿が率いる本隊がアルプスを超えてローマに到着したのは、

年が開けて1266年1月15日頃になってからでした。

合わせて騎兵が4,500~6000、歩兵は10,000~25,000と正確な数は不明。


「マンフレーディ軍の動きが掴めない。

 これだけの人数が何ヶ月も留まる事は出来ない!

 直ぐに進軍を開始する!」


ローマに集結したシャルル軍は、進軍を急ぎました。

1月20日には全軍が南下を開始。

シャルルは予想以上の速さでマンフレーディの軍に接近しました。


   ―――……‥‥・・・


 ‥‥…―――パレルモ。


   「マンフレーディ殿!!急報です!!

    カルロ・ダンジョの軍、数万が南下を開始しました!」


「何っ?!?!」


マンフレーディは持っていた杯を落として立ち上がりました。


「どういう事だ?!まだ1月だぞ?!」


   「はい……!迂闊でした!

    まさか真冬にアルプスを越えて来るとは……!」


「うぬぅ、やはり奴も焦っているのだな……。」


    「どうしましょうか??」


「直ちに軍をカプアへ結集させよ!

 他の城には防御を強化させるんだ!」


ローマから南東125km程でシチリア王国領ガエータ岬。

そこから東へ街道を42km程進むとナポリの広大な平野部に差し掛かります。

平野部の北端、マテーゼ丘陵の南岸に接する街が、カゼルタ。

その西端で最前線に位置する町がカプア。

マンフレーディの軍の大部分はそのカプアに残しており、今度もまたこのカプアへ招集をかけました。


「カプアでシャルルの軍を迎え討て!!!」


ところが、シャルルの軍は進行方向を変えたのです。


「東へ、内陸部に向かっただと??」


   「はっ!カッシノから東へ!

    マテーゼ丘陵の北側を進んでいるとの情報が!!」


「カローレ川を登るだと?!まさか奴ら、

 ベネベェントへ向かうつもりか!

 補給路を断つつもりだな!させるか!」


ベネベェントは、イタリア半島西岸アペニン山脈の複数の丘陵地帯を越えた、それぞれの谷の集合地点に位置する要地で、半島東側への出発地点でもあります。

東から西に流れるカローレ川と、これに南から合流するサーバト川の合流地点の内側にある丘の上に、ベネベェントの中心地があります。

ベネベェントから南西に進む事で、カゼルタからナポリに入る事が出来る重要拠点でした。


しかし北側からベネベェントに入るには、川の合流地点の西にあるカローレ川に唯一架かる橋を渡り、さらにサーバト川を南に登らないといけない。


マテーゼ丘陵北側を進むシャルル軍に対し、

タブルノ丘陵の南側を通ってベネベェントへ先回りしたマンフレーディ軍。

ベネベェントの街や川を見下ろせる場所各所に布陣しました。

これを川の対岸から見れば、辺りの山や丘の上に兵の絨毯で埋め尽くされているかのような状態でした。

シャルル軍の到来を待ちました。


マンフレーディはサーバト川の対岸の小山に登り、右手に街を見下ろしました。

眼下にはカローレ川を渡る橋があり、街道が前後に突っ切っています。

左前を見ればタブルノ丘陵の山塊があり、さらに奥にはマテーゼ丘陵が聳えています。

そして、その向こうから―――……


「………見えた……!

 やっと来たか!カルロめ!!」


マンフレーディは口元を緩めました。


  ―――1266年2月25日。


カローレ川沿いを進むシャルル軍は、渡河点を探していました。

限りある食糧の中で足早に山中を進んで来た数万のシャルル軍。

シャルルにも卒兵の苛立ちが伝わって来ていました。


   「アンジュー様……、このまま進むとベネベェントに着いてしまいます。」


「まさか、ベネベェントまで渡河出来ないというのか……。」


   「もしかすると………。

    恐らくマンフレーディ軍は既に着陣しているでしょう。」


「救いなのは、相手の士気が低い事が確実な事だ。

 我々の軍が如何に空腹であっても、それはこちらが優っている。

 だが持久戦に持ち込まれたらまずい。

 早期に決戦しなければならんな………。」


   「ベネベェントが見えてきました………。」


「うむ、見えるぞ、山中に、敵陣が…………。」


この日、ベネベェントを目前に、カローレ川の橋の前にシャルル軍が布陣しました。


三列横隊の陣形を取り、それぞれが前面に弩歩兵を置きます。

第一隊はフィリップ・ド・モンフォールらが率いるプロヴァンス人騎兵を中心とします。

第二隊はシャルル・ダンジューが率いる直属の騎兵隊。

第三隊はフランドル伯ギィ・ド・ダンピエール率いる北フランス軍。


「これで……、上手く挑発に乗ってくれれば良いのだが……。」


   ―――……‥‥・・・


      ―――……‥‥・・・


山の上からこの動きを見ていたマンフレーディ。


「敵が布陣したな……。」


右手の向かいの丘に布陣している味方の軍を見て思案しました。


「数は五分五分といったところか……。

 これは、十二分に勝てる戦だ。」


そしてマンフレーディは姿勢を正して頷きました。


「もたもたしていれば士気が下がる!

 直ちに全軍川下に移動!!

 敵陣の対岸に布陣せよ!!」


   「なんてすと??丘を降りろというのか??」


一隊を指揮するサレルノ公ガルヴァーノが抗議しました。


「そうだ。」


   「今の布陣では全軍が敵軍の動きを掴む事が出来る。

    下に降りてはそれは叶わんぞ?」


「今の配置だと傭兵部隊が簡単に逃亡出来てしまう。

 サレルノ隊はそれを阻止できるのか?」


   「味方の裏切りをさせぬ為と申すか?!!」


「その通りだ。

 サラセン人が良くやるやり方だ。」


   「だが……!わざわざ有利な位置から移動する必要は……」


「戦争が長引くと、前の戦いのように内部で不満が起きてくるのは必定。

 いくらドイツ騎兵隊が居るとはいえ、内部分裂や裏切り者が有っては勝ち目は遠のく。

 既にカルロの軍勢は多くの街を手に入れて来ている。

 それは街の守備兵達が簡単に奴らに寝返ったからに他ならない。

 白兵戦で真っ向勝負しても勝機はあるんだ。

 ならば彼らの力量を信じる。

 早期に決戦して権威を高めた方が都合が良い。」


   「力量のみならず、忠誠を信じてやった方が……」


「時間が無い!日が暮れる前に直ぐに移動を!」


   「……!は!承知した!」


    ―――……‥‥・・・


 ―――……‥‥・・・


「山が動いたぞ?!」


   「確かに!敵軍が山を降りてくる!」


「ヌヴェール、布陣の仔細は分かりそうか?」


   「はい!

    この様子だと、我々と同じ三列か……。」


シャルルのそばに仕えていたのは、

ブルゴーニュ公ユーグ4世(1213-)の嫡男ウード(1231-)。

ウードはヌヴェール伯及びオーセール伯を継いでいました。

ユーグ4世は以前テッサロニキ王位を要求しており、

エピロス専制候国及びニカイア帝国と敵対関係にあり、

カペー=ブルゴーニュ家はシャルルの将来に期待しウードをシャルルの元に送り込んでいました。


   「アンジュー様、敵の配置です。」


「うむ。」


前線にサラセン人と呼ばれるイスラーム傭兵隊。

第二隊はドイツ傭兵部隊を配置し、

マンフレーディのいとこにあたるジョルダーノ・ランチアが指揮。

第三隊は、その伯父であるサレルノ公ガルヴァーノ・ランチア率いるイタリア人傭兵部隊で、

加えてさらにサラセン人軽騎兵隊を護衛に当たらせていました。


「マンフレーディは?」


   「あちらの山です。」


ヌヴェールは正面の小高い丘を指差しました。


   「あそこに、およそ1000の護衛を付けて立て籠もっています。」


シャルルはゆっくりとその丘を見上げました。


「高見の見物か……。」


―――そして、夜が更けていきました―――


 ――――――……‥‥・・・


―――1466年2月26日、ベネヴェントの郊外にて、早朝。


 開戦―――……‥‥


         「撃てぇぇぇ!!!」


旗がなびくと共に、サラセン人部隊から弓矢が川を越えてフランス軍を襲いました。

サラセン人は一斉に橋を渡り始め、モンフォール隊前線の歩兵隊と衝突。

サラセン人は思考が無いかのような猪突猛進の攻撃を続け、歩兵部隊を圧倒していきました。

後ろから次々と味方の兵が迫ってくる為、彼らには前の敵を突き進む事しか出来ないのです。


   「このままではマズい……!!

    プロヴァンスの騎兵隊!突撃ぃぃ!!」


モンフォール隊の後方で掛け声が響くと、騎兵隊が投入されます。

騎兵隊の機動力には、さすがのサラセン人も一薙ぎで倒されていきます。

騎兵隊はサラセン人傭兵を次々と薙ぎ倒しながら道を拓き、

橋を渡って南側へと進みます。


  「このまま突き進め!

   我らも突撃せよ!!」


シャルル率いる第二隊の騎兵部隊も投入。

これによってサラセン人傭兵隊は潰走しました。


           「くそっ!!命令はまだか?!」

            「マンフレーディ殿の指揮は遅い!!」

           「もう待てない!我らも突撃!!!」


ジョルダーノ・ランチア及びガルヴァン・アングローナ率いる第二隊が反撃を開始。

彼らの部隊はドイツ人傭兵で構成され、鋼の鎧を身につけていました。

ドイツ騎兵の鎧は硬く、フランス騎兵の剣を攻撃を全て跳ね返してしまいます。


     「なんて堅ぇんだ!

      攻撃を受け付けない!ぐわぁっ!」

   「駄目だ!!馬を狙え!!」


フランス軍は騎兵の馬を狙う作戦に出ますが、

無論ドイツ兵はそれを想定しており、予め下馬して戦います。

フランス兵の鎧は直ぐに打ち砕かれ、ドイツ兵の鎧は攻撃を全て跳ね返しました。


激しい騎士と騎士とのぶつかり合いが続きます。

金属と金属の鋭い音が響きますが、フランス兵はドイツ兵の鎧を突き破る事は出来ませんでした。


 「くっそ……!

  これがバルバロッサのシュタウフェン家の強さなのか……!」


フランス軍は次第に巻き返されていきました。

マンフレーディは山の上から、再び戦いの流れが変わった事に歓喜しました。

完全に勝ち誇っていました。


 ―――これで我らの勝利は間違いない!!―――


       ――……?


そう思っていた矢先の事………


     「よぉぉし!やったぞ!!

      みんな!脇を狙え!

      奴らの鎧は脇が甘い!!」


フランスの騎兵は直ぐに戦い方の要領を掴み、ドイツ製の鎧の弱点を見つけました。


 ―――なに?あの鎧に弱点だと?―――


これを見抜いたフランス軍は、次々とドイツ兵を蹴散らしていきました。

鉄壁と思われた鎧の弱点が見破られると、ドイツ兵達も怖気付いて勇敢な態度を取る事が出来ません。

みるみるうちにドイツ兵は押し返されていきました。


 ‥‥…―――マンフレーディ殿!マンフレーディ殿!


マンフレーディの本陣の右手眼下は、

ジリジリとフランス軍が攻め込んで来ており、完全に圧されていました。

マンフレーディは直ぐに現状を理解出来ずに圧倒され、

周囲の言葉も聞き取れていませんでした。


       「マンフレーディ殿!!命令を!!!」

       「出撃命令を!!劣勢です!!出撃許可を!」


「さ、サレルノ隊、突撃………!!」


マンフレーディは慌てて後衛の騎兵を投入させましたが、既に、時は遅い。

ドイツ騎兵隊を殆ど駆逐したプロヴァンス騎兵隊は、もう完全に勝機を掴んでおり、新たな軍の投入も物ともしません。


勢い付いたフランス軍は、そのままマンフレーディ軍を追い込んでいきます。

ついには橋の北側から南側へと全て追い返しました。

勝利を確信したフランス兵達はますます勢い付きました。


      「よし!!行ける!

       フランドル隊を!!」


シャルルが叫ぶと、後方で新たな旗が振られました。

第三陣投入の合図でした。


第三陣の北フランス軍は抵抗勢力のいなくなった橋を優に渡ると、前方の乱戦域とは逆の西へ進みました。


右手から押し込んで来る先鋒隊と、新たに投入された第三陣が左手の側面から本陣に迫りました。


   ――左から来るぞ?!――

   ――どうしたらいい??――

   ――挟み込まれるぞ!!!――

   ――これでは敵わぬ!!!――


山上の傭兵らは、敗北を悟り逃げ出しました。


「お、おぉっ?……!!

 逃げるな!!戦え!!!」


側面、西の斜面から突撃してくるフランス軍。

本陣の兵はどうしていいか分からず、動けずにいました。

次第に東からも兵が押し寄せてきます。

東西から挟み込まれ、あとが無い状態にまで追い込まれていました。


    「マンフレーディ殿!!この場はもう!!」


「に……、逃げろというのか?

 馬鹿な!俺は騎士だ!

 戦場から逃げるなど言語道断!!

 行くぞ!!!せぃ!」


覚悟を決めたマンフレーディは馬に飛び乗り、そのまま戦場の真ん中に突進していきました。

勢いのまま数人を薙ぎ倒すも、横から馬を攻撃されて落馬、白兵戦に突入します。

単騎で飛び込んだので、直ぐにマンフレーディは敵兵に取り囲まれました。

槍で、一突き、二突き、三突き……‥‥・・・


マンフレーディはこの場で戦死しました―――


   ―――……‥‥・・・


「マンフレーディの遺族の者を捕らえよ!!」


シャルルはマンフレーディの子供達を捕らえて牢獄へ送り、彼の財産を全て奪い取りました。

こうしてベネベェントでの戦いは、シャルル・ダンジューの圧勝に終わりました。


  ―――……‥‥・・・‥‥……―――


・・‥‥……―――教皇庁。


―――カルロ殿。

   見事な勝利です―――


ローマに凱旋したシャルルは歓迎を受けました。

シャルルは驚く程の歓待に、優越に浸っていました。

両手を大きく広げ、何度も何度も頷きました。


「アンジュー伯カルロ殿。

 良くマンフレーディの脅威を拭ってくれた。

 感謝する。

 マンフレーディの子女も全て投獄された。

 これで教皇権も安泰だ。」


シャルルはくすっと笑いました。


  ――教皇庁が安泰だと?

    別に教皇庁の為にやった訳では無いわ!

    これで、俺の領地が拡がった……!

    さて、ここをどうやって治めていくかな!――


内心の野心を隠して、ただ喜びだけを表に出していました。


アンジュー伯シャルルは名実共にシチリア王カルロとなりました。

もちろん、教皇による様々な条件付きでの即位であった事は、言うまでもありません。

教皇に忠実なシャルルをシチリア王位に就かせ、最終的にはドイツにも教皇権を及ぼそうと考えていたのです。

こうする事で、教皇派(ゲルフ)対皇帝派(ギベリン)の抗争を終結させようとしていました。


   ――教皇庁に忠実というのは、果たして……?――

   ――独裁者がマンフレーディからカルロに変わっただけでは無いのか?――

   ――ううぅむ…………――


  ―――……‥‥


   「マンフレーディ様が討ち取られたと……!?」

   「あぁ、なんと…。

    マンフレーディ様がフェデリーコ2世様よりシチリアを任されて以来……、

    シチリア島は良く統治されていたというのに……。」

   「これからはシチリアにフランス人が居座るってのか……!」


     「フランス人の王はナポリを拠点とするようです。

      サレルノに居ては危な過ぎます!

      プローチダさんもとりあえずシチリア島に避難してください!」

   「うむ、そうじゃな……。」


かつてフリードリヒ2世に仕え、医師でありながらマンフレーディの教育係でもあったジョヴァンニ・ダ・プローチダ(1210-)も、

ナポリに近いサレルノより脱し、よりマンフレーディに好感的であるシチリアに逃れました。


帝国議会にもイタリアの国民にも、

そしてもちろんシチリアの島民にも疑問の残るシャルル・ダンジューの即位でした―――………


   ―――……‥‥・・・


 ―――……‥‥・・・


 1266年。


シチリア国王カルロことシャルル・ダンジューは、

ナポリを中心に政治を進めるようになりました。

彼は身近な人物を官僚に置き、

教皇庁に従ったベネベェントに対しても、シャルル独自の体制を強要して従わせました。


   ―――帝国議会。


  「カルロが従っていないだと?」


   「カルロ王は教皇庁との約束をまるで守ろうとしていないでは無いか!」

   「ベネベェントを攻めるとは如何なる事か!?」


     「はい。。

      親教皇派だったベネヴェントを威して、自分の支配下に置こうとしているようです。

      彼は、始めから教皇命に従う心算は無かったものと思われます…!」


  「そうなる事は目に見えていたではないか!

   にも関わらず皆が賛同したのではなかったのか?」

   「何を?!分かったような口を!」

   「もっと扱い易い人物はいなかったのか!」

  「他に適任は??」

  「コーンウォール殿はどうなった?」

 「―諸侯の反乱で一年間も捕虜となった人間を皇帝にする訳には行かんだろう。」

   「ご尤もだ。教皇庁に傷が点く。」

    「待て待て、もうカルロを廃すという話なのか?」

  「そんな事をすれば、フランス、イングランド、カスティリア、

   それにラテン帝国まで敵に回す事になりはしないか?!」


帝国諸侯らは、今頃シャルルをシチリア国王に推戴した事に後悔し始めていました。


そんな諸侯の意識変化を余所に、シャルルはさらに新しい協定を結びます。


1267年5月、ローマ近郊、ヴィテルボに於いて。

シチリア王国、ラテン帝国、アカイア公国の三国の首脳が会談しました。

ラテン皇帝ボードゥアン2世(1217-)は、亡命を繰り返し、やっとイタリアに辿り着いていたのです。


「私がコンスタンティノポリスにいる間に……、

 57年には私の故郷でもあるナミュールがルクセンブルク伯ハインリヒ5世・フォン・ルクセンブルクに奪われ、

 そして61年にはコンスタンティノポリスもニカイア帝国に奪われ……、

 元々はニカイア帝国に対抗すべく同盟していたアカイア公国を介して、

 シチリア王マンフレーディを頼るつもりでしたが、

 結局それも無意味となってしまった。

 もはや、頼れるのは、新たにシチリア国王となったカルロ殿しかおりません。

 フランス王国とシチリア王国の協力無くしてラテン帝国の復活はあり得ません。

 どうか、このボードゥアンをお助けください!」


アカイア公国のギョーム2世(1211-)は、


「私には男系継承者がおりません。

 是非とも、私の娘とアンジュー殿の子息とを結ばせたく思います。

 二人の間の子にアカイア公国を継がせる事を約束し、

 私は、アカイア公国はアンジュー殿に忠誠を誓います。」


このヴィテルボ協定によって、シャルル・ダンジューの子息の次の結婚が決められました。


既に長女ブランシュ(1250-)は1265年にフランドル伯ギィの息子ロベール・ダンピエールと結婚していたので、

一件目は、次女ベアトリス(1252-)がラテン皇帝ボードゥアン2世の嫡子フィリップ・ド・クルトネーと婚約。

そして、シチリア王位を継ぐ予定の長男シャルル2世(1254-)の結婚は保留され、

二件目は、次男フィリップ(1256-)がアカイア公継承者イザベル・ド・ヴィルアルドゥアンと婚約。

但し婚約のみで直ぐの結婚ではありませんでした。


「アカイア公国が手に入った……!

 アンジュー及びメーヌ、

 それにプロヴァンス、シチリア島と南イタリア、それにアカイア……。

 さらに名目上ではあるもののラテン皇帝位も俺が掌握している……。

 東ローマ帝国領を制すれば……、地中海は……、

 全て俺の手に………!」


シャルルは笑いが込み上げていました―――


 さらに―――


「今聖地では刻一刻と情勢が変化している。

 ついにアンティオキア公国と同盟関係にあるキリキア・アルメニア王国が、

 完全にバブリー・マムルーク朝に支配されてしまった。

 こうなると、いよいよアンティオキアとエルサレムが危険にさらされる事になる。

 そこで、シチリア国王カルロ・ダンジョよ。そなたに命ずる。

 教皇よりの命である。今すぐ十字軍を招集し、指揮をしてもらいたい。

 やってもらえるか?」


シャルル・ダンジューは恭しく礼をし、これを請け負う事になります。

シャルルはにやけが止みませんでした。

次々と転がり込む自分への救援に慢心していました。


―――間も無く俺が地中海の覇権を握る……!

   俺の新たな帝国が出来上がるぞ……!!―――


ところが、シャルルには良い事ばかりではありませんでした。

1267年9月23日、妃のベアトリス・ド・プロヴァンスが逝去したのです。

二人の間には、次代フランドル伯ロベール3世・ド・ダンピエールと結婚したブランシュ、

ラテン皇帝ボードゥアン2世の嫡男フィリップと結婚したベアトリス、

次代シチリア王シャルル2世、

アカイア公フィリップ、

そしてまだ6歳のエリザベートを残しました。


   「アンジュー殿のお妃がお亡くなりに……?

    ならば、我が孫娘を……。」


ブルゴーニュ公ユーグ4世からの申し出がありました。

相手は、長男でヌヴェール伯ウードの次女マルグリット(1249-)。

長女ヨランド(1247-)はルイ9世の実質次男ジャン・トリスタン(1250-)と結婚していたので、次女がシチリアに嫁ぐ事になります。

ブルゴーニュ家はブルゴーニュ家で、その血脈を拡げようと企んでいたのです。


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