白き獣 その2
俺はいつも通り、森で素振りをしている。
いつもと違うのは、リュックの中身が増えていることだろう。
しばらくすると、現れた。
ヤツだ。
白い子狼、正しくはホワイトウルフ。
貴様の狙いはわかっている。
俺の昼飯を狙っているのだろう。
木の陰に隠れているつもりなんだろうが、お前のブンブン振っている尻尾は、俺の位置からはよく見える。
俺は気付いてないフリをしつつ、昼飯の準備をする。
俺はニャコブをリュックから取り出す。
すると子狼が姿を現した。
ふん、だが今日はお前にニャコブをくれてやるつもりは毛頭ない。
こんな旨いもの、犬っころには贅沢過ぎる。
作っているのは犬耳のおっちゃんだが。
リュックからある物を取り出す。
対狼用に買った、市場で安かった肉だ!
骨が邪魔で食う所の少ない肉を五キロほど、小銅貨三枚で買った。
店的には売れない部分であり、ほぼゴミ扱いらしい。
ちなみに五キロ中、半分は骨の重さだ。
なんでこんな事をしているかって?
この狼は金になるからだ。
小さな物でも白い狼の毛皮は金貨一枚。
なら大きな白い狼の毛皮は?
つまり大きく育ててから仕留める作戦である。
キラ・キイラ式スーパー家畜狼作戦と名付けよう。
市場の残念骨付き肉をばら撒くと、最初は少し警戒しているようだったが、匂いを嗅いだ後はすぐにガジガジ食べ始めた。
その後俺は素振りを再開する。
次の日も、その次の日も餌付けは続く。
たまにブラックウルフの乱入はあるが、俺が始末する。
段々と子狼も俺に慣れてきたようで、俺の手から直接肉を受け取ったり、俺の隣で飯を食うようになった。
ある日、骨をしゃぶっている時に頭を撫でてみたが、子狼は気にしていないようであった。
…油断しすぎだろう。
気まぐれに俺は、何を思ったのか名前を付けてみた。
命名、シロ。
ホワイトウルフのシロだ。
名前を付けると妙に愛着が湧く。
シロはお手、お座り、伏せをマスターした。
貴重な一日三魔を使って、ボールを作って一緒に遊んだりもするようになった。
ある日、マートン商会を訪れた。
馬車を一台作って欲しいと言われ、屋根付きの馬車を魔法で作ってあげた。
その後、トムの個室でトムと紅茶を飲んでいた。
最近思ったんだが、この人結構偉い人みたいだ。
「予想通り、大きな物も問題なく作れたね。それで、今日の本題はなんだい?」
相変わらず察しがいい。
「金貨の用意ができましたので、鬼蜘蛛スーツを買って来てほしいんです」
トムに金貨を渡す。
「三十枚か。僕ならもう少し安く買えるかもしれないけど?」
「差額は手数料ということで」
「毎度あり、君も商人というのをわかってきたね。。染色もできると思うけど、どうする?」
「何色が人気ですか?」
「隠密性の観点から黒が人気だね」
「じゃあ黒でお願いします」
「了解。他には何かあるかい?」
「そうですね…。最近ホワイトウルフの子供を森で見かけたんですが、まだ討伐してないんですよ。どうしたらいいと思います?」
「そうだねえ。僕なら討伐はしないなあ」
お!?
「捕獲して、大きくなるまで育ててから毛皮を剥ぐね。その方が大儲けできるよ!」
「そ、そうですよね。じゃあ、また来ます」
「染色も含めて、明後日には用意できてると思うよ。あと、異世界人の情報が入ったら、小春亭に使いの者を行かせるから」
「はい、ありがとうございます。ではまた」
最近のシロは、森に入って「シロ!」と呼ぶと走って寄ってくるようになった。
ずいぶん俺に慣れたようで、今も胡坐をかいて座っている俺の足の上で眠っている。
撫でても、すやすやと寝息を立てたままだ。
たまに、むくりと起き上がって吠える時がある。
シロが吠える時は、近くに魔物が接近している時だ。
シロは便利な魔物センサーになった。
体はドンドン大きくなって、肉も、与えれば与えた分だけドンドン食べる。
魔物は成長が早いのだろうか、食べた分だけ大きくなっていく感じだ。
尻尾はふさふさで気持ちいい。
俺が帰ろうとすると、ついてこようとするようになった。
その度に、森から出たら危ない、と叱る。
叱るとシロはシュンとして、森に帰ってゆく。
……俺はもう、こいつを殺すことはできないだろう。
そして、ある日のこと。
俺はまたマートン商会を向かっていた。
その日、俺は寝坊してしまい、起きたら昼近くだった。
小春亭の朝食タイムは終わってしまっていたので、屋台でブランチにニャコブを食った。
屋台のおっちゃんとはすっかり顔なじみになった。
そして思い出したようにマートン商会を訪れた。
鬼蜘蛛スーツを受け取るためだ。
すぐに来ればよかったのに、五日も日をあけてしまった。
「では、キラ君。こちらになります」
そう言ってトムはしわしわの黒いロンTとタイツを取り出した。
「確認しても?」
「ふふ、どうぞ」
トムは一本のナイフを差し出した。
俺はそれを受け取り、スーツをナイフで切り裂こうとした。
が、切れない。
強化された俺の腕力でナイフを差し込んでも、ぐぐっと伸びるだけだ。
「確かに本物ですね。すごい!」
「一級品ですからね。ここで装備していくかい?」
「はい!」
紅茶を優雅に飲むトムを尻目に、俺はご機嫌で服を脱いでいく。
この瞬間だけ見られたら怪しい関係を疑われただろうが、幸い目撃者はいない。
まずはタイツの方から穿く。
体にフィットする。
一瞬だけ上半身裸で黒タイツを穿いた変態が出来上がったが、すぐに上も着る。
上も問題ない。
これで俺の防御力はかなり上がっただろう。
スーツの上に脱いだ服を着ていく。
「火耐性の上半身装備の方はしばらく待ってくれるかな。この辺に火耐性持ちの魔物はいないから、しばらくかかりそうなんだ」
「いえいえ、探してくれるだけ助かります」
「そう言ってもらえると恐縮だね。あとそうそう、今朝聞いた話なんだけどね…」
「?」
「森でホワイトウルフの目撃情報があったらしくてね、昨日討伐依頼が出されたらしいよ。以前君が言ってたのだろう?」
「え?」
「先を越される前に、急いだ方がいいんじゃないかな?どの辺にいるのか知ってるんだろう?」
頭が真っ白になった。
そして、気付いたら俺はトムの部屋を出ていた。
背後で「ちょ、キラ君!?」と聞こえたが、無視して受け付けに走った。
「俺の武器を出して下さい!!」
「キラ様ですね?少々お待ちください」
「急いで!」
「は、はい!」
俺は剣を受け取ると、森へ向けて全力疾走を始めた。
「シロ!シロ!」
森に着いた俺は大声でシロを呼んだ。
いつもならすぐに現れるのに、今日に限ってなかなか現れない。
嫌な予感が俺の心を支配する。
全力で走って来たせいか、息が切れて喉も渇く。
魔物のいる森の中だというのに、俺は大声でシロを呼びながら森の中を探した。
すると地面に一本の矢が刺さっているのを見つけた。
「昨日こんな所に矢なんかあったか?」
矢を地面から引き抜くと、白い毛がハラリと落ちた。
「う、うそだろ…。シロー!どこだー!」
俺はシロの名を叫びながら、森の中を走り回った。
いつもは行かないような森深くまで入り、叫びながら走った。
こうして呼んでいれば、いつかは出てきてくれると信じて。
きっと矢に驚いて逃げただけさ。
もしかしたらケガをして動けないのかもしれない。
シロはあんまり吠えないヤツだったからな。
たまに遭遇するブラックウルフはすれ違いざまに斬り捨てながら、走った。
いつもは絶対に来ないような森の深くまで入っていた。
そして、いつのまのか十匹以上のブラックウルフの群れに囲まれていた。
「邪魔だ!」
俺は目の前のブラックウルフに斬りかかる。
避けようと反応しかけたところを上からぶった斬る。
強化された俺の間合いを詰めるスピードに一匹目のブラックウルフは反応できなかった。
だが同時に後ろから二匹目が飛び掛かってくる。
それを振り向きざまに横一閃。
その隙に右脚に三匹目が噛みついた。
その三匹目ごと、四匹目を蹴り飛ばす。
五匹目に右腕が噛みつかれた。
左手でロングソードを抜いて、刺し殺す。
無理矢理刺したせいか、ロングソードが折れた感触がしたのでそのまま捨てた。
正面から飛び掛かってきた六匹目を躱し、すれ違いざまに首を斬り飛ばす。
斬って、斬って、蹴って、殴って、斬り殺した。
群れが全滅する頃には、返り血でシャツが血だらけだった。
噛まれたところは痛いけど、出血はしていない。
痛いけど、歩ける。
日が沈み、森は暗くなったが、身体強化で目を強化したら、そこそこ見えるようになった。
いつしか叫ぶこともやめたが、探すことはやめなかった。
夜通し森を探し回った。
それでもシロは見つからなかった。
次話、明日18時にて。