第一章 別れのホーム
電車の出発音が鳴り響く中、隣に座っている彼女の泣きだしそうで寂しそうな顔が直視できずにいた。
二人が選んだ未来。そんな言葉はただの都合の良いただの綺麗ごとの羅列であって、ただのハッタリ。見栄を張ってそう言っているだけ。全てが全員の希望通りに行くことなんてそうそうない。わがままを言わない方がいいのは明確だから、自分はその道にしたいと言う気持ちであると自分自身に言い聞かせたのだ。お互いに。二人とも。それは口にして確認したことではない。空気感だったり、先のことを考えたりした上で、どこかで自分自身の気持ちだけで行動したりそれを相手に伝えたりしてしまうと、相手の努力やこれからの将来を潰してしまうような気がしてしまうからだ。決断は間違っていないと思っている。それは俺の未来を考えた上でも。
だが、心の底から溢れるもので批判的意見がないと言ってしまえばそれは真っ赤な嘘になる。一緒にいたい。隣で笑っていたい。隣で見守っていて欲しい。毎日どこかのタイミングで会いたい。すぐに会える距離に居てほしい。そんな欲望が心の中に潜んでいるのは俺だけではなく多少は彼女の胸の内にも秘めているものだと思う。むしろ彼女の方が大きいのではないのだろうか。少なからずそうであると信じたい。俺の彼女は、好きな相手にはそうして欲しいと思うタイプだからだ。
俺だけ新しい環境に羽ばたいていき、様々な人出会い、いろんな経験をする。それは今まで暮らしてきたような田舎では経験できないことだったり、経験できることだったり様々だろう。そんな様々な影響を受けながら、たくさんの人と出会う。良いライバルとなる相手も居れば、良い上司となる人も居て、目指したくないと思ってしまうような人も居て、今では想像できないような相手とも出会っていくのだろう。その中には良い相手ばかりではなく、悪い相手も少なからずいるのは確かだ。それは俺からしたら悪い相手と思ってしまうだけだ。
言い換えてしまえば、俺にとって良い相手でも彼女からしたら確実に良い相手とは言い難いような人とも出会う。例えば、自意識過剰かもしれないが、俺に好意を抱いてしまうような女の人がいれば、そのような人は彼女からしたら言葉にお世辞をいくら加えてもいい相手とは言えないだろう。彼女がそんな不安を抱えていないはずがない。いくら鈍感な彼女であっても、そのような状況が起こってしまう可能性に気付いてしまわないわけがないからだ。そして、それに対して不安を抱えて欲しいと言うのは俺の個人的な希望だ。きっと今日までの間、それぞれいろんなことを考えて、いろんな可能性を考えて、良くも悪くも悩んでいた。悩んだからと言って変わる事ばかりではないが、考えざるを得なかった。
駅に着いてから、どのくらいの時間が経ったのだろう。ここに着てから、話していた時間よりも、沈黙の時間の方が長くなってしまった気がする。それほどまでに長い時間ここに居る。長い時間沈黙が続いている。ここに来て、途中から何を話せばいいのかわからなくなってしまった。少しの沈黙から始まった。それをきっかけに沈黙を打破するタイミングを失ってしまった。既に話した話を掘り返すことは、男心ながら、そうしたくないと思ってしまった。せっかく苦渋の決断をしたのにも関わらずそこに触れるのは良いものではないことを知っている
悲しみの共有も、将来の約束も、今までの思い出を振り返ることも、上京が決まってから今日までに何回も繰り返した。共有すべき状況に空白が残らないように、全て言葉にしてお互いの間で確認した。ただ一つ、お互いの本音。感情と言う部分は共有できずにいた。それは確認することが怖かったからではない。言わなくてもわかっていたから、ではない。せっかくお互いの間で塗り続けた不安定で不確かな未来への希望を、あっけなく崩してしまうと感じてしまったからだ。確実に崩してしまうとわかっている。事実として、言葉にして確認をしていないが、確認してしまったらそれが最後になってしまう。そう、お互いの中で何かがそう言っているような気がしている。確認と言う作業をきっかけに、音を立てずに崩れ去ることは明白であり、不確かなものだ。
この時間はあとどれくらい続くのだろうか。何か話題を振るべきなのだろうか。何も話しかけずに、そっとしておくべきなのだろうか。答えは彼女の胸の中にしかないのは一目瞭然だ。この落ち着かない感じはまるで、付き合った当初の様だった。お互いの纏っている空気や雰囲気が一致する部分を探るような、ぎこちない空気が流れていく。何を求められているのか、何を話したらいいのか。ただ、そんな雰囲気だけではなく喧嘩した後の何とも言えない緊張感も含まれているような感じがする。明らかに謝らなければいけない方が明確になっていて、それとなくどちらかが主導権を握っているようなそんな雰囲気。
何とも言葉にし難い雰囲気が、俺と彼女の中を流れているのは、もう言わずともわかってもらえることだろう。この空気が出発まで続くと言うことではない。これから俺の友人もここにやってくる。田舎なだけあって、さすがに共通の知り合いしかいない。みんなが来てくれると言った時間より早めに来て、少し話をしようと言うことだったが、何となくこうして沈黙の時間が過ぎてしまっている。これが無駄な時間だとは思わない。最後の日にこうして二人で居られる時間が取れたのは予想外の嬉しさだった。ただ二人で居る空間が本当に好きなのだ。それは、付き合ってからも付き合う前も相変わらずだった。なんとなく居心地がいい。もしそれが、喧嘩の後の気まずいような空気感のときだとしても。友人と居るよりも、家族と居るよりも、彼女と一緒に居たいと思った。こんな気持ちはどれほど彼女に伝えられていたのだろう。どれほど伝わっていたのだろう。
こんなぎこちない雰囲気ですら愛おしく思っていると、体感時間は実際の時間よりもとても早く感じてしまった。遠くの方から賑やかな話声が聞こえてくる。それと共にいくつもの足音が次第に大きくなっている。音が近づくに連れて二人の時間が終わりになってしまうことを告げていた。それはわかりきっていた未来であって、予想するまでもない未来だったはずなのに、二人で居る時間はまるで永遠のように感じられて、永遠であってほしいと思ってしまうほど呆気なく終わりの鐘が近づいてきていた。
彼女の横顔は数分前に見た顔と何の変りもなかった。泣きだしそうで寂しそうな顔。彼女のどんな顔であれ、二人で居る時にする表情は特別な気がしてしまう。その表情も言葉も、友人に向けるのと俺だけのためのものだと、どうしても付加価値を付けてしまう。それが自分自身のエゴだとどこかでわかっている気がするが、本当にそうなのかもしれないと思っている部分もある。
終わりの鐘はもうすぐそこまで来ていた。鐘が鳴るまで何も変わることはなかった。第三者から見たら、その空気はどのように映ったのだろうか。もしかしたら別れ話の後の様に見えた人も居たかもしれないが、そんな話は一ミリもしていない。少なくとも俺は別れる気などない。だが、もし彼女がそう望んだら、一体俺はどうするのだろうか。そんな考えが少しだけ頭をよぎった。一瞬にして、彼女の気持ちを考慮してあげること、自分の本音をぶつけること、様々なことが頭に浮かんだが、そんなことを考えても不毛であるのは間違いないので、すぐさま考えるのを辞めた。
二人の間に流れていた重いような暗いような雰囲気を一切考慮せず、最後の見送りに来てくれた友人は、まるで明日も会えるかのように明るく話しかけてくれた。多少なりとも気遣いはあったと思うが、そんな気まずそうな空気を一切感じないのが本当に良いところだと思った。こんな時に改めて感じさせられた。
これから一人で誰も居ない土地でそれなりの不安と、それなりの希望を胸に歩いて行こうとしている、未完成の青い成人の心を留めておくには充分なほどだった。今まで暮らしてきた生活を捨てて、新しい生活を得る嬉しさや期待よりも、不安の方が勝っていた。それを隠すように今日まで生活していた。かっこ悪い姿なんて見せたら、自分が惨めに感じてしまうから。ちっぽけな男のプライドが邪魔をして、素直な感情が出せなくなってしまっていた。ここに残りたい気持ちはこのまま隠して電車にのろうと気を引き締めた。
明るく声を掛けてくれている友人の中にも、俺を妬んでいる気持ちの人は少なからずいるのだろうか。自分は田舎の地域に残っているのにも関わらず、仕事の都合とは言え都会に出て行ってしまう人をどのような目で見ているのだろうか。俺はそっちの立場に立つことがなかった。一体、どんな気持ちで俺を見送りに来てくれたのだろうか。想像してみるが、想像の範囲を超えることはできない。今日来てくれた人が、俺の立場になることはあっても、俺が向こうの立場に立てることは一生ないのだと思ってしまう。将来、俺がまたここに戻ってきて、誰かを見送ることになっても、俺は一度ここを出てしまった人間であり、それに変わりはない。少なくとも、ここから出ていない人より、これからの期待と不安を抱いて、出ていかなければいけない人間の気持ちの方がわかってしまう。前提として、ここに戻ってきたときの話だが。
彼女との未来を考え、彼女との将来に期待をするのならば、戻って来るか彼女を見送られる側にしなければいけない。そんなことはどこかでわかっているようで、全くわかっていないフリをしている。俺はまだちっぽけだ。未熟だ。実際の俺よりプライドの方がはるかに大きい。頭でっかちで不安定な存在でしかない。
少なからず、今こうして見送り来てくれた友人に対して、どのような感情を抱いていいのかさえわかっていない。素直に来てくれたことに喜びたい。これから会えなくなってしまうことを悲しみたい。今までの思い出を丁寧になぞっていきたい。そんなことを挙げてしまえばキリがない。
ここでそんな感情を言葉にすることはない。言葉にできない。こうして笑顔で送ってくれている友人の中にも複雑でない感情を抱いている人はいないだろう。この前の飲み会で、都内に出て働いてみたいと言っていた人もいた。前みたいに俺と一緒に働きたいと言ってくれている人も居た。都内でなくても、自分のことを知らない人が居る場所で、自分の力を試してみたいと言う人もいた。
田舎と呼ばれる小さな世界は、その世界が絶対であり、空間の話をしてしまえばとても閉鎖的だ。小さくなれば小さくなるほど、それは強くなる。少人数が故に閉鎖思考は強まり、小さな世界でのルールは絶対になる。
顔が利くことや、様々な面での専門の人とそれなりの関係を小さなころから築いているので、ちょっとやそっとのことで独りになってしまうようなことはない。逆に言えば、自分の力量がわからなくなる。それこそ慣れ合いになってしまうことも少なくはない。良い部分もあれば、それだけ悪い部分もあり、住み易くもあり、住みにくくもある。田舎ならではの雰囲気は、都会の人にはどう映るのだろうか。今までそんなことを考えたこともなかったが、いざ自分が都会に踏み出すとなると、生まれ育った地の匂いや色合いを気にしてしまう。
そして、今日ここを出ることで俺はこれから純正ではなくなる。都会の空気に触れてしまえば、純正さを失ってしまっていく。また戻ってきたとしても、その綻びを直せるものはいないのだ。個性として、自分の中で守り育てていくしかない。
そんな奇妙な感情を胸に、俺はいくつもの将来や、微かな過去の話を友人たちと交わしていた。とても懐かしく、いろんな感情の整理もつかずに、心のどこかにシコリを作ってしまう一方であった。俺が友人と談笑しているその間、彼女はどんな表情をしていたのだろう。彼女のことは俺の視界に入っていたのだろうか。彼女の視界に俺は入っていたのだろうか。どんな顔をして、どんな不安を抱え、どんなことを考えていたのだろうか。
どんな言葉であれ、励ましの言葉をかけてくれる友人は心強かった。不安を抱えていると察してくれたのか。それか別れの時はそうすべきと、今までの経験からそのようにしているのか。どのような感情なのかを図ることはできないが、新しい土地に踏み出す勇気をもらえた。
友人と話す時間より、彼女と二人で話している時間を増やしてしまいたいと思ってしまった自分を戒めてしまいたい。友人であり、恋人であると思っていたが、いつの間にか恋人としての比重が大きくなっていた。友人の延長上に恋人として、彼女が存在していると思っていたが、もうそうではなくなっているらしい。恋人としても友人としても、兼任できることはほぼ不可能であると知った。俺の気持ちが一線を越えてしまっても、彼女の気持ちが一線を越えてしまっても、友人の延長上であることは不可能だからだ。どちらが先に一線を越えたのかと言うものは、全く覚えていないが後悔はしていない。それが、俺と彼女の一緒に居る時間の重みを表しているようで、とても嬉しかったから。
田舎の駅に電車が来ると言うものは、合図が何もいらない。何も合図がなくとも独特の電車が奏でる音が一帯に響き渡っていた。それが俺への別れの合図だった。少なくない荷物をすぐに動かせる位置まで移動させた。その間も談笑は続いていたし、何人もの友人が遊びに行くと声を掛けてくれた。
この時代、電話もあれば携帯もあればインターネットもある。数え切れないほどのコミュニケーションツールがある。今となっては遠くに住んでいても、すぐ隣にいるようなテンポでコミュニケーションが取れると言うわけだ。いくつもあるツールの中で、全てを使いこなせない人は俺の周辺には存在しない。俺の祖父母でも電話が使えるのだから、友人に至ってはもっとたくさんのものを使いこなしている。
ただ、ひとつだけできないことがある。触れることができないのだ。どんなに隣にいるように話をすることが出来ても、触れることができない。その悲しさや虚しさはわからないが、それが俺の中の不安を駆り立てているのは間違いなかった。彼女が俺の新しい出会いに不安を抱いていることと同様に、俺も彼女の周辺にある目に警戒を示しているのは、自分が一番自覚してしまっている。
これほどまでに未練や、留まる気持ちがあっても、行かなければいけない。
電車に乗り込み、俺と友人たちの間に壁が作られたようだった。電車内と外では世界が違うような感覚に陥った。今までここのスペースに線が引かれることがなかった。まるで仲間に入れてもらえない子供のような感覚を味わった。悲しみの涙も何も湧き出て来なかったが、異世界に連れて行かれてしまうような感覚だった。
世界を分ける線の上を、鉄の塊がスライドし目で確認できるように仕切られた。そこからは声も上手く届かなかったし、相手の声も上手く聞き取ることができなかった。さっきまで同じ空気を吸っていたにも関わらず、全く違う空気が流れているような感覚だ。
世界が視覚的に区切られてから、俺が乗っている鉄の箱が動き出すまで、そう長くはなかった。俺の発した言葉はどれくらいあっちの世界の届いたのだろうか。あっちの世界の言葉をどれほど俺は聞き取ることができたのだろう。さっきまでの談笑が嘘の様だった。あの時はまるで、別れなんて感じることはなかった。鉄の箱が現れた時は少しの別れと言う形式的なものを見せつけられただけで、実感として感じる部分はほとんどなかった。扉が閉められた瞬間、世界が分裂した瞬間に別れとして実感させられた。何と言ったらいいのだろうか。この喪失感。後悔。不安。負の感情が渦巻く中に、先ほどまで心の中で抱いていた期待も希望もどこかに消え去ってしまっていた。
俺が望んでここを去るわけではないからだ。大人になってしまうと、意味を理解できない程の柵が一気に襲いかかってくる。全ては大人の都合として片付けられ、その場にわざわざ再び説明しようと出されることはない。学生と言うものはどれほどまでに自由だったのか。当時は当時なりに柵を感じで居たことは間違いがなかったが、それは今思えば僅かなものだった。それほど、人生を左右するほどの柵はなかった。
今となっては、こうして都内に出張だ、引っ越しだ、と住むところですら自分で決めることがままならなくなってしまった。結婚していれば彼女も一緒に連れて行ったが、まだ恋人段階であるがためにそうするわけにいかなかった。それに加えて、俺も彼女もなかなか仕事ができると評価されているために、もし俺が連れて行こうとしても、なかなか上司が手放そうとしないだろう。おかげさまで、俺はひとりで都会へ行かなければいかなくなってしまった。一応、形式上は断ることができるのだが、俺が務めている会社ではそれが昇進の拒否とされてしまう。暗黙のルールと言われているものだ。これもまた、大人の柵。
ひとつ解けたと思ってもまたひとつ、ふたつと姿を現す。同じような違うものとして。違うような同じものとして。永遠に柵はあって、その柵の中で生き抜くのか。それは学生時代も、今も変わらないが、いつの時代も逃げ出したくなる。どこに行っても柵がなくなることはないが、どこに居てもどこかへ逃げたくなる。常に、さらにいいものへの望みが捨てられずにいる。そして、今より良い状況をどこかで探してしまっている。そして、そうなればいいのにと頭の隅で志願してしまう。
電車に揺られたのはいつぶりだっただろうか。その前は何のために、どこに行くために、電車に揺られたのだろうか。もう覚えてもいない。もしかしたら近い過去かもしれないが、それほど重要なことでもなかったのだろう。小さなころから、電車に乗るときは特別な行事だった。何日も前から楽しみにしていた。まるで、宿泊学習の前のような遠足の前のような、楽しみで夜が眠れない日だった。それなのにいつからだろうか、そんな楽しみではなくなったのは。より便利なものが身の回りにできたが故に、楽しみではなく厄介な移動手段になっていた。車の方が圧倒的に便利であり、融通が利く。それが故に、楽しみを忘れてしまった。そうして、異世界へ連れて行かれてしまうものへと変貌してしまった。当時から何も変わらず運転しているのにも関わらず、心境の変化を発端として、正反対なものへと変わっていってしまった。
何もかもが輝いて見えていた時代はいつの時までだったか。流れる景色も、変わりゆく空気も、今ではもう嫌なものにしか感じることができない。少しずつ狭くなる家の間と、しっかりとしたつくりの駅になっていく。乗り換えをして新幹線へ乗り、空港へ向かった。次第に遠のいていく生まれ育った地を愛おしく思えてしまうのも、彼女のことが気がかりで、遠のく度に連絡を取るタイミングを見計らっているのも、本来とは違う意味で俺の気を張らせていた。本来ならば、これから新しくなる生活や仕事に対しての緊張感を抱いているのが正しかったのだろうけど、そんな余裕はなかった。実際、引っ越しの荷解きもあるので仕事が始まるまでに数日の猶予ははるが、その間もやることはある。
飛行機に乗ってからは、電源を切らなければいけないので、連絡に対して気を張る必要もない。必要はないのだが、それ以外にもいろいろ考えなければいけないことはある。考えてしまうこともたくさんある。搭乗手続きを早めに済ませ、機内にスムーズに入ることができた。これから誰を訪ねるわけでもないので、お土産を見る必要がなかったので、早めに乗ることができた。搭乗してから離陸までの時間は、意外と長かった。何をするわけでもないために、より一層長く感じていた。ふと考えると、長期休みの期間でないのにも関わらず、結構席は埋まっていた。ほとんどが一人で乗っているようだった。この乗客たちはどんな理由で、どこに行くのだろう。何をしに行くのだろう。どんな感情を抱いているのだろう。
携帯の電源を切ろうとしたとき、何件かのメッセージが届いているのが見えたが、降りた時に確認することにした。きっと、見送りに来ることができなかった人からのメッセージなのだとうと大体の予想は付いていた。
聞き慣れないシートベルトを促す音を耳にし、シートベルトを締めた。綺麗に化粧をし、習った通りの笑顔を浮かべたキャビンアテンダントの人が、順番に席の間を練り歩き、シートベルトと荷物置きの確認をしていた。キャビンアテンダントには田舎の匂いより、都会の匂いの方が圧倒的に似合うなと、なぜかそんなことを考えていた。きっと、それは俺が今から向かう大都会に向けての最大限の僻みなのだろう。
俺の田舎の匂いが誰にでもわかるようで、自分が嫌になっていた。学生時代の俺はまさか都会に住むことになるとは考えていなかった。当時の友人は、空想として都会に希望を抱いていた。その上で「もしも」として都会に住むことになったら何がしたいか、と友人同士で話し合っていた。そんな中でも俺は特に都会に興味はなかったが、なんとなくその会話には参加していた。当時の俺は何と答えていたのか、一緒に話していた友人はどんなことを話していたのか。思い出そうとしても、わずかな日常の記憶としてしか残っていない。日常ほど思い出すのには苦労をする。印象的なことしか記憶に残っていないのだ。当時の純粋な気持ちの俺は何をしたかったのだろう。仮にも当時は何と答えていたのだろう。
昔を思い出そうと、目を閉じるとゆっくりと暗闇に引き込まれていき、眠りに就いた。




