白き獣
次の日から、俺は自分が今できることを調べる実験を始めた。
まずは身体強化。
クリスが言っていた、全身の身体強化だ。
結果だけいうと簡単にできた。
これにより俺はかなりのパワーとスピードを得た。
強化された身体能力のチェックは、王都近くの森の入り口近くで行なった。
素振りもしてみたが、武器屋で買ったロングソードが軽すぎた。
トムの、魔法で作った物は消えない、という予想があっているなら、装備も作れる分は魔法で作ってしまおうと思ったので、剣を作った。
長さはロングソードより少し長く、そして厚く、幅は顔が隠れるくらい広くして、盾としても使えるようにした。
武器屋に置いてあったブロードソードよりも広い。
これなら銃弾の数発なら弾けるだろう。
勇者が装備していそうなデザインにした。
自分で作っておいてあれだが、カッコいい。
中二心が擽られる。
せっかくだから名前をつけた。
命名、グラディウス。
これからよろしくな。
一度も使ってないがロングソードはサブ武器として持っておこう。
冒険者はほとんど武器を二つ以上持っていたしな。
寝る前には、残りの魔法回数を全て物質化のテストに使う。
服越しに金貨を作ったり、足の裏から金貨を作ったり、額に金貨を作ったり。
生き物は作れなかった。
魔物の素材も無理。
肉、野菜も無理。
水はできた。
お湯もオーケー。
氷も可能。
地味だけど氷は大発見だ。
俺が物質化した中で、いつかは消えてくれる(蒸発だが)唯一の固形物である。
うまく使えば攻撃や防御に応用できる上、水になって蒸発してくれれば魔法の痕跡を残さないで済む。
その分強度は低いが。
昼間の空いた時間は、冒険者ギルドの依頼もこなした。
依頼には、掲示板に貼っりっぱなしの常時受入型と、掲示板に貼ってある依頼を剥がして受け付けに申請する個別申請型がある。
常時受入型は、薬草採集や鉱山住み込み働き手募集、王都周辺の魔物討伐などいろいろあるが、報酬が安い。
個別申請型は、複雑な依頼や護衛任務などがあり、比較的難易度が高そうだが、報酬も高めだ。
しかし、Fランクで受注可能な依頼は常時受入型しかなかった。
薬草は一つ小銅貨一枚だそうだ。
水一杯分の金額である。
子供の小遣い稼ぎ程度の難易度、ということだろうか。
しかしながら、俺は薬草の知識なんてないので、雑草と見分けがつかない。
なんとも不甲斐ない。
ちなみに、高ランク依頼に『オーガスパイダーの糸収集』というのがあった。
ランクB以上向けの依頼で、オーガスパイダーを討伐してしまった際には違約金が発生します、と書いてある。
殺さずに糸だけ回収して来るなんてできるのだろうか。
案外オーガなんて名がついてるが、ただの小さい蜘蛛だったりするんだろうか。
どちらにせよ、俺はFランクなので危険な事には近づかないさ。
いのちだいじに。
そんなわけで森の浅いところで、素振りを繰り返す。
そうしているとたまに現れる黒い狼。
ブラックウルフというらしく、基本的に森の深くに生息し、群れで行動するとのこと。
群れを追われたはぐれ狼は、こうして森の浅いところや、稀に平原にでてきてしまい、人を襲ったり、逆に冒険者に襲われたり。
狼社会は大変みたいだ。
だいたいお腹を空かしているようで、一直線に飛び掛かってくる。
一直線に自分に向かってくるブラックウルフに、タイミングを合わせて剣を振りぬくのは簡単だ。
正直バッティングセンターの方が難易度は高い。
あっちは的も小さくて、速い。
強化された俺のパワーと、重たいグラディウスの遠心力の乗ったスイングはなかなか威力が高いらしく、一撃で終了する。
この調子ならタイマンならブラックウルフ相手に負けることはないだろう。
群れに出会ったら速攻逃げるけどね。
倒したブラックウルフは、雑貨屋で買った大きな布袋にそのまま入れる。
一匹倒したら撤収する。
そのまま冒険者ギルドにブラックウルフを提出。
まるまる一匹提出すると、銅貨八枚貰える。
綺麗に解体して毛皮と肉に分けて持ってくると銀貨一枚になるらしいが、俺には無理だ。
解体とかグロすぎる。
そして綺麗に解体するスキルもない。
そういえば、俺の父さんは魚を捌くのがうまかったな。
母さんは料理は得意だが、魚を捌くのは無理だと言ってた。
なんで?と聞くと、気持ち悪いじゃない!と答えた。
当時小さかった俺は、父さんが生きてる魚の頭をぶった切り、尻の穴から包丁を突っ込んで腹を裂き、内臓を取り出すのを興味津々で見ていた覚えがある。
だが今の俺は母さん派だ。
おっといかんな、少しホームシックになってしまった。
…でも、俺、もう一回死んでるんだよな。
父さんと母さんは俺が死んだとき、どんな顔したんだろう。
………考えないほうがいいな。
そんな生活を続けて十日が経った。
現在金貨は二一枚。
いろいろと魔法の実験をしていたせいで、溜まるのが遅い。
冒険者ランクはEになった。
ブラックウルフ討伐数がちょうど十匹だったから、討伐依頼十回成功とかがランクアップの条件だったんだろうか。
ブラックウルフ以外にも、茶色の兎を見つけたこともあるが、襲って来なかったので無視した。
その日も、俺はいつものように屋台で弁当替わりにニャコブを買っていく。
すっかり常連になってしまった。
トレーニングになるだろうと、王都から森まではダッシュでの移動。
森に入ったらリュックを置き、素振りを開始。
ブラックウルフが現れるまで素振りを続けるのは日課になっていた。
ふと、木の陰から何かがこっちを見ているのに気付いた。
白くて小さな生き物だ。
兎でもいるのかと思ったが、よく見ると子犬のようだった。
ブラックウルフの子供は白いのか?
そう思い見つめていると、子犬、いや、子狼はどこかに逃げていった。
このパターンはあれだろうか。
『ママー、あっちに変な人間がいたよー、怖いよー。』と群れに逃げ込む。
『うちの子を泣かせるなんて、ひどい人間ね!』と母狼。
『ぶち殺す!野郎共、カチコミじゃー!』と父狼。
『殺ってやりますよ兄貴!』と息巻く群れの子分達…。
…いざとなったら全力で逃げよう。
そんな風に妄想していたら、子狼は戻ってきた。
一匹だけだ。
先手必勝、殺っちまうか?
でも、襲って来ないし、子供を殺すのはちょっとなあ。
どうやらコイツは、置いてある俺のリュックが気になるらしい。
俺のことを警戒しながら、少しづつリュックに近づいている。
何をする気だ?
リュックの匂いをめっちゃ嗅いでる。
まさか、狙いは俺の昼飯か?
泥棒だ!ニャコブが危ない!
「おい、コラ、あっち行け」
剣でシッシッと追い払うと、白い毛玉は逃げていった。
さすがニャコブだ、魔物すら呼び寄せてしまうとは。
まあニャコブうまいもんな、当然の結果だ。
しかしこれは俺の昼飯だ、奪われる前に食べてしまおう。
もしゃり。
「やっぱ旨いなぁ、ニャコブは。犬には百年早いぜ。ん?」
視線を感じる。
またあの子狼だ。
木陰からこっちをじっと見ている。
…よだれを垂らしながら。
なんだろうか、見られてるとすんごい食べづらいな。
ニャコブを上下左右に動かすと、首が釣られて動く。
俺は肉の欠片を掴み、子狼の後ろ遠くに放り投げた。
案の定、子狼は肉を追いかけていった。
ふっ、所詮は畜生だな、今のうちに食べてしまおう。
もしゃりともう一口食べていると、また戻ってきやがった。
肉をちぎっては投げ、一口もしゃり、ちぎっては投げを八回程繰り返した。
俺はもう食べ終えてしまったが、白い毛玉はそんなのお構いなしだ。
バッチコーイ、とばかりに尻尾を振ってスタンバイしている。
「もうないから。シッシッ!」
当然俺の日本語は通じていないようだった。
俺は素振りを再開したが、未練がましく俺のリュックを探っている。
しかしあきらめたのか、しばらくするとどこかに消えていった。
その日、ブラックウルフの襲撃はなかったので、暗くなる前に帰った。
帰りに冒険者ギルドに寄り、受け付けのおばさんに質問をしてみた。
「すみません、森で白い狼の子供を見たんですけど、どんな魔物かわかりますか?」
「ああ、ホワイトウルフですか。それはブラックウルフの突然変異で、上位種ですね。
ブラックウルフは本来生まれてからずっと黒いのですが、稀に真っ白な子供が生まれてくるそうです。そういった子供は、気味悪がられて、すぐに群れの狼に追い出されてしまいます。追い出された子供は、まだ狩りをする能力がないため、すぐに餓死してしまうそうです。
白い狼の毛皮は高級品ですので、ぜひ無傷で討伐して持ってきて下さい。小さいものでも無傷なら金貨一枚以上の報酬がでます」
「そ、そうですか…。ありがとうございました」
あんなチビに、金貨一枚か。
野良猫を愛でていると餌をあげたくなってしまう症候群ですね。
だが考えなしに餌付けしてはいけないって誰かが言ってた。