014[オマージュ]
014
[オマージュ]
昨年1183年の若アンリ(1155-1183)亡き後、次代王位継承権は自動的に次男のリシャール(1157-,27歳)へ移る事になりました。
「お呼びですか、陛下。」
「リシャール。土地の相続について話がある。」
「はい。」
「アンリへ相続する筈だったアングルテール王位、それと、ノルマンディーとアンジュー。
これらは、全てリシャールに相続権が移る。」
「はい、心得ております。」
「そこで提案だ。
一番下の弟ジャンはアイルランド卿の称号のみで土地をまだ持っていない。
北部の多くの土地を相続する代わりに、アキテーヌをジャンに譲ってやれぬか?」
リシャールはまた目を剥き出しました。
「は!!??
なんと!?
アキテーヌは僕の土地です。
この土地は母から受け継ぐ土地!
これは父の権利ではありません!
ジャンに譲れだなんて…!
そんなのは、始めから土地を分配しなかった父の責任でしょう!
私は、私の土地を受け渡す心算はありません!」
リシャールは父の提案に納得は出来ません。
これに、ブルターニュ公ジョフロワ(1158-,26歳)が強い不快感を抱きます。
「父上の意見に反抗するなんて許せません!!」
妻の権限でブルターニュ公爵の地位にあり、もともと概してフランス寄りだったジョフロワでしたが、
リシャールと敵対していく反面で父アンリ2世よりに傾き始めていました。
ジョフロワは最下年のジャン(1167-,17歳)を誘いだしました。
「リシャールの我儘は許せない!
ジャン、手伝ってくれ!」
ジョフロワはジャンを誘って蜂起。
父王と対立するリシャールに対して反乱を起こしました。
互いに軍を集めて一触即発。
しかし、アンリ2世やアリエノール、それにフィリップ2世も仲介に入り、
とりあえず矛を収めるという運びになりました。
「分かった。ここは私が退き下がろう。
しかし、アキテーヌは母の土地。
この土地は誰にも譲れない!!」
リシャールが折れる事で和解しましたが
、やはりアキテーヌはリシャールが維持し続けていました―――……‥‥・・
―――パリ。
「ジョフロワがリシャールの壁となってしまうか……。」
フィリップ2世が呟くと、傍らの従者が答えます。
「…はぁ。まことに残念な事です。
このままですと、またすぐに兄弟で争ってしまいますね。」
「ジョフロワがリシャールと対立するとなると、
アンリ2世王と結び付いてしまう……。
敵となってしまうか。
ジョフロワは手元に留めて置きたかったのだが……。」
「小さな頃は陛下と一番仲が良かったですのに。」
「もう昔の事だよ。」
「リシャールへ本格的に軍事支援を行ないますか?」
「いや、リシャールとジョフロワが争うのは避けたい。
やはり、先に戦の種を摘んでしまいたいよ。」
こう言ったフィリップ2世の目は、冷たく決意したものでした。
―――……‥‥・・・‥‥……―――
―――1185年。
ブルターニュ公ジョフロワ。
ブルターニュの直ぐ東には、ノルマンディーとアンジューが位置しています。
「そんなにアキテーヌが良いならそれで構わない。
だけどアキテーヌも相続して、
さらにアンリ兄の領土も全部受け継ぐなんて虫の良い話は無い!!
リシャール兄はアキテーヌだけで充分だ!
アンジュー公領は僕が頂く!!」
こうしてジョフロワはアンジューへと進軍しました。
ところがリシャールの軍に呆気なく敗退してしまいます。
「くそっ!今に見ていろ!!」
ジョフロワは、やむなくパリへ逃げて来る事になりました。
そう、ジョフロワは、小さい頃に仲の良かったフィリップ2世を頼ったのです。
「ジョフロワがパリに!
私を頼って来たか!」
パリを訪れたジョフロワを、フィリップ2世は歓迎しました。
「ジョフロワの頼みだ!
屋敷を用意させる。パリでゆっくりするがいい。」
「ありがとう、フィリップ!……
ぁ、有り難き幸せです、国王陛下!ですか?」
「ははは!幼馴染なんだ。そんな気を使うな!」
二人はこの日、昔のように談笑し合いました―――……‥‥・・
・・‥‥……―――……‥‥・・
‥‥……―――1186年のある日。
「ブルターニュ公殿、陛下からの文です。これを。」
パリでの平凡な暮らしに馴染み始めたある日の事でした。
「ん?馬上槍試合かぁ。
しばらくだなぁ。フィリップとやるなんていつ振りなんだろう!
良し、引き受けよう!
鎧の準備だ!」
「あ。これは公式な試合ですので、鎧や武器はこちらで準備させていただく事になっております。」
「え?そうだっけ?
分かった。じゃぁ、直ぐ返事を書くから待っていてくれ。」
国王主催の公式馬上槍試合が開催される事になりました。
当日、トーナメント制の試合が進み、勿論、ジョフロワは勝ち進んでいました。
が。
数試合目で負傷し、負けてしまいます。
「いやぁ、まいったまいった!
負けてしまったよ。」
怪我を押さえながらも笑いながら語り、
立ち上がろうとした時。
周囲の人間が慌ただしく近付いて来ました。
「ジョフロワ殿!!」
「王の友人が負傷された!試合は中止だ!!」
「医者を呼べ!」
「直ぐに運び出せ!」
「え?いや、大した事はない。
そんなに慌てずとも……?」
小さな怪我と思われましたが、周囲は慌てて催しを中止。
医師団は直ぐにジョフロワを競技場から連れ出しました。
その数日後、ブルターニュ公ジョフロワの死が知らされました―――。
―――……‥‥・・
―――……‥‥・・
・・‥‥……―――ルーアン。
「リシャール様。フランス国王陛下からの報告です。」
「うん、どうなった?」
「ブルターニュ公ジョフロワ様は亡くなられたようです。
“槍試合中、不慮の事故で大怪我をし、治療の甲斐なく”
ご逝去されたそうです。」
「そうか。報告ありがとう。下がって良い。」
ーーそうか。ジョフロワが。死んだか。
ふふ…。
この時、既にノルマンディー公リシャールと国王フィリップ2世との間には友好関係が成立していました。
ジョフロワの進軍を煽ったのも、
ジョフロワへの援軍が無く、
パリに亡命するよう仕向けたのも、
彼らの罠によるものでした―――。
・・‥‥……―――……‥‥・・
「ノルマンディ公及びアングルテール国王アンリ2世よ。
あなたは既に王子を二人も失くし、
軍力や資金不足で困難に直面している事と思われる。
この際一旦は戦争を停止し、
お互いに国内保全に努めてはいかがか。」
―――1188年。
フランス国王フィリップ2世とアングルテール国王アンリ2世の間で、和平交渉が行われました。
しかし―――
………ジョフロワの死は、本当に事故だったのか?
確かに次期王位継承者であるリシャールに対する反乱を起こした罪は重いものだったが……。
まあ仕方ない。
フィリップ2世の言う事は尤もである。
一応和平とはなったが、こんなのは、形だけに過ぎんさ。
我がプランタジネット家はアングルテール王だ。
国王位としてはフランス国王と同等の扱いをされなければならぬ。
いずれパリも我がプランタジネット家の手中にする為にも………
アンリ2世が、胸中こう思っていた矢先、
リシャールはフィリップ2世の前に跪きました。
「アングルテール国王の後継たるわたくし、リシャールは、
アキテーヌ公及びノルマンディー公及びアンジュー伯として、
フランス国王に臣従する事を誓います。」
………リシャール??
なんと!
それがどう言う意味か解っての発言か?!
まさか、父親を裏切るというのか!!
フランス国王に跪き手にキスをする息子を見、アンリ2世は動揺を隠せませんでした。
―――リシャールめ!!やはり図ったな!―――
アンリ2世はこの時すでに病を患っていましたが、息子の裏切りに遭い精神的にも大打撃を喰らいました。
英仏間に和平が成立。
これは、次期王位リシャールとフランス王室とが深く結び付いたもので、
現アングルテール王位にあるアンリ2世と対立する形でした。
そして、アングルテール国内の親子の対立が続いていました。
完全にフランス側に取り込まれたリシャールはアンリ2世と軍事衝突にまで発展しました。
1186年にはルーアンに戻ってきたウィリアム・マーシャルでしたが、
「またリシャール殿下は父王に逆らうというのか!この不忠者め……!」
と国王側についていました。
しかし情勢から戦局は、リシャールが優勢のまま。
アンリ2世は、アンジューとトゥールの中間で県境の城、シノン城へ撤退を余儀無くされました。
「まさか、この俺をこんなに貶めるとは!!
許せんぞ親不孝者めが!!
倅の、愛する最後の息子ジャンからの返事はまだ来んのか!」
「あ、あの、陛下……。」
「なんだ?!何を隠し持っている?
ジョンの援軍の便りだな!!やっと来たのか!!ははは!!」
「あ、いえ……これは……」
「見せろ!!」
1189年のある日、側近から奪い取った書簡は、アンリ2世を喜ばす物ではありませんでした。
その書簡は、フィリップ2世及びリシャールへ寝返った者の名簿でした。
「なんと………。こんなに、寝返ってしまったと………??」
頭を抱えて名簿の名を見ていくと………
「………Jean d'Angleterre…………?
ジャン……、ダングルテールとは………!?!?」
「……はぃ…。恐れながら、第四殿下でございます……」
「 ! ! !!」
アンリ2世の悲痛な叫びが王室に響く―――。
気力を失い自暴自棄になったアンリ2世――――――。
・・‥‥……――
野戦。
シノン城で激しく両軍がぶつかりあいました。
野戦では、騎士マーシャルの右に出る者は居ませんでした。
「マーシャル……!!!!
ようやく合間見えたな。」
マーシャルの前に、馬上のリシャールが現れました。
「リシャール殿……。
投降してください。
お分かりになりませんか!
貴方方が兵を欲すれば欲す程、
民が飢えていってしまうのです!
今父王陛下がどんなにお嘆きかご存知か!!」
「知った事か!
マーシャル!
君は母の事を考えた事があるか!
母は君の命の恩人でもあったな!
その母が、父の浮気でどれだけ苦しんでいたと思う!?
僕達はフランス王の家臣で、
これと敵対する父は、僕達にとっても敵なんだ!」
「聞き分けの無い……!」
「黙れ!マーシャル!」
リシャールはマーシャルに剣を振り下ろしました。
しかし、負け無しと名を馳せているマーシャルはあっさりとこれをかわしました。
「マーシャルと本気の手合わせを出来て光栄だな!」
そう言ってリシャールは何度となくマーシャルに攻撃、
馬上の二人は激しく斬り合いました。
長い事ぶつかりあっていましたが、
それはマーシャルの相手ではありませんでした。
「いい加減になさい!!」
マーシャルは痺れを切らし、リシャールを横薙ぎに倒しました。
落馬したリシャール。
起き上がろうとするも、脚を酷く痛めたか、立ち上がる事は出来ませんでした。
「くそっ!!!
殺せ!自分の力を観せつけて気分がいいだろう?!
早く、俺を殺せ!!」
マーシャルは暫く無言のまま見下ろしました。
下馬すると剣を構え、そして、リシャールに思い切り突き立てました。
「ぐっ………」
しかし剣は首のすぐ真横に突き刺さっていました。
「………!」
リシャールは声が出ませんでした。
「陛下は先が短い。
落ち着いたらシノン城へ来るといい。」
マーシャルはそうとだけ言い残し、この場を去っていきました。
「勝ったと思うな………!
父の事は、許せないんだ……!
覚えておけ!!!」
その声は、もうマーシャルには届いていませんでした―――……‥‥・・
―――……‥‥・・
―――。
フィリップ2世からシノン城へ書簡が届きました。
《我が臣下ノルマンディー公及びアングルテール国王アンリ2世へ。
貴殿の息子アキテーヌ公リシャール・ダングルテールとアイルランド卿ジャン・ダングルテールは、国王である私に忠誠を誓った。
貴殿は既に勝機は絶たれた。
我々は貴殿に降伏を要求する。
これに従い、直ちにフランス国王の臣下としてその礼をされたし。》
「な…、なぜ……、なぜみんな俺を…」
放心状態のアンリ2世。
彼はついに7月4日、フィリップ2世に降伏しました。
失意のままベッドから動けない状態が続き、僅か2日目に息を引き取りました。
フランス王位を欲しフランス国王と対立したアングルテール国王アンリ2世(イングランド国王ヘンリー2世)、逝去。
享年56歳、これを看取った実の息子は庶子一人だけという孤独な死でした。
―――……‥‥・・・‥‥……―――
1189年7月6日、リシャール(リチャード1世)がアングルテール国王に即位。
リシャールはアンリ2世の代わりに王冠を戴き、
玉座に堂々と座りました。
アキテーヌ公としてフランス国王に忠実な臣下であるアングルテール国王が誕生したのでした。
エティエンヌからアンリ2世に王位が移り創始されたアンジュー朝(プランタジネット朝)。
斯くしてこの王朝が、フランスの臣下であり且つ、ブリテン島のアングルテール王国王位を継いで行く事になるのでした―――
―――……‥‥・・
―――……‥‥・・
―――パリ。
フィリップ2世が祈りを捧げていました。
「…………父上。
ついに、あなたの復讐を果たしましたよ。」
復讐。
父ルイ7世から奪い去られていたアキテーヌを含むフランスの領土。
それらの領主は、今やフランス国王への臣従の礼『オマージュ』を取った。
概ねの領土はついにフランスに帰属したのでした―――……‥‥




