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水上保安庁(龍焔の機械神002)  作者: いちにちごう
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第三話 機械神

「リュウガ、今日の訓練は全部中止ね」


 朝からの訓練に備えて自分が乗車する戦車の点検をしていた龍雅は、詰所から出てきたムムにそう言われて振り向いた。


「中止、ですか?」


 身をかがめて転輪のボルトの締まりぐあいを見ていた龍雅は立ち上がりながら訊いた。


「うん、災害警報が発令されたの」


 ムムもこれから出ようとしていた時に、本庁の方から急報があったらしい。


「台風とか津波ですか?」

「機械神よ」

「……機械神」


 ムムから語られた災害名を、龍雅も思わず口にする。


 この国では地震や津波、台風や竜巻などと同レベルの、大規模被害警戒が必要な大災害の一つとして機械神というものがある。


 実際に起こる現象としては、機械神と呼ばれるものが東京湾口に現れ、それが東京湾を縦断し第弐東京区へと上陸して消えていくだけなのではあるが、相手はかなりの大きさを誇るので「もしその進路がそれたら」と考えると集中警戒が必要であるのは間違いない。


 龍雅とムムが戦車が収められている格納庫から出ると、辺りが騒がしくなっていた。東京湾入り口に機械神が現れたのは第参東京海堡全てに、すでに通報は行き渡っているらしく、対策準備に大わらわとなっている。島全体に特にサイレンなどは鳴らされていないが、海に出ていた他の隊の水陸両用戦車が慌しく戻ってくるのが見えた。


「機械神が通過中はわたしたちは何をしてれば良いんですか?」

「基本的には待機ね。詰所でも戦車の側でも良いけど、すぐに乗り込んで出動できる場所には必ずいること」


 水上保安庁の戦車隊には機械神通過までは、常に動ける状態での待機が義務付けられる。また、機械神通過中は東京湾を横断する訳にも行かないので、半分の隊は神無川県側に移動しての待機となる。ムムの説明によると自分たちの一番隊は今回は本拠地での待機であるらしいので、移動の必要はない。


「今日は戦車が出たり入ったりっで大変だ」


 神無川側に移動しなければならない戦車隊の車輌が大急ぎで出撃していくのを何台も見てムムが言う。何しろ迫り来る機械神の目の前を横切っていかなければならないのだから、それは目まぐるしくなる。


 もちろん漁などは全て中止である。台風接近中に沖に出る無謀者がいないのと同じだ。


 また水上保安庁だけではなく、海上保安庁の艦艇もすぐに動けるように炉に火が入れられた状態で待機することになる。


 粛々と、迫り来る災害に向けてあらゆる場所で準備が進行していた。




 それから数時間後。


 格納庫前の広場に戦車を出して、一番隊は待機状態にあった。


 水陸両用戦車なので海の上での待機もできようが、揺れる狭い車内にずっといても体力を削がれるだけなので、余程の緊急時でない限りそのようなことはしない。人間は基本的には陸上動物だ。


「……」


 龍雅は戦車の隣りに佇んでずっと海を見ていた。


「……あ」


 遠くにそれが見えた。


 海の上を人の上半身のようなものが進んでいる。肩に二本の大きな筒を背負って。


「……」


 機械神は東京湾のほぼ中央を進んでくる。第参東京海堡は位置的には東京湾東の陸地沿いにあるので、そこから見えているのであるから相当な大きさであるということだ。その大きさは頭の上から足の先まで100メートルと言われる。その巨大な物体が上半身だけを海から出してゆっくりと進んでいる。


 東京湾は深いところでは30メートル、浅いところでは15メートル前後の平均水位で、川崎・木更津間辺りから浅くなる。その水深を考えるともっと水面から露出していないと寸法が合わないと思われるが、機械神が通る場所は海底まで50メートル前後となっている。


 ならば機械神は通る道が決まっているから安全なのかと言うと、急に進路を変える可能性も無きにしも非ずなので注意は怠れない。台風の進路を人の力では変えられないのと同じである。


「……あれが、機械神」

「リュウガは機械神見るのは始めて?」


 思わず呟いた龍雅の隣りに、ムムがいつの間にか立っていて同じように海の向こうを進んでくる巨影を見ていた。


「ニュースとかでは映像で見て知ってますけど、実際に見るのは始めてです」


 機械神からは目を離さずに龍雅が答える。


 東京湾に現れる機械神と呼ばれるものは、概ね肩に一本ずつの巨大な筒を背負っている姿で現れる。自分の身長を軽く越えるくらいの長さがあるので、凄まじく長大な筒だ。


 東京湾に現れる機械神はあの二本の筒をどこかに運んでいると言われている。東京湾を越えて第弐東京区の先にあるどこかに、その長大な筒を何本も組み合わせて、どこかに通じるなにかの道を作っているのだという。


 過去へ戻れるトンネルか、それとも天国に通じる螺旋階段か、はたまた地獄へ直行の落下口か。


 それは誰にも分からないし、第弐東京区自体が絶対不可侵地域なので、機械神がどのようにして消えていくのかも誰も見たことはない。


 そしてどうやって東京湾口に戻っていくのかも誰も知らない。本当に台風や竜巻と同じように、無から生まれ、また無に戻っていくのだろうか。


「なんか、始めて見るにしてはあんまり驚いたような風に見えないけど」


 龍雅はそんな巨大な人の形をした災害をずっと見ているのだが、そんな大自然の驚異と同レベルの存在を前にしても、彼女の表情は特に変わったように見えず普段どおりの貌にムムには見えた。


 龍雅は物事にあまり動じないかなりおっとりした女の子であるのは、しばらく一緒に暮らして来てみてムムにも良く分かってきたのだが、しかしここまで無感動なのもちょっと変だなと思った。災害を見て喜ぶのもおかしい話ではあるが、それでもここまで心が静かなのも少しおかしい。


「そうですね、驚いたって気持ちはないですね」


 龍雅も自分の気持ちを素直に説明する。


 恐れというか感動というかそのような情動的な気持ちは一切なく、あれが機械神なのかという「確認」という静的な気持ちが一番大きかった。


「わたし、過去に見たことがあるような記憶があるんですよね……しかも、あれに乗っていたんじゃないかって記憶も」


 そんな龍雅が本当に心に芽生えた気持ちを吐露した。


 何故だか良く分からないけど、そんな風に、淡く・それでいてねっとりとした感覚がある。


 まるで心に封印の錠前がかけられたような。開錠のための鍵はどこになるのだろうと思う。


「リュウガと同じように言う人結構いるよ。自分は過去にあれに乗っていたんじゃないか? 乗っていなかったにしても近くにはいたんじゃないか? そんな風に頭の中に記憶がある人」


 しかし人生の先達であるムムは、龍雅の考えがそれほど希少でもないと語る。


「水保にも多いよ、あれを始めて見たにも関わらず『前にも見たような気がする』って言うひと」

「ムムさんもそんな記憶があったりするんですか?」

「う~ん、内緒かな?」


 龍雅そうやって返すと先輩は笑ってはぐらかした。


「……」


 ずっと機械神を見ていた龍雅は不意に後ろに振り向く。そこには一番隊詰所近くの桟橋に係留されている、巨艦の姿がある。


 アーティフィシャルアノニマス。その名の意味する処は、人の作りし名も無きもの。


 改めてこの鋼鉄の巨艦を近くに感じると、この巨体からも機械神から感じた感覚と同じ物を感じるのが分かる。


 しかも、海の上を進む巨人よりも、もっと自分に近しい感覚を。


(……もしかして自分は、これに乗っていた?)


 龍雅は桟橋から突き出しているフラットトップをしばらく見上げると、再び通過中の機械神を見るのに戻った。


 今の自分は水上保安庁の隊員であり、今現在与えられている任務は機械神という災害が無事に通過するまでの待機である。だからそれに戻った。


「……」




 機械神を過去に見たことがあると感じ、あまつさえそれに乗っていたと感じることもある。


 龍雅の考えはこの国では希少ではないが、龍雅自身が希少である――さすがにそこまでの考えには至らなかった。


 彼女は気付いていない。


 だからまだ、この世界は続く。

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