48 勇者の嫁はいつかの日々を追悼する
なおも泣き続けるあたしをクラウスは抱き上げた。皆の方に向き直る。
「帰るぞ。リューファを休ませてやりたい。それに説明もしたほうがいいだろうしな」
ジーク兄様が代表してきいた。
「……なあ、どういうことだ?」
「あー……お前は本来全部事情知ってるはずなんだが……。まぁ、記憶持ちこしてないのは仕方ないか。簡単に言うと、リューファが通称『最後の魔女』カレンの転生者だってことだ」
「はああああああ?!」
驚愕が朽ち果てた城にこだまする。
「うるさい」
あたしを抱えてて耳を塞げないクラウスが眉を寄せる。
「うるさいとか言ってる場合じゃないだろ! 訳分からんっ」
「だーかーら説明するって言ってるだろ。聞けよ人の話。とにかくまずはリューファを休ませる。お前の大事なかわいい妹だろうが」
「そうだ、リューファ、大丈夫かっ。うちに帰ろう。すぐ医者」
「呼ばなくていい」
クラウスはあきれたように言い、次の瞬間あたしたちは公爵邸に戻っていた。
ルチルは入らないんで庭。満腹らしく、腹見せて寝ころんだ。猫か。
クラウスはうちの両親や国王夫妻も呼ぶよう言う。あたしはずっと彼の膝の上で寄りかかり、ぼんやりしていた。
「いくらでも甘えていいからな、リューファ」
「……クラウス」
あたしは彼を見あげた。自然と言葉が出ていた。
「大好き」
「……っ」
みるみるうちにクラウスの顔が赤くなり、あたしを抱きしめた。
「俺も大好きだ!」
「……おーい」
ジーク兄様が「四人とも来たぞ」と身振りで示すが、クラウスは聞いてない。
「ああもうかわいいなぁ。かわいすぎる。殺す気か。そりゃ妻にしたいって思うのも当然だろ。汚れた貧乏人のガキだった俺のこと気にせず握手してくれて、見下さずに慕ってくれるし。好意全開でちょこちょこ後ついてきて、どれだけ悶えたか」
「おい、落ち着け」
「何事も一生懸命でいつも笑顔ふりまいてて、こっちまで幸せな気分になる。初めから婿候補として連れて来たって聞いて、どれだけうれしかったと思う? 高望みどころか、誰からも認められてるとか。こんなかわいい子と結婚出来るとか、運使いすぎて俺死ぬんじゃね?いや死んでたまるかとマジで考えてた」
「キモイ」
「フォーラ、ちょ、思ってても言っちゃ駄目」
「分からないでもないけどね」
「おい、クラウス、落ち着け」
「まぁなんだ、早い話一目惚れだった。それは今世もだな。記憶がなくても同じ子に一目ぼれしたんだから、やっぱり俺たちは運命の赤い糸で結ばれてるんだと思う」
「息子が乙女思考でドン引きなんだけど」
「相変わらず残念な子だな」
「しかも今世も婚約者だろ。そうでなかったとしても、あらゆる手段使って手に入れたけどな。つまり何が言いたいかっていうと俺は何があっても昔からカレン=リューファが好きだってことで」
「おい、クラウス! マジで落ち着け」
前世の弟の手刀が後頭部に入った。
むっとして振り返るクラウス。
「なんだよ。やっと取り戻せたんだ、少しくらいいいだろうが」
「少しじゃねーよ、盛大すぎるよ。つーか何かが爆発してる」
「それくらい好きなんだよ」
「お前さぁ、一応親とか見てんだぜ。控えようとか思わねーの?」
「全然。前世でも言わなかったり行動しなくて後悔しまくったから、今度は全部ぶちまけることにした」
国王夫妻は明後日の方向を見て現実逃避した。
「それにリューファも嫌じゃないよな」
「……うん」
ぼんやり返せば、クラウスは満面の笑みだ。
「ほらな。妻がいいって言ってるんだ。邪魔するなよ。大体お前だって前世はカレンに早く俺と結婚しろって……」
「クラウス! 説明するんだろっ!」
意味不明だと叫ぶジーク兄様。
…………?
……ああ……テオか。ずいぶん変わったね。何か困ってるの……?
「……ネオ。テオが困ってるよ」
ちょんと服を引っ張れば、クラウスはうなずいた。
「分かった。愛する妻の頼みだ、説明してやるよ」
「ありがとな、リューファ。やっぱこいつ尻に敷いとけ」
「うるさいな。で、どこから話せばいい? 最初からか。リューファの前世がカレン、通称『最後の魔女』だったとこからか」
「それですよ。リューファが本当に『最後の魔女』本人なんですか?」
ランス兄様がきく。あたしはうなずいた。
「……うん」
「正確には一度目の転生がな」
クラウスが補足した。
「一度目?」
「リューファは三回転生してる。三回目が今だ。一番最初に生まれたのは昔の異世界。地球って星の日本って国だったそうだ。医学博士の父と製薬会社令嬢の母との間に生まれた」
……そう―――ごく普通の両親に囲まれた、平凡な人生でよかったのに。
「普通なら幸せな一生を送れただろうな。不幸だったのは、両親と周りの環境がまともじゃなかったことだ。父親はプライドが高くて支配欲と自己顕示欲が強く、虚栄心にまみれてた。親に虐待まがいのことされてて、何もかも否定されて育ったから、その裏返しだったんだ。常に自分が一番でないと気が済まず、誰かにすごいと褒められないと駄目な人だった。何事も自分の思い通りにならないと暴れ、家族に暴力をふるってた」
「なんですと?」
怒りの声を上げたのは父様だ。
「母親はお嬢様育ちのせいか、良くも悪くも人に依存しなければ生きていけない人だった。裕福な生活が当たり前で、それを維持するためならなんでもする。独力で生きていく術を知らなかったから、夫に暴力をふるわれても耐え続け、娘の精神的虐待を見て見ぬふりした」
「それは母親と言いません」
母様が静かに指摘する。
「同居してた父方祖父母も悪かった。地位が高かった頃の感覚が抜けず、他者を支配することでプライドを保ってた。おかげで両親と祖父母の間にはいさかいが絶えなかったそうだ」
地獄のようだった日々。
ぽつりぽつりと、思い出してつぶやく。
「……物と怒号が飛び交うのが日常茶飯事で……流血沙汰も……馬乗りになって首絞めてるのさえ見たことある……。5,6歳くらいだったかな……」
あれがさすがに衝撃的で、感情を殺すことができなかった。
淡々とつぶやけば、皆息をのんでた。
「……つい通報しちゃって……後でバレて怒られた……」
警察も首を絞めてたことを事実と確認したものの、その後何かすることはなかった。家庭内のトラブル扱いで終了だ。児童相談所に通告もしてない。
もし他人にやってたら、殺人未遂で即逮捕な行動だろうに。家族だってだけで。
「……6才か7才の頃には、何があっても何も感じないようになれてて……。血を見ても冷静に片付けてたっけ……」
何の感情も抱かずに、血の付いたものを片付けることができるようになってた。
それがもうはや当たり前で、むしろあたしはそうなれた自分を歓迎してた。
でなければ生きられなかった。
「……正直、ホッとしたんだよ。……もう悲しいって思わなくなったから……やっと、辛くなくなったから……」
何も感じなければ。一切の感情を捨てば辛くない。悲しくない。
自分の心を守るため、幼いあたしにできたのはそれだけだった。
フォーラが憤る。
「そんなの慣れちゃ駄目でしょ! 感情捨てて安心なんて、相当末期じゃないの。ご両親はどうして離婚しなかったのよ」
「全員見栄っ張りだったから、選択を間違えたと認めたくなかったんだろうな。離婚したら速攻周囲にバレるだろ」
「……それに、あたしがいたから……どっちが引き取るかでもめるでしょ……。子供は両親そろってないとって言われたし……」
こんな毎日から逃げられるなら、親なんかいなくてもよかった。
邪魔ならあたしを捨てればいい、そうすればもうこんな苦しい日々はなくなる―――むしろそれを願った。
逃げ場もなく、助けてくれる人もおらず、追い詰められたあたしがしようとしたのは。
「……あたしがいるせいで離婚できないなら、あたしがいなくなればいいんだって思って……6つか7つかな……。自殺しようとした……」
「は?!」
クラウスも驚いてた。
「なんだよそれっ、聞いてない!」
「……言ってなかった……?」
「そこまでは聞いてないぞ。自分がいなければ、って考えたとこまでは聞いたが、自殺しようとするまで追い詰められてたなんて知らなかった」
「リューファ、あなたそんな小さかったのに?」
フォーラですら青くなってる。
「……その年ならそれくらい考えられるよ……。あたしの中身は年齢不相応だったし……。……台所まで行って、誰もいない時、包丁の入った引き出しを見つめてた……。……やらなきゃならないって分かってたのに、どうしても死ねなかった―――……恐くて……!」
涙がこみあげる。
あの時の辛い記憶が蘇る。
あたしさえいなければ、全て解決する。だから死ななきゃいけない。
そこまで追い詰められてた、幼い自分。
逃げたかったのもあったと思う。死ねば解放される。もう辛いことも苦しいこともない。自由になれるんだと。
あたしは愛されたくて必死だったけど、同時に嫌であの親から逃げたかった。
なのに、結局恐怖に負けて自殺できなかった。
「もういい」
クラウスが腕に力をこめる。
「カレンは間違ってない。自殺なんかしなくてよかったんだ」
―――……。
「……うん」
あたしは目を閉じ、顔をうずめた。
…………。
……哀れな―――追い詰められた子供。
あの時死んでいれば、どうなっていただろう。
やっと自由になれ、静かに喜びと共に消滅したんだろうか? それとも、もっと生きたかった、別の人生がよかったと慟哭し、新たな生をもらえただろうか?
分からない。いみじくもあたしが言ったように、過去はやり直しがきかない。すでに起こってしまったことはどうしようもない。
それでももしあの時に帰れたら、あたしはどうするだろうか。
―――きっとやはり、自殺はしないだろう。
あれから三度転生し、別の人生を生きてきた。だからこそ言える。あたしはあの時死を選ばずによかったし、もしやり直せるなら家を飛び出す選択をする。今は知識や経験があるから、あの『家族』から離れて自力で生きていくことを選ぶよ。……あの頃は子供で無力だったから、不可能だったけど―――。
クラウスがほっと息を吐き、髪をかきむしった。
「ああくそっ、そこまで知ってたら、あの頃弟子入り断って、カレンを連れて逃げてたのに」
「ん? 弟子入りってことは、それ転生後の話だろ。違くね?」
「最初の時と二度目の転生時、カレンの両親は同じ人物だ」
「はあ?」
ジーク兄様が首をかしげる。
「順を追って説明するから待ってろって。で、そんな状況下で育ったカレンは不治の病になった。優秀な研究者である父親なら治療法を見つけられただろうが、しなかった。もっと注目度の高い難病があって、そっちをやったほうが名声を得られるためだ。母親も娘の見舞いに行くより、夫への差し入れ優先。父方祖父母はすでに亡くなっており、気づいてくれたのは母方祖父母だった。事情を知って激怒、研究の補助金打ち切りまで手を回して、父親に治療法を探せと詰め寄ったらしいが、拒否されたってさ」
「最低」
フォーラが短くつぶやく。
「結果、カレンは病死した。どれほどの失意と絶望だったろうな。―――カレンが死に、周囲の人が離れてもう誰も支配できなくなって初めて、両親は非に気付いた。誰からも褒めたたえられなくなり、犯罪者の烙印を押され、社会的に抹殺されてようやくだ。遅すぎたな。死ぬ時に後悔し、次に生まれ変わることがあったら新しい場所で一からやり直したい、娘を虐待しないと願った。それがカレンの『幸せになりたかった』って思いとリンクして、まったく新しい場所、つまりこっちに来た。娘の魂を連れて」
きっとあたしたちはその時別の道を進むべきだったんだろう。
一部で願いが一致したために。
「リセットしたくて記憶は捨てたが、娘に同じ名前を付けた。けど父親は妄執を捨てきれず、一部の記憶を持ち越した。その異世界の知識のおかげで、誰も敵わない存在になれ、満足して優しくていい父親でいられたんだが……俺が来たことで歯車が狂ってしまった」
ぴくりとあたしは身を震わせた。
「……ネオのせい……? 違うでしょ……? だってパパは、ネオを利用するつもりで連れて来た……」
自分への尊敬をさらに増やすために。
「最初はそうだったけど、途中から計画が狂っただろ。恩返しと思って、俺ががんばりすぎたのが原因だ」
「つまり、『至高の魔法使い』の想定以上に有能だった。彼を超えてしまったわけですね?」
ランス兄様が分析する。
「いや、超えてはいないと思う。単に俺が人から褒められるのが嫌になったんだろ。自分以外の人間が褒められるのを、師匠は許せなかった」
ネオへの称賛は師である自分へのものだと思っていた父。それが勘違いで、ネオ自身が本当に褒められていると気づいてしまった。
「自分より優秀な人間が自覚なく謙遜してれば、嫌味ととられたんでしょうね」
「嫌味? 何でだ?」
本気で自分が優秀だと思ってないクラウス。なんでこうも自己評価が低いのか。
フォーラが嘆息し、
「思い通りに操れる傀儡ならよかったんでしょうが、地位を脅かしかねない存在になったから排除するというわけですか。本人にまったくそのつもりはないと分かっていても、執念を止められなかった」
「優秀な人間が何人も現れてたしな。師匠が知識を惜しみなく公開した結果、独占状態だったものがそうでなくなった。アドバンテージがなくなったわけだ。皆が皆、同じ土俵なら、他にもすごいこと考えだす人が現れておかしくないだろ。そこが誤算だったんだな」
自分で自分の首を絞めた父。
「ライバルを潰しても潰しても、後から出てくる。キリがないし、清廉潔白公正無私なイメージを壊す行為はできなかった。ならば自分がより高みへ上るしかない。誰も手の届かない存在……神になろうと決意したわけだ」
「どうして人間はつきつめると皆、神になりたがるんでしょうねえ」
ランス兄様があきれて言う。
「力の強い魔法使いを吸収して、人を超えたものになろうとした。カレンは生贄にうってつけだったんだ。ああ、憎んでる俺は対象外な。俺なんか自分の一部にしたくなかったんだろ。さらに俺が愛してるカレンを殺せば、俺は自滅するとふんだ。実際その通りだったな」
あたしはゆるゆると顔を上げた。
「ネオ……」
「あ、カレンのせいじゃない。俺が弱かったのが悪いんだ。カレンが異世界に飛ばされたのは分かってたから、そこへ飛ぶか、反対に連れ戻す方法をひたすら探してた」
「ネオ……あたしのことなんか忘れて、幸せになってほしかったのに……」
「それは無理」
即答された。
「俺がカレンを忘れるなんてありえない。カレンがいなきゃ、幸せになれない」
「……ネオ……」
……ありがとう。
「はいはーい。いちいちいちゃついてないで、話進めて」
フォーラがパンパンと手をたたく。
「平然と邪魔するところ、お前も変わってないな。……まぁいい。カレンが生贄にされかけた時は、何とか師匠を撃退して救出できた。ただしこの騒ぎで師匠が邪悪な魔法使いだってのが世間にバレた」
「面倒なことになりましたか」
「実の娘と弟子だからな。でも撃退した本人なこと、またそれまでの功績から許された。カレンに至っては被害者なんだから、誰も非難しなかったよ。むしろ同情されてた」
ゆらり、と父・兄二人が立ち上がる。
「そやつ、今どこにおりますか。消し炭にしてきます。かわいいうちの娘に非道なことした罪は万死に値する」
「手伝うぜ、親父」
「僕も」
怒りが頂点超え、殺気とか通り越してる。
「あなた、ジークもランスも落ち着きなさいな。私がしばいてくるから」
母様も目が笑ってない。
「……父様、母様、ジーク兄様、ランス兄様、もういいから……」
「よくないっ。大事な娘を傷つける奴は許さん!」
「……ありがとう」
怒ってくれて。
今度の家族はあたしを見捨てない。
だから、大丈夫。
「気持ちは分かる。俺だって相当怒ってるんだ。でも今は怒りを抑えて聞け」
三人とも不承不承座った。なんか作戦会議してるけど。
「カレンは自分を責め、師匠を止める方法を必死に探した。と同時に、俺とは結婚できなくなったと婚約破棄してきた」
全員が複雑そうな顔をした。
王が代表して、
「お前は同じ子に二度も婚約破棄されてたのか……。不憫というかなんというか」
「言わないでください。当時も絶対嫌だって食い下がりましたよ。でもカレンの決意は固かったんです」
「……ネオ……ごめんね……?」
あなたを傷つけてたなんて思いもしなかった。あれが最善だと思い込んで。
自分のことばかりで、人のことを思いやれなかった。パパと同じじゃないか。
「いいよ、ちゃんと分かってる。でもあれだ。無理やりにでも結婚させて、屋敷に閉じ込めとけばよかったかな」
「やめろ」
全会一致で否決された。
「お前なぁ、ほんとは言ってやりたいことが山ほどあるんだからな?」
「でもそうしてれば、殺されずに済んだかもしれないだろ。姿をくらまし、死んだと思われてた師匠が再び現れたのは、『眠り姫』誕生祝の際だ」
その時にはもう人ではなかった。
「それより約一年前、王妃が駆け落ちして行方不明になるって事件があってな。騙して連れ出したのは師匠だ」
「ん? いきなり話飛びましたね」
「『眠り姫』を生んだ王妃は後妻なんだよ。消えた妃は先妻。師匠は長年周囲を騙し続けてたんだ、先の妃に甘い言葉を囁いてその気にさせるのは簡単だっただろうな。妃を奪えば王への復讐になる。先の妃は王家の遠縁で力の強い魔女だった」
「まさか、自分の望み通りの子を新たに作ろうとしたの?」
王妃が青ざめる。
「そういうことですね」
「……だけど、思わぬ誤算があった……。生まれた子は、魔力を一切持たない普通の人間だったの……」
もしかしたら、それはパパが思いとどまる最後のチャンスだったのかもしれない。でも自らふいにした。
「……パパは激高して、妃を生贄に禁術を発動させた……。もうパパの体は邪法にむしばまれてボロボロだったから……」
「娘を核にして融合し、魔族となった。だからあの姿は娘のものなんだよ」
「それで『招かれざる魔女』は紛れもなく女性だって言ってたんですね」
シューリが納得したようにつぶやく。
「招待されなかったことで逆ギレしてさらに憎しみを募らせ、姫に呪いをかけた。だけど欠席してたカレンが駆けつけて100年の眠りに変えた。余計にカレンを恨み、わざと姫が目覚める時まで待ち、襲ってきた。油断してる幸せの絶頂で叩き落すために。―――……カレンは……」
「……あたしも予想して準備してたけど、妹自身があたしを恨み、致命傷を負わされて……。なんとか融合を解こうとしたけど、それも失敗したのね……今も封印されてるんだから……」
結局あたしは何もできなかった。
無力で、愚かな。
ガタン、と再び父や兄たちが立ち上がる。
「やっぱりシメてきます」
「オレも」
「僕も」
「そうねえ、私も加勢しようかしら」
「だから落ち着けっての」
「……仕方ないよ。妹があたしを恨むのも……」
うつむけば、クラウスが涙をぬぐってくれる。
「身勝手な考えで他人を犠牲にしたのは師匠だ。カレンも被害者。恨むなら師匠を恨むべきだろ。『招かれざる魔女』が間違ってる」
「……ネオ……。でも、いいの……? あたしには、罪が……」
「リューファは悪くないっ。断言する!」
ジーク兄様―――テオ―――が力強く言う。
……ずっと自分を責め続けてた。
重すぎて、潰れそうだった。もう嫌だった。
なんであたしばっかりこんな目に、と恨んだことがないと言えば嘘になる。
もう解放されたかった。
ずっとずっと、願ってたのは。
「……もう、贖罪ばかり考えなくてもいいんだね……」
安堵のため息がもれる。
苦しくて苦しくて。でも今度は自殺を企てて逃げることもできなかった。罪を償わなければならないと思ってたから。
「贖うべきは師匠だ。『招かれざる魔女』も親に愛されたくて、言われた通りにカレンに憎しみを向けたんだろ。そうでなければ、自身は魔力を持たないんだ、捨てられる。たぶん完全に食いつくされて吸収されただろう」
自分の命を守るために、またあたしと同じく親に愛されたいがために、言うなりになった妹。
「『招かれざる魔女』はカレンが二度と邪魔できないよう、別の世界へ飛ばした。殺しても転生してくる可能性がある。完全に排除するには、この世界から消すしかないと思ったんだろ」
「封印は?」
「やったって俺が破るに決まってるだろうが。よって、俺も手が出せないようにする必要があったわけだ。カレンの記憶を奪った上で、二度と出会えない場所に飛ばす。この当時は異世界へ飛ぶ魔法なんて存在しなかったから、俺には手の打ちようがなかった。奴にとってはこれ以上ない復讐だったんだよ。当時は魂すらも完全消滅させる魔法は存在しなかったしな。…………俺の目の前で、カレンは」
クラウスが苦しいほど強く抱きしめてくる。肩に顔をうずめているから、表情は見えない。でも必死に苦痛を耐えてるのが分かる。
……あの瞬間の絶望は、あたしにとっても一度目の死より深かった。
あたしはそっと彼の頭を包んだ。
「……ネオ―――クラウス。あたしはここにいる。帰ってきたわ」
「……ああ、そうだな……」
少し安心したように、彼は頭を起こした。
「もう離れるなよ」
「……大丈夫。ずっと一緒にいる」
帰りたかったのはあなたのところだから。
「……あたしは元いた世界に戻った。パパとママを連れてくることは失敗し、さらに記憶まで奪われて。……だけど、あなたを好きな想いだけは残ってた。どこのだれか忘れてても、会いたくてたまらなかった。16歳の誕生日、帰るべきところを探してさ迷って……雷が落ちたと思ったら、こうしてここにいたの」
「そうか……」
「あたしはやっと、帰りたい所に帰って来れたの。だから、もうどこへも行かない」
「ああ。俺たちは永遠に一緒だ」
地球とこっちの世界両方の指輪が薬指で光る。
「愛してるよ」
「……うん、あたしも……」
クラウスの指が顎にかかたったところでストップがかかった。
「おい。さすがにやめろ」
「なんだよ、ジーク。いいとこなのに邪魔するな」
「お前なぁ。ちょっとは自重しろ」
「リューファだって嫌がってない」
「かなり混乱してるからだろうが。つけこみやがって。正気に返ったら絶対悲鳴あげるぞ。ひっぱたかれても文句言えないからな」
「別にそれくらい構わない」
ジーク兄様がうろんげな目を向ける。
「前から思ってたけどさぁ、オレよりよっぽどお前のほうがMなんじゃね?」
「そのケがあったら、むしろ悲劇でも喜ぶだろ。全然うれしくないんだ、俺はそっちのケはない」
「? ……何の話してるの?」
ぼんやり聞けば、クラウスはにこやかな笑みを向けた。
「何でもないよ」
「うーわー、ドス黒え」
「お前だって、昔は『姉様、早く兄様と結婚してほしいなぁ』って天使の笑みで言ってたくせに。効果熟知した上で。『いっそ泣き落としすれば一発かな』とも言ってたぞ。あー、小さい頃はかわいかったなぁ。兄様兄様って無邪気にさ」
「何の話だ?」
クラウスはあっさり暴露した。
「お前の前世はテオ・アローズ。俺の年の離れた異母弟だ。事件後、父さんと奥様の間にできた子で、カレンにとっては異父弟」
「は……あああああ?!」
ジーク兄様の顎がガクッと外れて、床につきそうだ。
「嘘だろおい!」
「嘘じゃない。父さんも奥様も小さい頃に死んだから、俺とカレンが親代わりになって育てたんだ。非業の死を遂げた異父姉を助けたくて、今生溺愛してるんだろ」
「マジか……。ああでも、これで納得……」
思い当たることがあるらしい。ジーク兄様が頭抱える。
「ああそうそう、シューリとフォーラも前世、カレンの友人だったぞ。それで近くに転生したんだろうな」
「え?!」
「あら」
シューリが瞠目し、フォーラが口元を押さえる。フォーラが驚きよりやっぱりといった感じなのは、予想してたとみえる。
前世のシューリがテオの奥さんだったことは言ったほうがいいか、黙っておくべきか。
察したクラウスが小声で言う。
「黙ってたほうがいいな。転生時に記憶がリセットされるのは、新しい人生と人格に影響を与えるからだ。二人が今世どうするかは二人が決めること。俺たちがしゃべったら影響力が強すぎる」
「……そうね」
最も無関係で冷静でいられる立場のランス兄様がきく。
「ところで、封印のアイテムは『招かれざる魔女』を封印していたものではなかったんですね?」
「ああ、違う。状況から勘違いしてたわけだが、訂正しなかったのは全部話さなきゃならなくなるからだ。あれはカレンが『招かれざる魔女』を封じるために作ったものじゃなく、向こうがカレンの記憶を奪い、異世界に飛ばすために制作した魔具」
あたしが黒い本に載った絵を見てパニックになったのは、あの瞬間の絶望が襲ってきたから。
何よりも深い孤独と絶望―――。
「リューファが封印のアイテムに触れることにより、奪われた記憶が戻っていく。元々リューファのものだから、他の人間には見れなかったわけだ」
「それで危険だと止めてもリューファに触らせ続けたんですね」
「ああ」
『最後の魔女』とシンクロして思念を受け取ってたんじゃなく、過去の自分の思念を受信してたんだ。
「飛ばされたカレンの魂がこっちに戻ってこれたのは、俺が当時一つだけ発見できて、破壊してたからだ。あのアイテムは作動後四散して行方不明になるよう初めから設定されてたんで、探すの苦労したよ」
それでも一つしか見つからなかった。テオが発見したのもあわせても二つ。
「一つしか見つからなかったが、魔具を複数使用した高度な魔術は重大な欠点がある。一個でも破損すれば、術が成り立たない。記憶の回復は無理でも、カレンが戻ってくるのは可能だと思った」
なるほど……あたしが戻ってこれたのは、ネオがアイテムの一部を破壊してくれたからか。
「にしては、転生までずいぶん時間がかかりましたね。千年とは」
フォーラが言う。
「世界を超えての転生となると、さすがにタイムラグが生じるってことだろ。とにかく帰ってきてくれさえすればよかった。でも、やっぱり思い出してくれてうれしい。なあ、大好きな俺のお嫁さん」
「顔が近いですよ。というかまぁ何ですか、よく分かりました。一度失った恋人を取り戻せたから、あーコレ駄目だってくらい溺愛してるんですね」
「当然だ。カレン―――リューファは俺の嫁」
駄目呼ばわりされたことは否定しない次期国王。国の将来が果てしなく心配だと全員思った。
「リューファはクラウス様が元カノを今も好きなんじゃないかって悩んでたんですよ。どうしてそれはリューファ本人だと教えてやらなかったんですか」
ランス兄様が詰問口調になる。
「前世の恋人で死別したって? 確かにそれなら離婚あきらめてくれるだろうさ。でもそういう理由で傍にいてくれるのは嫌だったんだよ。仕方ないからとか不承不承とか諦めてとかじゃなく、好きだから一緒になってほしかった」
無意識なのか意図的か、結婚指輪をなでる。
「俺も前世のことがあったから結婚したわけじゃない」
「……お前がリューファにベタ惚れなのは知ってるよ。でも人前ではノロケ加減しろよ。オレはリューファの兄貴なんだからな。かわいい妹とあんまりいちゃつかれると複雑なんだよっ」
「じゃ、お前も嫁とベタベタしてればいいだろうが」
あっさり返すクラウスに、ジーク兄様は顔に縦線入れた。
「とか言ってるよコイツ……。無理なの分かってるくせに。ちくしょー。なぁ、ダメ元できくぞ。シューリ、結婚してくれないか?」
いつもの暑苦しいアグレッシブプロポーズじゃなく、諦めの混じった問い。
「…………」
速攻で殴り飛ばすのが常な友人は無言だった。
おや?と全員首をかしげる。
「シューリ、どうしたの?」
「……いいよ」
沈黙が下りた。
「……うえええええええええ?!」
あたしが『最後の魔女』本人だったって分かった時よりすごい絶叫が屋敷を包んだ。
ジーク兄様なんか、喜びのあまり完全に昇天しかけてる。あ、魂抜けかけてるわ。
「やっとうちにお嫁に来てくれる気になったのね?!」と母様。
「このバカ息子を頼む」と父様。
なんかデジャブ。
まだ停止してるジーク兄様をランス兄様はつついた。
「兄さん。戻ってきなよ。今のうちに籍入れちゃいな」
言ってることがものすごくあくどいが、誰もつっこまなかった。
「そ、そうだな! なんなら今すぐ結婚式でも……ドレス用意済みだし!」
デジャブその2。この元兄弟・現義兄弟はなんでこうも思考似かよってるのか。
止めたのはフォーラだ。
「式はちょっと待ちなさい。そんな急ごしらえじゃなく、ちゃんと用意しなきゃ駄目よ。シューリだって女の子なんだからね」
「で、でも、やっぱやめるって撤回されたら」
「だから先に籍だけ入れちゃいなよ。そうやって逃げないよう囲い込んどけば? 誰かさんみたいに」
クラウスはノーコメントだった。
「うむ、今すぐ臨時で結婚証明書発行しよう」
「父上、はい、紙とペンです」
すかさずクラウスが差し出し、完成。ジーク兄様、拝まんばかりだ。
両親もすぐシューリの家に連絡し、最短で式の準備してる。あっちも早く嫁に行けってせっついてたから話が早い。
ランス兄様が小声でささやいた。
「クラウス様、もしかしなくても兄さんとシューリは前世夫婦ですか」
「ああ」
「やっぱり」
フォーラも納得してる。
……あれ? フォーラも記憶……?
「いや、戻ってない。単に状況から推測しただけだろ」
クラウスが察して教えてくれた。
「え? なぁに、何か言いました?」
「別に。フォーラはあえて記憶戻らないよう自分でセーブしてるなと」
「ええ。私は私ですから。もはや新しい別の人間なんです。私として生きるためには、前世の記憶など不要ですので」
「お前らしいな」
……そうだね。凛とした、気高い司法長官。変わってないな。
あえて記憶を戻そうとせず、まっさらなとこから新しい人生を始めるのも一つの選択肢だ。どちらを選ぶかは個人の自由。フォーラは完全リセットを選んだだけ。
パパやママも一からやり直すならこうすべきだったんだ。過去にとらわれず、新天地で始めからやり直したいなら。
「シューリも記憶が戻ったわけじゃなさそうですね」
「ああ、でもテオを好きだったことは魂に残ってたんだろ。お互い想いあってなきゃ、近くに転生なんかできないさ」
パパとママもそう。二人とも願いが一致してたから、近くに生まれ変わってまた夫婦になったんだと、やっと納得できた。
「俺たちだってそうだな。なあ、リューファ。好きだよ」
「……うん、あたしも……」
素直に返せば、クラウスはうれしそうに微笑んだ。
「クラウス様。あまりつけこんでると、さすがの僕も止めますよ」
「そうね、リューファが後で悶絶するの必至だものねえ。それにしても、クラウス様がリューファ=『最後の魔女』だって明かさなかったのは賢明かも。前世の情報明言してないのにシューリがああ答えたの見ても、影響力が強すぎるわ」
「確かに。記憶の封印が解けてないのに結論教えたら、どんな影響が出たか分からないね」
「おい、ランスもフォーラも何してんだ。準備手伝えよ。もう式場は手配した」
ジーク兄様がうきうきと周りに花散らしながら呼びかける。
「早。え、なに、城の聖堂借りるの?」
提案者は王妃らしい。
「もちろんよっ。シューリちゃんは私もお世話になったし、娘みたいなものだもの。それに絶対ファンが押し寄せるから、広い会場じゃないとね。あ、できればドレスバージョンと男装バージョン両方やってくれないかしら。いえ絶対男装やって! 白の正装! ああああ想像だけでご飯何杯でもいけるわー!」
悶えてる。たぶん腐女子の皆さんから同意見が出まくるであろう。男装バージョンもやってくださいと嘆願書が出ると見た。で、当日は鼻血噴いて失神者続出。救急隊を配置しといたほうがいいと思う。
出席者の女性が見たいのはジーク兄様なんかじゃなく男装の麗人様だ。リアル某宮殿のバラ。まぁ、結婚式の主役は花嫁なんで、いいんじゃないだろうか。花嫁なのか花婿なのか、見た目じゃ分からないが。
王がどうしたらいいかなと遠い目してた。
「リューファ」
「……なに?」
「疲れただろ。こんな騒がしいとこじゃなくて静かなとこで少し休んだほうがいい」
「……ん……」
あたしは両腕をクラウスの首の後ろに回し、コテンと頭を預けた。
☆
夢の中だろうか。ぼんやりして、思考が定まらない。
―――帰りたい。
ああ……いつもの声だ。
いつもそう思ってたっけ。あれは過去からの声だったんだな。
……もう大丈夫。あたしは帰ってきたんだから。
記憶を奪われても、世界を飛ばされ引き離されようとも会いたかった人のところへ。
すぐ近くに彼がいるのが分かった。
……ほらね。あの人の腕の中だ。世界で一番安心な場所。あたしが帰りたかったところ。
やっと悲劇のループから外れられたかな……。
「リューファ、好きだよ」
「……うん……」
唇に何か触れる。そういえばさっきから何度もこの感触続いてるような。
……徐々に思考力が戻ってきた。
……あれ……?
目の焦点が合ってくる。
ここ、どこ……? 私の―――あたしの部屋?
あたし、どうしたんだっけ。確か、やらなきゃならないことを果たすためにいばらの城へ向かって……最後の封印のアイテムを見つけた。そして、破壊して……あれは『招かれざる魔女』を封じてるものじゃなく、あたしの記憶を封じてるものだったから……可憐とカレンだった頃の記憶が蘇った。
そう―――私はあたし。可憐もカレンも。
『最後の魔女』はあたし自身。
「―――?!」
そこでやっと現在の状況を正しく理解した。
ガッと両手でクラウスの口を塞ぐ。
「なにやってんのよ?!」
「……あ、我に帰っちゃった。あーあ」
ものすごく残念そう。
ふざけるな確信犯。人が混乱してる隙に何してくれてんだと罵倒したい。
「もう一度きくよ。な・に・をやってんの?」
「やっと再会できた恋人と喜びを分かち合ってるだけなのに」
「違うっ! それなら他の方法あるでしょ?! なっなっ何も……っ」
真っ赤になってどもる。
他に誰もいなくてよかった。人前だったら羞恥で死ねる。
「リューファがキスしていいって了承した」
「絶対してない!」
間髪入れず否定。
断言できる。それボーっとしてて意味も分からずうなずいただけっ。
「嫌がってなかったけど」
「混乱中だっただけだからね?! 一気に二つ分の人生の記憶戻れば、パニックになろうってもんでしょうが!」
前世の記憶が戻ると、混乱や人格の豹変といったことが起きる。ましてあたしの場合は二回分だ。
分かってて都合よく解釈したな、この人は!
クラウスは悪びれずに言った。
「いいじゃないか。カレンを失ったのは、俺だって相当こたえたんだぞ。……両想いの婚約者にフラれて、目の前で殺されて。しかも殺したのは彼女の父親で師だった人。なんとか傍に生まれ変われて、今度も婚約できたのにフラれた。なりふり構わず必死で結婚にこぎつけて、記憶も取り戻せた。ようやく完全に取り戻せたんだ、感慨にむせぶのも当然だろ」
「う……」
あたしは目を泳がせながら手をひっこめた。
「……ごめん」
「何で謝るんだ?」
「二度も婚約破棄言い出して……。あの時はあれが最善だと思ってたの。邪悪な魔法使いであるパパの娘であるあたしから離さなきゃって。全部あたしのせいなんだから、誰も巻き込まず、一人で解決しなきゃならないって……」
「ああ、頼ってくれなかったのは悲しかった。俺はその程度の存在なんだと突きつけられた気がしてさ。最初の人生の経験からカレンが独りで何でも抱え込み、限界突破しても我慢するタチで、相当思いつめてたのは分かるけど。でも俺たちは恋人で婚約者だっただろ。いずれ夫婦になる。それなら辛い時は頼って、苦も楽も分かち合うものだろ?」
「……うん、ごめんなさい」
他人の目でカレンの人生を見たから分かる。あたしは間違っていた。
全て自分の責任だと傲慢に思い込むのでなく、独りで背負わず、人と分かち合い助け合うべきだった。
「……ほんとバカだよね、あたし。パパやママによく『お前は馬鹿だ』って言われてたのも、仕方ないな」
「それは違うけどな。カレン一人のせいじゃないし。俺にも落ち度はあっただろ。カレンを止められなかった。どんなに拒絶されても、くいさがってしがみついて離さなければよかった」
ん? まさかそういうわけで、あたしを片時も傍から離そうとしないのか。
うわあ。反動すさまじい。
「……今世、やたら過剰反応してるの納得した」
「過剰じゃない。大好きな嫁の傍にいたいのは普通だろ」
ほんとにヤバいのは自覚がない場合。てわけで危険度マックス。
まぁ、二度も逃げられた挙句に目の前で殺されれば、おかしくならないはずないけどさぁ。
これ逃げたほうがいいかな。
「えーと……二度目もごめんね? 話もしてくれないから嫌われてるんだと誤解してて。その後も『最後の魔女』が元婚約者だって知ったから、今も好きなのかなと」
「そうだが?」
「…………」
うん、そうね。同一人物でした。
それあたしだよ。
眉間を押さえる。
過去の自分に嫉妬してどうすんの。
……ん? 待てよ。あたしが『最後の魔女』だってことを念頭に置いて、初めから考え直してみよう。
クラウスが無口無表情キャラ装ってたのは、私に嫌われないため。一度失った経験が魂に刻み込まれてて、覚えてないけど過剰に反応してた。またフラれたくないあまり、暴走してたともいう。
が、それが原因で私に婚約解消言い渡された。ショックで、繰り返してたまるかと無意識の衝動に突き動かされ、なりふり構わぬ行動に走った。無理やり押しかけ同居した挙句にだまし討ちで結婚させた。そこまで必死だったわけだ。
記憶が蘇った時、ようやく取り戻せたと泣きたくなったに違いない。叶えられずに終わった分も、今世で成就させようとやたら甘くなった。
……下手したらあれ前世でもやられてたのか。勘弁。ドキドキと恥でマジ死ぬ。
そこまでして囲い込んだのに、肝心の嫁が依然拒否姿勢。果ては「元カノが好きなんじゃないですか」とか言い出す始末だ。
その元カノはあたしだっつの。
そりゃ脱力するはずだわー……。
盛大な勘違いにもほどがある。思い返すだけで赤面する話だね。
あたしが危害加えられそうになるとキレてたのも納得した。致命傷負わされ吐血、死の瞬間まで見てればね。
とにかく甘いセリフたれ流してるのも、反動と後悔から。……うれしいけどちょっと控えてもらいたい。恥ずかしい。せめて二人きりの時でお願い。
待って待って待ち続けて、ようやくあたしが完全復活したんだ、浮かれまくるのも分からないでもない。
ていうか、当社比200%で言動おかし……。
「…………」
…………。
…………。
んー、待とうか?
どれくらいかって? 地球が三回回ったら。←古い
んんー、理解が追いついてきたよ。
混乱のあまり、あたしもちょーっと色々、そのー……。
「…………」
うぎゃあああああああ!
限界突破。もはや声にならない。
耳まで真っ赤どころの騒ぎじゃないよ。全身真っ赤だよ!
「―――っ、―――!」
口をぱくぱく。
「照れてる姿もかわいいなぁ」
「言ってよ!」
半泣きで叫ぶ。
止めなさいよ!
「何を? ああ、リューファが皆の前で好きって言ってくれたこと? 何度も言ってくれてうれしかったなぁ。やっぱり口に出さないと駄目だよな。カレンの頃みたいに言ってくれなくなったんで、表現する重要性を痛感したよ。リューファが嫌われてるって誤解したのはまぎれもなく俺のせいだ。てわけで堂々と言うことにした。ああ、恥ずかしがりで普段絶対言わないリューファの『好き』はかわいさ倍増だった。純粋に屈託なく言ってくれるカレンもいいし、デレたリューファもアリだと思う。いっぱい甘えてくれるし、すり寄ってくれるしさ。小動物みたいなその外見でやると破壊力抜群だって分かってるか? 分かってないよな。俺以外の男には絶対やるなよ。やらせないけど。小さい頃からかわいくてかわいくて、即捕獲して思う存分愛でたいの押さえ込むの大変だったんだぞ。年頃になっても無自覚な行動多いし、マジで忍耐力試されてんのか何なのかと思った。今すぐ連れ帰って、法律捻じ曲げて結婚前倒ししてもいいよなって考えてたけど周りに止められた。何でだろうな。願い叶ってやっと取り戻せたら、不意打ちで告白のトドメ。もう殺す気かと。本当はその場でキスしたかったんだけど、人前じゃ嫌がるの知ってるから死ぬ気で我慢した。だからご褒美くらいくれてもいいじゃないか。『ずっと一緒にいる』って言葉もうれしかった。もちろんこんなかわいい嫁を手放すはずないだろ。何度も妄想、じゃなかった夢にまでみたセリフも言ってくれるもんだから熱烈に愛情表現しようとしたのに、ジークも邪魔しやがってまったく。夫婦の語らいを邪魔するなよ。リューファ、また言ってくれないか? 好きって」
「いやああああああ! やっぱ言わないで―――っ!」
息継ぎなしで怒涛のようにしゃべりまくる夫の口を押えつけた。
よく言えたもんだ。無駄な才能にもはや感心する。
穴! 穴はどこだ、今すぐ飛び込むんで埋めてくれ誰か! いやむしろこの夫を埋めるべきか?!
「ああああれは混乱してただけだってば!」
「え? リューファは俺が好きじゃないのか?」
「好きだけどっ! そうじゃなくて!」
クラウスがにやりと笑ったんで失言に気付いた。
うわああああ! また言わされたー!
あたしのバカ! 学習能力ないんか!
「うんうん、俺も好きだよ。世界飛び越えるくらい愛してる」
「そういうことサラッと言わないでー!」
全然言わないのも嫌だけど、イカレてんじゃないかってくらい言うのも嫌だ。要するに加減って大事。
「本当のことだし。昔言わないで後悔したから、全部暴露することにしたんだ。さて、二人きりだからリューファも安心していちゃいちゃできるぞ」
「しないっ!」
もがいても膝の上から脱出できない。
「こうやって恥ずかしがらせて悶えてるの見るのも楽しいな」
「変な楽しみに目覚めないでくれる?!」
しかもあたしは楽しくないっ。
「妻を愛でるのは夫の当然の権利」
「当然じゃないっ! も、人格変わってない?! 昔もそんな性格じゃなかったじゃないっ」
「いやー、根は変わってないな。自分でも気づかなかったけど」
できることなら永遠に気づかないままでいてほしかったですな。
「恥ずかしいと思わないの?!」
「そんなもん捨てた」
「捨てないでっ、拾ってきて!」
どっかを指す。
頼むから時間戻してでも拾ってこい!
「ね、あたし、もうどこにもいかないってば。逃がさないって捕まえてなくても」
「無理。勝手に体が動く。嫁がかわいすぎるのが悪い」
本気でプルプルしながら訴えたのに却下された。
「真面目に頼んでるのに!」
「そんなこと言われても、膝の上で上目遣いじゃなあ。そういう無自覚がいけないと思う」
「…………。どく! 今すぐ下りる!」
「だーめ。リューファは俺の嫁で最愛の人だろ」
極上の笑みを向けられた。
うぐっ。
至近距離で直撃くらった。
知っての通り、あたしはこれに弱い。
仕方ないじゃないか。引き裂かれた前世の恋人で今世の夫に幸せそうな笑顔向けられたら抵抗できない。
「うう……」
真っ赤になりつつ耐える。
せめてもの抵抗として睨んでやった。そしたら余計デレデレされた。なぜだ。
「クラウスの意地悪……っ」
「んー、ていうか、リューファがいないと不安なんだよ。姿が見えないだけでパニック起こしたこともあったろ」
ハッとした。目が覚めた時にあたしがいなかっただけで、脂汗かくほど混乱してたことがある。
「あの時証明済みなように、リューファに触れてれば大丈夫なんだ。特に抱きしめてると。たぶん、温かさを感じられるのと、心臓の鼓動が聞こえるから安心するんだと思う」
「……あ……」
それでやけにあたしを抱きしめる動作が多いのね。こうして膝の上に乗せるのも、体温を直接感じられるからか。
あたしはぎゅっとクラウスを抱きしめた。
「リューファ?」
「あたしはどこへも行かない。ここにいる。だから、大丈夫よ」
「…………」
おや、無反応?
おかしいと見れば、目頭押さえてた。
「クラウス?」
「やばい。なんか爆発しそう。カレンがよく抱きついてくれた懐かしさと、リューファは全然やってくれなくて寂しかったのと、妄想が現実になったうれしさがこう混じって」
詳しく説明しなくていい。さっきも言ってたけど妄想ダダもれにしないで。
「全然落ち着いてないじゃない」
「めちゃくちゃ安定してるぞ。大好きな妻は一番の薬」
うれしそうに抱きしめ返される。
どう考えても別ベクトルにおかしい方向へ突き進んでる気がする。誰か止めて。
ていうか、そうしちゃったのはあたしか……。
ため息つく。
「ごめんね。あなたがそんなに苦しむなんて、思ってなかった」
つーか、ここまでおかしくなるって知ってたらやらなかったというほうが正しい。
「その分、これからずっと癒してくれればいいよ」
まったく安心できないこと言われた。
「具体的内容と期間聞きたくない。ねえ、やっぱおかしいって。カウンセリング受けたほうがいいんじゃないの」
「おかしい自覚があるから大丈夫。それに、俺がおかしくなるのは嫁に対してだけだし」
つまり被害をあたしが一身に受けるってことじゃないかっ。
「そんなことより、リューファ、敬語とれたな」
「え? ……あ」
言われて初めて気づいた。
カレンの頃はタメ語だったから、自然と敬語抜きでしゃべってたよ。
小首をかしげ、
「嫌?」
「いや、全然。むしろそのほうがいい。敬語だと何か壁がある感じだし、前からそうしてほしかったんだよな。リューファは臣下じゃなくて、大事な大事なお嫁さんだから」
「……そっか。じゃ、昔同様普通にしゃべるね」
一人称も無意識に『あたし』になってたな。
「ああ。戻ってきてくれたって感じがしてうれしい」
にこにこしておでこに口づけてくる。真っ赤になるあたし。
「~~~っ、ネオの頃はこういうことするキャラじゃなかったじゃないっ。あたしが何言ってもやっても無表情だったくせにっ」
「あれは色々抑えてたんだよ。内心ではあれこれ考えてて、表に出したらヤバいって自覚あった」
あの頃も中身はこんなだったんかい!
「あ、もしかしてガッカリしたか? 直せっていうならがんばる。だから嫌いとか頼むから言うな」
「別にそれくらいじゃ幻滅しないよ。正直、クラウスがかなり残念なのは知ってるし。全部込みで好きになったんだか、ら……」
尻切れトンボになったのは、思いっきり抱きしめられたからだ。ちょ、窒息する。
「クラウス!」
「あーもう俺の嫁最高。どうしようマジで」
「落ち着いて! 毎回これじゃ困るっ」
「煽るほうも悪いと思う。カレンだって無邪気に抱きついてくるし」
「こ、子供だったもんっ。ただの子供の純粋な行動だってば! 最初七歳で死んだせいで、その感覚が強かったのっ。子供だけど大人にならなきゃならなかった、歪な子供。絶望と悲しみの中で死んだだけに、今度は好きな人と幸せになれる人生って思ったら単純にうれしくて」
「ああ、なんとなくそこらへんは理解してた。その上で、俺もうれしいんでやめさせなかった」
この腹黒!
時間が戻せるなら、当時の自分を殴ってでもやめさせに行きたい。
―――クラウスはふと真面目な顔つきになって、結婚指輪をなでた。
「ところで。一応きくけど、三つの前世通して俺以外の男好きになったことないよな?」
んっ?
圧がすごいんですけど。
「何言ってんの? あたし、最初七歳で死んでんのよ。七歳の子供にいたと思う? しかも親に抑圧され、管理されてた。友達だってできなかったのに、まして好きな人いたわけないじゃない」
「そうじゃなくて、一個前。向こうの世界へ戻された時の人生」
「………………」
……あー。
思わず沈黙したら、ぐるっと視界が回った。
あれ?
何で押し倒されてんのかな。
ちょ、夫が背後にものっそい黒いオーラしょってるー!
待って待って、タンマ!
「いないいないいない! ストップ!」
「本当か?」
「ほんとほんと!」
必死で否定。ブンブン首を振る。
選択肢間違えたら死ぬわ。
「……他に好きなやついたんじゃないんなら、なんでまた婚約破棄言い出したんだよ」
「え? あ、今世の話? あたしさ、ずっとどこかへ『帰りたい』って思ってたのよ。それはネオのところへだったんだけど、可憐とカレンの記憶を封じられた状態じゃ分からなかった。それで、地球へ帰りたいんだって誤解してたの」
いやー、盛大な勘違いだよねー。
「なんでそこまで回帰願望があるのか。好きな人がいたことはうっすら覚えてたから、彼が地球にいるんだとさらに誤解したの。言ったでしょ、顔も名前も覚えてなくても、ネオを好きな気持ちだけは消せなかったって」
まさかその人が地球にはおらず、すぐ近くにいるんだとは分かるはずもないわ。
「ほんとに向こうに好きなやついないよな」
夫が必死すぎるんですけど。
「何回念押しするの。いないってば。まさか一部の記憶封じられてるなんて思わないもん、勘違いしてもしょうがないじゃない」
ネオが好きだからクラウスと結婚できないって思ってたわけで、ものすごく間抜けな話。だから同一人物だっつーの。
「それはそうだけど」
「だーからいいかげんにしなさいよ」
顎をぐいーを押して起き上がる。自ら膝の上に陣取り、びしっと指をつきつけた。
「あたしが好きなのは今も昔もあなただけなの。疑心暗鬼やめて。なんでそんな自信ないのよ」
「……だって俺、ヘタレだし、色々残念だし」
うん。つい同意。ていうか自覚あったのか。
「じゃなかった。前から思ってたけど、自己評価低すぎない?」
「俺は何もない貧乏人のガキだったんだぞ。王位継承権一位の、王の姪の婿に選んでもらえるなんて信じられなかった」
「あー、わざと平民から選んだのよね、それ。貴族から選ぶと厄介なことになるし。伯父様は身分問わず実力主義で採用始めてて、その象徴でもあったみたい」
「知ってる」
「って、誰もあたしが実際王位を継ぐとは思ってなかったのよ? ろくでなしの親戚に王位継がせないための防止措置にすぎなかったんだから。伯父様に子が生まれるまでの応急処置だもん」
あたしの婿を平民から選んだのは、権力闘争が起きないようにって意味合いもあった。貴族から選ばなかったのもそのため。夫を元平民にしておけば、あたしは絶対女王になりえない。身分による差別する人間は一定数いるからね。
誉高い『至高の魔法使い』と王妹の娘は、そうしなければ王の子の強力なライバルになってしまう。
平民から選ぶのは父にも願ったりかなったりだった。御しやすいと考えたんだろう。
「今でも信じられないんだよ。カレンが周囲の思惑とか関係なく、俺を好きになってくれたとか」
そこかぁ、根っこは。なんか納得した。
「ネオはちゃんと自分を知ってたじゃない。自分の欠点を認めて受け入れ、決して驕ったりしなかった。それになにより、あたしにひどいことしないから」
「するわけないだろ。反対に溺愛して甘やかしてかわいがりたい。具体的に言うと」
「言わなくていい」
暴露される前にぶった切って止めた。
きっぱりはっきり拒否しないと駄目だ。
「納得したわ。クラウスが自己評価低すぎるのって、そこが原因だったのね」
過大評価で慢心するのも問題だけど、逆に低すぎも問題だなぁ。ほら、加減って大事でしょ。
「俺だってな、カレンの婿にふさわしい男になろうと必死だったんだよ」
「今は全然違うじゃない」
地位も身分も金もある天下無敵の『勇者』様が何をおっしゃる。
「リューファはかわいくて有能だから、予言と周囲を慮って婚約者でいてくれるだけで、いつ他の男にとられるかと気が気じゃなかった」
「……昔みたいに好意全開じゃないから? あのね、何度も言うけどあたしモテないよ。興味示す人いても、それはあたしがこっちでは珍しいもの作ってるからでしょ。地球じゃ珍しくもないよ。現に一個前の前世、21世紀の地球じゃ誰からも見向きされないそこらへんのモブキャラだもん」
その知識をみんなが知ってる『当たり前』な社会では、あたしなぞ『その他大勢』。
「あたしは自分が特別な存在でも何でもない、フツーの人間だって知ってるよ。それで満足してる」
パパや父方祖父母みたいに、すばらしくて選ばれた人間なんだと思いあがることはしたくない。
「普通の凡人でいいんだ。何の才能も素養もないあたしには、それで十分」
出世したいとか有名人になりたいとかいう欲もなかった。立場には責任が伴う。あたしがそんな立場になっても、責務を果たせるだけの才能を発揮できるとは到底思えない。
できないんだから、身の丈に合ったところで静かに暮らせればいい。町のネズミより田舎のネズミがいいってわけ。
「リューファだって自己評価低いと思うけど。こんなかわいいのに。ジークやランスに確認してみろよ」
「それ夫の欲目。あと、聞く対象がシスコンじゃん。むしろモテるのはご自分でしょ、なんであたしがやたら好意示してたと思ってんの。ネオはあたしの婚約者だって知らしめとかないと、山ほど寄ってきてた女の人たちにとられちゃうからだもん」
「え、そうだったのか?」
今気づいたみたいな反応された。
「そーなの。なに、まさかあんなにモテまくってたの気づいてなかったの?」
「カレン以外どうでもよかったから、他の女なんて認識すらしてなかった」
それもどうかと。
「はー。あれ、牽制の意味もあったのよ。今世だって、どれだけ狙ってる女性いると思ってるのよ」
兄たちと親友たちが排除してくれてるの知ってる。
ああでも、クラウスが態度豹変させてからはきれいさっぱりいなくなったわ。これをわが身に受けるのは勘弁だってさ。
だよね!
「否定してるけど、リューファを好きなやつがいるのは事実だろ。それも、一つ前の前世の関係者だ」
「へ?」
ぱちくり。
何のこと?
いきなり何言い出した。
「誰だそいつ。わざわざリューファが好きなキャラに変装して来るなんて、手の込んだことしやがって。絶対消す」
怪盗のことを指してるのは明らかだ。
わあ、また暗黒面に落ちとる。
「……えーと……」
冷や汗が滝のように流れる。
もしかして、クラウスの独占欲加速させたのあたしか?
あたしを目の前で殺されたことで、ネオは誰かにまた奪われることを極端に恐れてる。パパは異世界の知識を持つ難敵で、怪盗も元異世界人だからダブらせてものすごい敵愾心持った。
「………………」
瞑目した。
えー、はい、あー、うん。
そのー、えーとですね、あー。
んー、えー、うー。
…………。
……。
……決めた。自首しよう。
腹をくくった。
うむ、やらねばならぬことも人生にはある。
手を合わせ、白状した。
「ゴメン。あれ、あたしの変装」
クラウスの反応は見ものだった。
完全に停止してる。真っ白。
あ、これ理解できる範囲超えたな。
んーと、再生ボタンどこだろ。一時停止解除。
「……聞いてる?」
目の前で手を振る。無反応。
「……ああ」
「聞いてないじゃない。ちょっと大丈夫?」
ぐにーと両方のほっぺた伸ばしても反応しない。
イケメンはこんなことしてもイケメンだなぁ、とどうでもいいことを考える。
ここまで驚いてるの、二度目の婚約解消宣言以来かも。
「クラウス? ネオ?」
「うん」
「うん、じゃなくて。おーい、正気に返ってー」
肩揺さぶっても生返事しか返ってこない。
こりゃものすごい勢いで脳みそ高速回転してるな。変な方向にかっ飛ばなきゃいいけど……。
クラウスは片手で顔覆ってつっぷした。
うわあ、がっかり感ハンパない。
「…………俺、バカじゃん……」
「ごめんって! あのね、クラウスの邪魔しようとかそういうつもりじゃなくて、手伝うつもりで」
「……そうか、あれの正体リューファか……」
ブツブツ言ってる。聞いちゃいない。
ああこりゃしばらく無理かも。ほっとこうかな。
かと思うといきなり、手を外して立ち上がろうとした。
「分かった、イメチェンしてくる」
「しなくていい」
ガッと両肩つかんで引き戻した。
何が分かったのよ!
案の定、謎の方向に爆走してたよこの人は!
「なんで。リューファはああいう男が好みなんだろ。かっこいいって言ってた。だからイメチェン」
「しなくていいっつってんの!」
無口無表情クールキャラで大失敗したろうがっ。
「嫌だ。嫁に好かれたい。かっこいいって言われたい」
「真顔で言うとこに、もはや狂気を感じるね。あのね、クラウスはそのままで十分かっこいいから」
「……ほんとに?」
「ほんとほんと」
だから落ち着けや。
「……じゃあなんで男に変装してたんだよ」
「ああホラ、あたしの師匠って変装と潜入が得意でしょ? フォーラのおじいさん。それで、変装術けっこう習ってたのよ」
「それは知ってたけど、リューファ使ったことないから忘れてた」
「機会なかったからね。実は怪盗作った最初の動機は、クラウスが『勇者』やめられて円満に婚約解消できるようにするためだったのよ」
「は?!」
逃がすかとばかりに捕まった。
あ、逮捕された。
具体的に言うと、ばっちり腰回りつかまれて、左手首押さえられてます。
ねえ、マジで指輪に何の魔法仕込んでんの?
「何でだよ! 婚約破棄も離婚も絶対しないからな! 地の果てどころか来世まで追いかけて」
「もう考えてないよ。だからやめて」
現に今世、追いかけてきてここにいるわけだしね?
ああ、テオも何でこんなのに似ちゃったのよ。こういう父親代わりは反面教師にしなさいよ。
「あの時はネオのこと思い出してなかったから、一つ前の前世に好きな人がいるんだと思ってた。帰らなきゃならないと考えてたしね。クラウスがなんでそっけないのかも嫌われてるんだと勘違いしてて、別に好きな人がいて、その人と結婚したいんだろうと」
「俺は昔からカレン一筋」
「分かってるから黙って。話進まない。婚約破棄できないのは、予言のせい。あたしが『勇者を助ける存在』と予言されたから。そこさえ解決できれば問題なくなる。でもすでに出た予言を変えることはできないし、解釈変更も厳しいだろうから、それならいっそ根本的に解決すればいい。つまり、クラウスが『勇者』でなくなればいいって思ったのよ」
「は」
想定外の発想、と言いたげに二の句が告げなくなってる。
「そのためには『魔王』が復活する前に倒すこと。復活そのものを阻止すればいい。封印のアイテムを早く集めることが急務。……まさか、あの本に描かれてたのがパパを封じるアイテムじゃなく、あたしの記憶を封じて異世界に飛ばすためのものだったなんて分かるはずないじゃない」
そもそも、この前提が間違ってたのよね。あの黒い本はあたしのものじゃなく、異母妹『招かれざる魔女』のものだった。描かれてた魔具もあたしが使ったものじゃなく、あたしに対して使われたものだった。
完全に使用者と対象者が逆だったわけだ。
クラウスが眉を寄せる。
「俺、辞めたいなんて考えたことないぞ」
「それは知ってるけど、危険な仕事じゃない。いくらクラウスが強くても、危ないことはしてほしくなかった」
「俺が好きだから?」
いい笑顔でさりげなくぶっこんでくるな。
「……そうよ」
睨むかスルーするかどうしようか迷ったものの、素直に肯定すれば暗雲が晴れた。急降下してた周囲の気温も常温に戻る。
よかった、選ぶ選択肢間違ってなかった。
でもつかんだままなのねー。
仮釈放もなしですか。
「怪盗なら立場とか気にせず動ける。クラウスや兄様たちが手出しできない状況でも活動できると思ったの。それに、正直一回やってみたかったというか。ロマンよね」
同意してくれる人は多いに違いない。
「男の姿にしたのは、バレにくくするためよ。ちょうど前世で怪盗モノの漫画読んでたし、モデルがあった」
「あくまで参考資料なんだな?」
「そう。地球の二次元のキャラなら、こっちには絶対存在しない。誰かが間違われることもないでしょ。冤罪生まないため、あえてこの世界じゃありえないキャラ使ったのよ」
誤認逮捕されたらまずいじゃない。
「……でもああいうの好きなんだろ」
「フィクションとしてね。クラウスだって、小説読んでてこのキャラ好きだなーって感じることくらいあるでしょうが」
「ない。二次元のキャラも愛する妻には敵わないから」
断言されたよ。
アカンわこれ。
もうつっこむ気力も失せた。
「えー、ともかくそういうわけ。『魔王』復活阻止のために封印のアイテムを集める。だから手に入れても全部渡してたのよ」
「道理で。いいタイミングで現れてたのも、内部情報知ってりゃ当然だ。盗むものがないはずの魔物大量襲撃の際も現れて、分身爆破して吸収阻止したのもそのせいか」
つかむ力が強くなる。
「……あれ、二度とするなよ。たとえ分身でもだ」
あたしが殺された時のことを思い出してると分かった。
見上げれば、泣き出しそうな顔してる。
あたしは彼をそっと抱きしめた。安心させるように、背中をさする。
「うん、絶対しない。他人の目から見てようやく、自分の身を犠牲にして独りで終わらせるのは間違ってると気づいたから」
何もかも自分のせいだと思い込んでた、あの頃のあたし。
「……ごめんね、ネオ」
「……分かってくれたならいい」
「あたしも傲慢だったよね。パパを単純に非難できないな。あたしなんか、何もできないただの子供だったのに」
「そうか?」
「だってさ、そんなに異世界の知識なんてほしいもの? 地球のほうが優れてるなんて思わないよ。むこうのほうが進歩してるものもあるけど、こっちのほうが進んでるところもある。どっちが上とかない」
例えば地球には魔法がない。ぶっちゃけ、地球に魔法を持ち込めば、先住民の国を少数で壊滅させた大航海時代のコンキスタドレス同様のことができる。そういう点では地球のほうが『遅れてる』となる。
「まぁな。でも当時の王にしてみれば、喉から手が出るほどほしかった。あの頃は今ほど文明が発達してないし、国同士のいさかいも絶えなかった。他にはない知識は、それだけで他国への牽制になる。世界征服も夢じゃないとか妄想してたんじゃないか。それで師匠をおだてて利用した」
「それに気づかなかったあたしも馬鹿だよ」
「いや、気づいてたのはごくわずかだ。俺が知ってる限りじゃ、他には前世のフォーラだけ。あの王もなかなか頭のいいやつで、周到に計算して巧妙に立ち回ってたからな。人心操作がすこぶる上手かったよ。まぁ、物の見事に失敗するんだけど。前世のフォーラが何度もやめるよう進言してたのにな」
物事を第三者の視点から見ることができ、公平な裁きを下していた伝説級の司法長官。
「初めからその環境の中で育ったカレンが気づかなくても当然だろ。ともかく欲を出したせいで師匠の増長を招き、爆発したんだ、姫に呪いかけられても自業自得だ」
「厳しいね」
「王本人がそう言ってたんだよ。カレンが自責の念に囚われるようになったのも、犠牲者を出したのも、俺たちが最悪の結末を迎えたのも自分のせいだって号泣して謝罪された。……そんなことしてもカレンが生き返るわけじゃなかったのにな」
「…………」
「王が『眠り姫』と同時に百年の眠りにつき、王座を親族に譲ったのもそれが理由。姫が目覚めた後も権力から離れ、ひっそり暮らすことを選んだ。記録によればそのまま亡くなったらしい。俺が死んだ後のことだから、本当かどうか知らないが」
王も自らの罪を償ったということか。
「だけど、姫に罪はないじゃない。……なのに、あたしは救えなかった」
「死の呪いを変えたんだ、十分救ったよ。悪いのは呪いをかけた師匠と『招かれざる魔女』であって、カレンじゃない」
『招かれざる魔女』―――名も知らぬ異母妹。
あたしはぽつりとつぶやいた。
「……妹を、助けられないかな」
妹もあたしと同じ。ただ、親に愛されたかった。
そして道を間違えてしまった。
たとえ罰を受けなければならないとしても、まず解放しなければあまりにかわいそうだ。
「師匠から分離する方法ならある。言っただろ」
「本当にあるの?」
「開発したのは俺じゃない。千年の間に誰かが作り出してくれてたよ。ジュリアスの国でな。『招かれざる魔女』が吸収されてても、魂レベルで融合してないのが幸いした。あれは死霊が憑りついてるみたいなものだろ」
「うん、たぶん。丸ごと取り込んで、半永久的なエネルギー源にしてるんだよね。さらに肉体を生贄に、魔族へ強制的に変換させたんだと思う」
少なくとも異母妹の人格が残ってることは確認済みだ。
「融合解除したらどうなるの? 人間に戻る?」
「はっきり言って無理だろうな。なぜなら肉体が消滅してる。解除はできても、完全に元の姿に戻すことはできない。それが禁忌を犯した代償だ」
クラウスは冷静に述べた。ごまかさず教えてくれたほうが気が楽だ。
「だよね。てことは、魂だけになるのかな?」
「おそらく。でも、その状態じゃ長くもたないだろう。特に『招かれざる魔女』は本来魔女じゃなくて普通の人間だ。現世に留まる術がない。まぁ間違いなく速攻地獄行きだろうな」
「……仕方がないね」
それなりのことをパパも異母妹もしたんだ。罰は自分たちが受けなければならない。
クラウスは固い声で言った。
「リューファ、俺は絶対師匠も『招かれざる魔女』も許さない」
「……うん」
理解できる。
「師匠は言うまでもないよな。『招かれざる魔女』も生い立ちや境遇に同情はする。けど、師匠が憑りついてるからって言いわけじゃ通用しないほど悪事を重ねてきた。多くの無関係な人々を苦しめ、何の罪もない生まれたばかりの従姉妹に呪いをかけた。それに何より、全てカレンのせいにして殺した」
「……うん」
恐いくらい静かなネオの怒り。
「犯した罪はきちんと償わせる。無知だから許されるんじゃなく、悪いことは悪いと教え、繰り返さぬようにすることが大事だ」
「……うん、分かってる。本当に妹のためを思うなら、そうすべきだった」
あの子には善悪すら教えてくれる人がいなかった。
母である元王妃は騙された挙句に殺された。父親は意図的に歪んだ価値観を植え付け、道具あつかいした。
「ていうか、俺のカレンを傷つけた罪は万死に値するんだよ。本音はたたっ斬りたい」
「ぶ、物騒なこと言わないで」
実際地面たたき割ったの思い出してちょっと青くなった。
「やらないよね?」
「リューファが悲しむからな。でも師匠にはやっていいよな?」
笑顔でこっわ!
いまだにあえて『師匠』って呼んでるのも恐いんですけど。
「あ、あのね? パパはあたしがやるから。それはけじめだからね」
「俺の気がすまない。せめて半死半生の目に遭わせてやる。ああ、もう人としては死んでるか」
め、目が据わってる。
「ネ、ネオはそんなこと言わなかったよね」
「あの頃はあれでもかなり我慢してたんだ。あと、単純に今のほうが強くて実行可能。武力を手に入れて戦闘能力上がってるからな」
「ああ……あの時代、魔法使いは魔法のみ、剣術は騎士って担当分かれてたもんね」
学校もなく、教え方も体系化されてなかった。魔法使いは魔法の習得で精一杯だったんだ。
「武力があればカレンを守れたかもしれないって後悔した。魔法使いの学校を作り、武術・剣術学ばせるようにしたっけ。何しろ俺はせっかくカレンが遺してくれた剣を使うことすらできなかった」
驚いた。
「バレてた」
テオめ。あたしが頼んだの言うなって言ったのに、バラしたな。
「テオは言わなかったぞ。あのな、俺が分からないわけないだろ。どれだけカレンのこと見てたと思ってるんだ。作ったものくらい一発で分かる。誰にも渡さぬよう、俺しか解けない特殊な封印かけといたよ」
「選ばれた者しか使えない伝説の剣?」
クラウスが今使ってる愛剣のことだ。昔の魔法使いが遺したってシロモノだけど、そうか、ネオだったのね。
「エクスカリバーっていう特定の人間にしか使えない封印された伝説の剣の話、カレンがしてたじゃないか。向こうの世界にあるお伽噺だって」
「覚えてない。言ったっけ」
地球の話はあれこれしたから、細かいとこまでは覚えてないなー。
しかし合点がいった。なんで地球の伝説と同じようなのがあるんだと不思議だったんだ。
うーむとうなってたら、クラウスが肩に顔をうずめてきた。
……心なしか、震えてる気がする。
ぽた、ぽた、と温かい水のようなものが肩を濡らす。
「……クラウス?」
……泣いてるの?
「……っ……」
嗚咽が聞こえる。
彼は声を殺し、泣き崩れていた。
「ネオ」
慌てて頭を両手でつかみ、あたしのほうを向かせる。
「ネオ、ごめん。ごめんなさい」
彼が泣くのを初めて見た。
ネオもクラウスも、あたしの前で泣いたことなんてなかった。
二度目の死の瞬間に聞こえた絶叫が耳の奥で反響してる。あの時もきっと、彼は泣いたんだ。
「カレン……」
「ネオ。うん、あたしはここにいる」
「カレン、会いたかった。ずっとずっと会いたくてたまらなかった。……悲しくて、辛くて、おかしくなりそうだった」
「……あたしも会いたかった」
豪雨の中、独り街をさ迷った最期の日。
「どこにも行くな。もう独りは嫌だ」
―――ああ、独りぼっちになったのはあたしだけじゃなかったんだ。
愛する人も友達とも離れ、強制的に戻された地球で、孤独だったと思ってた。ネオには家族も友達もいたけど、同じように『置いてかれた』と思ってたんだ。
「頼むから、もう二度と俺の目の前で死なないでくれ。俺を、置いて行かないでくれ……」
辛そうに声を絞り出す。あたしも涙で喉が詰まる。
「ネオ、あたし、自分のことしか考えてなかった。周りの見えてなかった、愚かな子供だった。ネオの悲しみに気づかないで、あなたを苦しめた」
あの場であたしが殺されなかったとしても、こっちの世界に留まるつもりはなかった。永遠に去るつもりだったんだ。
そうしたらネオはどうなるか、考えもしなかった。
ぼろぼろ涙がこぼれる。
「ごめんなさい……っ、本当に、ごめん……!」
あたしはしゃくりあげ、目をきつくつむった。
好きな人を苦しめたいわけはない。幸せになってほしかった。
ただ、彼の幸せを勝手に決めつけ、自分は思い込みで突っ走った挙句に何一つ解決できずに死んだ。
「……俺のほうこそ、ごめん。カレンを守れなかった」
「ネオのせいじゃない。あたしの―――」
「自分のせい、ってのはもうなしにしないか」
あたしは押し黙った。
ああ、これじゃまた繰り返しだ。
「だけど……」
「……俺にもっと力があれば、カレンを死なせずに済んだ。何度も何度も後悔した。だから、繰り返さないよう、どうすればいいか考えて実行するんだ」
「クラウス……」
「後悔してばかりじゃ何も変わらない。悔やむだけなら誰だってできる。次こそは間違えぬよう、失敗から学んで行動しないとな」
彼はゆっくりあたしの手を外した。優しく、だけどしっかりと抱きしめてくる。
……ああ―――本当に敵わないな。
あたしは罪の意識に囚われて何もできなかったのに、あなたは前を見てる。後ろを振り返りはするけれど、それは未来への糧。
決してあきらめず、「これからどうするか」を考える。過去じゃなく未来を。
絶望の前世をただ悲しむのでなく、そこから学ぼうとする。そして繰り返さないよう自ら動く。
自分の失敗や弱さや欠点を認め、受け入れ、未来を明るいものにするため進んでいく。
それが、本当の強さだと思う。
「リューファ。これからどうしたい?」
「……え?」
「願い事。言ってごらん」
……願い。
「あたしは……何度も願った」
何度も何度も願っては、叶わなかった。むしろその望みのために色んなものが狂ってしまった。
「そのためにこうなってしまった。あたしは何も望んじゃいけない。だから願っちゃいけないんだ」
希望を抱くから絶望する。ならば初めから期待しなければいい。そう考えて一切の感情を捨てようとした可憐という名の少女。
そこまで考えて、やっと気づいた。
「そうか……だから同じだった」
いつもそうだったから繰り返してしまった。変わるべきだったのはあたしも。
いばらに囚われていたのはあたしだ。
「変わらなきゃいけなかったんだ。過去と悲しみしか見ないんじゃなく、それを昇華して、これからどうするかを考えるべきだった」
いばらを振りほどき、歩き出すべきだった。
「……今からでも遅くない?」
「遅いなんてことはない。やり直せるよ」
「そっか……あたしは願いを口にしてもいいんだね……」
望みは決して抱いてはいけないものだと禁じていたけど。
あの頃の悲しみに沈んだ子供を解放しよう。
「ただ願うだけじゃ意味がない。実行しないとな。だから『約束』にしよう」
「約束?」
「二人で叶える約束」
―――独りじゃない。
そう言ってくれる彼がうれしかった。
「……あたし……ごく普通で平凡な人生がほしい」
「うん、例えば?」
「地位も名声も富もいらない。頭が悪くても何の才能がなくても怒らない、優しくて愛してくれる両親がほしい」
「今世はそういう両親だな。よかったよ、本当に」
「好きな人と―――クラウスと結ばれて、たくさんの子や孫に囲まれ、世界のどこかでひっそり穏やかに暮らし、生を終える。ただただ平凡で長い人生を」
「うん、子供は何人でもほしいかな。とりあえず跡継ぎが成人したら、さっさと後譲ろうと思う。嫁との時間を大事にしたいから」
「馬鹿。……強引にでも結婚してくれてありがとう。また離れ離れになるところだった」
「当然だろ。俺が逃すとでも?」
あたしは泣き笑いになった。
「もう。こんな時でもそうなんだから。ちょっとは落ち着いてよ」
「んー。一緒に長生きして、幸せな一生終えて、それ十回くらい繰り返せば少しは落ち着くかも」
「何その果てしない物語」
たまらず噴き出した。
あきれて涙をぬぐう。
「あーあ……。普通これだけ重い男、ダッシュで逃げるよ?」
「リューファはしないだろ」
「しょうがない人だなぁ、で済ませるあたしがおかしいんだってば。……親から愛情をもらえなかったから、明確な愛情をうれしいって感じるんだろうね。普通ならドン引きするレベルでも許せるっていうか、安心しちゃう。割れ鍋に綴じ蓋ってとこかな。クラウスみたいなとんでもない人、受け止められるのはあたしくらいよ?」
「別に俺はリューファさえいればいいよ」
あたしは彼と両手の指をからめ、握りしめた。
「二人で叶えような」
「うん。『永遠の約束』、ね」
永遠を誓うのが結婚指輪だから。
在りし日の儚い祈りを、二人で共に歩む約束へと変えよう。




