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◆ 追跡




 品の良い客が店を訪れ、チャプラ姉宛にカードを置いて行った。

 「今日は店仕舞する。お前達は直ぐに帰りなさい」

 俺の目を見ているようで見ていない。

 その顔は、今迄、俺が見た事の無いものだった。


 「…チャプラ姉ち…」

 「そっかー!早く帰れるなら助かるな!」

 「そうねー!早く帰って、湯でも沸かしてもらおうかしら?」

 突然、トルート・ディルーティア兄妹(きょうだい)が俺の言葉を遮った。

 「アタシも作りたい薬があったから、このお金は助かるわ」

 ドロシーも双子に続いて言葉を重ねる。

 手の中の金貨を擦りながら。

 まるで、余計な事を言うなと言われているみたいだった。


 シャラは、俺と同じ様に困惑しながら、チャプラ姉を見上げていた。

 「チャプラさ…」

 「さぁさぁ!!直ぐに店仕舞の準備を!」

 チャプラ姉は手を叩きながら手早く指示を出し始め、俺達の言葉を遮った。

 彼女は目を逸らしたまま、逃げる様に部屋を出て行った。



 七の鐘が鳴り(午後4時過ぎ)、周囲の店が外に出していた見本棚を仕舞い始めた。

 ウチの商会に住み込んでいる従業員達は全員、既に早仕舞を終えて夕刻前には飲みに出かけている。

 チャプラ姉が特別支給として、全員に飲み代を配ったから。

 今、店にはチャプラ姉一人きり…の様に見える。


 「居た…。あれ、チャプラお姉ちゃん…だよね」

 「やっぱり、其処を使ったか…」

 離れた空き家の屋根の上。

 五人の人影が、暗さを増す空に紛れながら、遠眼鏡を覗き込んでいた。


 日が沈み、街が一気に暗くなる。誰彼の判別も難しくなる時分。

 チャプラ姉は、店から離れた空き家の出口から姿を現した。

 フード付き外套深く纏い、身を隠す其の人物は、一見すると彼女だとは判らない。

 しかし、近しい者ならば体型と歩き方ですぐ判る。


 「「ね、言った通りだったでしょ?」」

 「あの娘は、ああいう場で問い詰めても絶対に口を割らねぇんだよ…。

 いつも一人で全部抱え込もうとするんだから…」

 官憲に踏み込まれた時や、敵対勢力に急襲された時用の緊急避難通路。

 地下の水路を抜け、離れた空き家の床下に通じている。


 「やっぱり様子がおかしい」

 「誰とも会いたく…無いみたい…。私達とも…」

 遠眼鏡で空き家を監視していた俺とシャラは、周囲を気にして、コソコソと身を縮めながら歩くチャプラ姉を視認した。

 「相変わらず、変装も隠密も下手くそだね。あの娘。

 ひと目でバレてるわ…」

 「「なんせ『白獅子』だからね〜。どうやっても目立つのさ」」

 「捜査官連中(やつら)はどうだい?」

 「「相変わらず〜」」

 店を見張っている捜査官達は、既に彼女が外出している事にも気付いていない様子。

 未だに商会の表玄関と裏口を見張り続けている。

 「ふん…。連中が監視してくれるなら、留守宅も安全だろうね」

 ドロシーは小さく笑った。


 「…行き先(住所)は分かっているのだから、先回りしても良かったんじゃないか?」

 「私にも、ちょっと見えた…カード。アレは中央区の住所だった。…覚えてるよ?」

 「馬鹿ね。キビシュが拠点となる住所を教える筈がないでしょうが。どうせ嘘か暗号よ」

 成る程、確かに。

 あのキビシュが、自分に繋がる手掛かりを誰でも判る様に書く訳がない。


 「暗号ならば、あの娘を追うのが一番手っ取り早いのよ」

 「チャプラ…を追うの…私、頑張る」

 二人は袖を留め、髪を纏める。走るのに邪魔にならない様に準備する。


 「私は簡単に出来るけど、ルーには難しいかも?」

 「僕には簡単に出来るけど、ティアには難しいかも?」

 「「私達には出来るけど、ドロシーには無理じゃない?クスクスクス…」」

 双子の笑い声が響く。

 「静かにしてくれ…!」

 距離はあるが、耳の良いチャプラ姉が気付く可能性がある。

 俺は遠眼鏡で彼女の行き先を追いかけた。


 「流石にこんなに離れてれば、あのチャプラでも気付かないんじゃないかな…」

 「気付く気付かないは別として…、いちいちアタシをネタにするな!また眠らされたいか…?」

 「「……?また?」」

 「お願いだから…!」

 騒がしい連中の会話に、俺は頭を抱えた。


 「あ…!馬車を…拾ったみたいだよ…?」

 「あれは…北区行きの乗り合い馬車だね。

 各停車場に巡回するから速度は速くないわよ。」

 「「急げば徒歩でも追えるよ」」

 「よし…行くぞ!」

 俺達は裏通りの路地に飛び降り、馬車の行く先へと回り込むルートへ向かって走り出した。

 「全く…、水臭い娘だよ。昔から…」

 ドロシーは小さく呟いた。



 「ハァ…ハァ…」

 シャラの息が上がっている。

 ペースを落としているとはいえ、ずっと走り続けているのだからしょうが無い。

 もうすぐ、五つ目の停車場に着く。

 丁度、北区と東区の境辺りの場所だ。


 「そこを抜ければ、目の前が次の停車場だよ」

 トルートが指をさす。

 俺達は、明るい表通りの手前で立ち止まった。


 小路の陰から停車場を覗き見る。

 暫くすると、ゆっくりと走る馬車が近づいて来て、通りの反対側で止まった。

 「あ…チャプラお姉ちゃん…」

 シャラが指差した先、降り立つ人混みの中。

 特徴的な髪色を隠す様に深くフードを被った、一人の大柄な女性が反対側の路地へと入って行くのが見えた。


 「人に紛れてるとはいえ、チャプラ姉ちゃんは鼻が利く」

 警戒を指示し、シャラとドロシーには風下から回り込む様に合図を送る。

 「二人は、そのまま距離を空けながら追跡してくれ。

 俺達は…上からだ」

 そう言って、建物の上に視線を向ける。

 双子は黙って頷いた。


 俺と双子はチャプラ姉が入って行った路地の一つ隣の細い裏路地へ滑り込む。

 違法な建物が密集し、すれ違うのがやっとなくらいにまで狭まった細い路地。

 俺は人目が無い事を確認し、建物の(ひさし)に手を掛けた。


 自分の身体を引き上げながら、一足飛ぶ。

 そして、音が出ない様に壁を蹴る。

 反対側の壁へと飛び、再び壁を蹴る。

 それを数度繰り返し、屋根まで一気に駆け上がった。

 瓦葺き屋根に飛び乗る際に、音が響かない様に優しく着地する事も忘れない。


 地面よりも風が冷たい。

 火照った顔を夜の風が冷やしてくれる。

 「さて、チャプラ姉…の前に…」

 俺は昇って来た路地の方に顔を向けた。


 「ちょ…ちょっと…はぁ…待っ……」

 「はぁ…早い…」

 双子が息を切らしながら屋根の(とい)に手を掛けた。

 「…強く掴むなよ。樋が壊れる。

 魔術式ばかりに頼っているから、お前達は体力が無いんだよ」

 俺はディルーティアの手を掴んで引き上げた。

 「私達は、ハァハァ…あんたと違って……身体が大きいから…はぁ…」

 「ハァハァ…ティアの体が重いから…、魔術式で引き上げるのもキツイんだよ…。

 …ボク一人なら軽いから簡単なんだけどね」

 「…てめぇ…!コロス」

 ティアがトルートに投げつけようとしたナイフを素早く取り上げ、懐に仕舞う。

 「遊ぶのは後でな…早く…!」

 俺は屋根の反対側へと移動し、二人の居る路地を覗き込んだ。


 ごった返す人混みの中からドロシー達とチャプラ姉を探す。

 「ドロシーが前方を指してるよ」

 トルート視線の先に居るドロシーが、俺達だけに解るハンドサインでチャプラ姉の進んだ方向を教えてくれる。

 複雑に交わる細い路地と、一層賑わう呑み屋街。

 ごった返す人波の中に、俺は彼女を見つけた。

 「ティアは二人との中継を。ルー、行こう」

 「「あいよー」」

 隣家の屋根へと飛び移る。

 俺達は、夜の屋根の上を静かに駆け抜けた。


 真っ暗な闇に包まれた屋根の上。

 それに抵抗する様に明るい夜の店。

 充満する酒と肉と油の匂いに、香水と化粧と汗の臭いが混ざり合う。


 チャプラ姉の様子を見る限り、こちらに気付いた様子は無い。

 「あそこの店に入るみたいだねぇ」

 トルートの指差す先には貧相な木賃宿があった。

 しかし、それは表向きだけだった。

 「屋根の上から見ないと気付かないな…これは」

 俺は、()()を見下ろしながら息を吐いた。


 ごちゃごちゃした路地に面した、狭く小さな入口。

 通りに面した窓の数の少なさから、部屋数も大したことが無い様に見える。

 その窓の硝子は歪んだ安物。一部欠けている。

 中から漏れる明かりは、今流行りの魔導灯の光などではなく、薄暗い蝋燭の火。

 とても小さく、とても汚い。貧相な安宿。

 他の宿が満室でも無い限りは、誰も選ばないと思える様な外観だった。


 表の道からは決して見える事の無い場所にあった。

 周りの建物に囲まれて、周囲の路地から見られない様に建てられた違法建築物。

 本来ならば、周囲の住民の為の共用中庭になっていたであろう場所。そこに、立派な建物が建っていた。

 ボロボロの木賃宿の裏口だけが、中央の建物と通路で繋がっている。

 誰にも見向きされない様な外観の宿が、その屋敷の偽装玄関としての役割を担っていた。


 「隣家の屋根の上からチャプラ姉を探す。

 ドロシー達は表通りまで戻り、待機」

 トルートがディルーティアへと合図を送り、彼女から地上のドロシー達に状況が報される。

 連絡が終わると、ディルーティアも屋根を飛び渡って駆けつけて来た。


 「どう見ても、キビシュに近い人達の建物だよねぇ…」

 「流石にバレたらマズイわよねぇ…」

 二人は迷っていた。


 「俺は姉ちゃんに救われたんだ」

 勝手に言葉が口をついた。

 「次々に餓死した兄弟達。今はもう、俺を含めて四人しか残ってない。

 誰も手を伸ばさなかった。こちらに見向きもしなかった。

 唯一、手を伸ばしてくれたのは姉ちゃんだけだったよ」

 二人は黙って俺を見つめる。

 「だから…俺は姉ちゃんの為に、この命を使う。

 たとえキビシュと敵対しても、俺は姉ちゃんにつく」

 俺は小さな声で宣言した。

 俺の覚悟を聞いて腹をくくったのか、二人は何も言わずに頷くと、建物の中が見える屋根へと飛び移って行った。

 



 

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