19.まさかの再会
セチアに知り合いと呼べる人物は少ない。少なくともこの国にセチアの事を知っている者はいないと踏んで、トランカート王国から移ったのだ。
だが目の前の行商人は、セチアが返事をしたことで確信を持ったらしい。
「やっぱりセチアだ! うわぁ、まさかこんなところで会えるなんて!」
行商の青年はぱっと笑顔を見せた。その眩しい笑顔に、セチアはさらに混乱が深まる。
「え、っと……どちら様でしょう……?」
「ほら、孤児院で一緒だったじゃないか。クロスだよ、クロス!」
――クロス。その名前に必死に記憶を呼び起こす。
(クロス……、クロス……って言えば――)
確かにその名前は聞いた覚えがある。孤児院時代、赤っぽい髪の男の子がよくセチアの周りをうろうろしていたような……。
「ああぁぁぁ!!?」
思わず指を差してしまったセチアに、クロスと名乗った青年はニカッと笑顔になる。
「クロス! あの甘えん坊の?!」
「はははっ、そうそう! セチアこそ変わってないな」
クロスはセチアの一才上にいた男の子だ。物心つく前から一緒に生活していたので、寂しがりで甘えん坊な存在ではあったが、セチアにとっては兄のような存在だった。
だがクロスはある時、養子を探しに来た夫婦に引き取られていった。連絡を取る術などなく、結局それ以来会うことはなかった。
「本当にクロスだわ! よく見たらあんまり変わっていないわね。まさかこんなところで再会するなんて……!」
「本当だよ。まさか俺ももう一度セチアに会えるなんて思っていなかった。夢みたいだ!」
きょうだいのように育ったクロスに会えたことで、セチアの気持ちは一気に浮き立った。すっかりアイリスやグリン婆の存在を忘れ、クロスとの会話に集中してしまう。
「でもいったいどうしたの? あなた、引き取られていったわよね。なんでこの国で行商に?」
「ああ、養父母は帝国の人だったんだよ。でも俺、出来が悪くてさ。結局、家を継ぐことはなかったんだ」
「まぁ、そうだったの……。答えづらい事をごめんなさい」
苦笑いを浮かべるクロスに、セチアは浮かれすぎてしまっていたことに気づいた。うっかり個人の事情に踏み込むような質問をしてしまったようだ。
だがクロスは全く気にしていないようだった。すぐに表情を切り替えると、今度はセチアに質問を返してくる。
「いいや、気にすんなよ。で、セチアこそ今何してるんだ?」
「あー……まあ、この辺で薬師みたいなことしてるわ」
「薬師か! セチアは頭が良かったからな!」
「そんなわけじゃないけど……」
クロスはセチアの言葉を何も疑わず、嬉しそうに頷いた。この、頭から肯定される感覚にセチアの中に懐かしさがよみがえる。
(何となく思い出してきた。クロスは普段は甘えてばかりで頼りなかったけど、その分優しい人だったわね……)
孤児院時代を思い返せばクロスの印象が強い。それはただ単に近くにいたというだけではない。素直になれないセチアを受け止めてくれた貴重な存在だったからかもしれない。
セチアがすっかり懐かしさに浸っていると、横から声がかけられる。
「なんだ、二人は知り合いだったのかい? 再会を喜んでいるところ悪いが、この子の事を忘れてはおらんか?」
セチアを呼んだのはグリン婆だ。アイリスは目の周りを赤くしたまま、グリン婆の胸にぺったりとくっついていた。クロスとの再会ですっかり忘れていた目的を、その声でようやくセチアは思い出した。
「そうだわ! それよりこの子よ。これ、ちょっとやぶけちゃったんだけど……」
セチアはクロスに向けてぼろぼろになった身上書を差し出した。
「事情は聞いていると思うけど、私この子の預け先を探していて――」
「ああ、村長さんから聞いた。この子も大変だったんだな。それにこの子だけじゃない、セチアもよくやってるよ」
「――っ、い、いえそれほどでもないわよ。それよりっ、これ、ちょっと読んでみてよ……!」
「あ、ああ。わかった」
まったくの不意打ちだった。まさか自分にまで労りの言葉をかけられると思わなかったのだ。思わずどぎまぎしてしまったセチアは、クロスのいたわしげな眼差しを避けようと強引に身上書を押し付けた。
(やだ、クロスってこんなに優しかったかしら。無表情なあの人に慣れちゃったせいか、急に優しくされると変な気分になっちゃうわ……)
動揺を悟られぬようこっそりと呼吸を整えたセチアは、紙上に視線を走らせるクロスの様子をうかがった。真剣な眼差しが忙しく動いている。
「……なるほど。元気そうで何よりだ」
身上書を読み上げたクロスはそれまでの真剣な表情から一転、明るい笑顔に変わりセチアに告げた。だがすぐに顔色を曇らせる。
「ちなみにだけど……この子、双子じゃないよな?」
「違うと思うけど、それが何か?」
アイリスの詳細な家族関係はセチアにもわからない。けれど、もしアイリスの他にも赤ん坊がいればフォイルは二人とも連れて来たはずだ。意図のわからない質問に首を傾げるセチアに、クロスは困ったように答えてくれた。
「それがな、帝国――特に帝都には頭の固いやつらが多いんだ。この国じゃ双子は凶兆だって、いまだに避けられることが多くて」
「避けられる?」
「ああ。……ですよね、村長さん」
きっと答えづらかったのだろう。クロスはグリン婆に話を振った。
「そうだな。まったく馬鹿な迷信さ」
グリン婆は答えてくれたものの、いつも以上に厳しい顔をしていた。
「セチアは王国出身だから知らないだろうが、この国では双子は忌み嫌われる存在だったのさ。特に二人目は『不幸を携えて生まれてくる』と言われてな。まぁ実際は二人続けての出産で、母親が力尽きることが多かったせいだろうよ。二人目は生まれてすぐに捨てられるのさ」
「そんな……。アイリスは違うわ!」
思わずセチアの声が大きくなる。自分の名前が呼ばれたことに気づいたアイリスが、グリン婆の膝の上で目をはためかせた。
「も、もし双子だったとしても、この子は王国生まれよ。それにそんな迷信――」
「最後まで聞きなってば」
やれやれと首を振りながら、グリン婆はアイリスの頭を撫でた。
「迷信だというのは誰しも知っていることさ。だから最近では双子でも分け隔てなく育てるようになってきている。時々、頭の固いのがいるってだけさ」
「もし心配なら俺の知り合いを中心に当たってみるよ。時間はかかるかもしれないが、セチアが安心して託せる相手に引き取られた方がいいだろ?」
「クロス……ありがとう」
頼もしいクロスの言葉に、ざわめいていたセチアの胸の中がだんだんと収まっていく。久しぶりの再会なのに、まるでつい最近まで一緒にいたような安心感だ。甘えん坊の少年がいつの間にか立派な青年に変わっていたことに、どこか感慨深さを覚える。
「――ただいま」
その時、玄関の扉から聞き慣れたフォイルの声が聞こえた。今日はディックと釣りに行くと言っていたが、予定よりも帰りが早い。きっと釣果が奮わなかったのだろう。
気づけばセチアを含む全員の視線が開かれる扉に集まっていた。扉が開いた瞬間、向けられた眼差しの多さに驚いたフォイルは「うっ」と後ずさる。
「……っと。すまない、まだ話が途中だったか? それなら俺は――」
「いいえ、大丈夫だから入って。話はあらかた済んだところよ。あのね、クロスこの人が……」
狼狽え、再び出て行きそうになるフォイルを引き留めたセチアは、クロスに紹介すべく顔を見上げた。だが、クロスの表情に言いかけた言葉が止まる。クロスがフォイルに向けた表情は、まるでこの世に存在しない怪物でも見たかのように驚愕のまま固まっていたのだ。
「……クロス?」
「セチア……こ、この方は?」
急に様子が変わったクロスに声をかけると、返って来たのは震える声。クロスの恐怖にも似た視線を向けられたフォイルは、表情こそいつも通り無表情なものの、クロスへの不信感が全身から漏れ出ている。グリン婆も二人の間に流れるただならぬ雰囲気に気づいたのだろう。アイリスをぎゅっと腕の中に閉じ込めている。
突然漂い始めた異様な空気に、セチアはわざと明るい声を出した。
「や、やだ。どうしたの? この人がアイリスを見つけてくれたフォイルよ。フォイル、こっちはクロス。帝都からの行商人で――」
「悪い、セチア。俺、もう行かなきゃ」
「え、何? 突然どうしたの?」
だがセチアの紹介を遮るように、クロスはバタバタと身支度をし始めた。目まぐるしい展開にセチアの理解が追い付かない。クロスは大きな荷物の中にアイリスの身上書を入れると、がさっと大きな包みを取り出した。
「――そうだ、これ再会の記念に! 俺からプレゼントだ」
「何これっ!?」
「布だよ。帝都の周りで最近流行ってる柄が使われている。テーブルにでもかけて使うといいよ。じゃあまた会おう、セチア。その子のことは俺に任せてほしい。村長さんもありがとうございました!」
「あ、え、ちょっとクロス!?」
そう一息に言い残し、フォイルの横をすり抜けるように去ったクロスは、あっという間にその背中が見えなくなっていった。
(え、な、何が起きたの? クロス、いったいどうして?)
異様な緊張感の中残されたセチアは、小さくなっていくクロスの背中と、それを見つめ続けるフォイルを交互に見ながら、ただ立ち尽くすしかなかった。
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次話は明日18時更新予定です。




