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20.不穏のみなもと

 クロスが去った後、グリン婆も村に戻っていった。残されたのはいつも以上に表情の固いフォイルと、大泣きしたのが嘘みたいに機嫌のよいアイリス。そして何とか場を取り繕いたいセチアだった。


「クロスは孤児院で一緒だったのよ。でもどこかに養子としてもらわれていっちゃったから、まさかここで再会するとは思わなかったわ」

「そうか……」

「はっぶ、はっぶ……」

「年はたしか一つ上なんだけど、甘えん坊でね。いっつも隣に引っ付いていたわ」

「なるほど……」

「ふぶーっ! へぶへぶ……」


 セチアが必死に説明をするも、フォイルの表情は変わらない。ちなみにアイリスは抱かれているセチアの腕にしゃぶりつきながら、ひっきりなしに声を出している。セチアの腕はよだれまみれだが、一旦それは気にしないことにしていた。


「アイリスの引き取り先を探してくれるって話だったし、きっとまた来るはずよ」

「……」

「あーうー!」


 とうとうフォイルの返事が途絶えてしまう。元気よく返事をしてくれている(と思われる)アイリスだけが救いだ。


(でも別にこの子は事情が分かっているわけじゃないのよね。それより、いったいどうしたっていうのよ。クロスも様子がおかしかったし、この人も……)


 クロスが去ってから、フォイルはずっとこんな感じだ。声をかけるも終始上の空。気を遣ってあれこれ話しかけていたものの、さすがにセチアにも我慢の限界がある。


「ねえ、いい加減ちゃんと話をしてよ。確かにクロスの態度は変だったけど、どうしてあなたがそんなに考え込んでるの?」

「すまない……」


 またお決まりの謝罪だ。どうせそれ以上何も語らないのだろうとセチアが諦め半分でアイリスのよだれを拭いていると、ぽつりとフォイルが呟いた。


「……彼は、俺を見て驚いていた」

「確かにそうだったけど、それがどうしたのよ」


 やはりフォイルが気にしていたのはクロスの態度だ。セチアも気になってはいるものの、クロスの態度がフォイルとどう関係があるのか見当もつかない。だが続くフォイルの言葉がセチアの疑問への答えだった。


「聖教会の関係者かもしれない……。それならあの驚きようには辻褄が合う」


 フォイルはそう言うと、深いため息をついて俯いてしまった。


「まさか。クロスは帝都の行商人よ? どうして王国の聖教会と関係があるのよ。それに百歩譲って関係があるとして、だからなんだっていうの?」

「それは……。いや……」


 だがそれ以上はフォイルの口から聞くことはできなかった。顔を上げたフォイルの瞳の暗さが何かを訴えるものの、セチアには理解できない……。


「あなた聖騎士だったでしょう? それに生きていることがわかったら喜ばれるに決まっているじゃない」


 かつて聖教会と彼の間に、穏やかではないやり取りが成されただろうことは気づいていた。しかしフォイルは何も語らない。まさかフォイルが聖教会で存在すら忌避される人間だったとは、この時のセチアには想像すらできなかったのだ。

 半ば呆れた気持ちを押し殺しつつ告げると、フォイルは力なく微笑んだ。


「……そう、かもな」


 その眼差しはセチアの腕の中にいるアイリスに向けられていた。



 オレア帝都中心部――帝都の中心にそびえたつ帝国城に一頭の馬が土煙を上げながら駆けていく。既に開かれていた城門では、門番が敬礼の姿勢で馬を駆る青年を見送った。

 

「ご報告いたします」


 馬から降りた青年が向かったのは、帝国皇帝グレカムの執務室だ。頭を下げたまま待つと、漆黒のローブをまとった背中がくるりと振り返る気配がした。現皇帝グレカムだ。翻るローブは五年前に崩御した前皇帝の服喪の証である。

 この声をかけられるまでの張り詰めた空気には、いつまでもたっても慣れない。青年が息を殺してジッと待っていると、低い声が室内に響いた。

 

「聞こう」

 

 そこでようやく息がつけたような気持ちになった青年は報告を始めた。


「はい。国境周辺の村では、トランカート王国民がまとまって流れ込んでいる様子は見られませんでした。いたとしても単独での入国です」

「ほう」

「聖教会の動きも王国内に留まっているようです。国境周辺でも王権派の劣勢はまだ噂の範疇を出ていないものと思われます」


 グレカムは「ふうん」と少し考え込んだ。その間が永遠にも思えるほど長く感じる。


「王城が陥落するのも時間の問題だろうが……逃げ出す者がいないほど王国内には聖教会が広がっているのか」

「仰る通りで……」

「わかった。ご苦労だったな、クロス。顔を上げろ」


 そこでようやく青年――クロスは頭を上げた。急いで撫でつけた赤栗毛が一房、顔を上げた拍子にはらりと額にかかった。


「外務卿の息子に行商人の真似事などさせて怒られてしまいそうだな」

「いえ。むしろ養父(ちち)は喜んでおりました。もっとこき使ってもらえ、とも」

「ははは。あやつらしいな」


 そう言ってグレカムは表情を崩して笑った。皇帝ではあるもののクロスとそう年の変わらぬ男だ。普段は恐ろしいほどの威圧感を感じさせる人物だが、こうして年相応の表情を見せることもあった。


「また機会があれば頼む。それまで特殊任務は解除だ。元の任務に戻ってくれ」

「承知いたしました……」

「――そうそう」

 

 再び頭を下げ、退室しようとしたクロスだったが、不意に呼び止められ心臓が跳ね上がる。


「それより、どうした? あまりに見つめられて穴が開きそうだったぞ」


 クロス自身も気づいていなかった。しかし無意識に見つめてしまっていたのだろう。


(あんなことがあれば、そりゃ気になるだろ……)


 脳裏に浮かんだのは幼馴染との再会――せチアの家で起こったことだ。だがクロスは何も答えず、ただ頭を下げる道を選んだ。


「いえ、何でも……。失礼いたしました」

「……ふうん。次はないぞ」

「はい……」


 グレカムが何を感じ取ったのかはわからない。しかしクロスにはそれよりもやらなければないないことがある。若い皇帝の部屋を出たクロスは自邸に向かうつもりだった。


(まさかセチアに会えるなんて……この好機、絶対に逃すもんか。そしてあの男の素性だ。それまで何事も起こらないでくれよ)


 クロスは執務室に背を向けると、長い廊下を急いだ。

次話は明日18時更新予定です。

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