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041[イーヴシャムの戦い]

041

[イーヴシャムの戦い]


 ―――1265年5月28日。


     「エドワード殿下が逃げたらしい!!」

     「シモンの手から逃れた!!」

     「殿下に集え!殿下をお守りするんだ!!」


投獄されていたエドゥアルドが脱走するという事件が起きました。


   「エドワード殿下、

    我々一同、殿下の治世安定の為に力を尽くす所存!」


エドゥアルドの前に跪くのは、グロスター伯ギルバート・ド・クレア。

そう、突如グロスター伯は王党派に寝返ったのです。

脱走に関わった者は、グロスター伯ギルバート・ド・クレアとウィグモア城主ロジャー・モーティマでした。


 ・・・‥‥……―――


   「グロスター伯が王党派に?!」

   「やはりエドワード殿下の方が見込みがあるというのか。」

   「エドワード殿下に期待を!!」

   「殿下の下に!!!」


この事件を切っ掛けに、モンフォール家に不満を持っていたイングランド諸侯は一斉にエドゥアルドの下に参集しました。


王党派はこれを機に再起し、再度軍が召集されました。


 ・・・‥‥……―――


「くっ、やはり早めに手を打つべきだったか!」


シモンは悔いましたが後の祭り。

モンフォール党も軍を集めました。

兵数の少ないシモンは、

グロスターの直ぐ北のヘレフォード伯ハンフリー・ド・ブーンと共にいた嫡男ヘンリーの軍と早期に合流する必要がありました。

さらに、同盟しているウェールズ大公ルウェリンに対しても援軍を要請しました。


「王子の脱走にウィグモアのモーティマが絡んでいるという。

 奴がいよいよ本格的に英国王派になったという事だ!

 ならば約束通りモンフォール殿に軍を差し出さなければ。」


このウェールズ大公の動きを知ると、国民の中には、


   ――ウェールズ大公軍の侵攻を許すというのか……?――

   ――ブレヒノク領を巡ってこの所ずっと争っている連中だぞ……?――

   ――モンフォール殿はいったい何を考えているのだろうか……――


シモンに対して疑問を抱く者も増えてきていました。


 ―――そして、グロスター。


グロスターの地は、ヘレフォードを通じてブイルスと、

シモンが居るレスターや、シモンの次男たちがいるロンドンを結ぶ中間地点で、

海との連絡も確保出来る最も重要な補給点でもありました。


  ――伯爵は王党派に寝返ったらしいのだが??――

  ――殿が不在だというのに、我々はどうすれば??――

  ――軍備をする時間など無いぞ??――

  ――直ぐにウェールズ軍が攻めて来てしまう!!――

  

ウェールズ大公軍は即座に動いており、ブリストルからグロスターまでを確保しました。

グロスター市は王党派に寝返ったばかりで混乱しており、

もともとシモンと友好的であるウェールズ軍の侵入を簡単に許してしまいます。


   「グロスターがモンフォール派に利用されてしまってはまずい!!

    補給路確保を急げ!!!!」


王太子エドゥアルド軍とグロスター伯軍はグロスターを包囲し、

6月29日に再度掌握しました。


シモンの軍はレスターからグロスターに急行していました。


「ロンドンの息子達の軍は合流出来そうか??」


   「いいえ……!まだ動きが掴めません……!」


「我々の軍だけでは数が足りな過ぎる……。

 ヘレフォードのヘンリーに合流を急がせるのだ……!」


敵対する王太子とグロスター軍は少なく見ても1万。

その半数で勝とうとするには、出来るだけ条件の良い場所に布陣する必要がありました。

しかしシモン軍は、グロスターとレスターの中間地点、コヴェントリー市の南の町ケニルワースに滞在中、

エドゥアルド軍に襲われて戦力を削がれてしまいます。

この戦いで駐屯地の一部が焼失、いくつかの資材が消されてしまいます。


8月3日、ケニルワースに情報が入りました。


   「レスター様!

    イーヴシャムの町、

    グリーンヒルにモンフォール家の旗が立ちました!」


「ヘンリーが到着したか!」


   「はい!丘の上に布陣しており、今が攻める好機であるかと!

    間も無く王党軍もイーヴシャムに到着するとの事!

    急ぎ合流されたしとの事です!」


「分かった!急ぎ、イーヴシャムへ!!」


この日、モンフォール軍は南下し、イーヴシャムへ向かいました。

その夜は雲が濃くなり、早い時間から暗い夜となっていました。


 イーヴシャムの街は、鋭くカーブするエイヴォン川の内側、

北側に展開するグリーンヒルと呼ばれる丘の下部にありました。

街よりも北の丘の上に軍がおり、モンフォール家の旗が立っていると言う情報でした。

軍が街を見下ろし、街は川を見下ろしている位置関係。

川の南岸から街へ入るには、カーブの最も鋭くなる場所に架かる橋が一箇所のみ。

シモンの軍は夜のうちに橋を渡ってイーヴシャムの街に入りました。

街中には駐屯出来ない為に通過し、そのまま街の北側まで出ました。


   「よし!!味方の軍が優位の場所いるぞ!!」


モンフォール軍は勝利を確信しました。

彼らは確かに丘の上に、モンフォール家の旗を掲げた軍を見たのでした。


しかし、しばらくすると―――……


丘の上から鬨の声が響き渡り―――


   バタバタバタ………!!


布の揺れる大きな音。

掲げられていたモンフォール家の旗が、一斉に金獅子三頭のプランタジネット家の旗へとすり替わったのです。

さらに背後の門も固く閉ざされ、完全に締め出されてしまう格好でした。

もちろんその門にも、プランタジネット家とクラン家の旗が立ち並びました。


「て……、敵軍……!」

   「丘の上にいるのは、敵軍!!援軍では無いぞ!!!??」


「謀られた!!!」


丘の上に布陣していたのはモンフォール家の援軍などではなく、敵軍の本隊だったのです。


   「偵察の奴は何をやっていたんだ!??」

   「内通者がいたんだ??」

   「裏切り者はだれだ???」


軍内は激しく動揺しました。


――見誤った………?まさか、間違えた??

   なぜ敵の罠が見破れなかったのか???

   なぜ、そんな事が見えていなかったのか???――


シモンは、ただただ唖然としていました。


――何処で判断を誤った?何を見落としていた?――


そしてシモンは、ある一つの言葉に思い当たりました。

それは、今までの自分の行動を完全に否定するもの、決して口には出来ない言葉でした。


兵数は、シモン軍は5千、王党軍が1万。

前回の戦いと似通った数。

しかし、前回とは違い相手が丘の上。立場がまるで違いました。


   「モンフォール殿、この状況では、勝ち目などありません…!」


シモンはキツく歯を食いしばりました。


  「レスター伯よ!!!」


その時丘の上から声が響きました。


――あの声は……、殿下……――


  「昨年はよくも我らを騙してくれたな!

   あの時の戦いで勝利を確信した我らは、

   一気に恐怖のどん底に叩き落とされたのだ!!」


エドゥアルドは、去年のルーイス城の戦いで、市民軍の持つモンフォール家を本隊と思い込み、まんまと罠にはまったのです。

彼の軍は、この事を相当根に持っていたようでした。


「そして今回は同じ手で我らを騙したというのか!!

 だが覚えて置くが良い!

 その策は私が教えてやったものだ!!!」


   「強がりを!!

    シモン軍にはもう勝ち目は無いぞ!

    俺を騙した罪は重い!!

    お前の軍には死罪を課す!!!」


エドゥアルドは問答無用で戦うつもりでいました。

ただただ、開戦のタイミングを待つばかりとなっていました。

前線に移動したウェールズ歩兵は既に戦意を失っていました。

そもそもグリフィズらはとっくに撤退しており、モンフォール軍に残されたのは一部の歩兵隊だけでした。

そして軍内にも疑心暗鬼も広まっていました。


緊張が続く中、夜明けを迎えても一向に外は暗く、雨が降り続いていました。


「明朝には戦闘が始まる。」


シモンは主だった者を集めてから、重い口を開きました。


「この戦いに勝ち目は無い。

 戦いたくない者は、どうかこの場から去って行って欲しい。

 そして、生きて、必ず新しい国政の遣り方を引き継いで欲しい。」


   「モンフォール殿!!ならば貴方が先ず逃げなさい!!」


「いいや……、もう政府はモンフォール家を許しはしない。

 それにもう私では無理だと悟ったのだ……。」


   「シモン殿!情けない事を!!」


シモンはゆっくり首を横に振りました。


「民主主義の世を創り出す自身のある者は直ぐに立ち去れ!

 そして、権力の亡霊に取り憑かれる事の無きように……。」


一同、沈黙が続きました。


   「では、シモン殿。」


ウスター司教が口を開きました。


   「貴方がたの為に私が祈りましょう。

    貴方の目指した民主主義たる政府が確かなものとなるよう………」


彼の祝詞だけが天幕に響きました―――……


    ―――……‥‥・・・


 ―――……‥‥・・・


 1265年8月4日、朝8時頃。

雨はが突然強まり、雷鳴が轟くようになりました。


「怯むな我が同胞よ!!

 王軍など怖くは無い!

 勝利を過信した兵士には油断が生じている!

 この嵐の中での攻撃開始は相手の動揺は計り知れない!

 戦え!勇敢なる諸君よ!!」


シモンは兵士達を鼓舞しました。


「では!!!参る!!!」


雄叫びをあげながら、前線のウェールズ兵が駆け上がって行きました。

雷雨激しい中、イーヴシャムの戦いは開幕しました。


直ぐに敵軍の前線と衝突しました。

ウェールズ兵は、素人ばかりで道を切り開く事は出来ません。

瞬く間に戦力として意味を成さなくなっていました。

あわよくばシモンは戦乱を抜け出せないかとも考えていましたが、

最早それは不可能と思うしかありません。

やがて、敵軍の両翼は東西に分かれ、モンフォール軍を左右から挟み込みました。


―――……‥‥・・


「反逆者共は生かしてはならない!!

 モンフォールの人間を見つけたら即座に殺してしまえ!」


     「殺す?捕虜では無く?」


「彼らに反省の色は全く見られなかった!

 殺害を許可する!」


   ――昨年の戦いではよくも俺達を騙したな!!!――

   ――あの戦いでどれだけの仲間を喪ったか!――

   ――この恨みは消えぬ!!陛下の言葉通りに皆殺しだ!!――


騎士道の世界では、一般的には負けた兵士は捕虜にし、身代金を取って返す事が慣いでした。

戦争は自国の富を増やす為に行なわれるものであり、

敵国から金品や領土を獲得する事で自国の糧とする。

それが騎士道の戦い方でした。


   「ころせ!!!」

   「モンフォール兵は一人残らず!!」


白兵戦とは呼べぬ、殺戮が繰り返される、無残な戦いが繰り広げられました。


シモンは豪雨の中で落馬し、動けなくなっていました。


「うぐっ………!!」


   ――モンフォールの人間だ!!――

   ――殺せ!!――


どこの人間かも分からぬ兵士が、シモンの胸に剣を突き刺しました。

その瞬間雷鳴は一層激しく、イングランドの土地を濡らしていきました。

その身体は、手足胴体をバラバラに切断されてしまいました。


既に町内で捕らえられていたヘンリー・ド・モンフォールも殺害され、

王党軍はイーヴシャムの修道院の中にまで押し寄せ、中に籠っていた兵士を殺害して行きました。

この戦いでは、ノルマン・コンクエスト以来の大量の血が流れる事になりました。

反乱軍の兵士達はその場で切り殺されていきました。

大量虐殺が続きました。


 ―――……‥‥・・・


エドゥアルドの元に、小さな箱を持った部下がやって来ました。

その箱に何が入っているかは明確でした。


「シモン・ド・モンフォールは……、死んだのか……?」


肯定するその部下。

エドゥアルドは黙って下がらせました―――……‥


  ―――……‥‥


 ―――後日。


ウェストミンスター王宮。


   「父上、叔父上、ただいま戻りました。」


モンフォール親子の死が伝わった後、

国王アンリ3世とコーンウォール伯リシャールが政界の中心に復帰していました。

エドゥアルドは二人の前に進み出ると、小さな箱を持った部下を一緒進み出させました。


   「シモン・ド・モンフォールをお連れしました。」


アンリ3世は頷き、促しました。

二人の前に箱が持ち込まれました。

二人はその中を覗き込みました。


目を瞑りました。


   ――シモン………。――


      ――あの者の野心、気に入った。

           我が国に仕えて貰おう。――


殆ど思い付きでフランスから連れ帰ったシモン・ド・モンフォール(1239-1265)。

アンリ3世とリシャールの二人とは、特別な関係となっていました。

エドゥアルドの代父を務めたほど、当初はアンリ3世と親しかったシモン。

アンリ3世の失策による反乱をシモンとリシャールが協力して鎮めた事もありました。


突然アンリ3世は厳しい顔に戻り、

「ロンドン塔に晒しておけ。」と命じました。


「モンフォールの乱は終わった。

 これで元の通りの王国に戻る。」


リシャールは深呼吸してエドゥアルドを促しました。


反乱の主導者シモン・ド・モンフォールの首はロンドンに晒される事になりました。

もちろんレスター伯爵位は召し上げとなり、彼が奪っていたダービー伯爵位と領土と共に、

エドゥアルドの弟エドマンド(1245-,21歳)に与えられる事になりました。


シモン・ド・モンフォールにはヘンリー(1238-)の他に、

シモン(1240-)、アモーリ(1242-)、ギィ(1244-)の三人の男子がいました。

アモーリは幼い頃から修道士となっていましたが、二人は俗界にありました。


   「父と兄の所領を取り戻せ!」


幼い二人は反乱を起こしましたが、全く反抗できる勢力は持ち合わせておらず、

年末には鎮圧されました。

二人は逃亡して姿を眩ましました―――……‥‥


  ―――ウェストミンスター王宮。


「これで王室の勝利だ。

 彼らも少しずつ、大人しくしていく筈だ。

 彼らの示した条項は全て破棄する!」


   「ですが、父王陛下。

    彼らの議会制度は、私達も見習うべきです。

    王権ばかりを主張するのは良くない事は、

    父も身に沁みて解った筈です。

    国民の意見をもっと身近に聞ける制度や、

    定期的に議会の開催など……

    これからはこうした制度が必要になってくるのでしょう。」


王権は復活しました。

もちろん改革派は残存しており、

翌1266年6月、改革派はケニルワース城に立て籠って抗議しました。

王党派は攻城に苦戦しました。


そして1266年10月、王太子エドゥアルドは、

「反乱に加わった者には罰金の支払いを命じる」

として、イーヴシャムの時の対処とは格段に甘い処罰で対応し、

諸侯らの投降を促しました。

王室は、事実上オックスフォード条項の破棄を宣言しつつ、諸侯らを保証し、

彼らの主張をある程度受け入れる形を取りました。

一連の内乱を教訓として、アングルテール政府は、議会制を導入していく事になったのでした。

アンリ3世は一線を退き、国政はエドゥアルドが主導するようになっていきました。


   「王太子殿下。

    ところで、ウェールズの反乱にはどう対処すべきでしょう。」


「同様に厳しい処罰は避けます。

 ウェールズ諸侯に圧政を強いるのは良くない事が分かりました。

 基本的にはシモン・ド・モンフォールの反乱以前に戻します。」


   「えっ?!では、グウィネズ王の処罰は??」


「ルウェリン・アプ・グリフィズには、

 シモンが与えたように、ウェールズ大公位を認めよう思います。」


   「なんと!ウェールズ大公位ですと???

    そんな……!なりません!!

    そのような処遇をすれば、また付け上がるに決まっております!

    彼だけには処罰が必要でしょう!!」


「ウェールズ人にはウェールズ人たる自尊心があります。

 中部の諸侯を確実に従わせる為には、

 その盟主もウェールズ人である事の方が都合が良いんです。

 ウェールズ大公位とは本来、

 ウェールズ人がウェールズ全土の君主である事を意味する称号です。

 よって、とりあえずはこれまで通りウェールズの法に則ってウェールズ諸侯として扱います。

 ポウィスには、1263年からシュルーズベリーに亡命してきているポウィス王

 グリフィズ・アプ・グウェンウィンウィンをポウィス王に戻し、

 中部の監視を強化させたいと思います。」


   「ポウィス王を……。」


「うむ。彼の、我が王室に対する忠誠は信用出来ます。

 グウェンウィンウィン王の子であれば、

 中北部の諸侯、ポウィス・ファードッグ諸侯も彼に従うはずです。

 南部は、ウィグモア城主ロジャー・モーティマ殿に男爵位を授与し、

 ウェールズ総督(マーチ)の地位を続けさせます。

 ウェールズの中部の監督にも期待しています。

 南部と中部の勢力が確実な状況であれば、

 グウィネズ王も下手な真似は出来ないでしょう。」


   「はい……。

    ですが……。

    やはり、反乱の可能性は否定出来ません……。」


「もし、また反乱があるのならば、その時こそ容赦しないでしょう。

 その時こそ、徹底的に征服するつもりです。」


エドゥアルドには、家臣らを黙らせる力がありました。

エドゥアルドは力強く頷きました。


1267年9月29日、モントゴメリー条約によって、

グウィネズ王ルウェリンはウェールズ大公位を公的に認められる事になります。

グウィネズ王には本領グウィネズ領の領有を認められ、

中部は、中北部ポウィス領はポウィス王グリフィズ・グウェンウィンウィン、

中西部は、弟のダフィド・アプ・グリフィズらなどほぼ元の諸侯による統治も認められる他、

その直接的な盟主をグウィネズ王ルウェリンとしました。

南部はウィグモア城主のモーティマ男爵ロジャー・モーティマがウェールズ総督(マーチ)として領有する事になりました。

しかしルウェリンによって征服されている中南部の要衝ブイルスを擁するブレヒノク地域は、

具体的にウェールズ人による支配とはせず、ウェールズ総督に委ねられる事になります。


 この一連の内乱は、

ジャン王を廃して当時のフランス王太子ルイを担ぎ上げた戦争を第一次バロン戦争とし、

今回の騒動は第二次バロン戦争と呼ばれるようになります。


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