47 勇者の嫁の帰還
あたしは地面に座り込み、絶叫していた。
言葉は意味をなしていない。両手で頭を抱え込み、うずくまる。
三つの前世の記憶が一度に押し寄せていた。完全にキャパシティを超えている。だけど意識を手放すわけにはいかなかった。やっと取り戻した記憶なんだ。
可憐。カレン。
それは私の昔の名前。あたしだった頃の。
涙が痕から後から、堤防が決壊したかのようにあふれ出す。ぬぐうことすら思いつかない。
「リューファ!」
誰かがあたしの肩をつかんだ。
顔を上げれば、黒い髪に紫の瞳の青年がいる。あたしは慟哭した。
「……っ、あたし、また……! パパは、病気のあたしを見殺しにした。ママも見捨てた。転生、して、両親がまた親で、二人に記憶はなくて。あたしにはあって。でも今度は優しかったから、DVも虐待もなかったから、大丈夫だって思った。違かった。パパもママも変わらなかった」
あふれる激情のままにしゃべる。
「パパは、自分のためにあたしを生贄にしようとした。ママは逃げて、自分の身を守るためにお腹の子さえ利用した。パパは利用できる新たな道具を、妹を、作って、犠牲にした。二人にとって子供は道具でしかなかった。……あたしは姫を守れなかった。死の呪い。百年の眠りに変えたけど、それで許されるなんて思ってない。……姫が目覚める。パパが襲ってきた。準備はしてた。パパもママも、あたしが連れて帰るつもりだった。あたしたちはこの世界にいちゃいけない存在。あたしは命は惜しくない。けど、妹があたしを……っ」
激痛が蘇り、うめいた。あの時は感じなかった痛みが。
「妹は、あたしを恨んでた。あたしがいなければ、こんな目に遭わなかったんだって。……あたしのせいだ。あたしが最期に願ってしまったから、二人を連れてきてしまった。あたしがあの時さっさと自殺してれば。何も願わなかったなら。―――あたしがいなければ―――」
「リューファ」
「ごめんなさい、ごめんなさい……っ」
必死で謝った。いくら謝っても足りないのは分かってる。だけど。
「カレン」
―――……。
懐かしい呼び名。
あたしはゆっくり目を上げた。
姿かたちは全然変わってしまった、あの人がいる。
「―――……ネオ」
「ああ」
彼は優しく微笑んでいた。
「……ネオ?」
「ああ、そうだよ。カレン」
カレン。可憐。どちらも私。あたし。
「ネオ」
あたしはそっと彼の頬に触れた。温かい。
夢じゃない。ちゃんとここにいる。
「ネオ……ネオ」
何度も彼の名を繰り返した。
会いたかった。大好きだった。
私の―――あたしの帰りたかった場所は。
あたしは彼にしがみついた。
「ネオ、会いたかった……っ」
彼は優しく抱きしめてくれた。
「……俺もだよ」
「ごめんなさい。あたしにそんな資格はないって分かってる。罪人だから。でも辛かった。寂しかった」
彼の服に顔をうずめて泣きじゃくる。
「ああ。……置いて行かれて、俺も辛かったよ」
「あたしのせいだから。あたしの願いが、パパとママを連れてきてしまったから。あたしがやらなきゃならなくて……っ」
「それは違う」
ネオが静かに、はっきりした声で言った。
「カレンは知らなかったみたいだけど、奥様は時々正気に返ることがあったんだ。よく言ってたよ」
―――可憐にはかわいそうなことをした。あの子を殺したのは私と夫。病気のあの子を見殺しにした。あの子の死後、実家に絶縁され、周りの人が一人もいなくなって初めて、どれほどひどいことをしたか気づいたの。
―――誰もかれもいなくなってしまった。みんなが私達を非難する。人殺しだと。最初は夫も「何が悪い。この私を認めないきさまらがおかしいんだ」って暴れてたけど……結局、娘を捨ててまで没頭した研究が失敗。結果を追い求めるあまりに実験結果をねつ造し、それがばれて追放されたの。多額の借金が残ったわ。
―――夫は傷害事件を起こし、逮捕された。私も糾弾されて、耐えきれず自ら死を選んだ。夫がその後どうなったかは知らないわ。でも悲惨な最期だったでしょうね。
―――地位も名声も、全てなくしてようやく悟ったのよ。遅すぎた。
―――ごめんなさい、ごめんなさいと、何度もあの子の墓前で謝ったわ。だけど生き返るわけじゃない。……もし生まれ変われるのなら。今度はきちんと愛情かけて育てる。勉強ができなくても、優秀じゃなくても、願望通りの子じゃなくても怒ったりしない。虐待なんかしない。今度こそ幸せにしてあげたい。だから。
―――だから、もし神様がいるのなら。どうか。どうか、私たちと娘を―――……。
「……ほん……とう?」
呆然とつぶやく。
あの人たちが己の行いを悔いるなどないと思ってた。
「ああ。カレンたちが世界を超えたのは、師匠と奥様の思いがあったからだよ。子供が、本人たちの意思を無視して二人の人間を連れて転生なんて無理だろ。むしろ逆。師匠と奥様が強く願ったから、一部思いの一致してたカレンを引っ張ってきた。つまりカレンのせいじゃないんだよ」
「……あたしのせいじゃない……?」
これまで信じてきたことが根底から覆る。
「そっちの世界じゃ、師匠たちはすでに孤立してたんだろ。全然違う誰も自分たちを知らない場所で一からやり直したいと思ったんだろうな。二人の人間が同時代・同じ場所に転生して再び夫婦になるなんて、お互いの思いが一致してないと不可能だ」
彼はちら、と視線をかつての異母弟に向けた。
「全てリセットして、違う人生を。記憶は消去してもその思いだけは持って生まれた。世界を超えるほどの強い願いで、娘もまた娘として転生させた。覚えてなくても同じ名前をつけ、繰り返すまいと愛情かけて育てようとした」
「……でも……結局は……」
彼はうなずいた。
「後悔のあまり記憶を捨てたことが災いしたな。それに師匠も人に認められたいって妄執を捨てきれなかった。次第に心をむしばみ、狂気に支配された。けど、執念を捨てられなかったのも、狂ったのもあの二人自身の責任だ。カレンが責任をとる必要はない」
「……あたしはパパを誘導し、自尊心を増長させてたんだよ」
ネオは言いにくそうに、
「それな。カレンは子供だったから分からなかっただろうけど、犯人は別にいたんだぞ」
「え?」
目をむいた。
そんな馬鹿な。
「上手いことおだてていい気分にさせ、知識を引き出してたのは当時の国王や重臣たちだ。師匠を天狗にしてたのはあいつらだよ。特に王。本性は最悪で世界征服したいとか思ってたんだぞ?」
「……じゃあ……」
前世の記憶があるあたしは自分を子供だと思ってなかった。でもしょせん七年分にすぎず、子供にすぎなかったのか。
自分ではできてると思ってたけど、ただの思い込みだった?
自己の過大評価。パパと同じじゃないか。
「意図的にやってたんだよ。俺に褒め言葉を向ける時は必ず師匠の方を向いて、まず師匠を褒めろと厳命してたんだと。貴重な知識ほしさに愚かなことをしたもんだよな。長年そうやってたおかげで師匠の自尊心と虚栄心があそこまで膨れ上がったんだ。危険性を知りながら、欲に目がくらんで利用し続けようとした。だからさ、責められるべきはあいつらだろ」
「そんな……」
そういえば陛下も言っていた。パパの危険性を知っていたが、知識がほしかったと。
おだててもらってるのにも気づかず、尊敬されてると思い込んで偉そうにしていた父。周りの人は珍しい知識がほしいのと、褒めておけば満足げだからトラブル回避にと褒め言葉を口にしていただけだったのに。何て滑稽な。
「そもそも師匠も奥様も大人だろ? 親だろ? 自分がしでかした罪は自分で償うべきだ。全部子供に押しつけて、自分は悪くないと言い張り、神を気取って逃避するなんておかしいじゃないか」
「……うん……」
……ああ……そうだ。言われてみればその通りだ。
「罪を償うべきは師匠と奥様自身。カレンは悪くない。よくやったよ。独りでよく我慢した」
あたしは悪くない。
もうがんばらなくていい。
ずっと誰かにそう言ってもらいたかった。
幸せになってもいいんだと。願ってもいいいんだと。
スッと心にしみこんでくる。
なんであたしがこんな目に、と心のどこかで思ってた。もう贖罪なんてしたくない。重すぎる運命から逃れたかった。
彼はポンポンと優しく頭をなでてくれた。かつての両親は一度もしてくれなかったこと。
また涙があふれてくる。
「……っう……」
「もう大丈夫。俺がいるよ。二度と独りにしない。辛かった三つの前世分、幸せにすると約束する」
「……うん」
うん。
「……私も、もう離れたくない。ずっと一緒にいたい」
あの両親に愛されたいって願いは捨てた。あきらめた。
でもこの人を好きな気持ちはあきらめきれなかった。
温かな両手があたしの頬を包む。
「―――好きだよ。カレン、リューファ」
「あたしも……っ」
両腕を大切な人に回し、きつく抱きしめた。
「あなたが好き。ずっと昔から変わらず。記憶を奪われても、あなたを愛してた」
決して許されないと考えていた想い。ようやく口にすることができた。
ぽたり、と彼の目がから一滴の涙がこぼれた気がした。
長い長い時を超えて、ようやく幸せを手に入れた瞬間だった。
「……ただいま」
「お帰り」
……というわけで、今作のテーマは「虐待」でした。
ミステリ仕立ての原作はやったことありますが、ここまで伏線やらミスリード多用したのは初めてですね。
さて、「そんな幼い子がそこまで考えられるか?」と考える人もいるでしょうが、できますよ。けっこうな場面でも一切感情を封殺できるとか、私の実体験ですから。
あごの骨の変形も私がそうです。歯を食いしばる癖のある人は、速やかに歯医者にかかって専門家に治療してもらうことをお勧めします。私も治療中でございます。一度変形した骨はさすがに戻りませんが…。




