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【ゴブリンマン】~40代フリーランスが異世界でゴブリンになったら、人助けポイント稼がないと人間に戻れなくなった件~  作者: 広瀬


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第三十二話

砦を出て、薄暗い死闘の森へと足を踏み入れる。

朝霧が立ち込める森の中は、どこかひんやりとしていて、得体の知れない獣の鳴き声が遠くから響いていた。


洋市はノアの許可を得て、門を出た直後にゴブリンの姿へと変身していた。

ノアから借りた少し丈の短いローブを深々と被り、鋭い爪を隠すように腕を組んで歩いている。

異形の姿で彼らを不快にさせないための、洋市なりのビジネスライクな配慮だった。


> 人間形態維持:停止

> 残り時間:1040分


『よし。これで人間の時間を消費せずに済む』


先ほど聞いたアナウンスの内容を思い出して、洋市は内心で安堵の息を吐いた。

そして、彼をさらに安心させたのは、周囲を固める『アサンの水源』のメンバーたちの頼もしい動きだった。


洋市と亜希を中央に配置し、前衛に重戦士のセミーンと剣士ガッタ、後衛に魔術師ノア、そして遊撃として斥候のマンナが周囲を警戒する。

素人目に見ても、死角のないように思える陣形だった。


「……ブオォォ!」


出発から一時間ほど歩いた頃、茂みの奥から低く唸るような声が聞こえた。

現れたのは、額に鋭い一本角を生やした巨大なイノシシの魔物、『ハードホーンボア』だった。


「チッ、朝っぱらから元気なこった」


ガッタが舌打ちし、剣を抜く。

洋市は反射的に身構えたが、彼の出る幕は全くなかった。


「ガッタ、右は任せる! 俺は正面を抑える!」


「了解だ! ノア、後方支援頼む!」


「【水のウォータービーム】!」


セミーンが巨大な斧でボアの突進を真正面から受け止め、ノアの無詠唱魔法がボアの目を的確に射抜く。

怯んだ隙を突き、ガッタが素早い踏み込みで首を刎ね飛ばした。


『うわっ、こりゃすごいな』


わずか十数秒の出来事だったが、戦いに慣れていない洋市にとっては、決して日本では体験できない貴重なアクティビティだった、


洋市はかつてこの森で、巨大オオカミから逃げ惑い、ヒリヒリとした死の恐怖を味わった。

そこを、Cクラス冒険者パーティーである彼らは、息を乱すことすらなく進んでいく。


『……すごいな。これがプロの冒険者か。俺が戦う必要なんて全くないじゃないか』


洋市の心には、自分が爪を使って魔物を殺す機会はないだろうと、徐々に安心感が芽生えていた。

そして、自分が戦わずに済むということは、怪我のリスクを減らすだけでなく、余計なスキルを見せて怪しまれる危険も回避できるということ。


この点に気付いてから、洋市は徹底的に“守られる側”に徹し、自分は目的のワープポイントに到達すること、亜希を守る事だけを考えればよいと意識を変えた。

フリーランス的にいうなら、さながら護衛の“外注化”が成功したことになる、などと、自分にしか分からない冗談が頭に浮かぶくらいには、精神的に余裕が生まれた。


やがて木々が開け、澄んだ水をたたえる湖畔が見えてきた。

洋市たちにとってはワープスポットの一つである“命の泉”に到着したのだ。


太陽の光を反射してきらきらと輝く水面は、死闘の森の中にあって、そこだけが切り取られた聖域のように美しい。


「よし、到着したわね」


ノアが杖を下ろし、洋市を振り返った。

洋市は表情を引き締め、神妙なトーンで口を開く。


「皆様、ここまで護衛していただき、本当にありがとうございます。……ここから先は、私たちが元いた場所というか、気付いた場所を調べてみようと思います」


洋市はノアたちを真っ直ぐに見据えた。


「それでは、この泉の周辺について、引き続き護衛をよろしくお願いいたします」


「うん。この辺には“陰蛇”っていうドデカい魔物がいるから、そいつがやってこないように見張ってるわ。ヨウイチ、アキちゃん。くれぐれも気をつけてね」


洋市はノアにお辞儀をした後、食事の席でノアたちから聞いた、この世界における陰蛇の『その後』について思い返し、亜希と一緒に森の奥へ踏み込もうとしていた。




昨日の宴で、洋市は死闘の森近辺にいる危険なモンスターについて、ノアたちから情報を得ていた。


「明日の旅程で、一番気をつけなきゃいけないのが陰蛇よ。あいつは私たちのパーティークラスより上の強さとして評価されているから」


「実はなヨウイチ、ノア以外の三人は、そいつから運良く逃げられたんだ」


実際のところ、洋市は自らの毒ですでに陰蛇を殺し、その魔石を自分自身に取り込んでいるわけだが、それを馬鹿正直に説明するのは避けた。

『ヨウイチの正体見たり陰蛇説』などの要らぬ誤解に発展したり、能力に興味を持ったノアが自分のそばから離れないと言い出したりするリスクがあると考えたからだ。


自分だけが知っている事実をあえて隠した上で、洋市は陰蛇のこの世界の“その後”について聞き込むことにした。


「そんなに強い蛇がいるのですか、今もその脅威は続いているのですか?」


「多分な。俺たちが逃げられたときの話をすると、あの蛇は俺たちじゃなくて、他の何かに意識を取られた感じだったんだ。もちろん、最初は俺たちに意識が向いていたとは思うんだが」


セミーンの解説にガッタが補足する。


「途中から変な動きになったんだよ。何かをむず痒がっているっていうか、うーん……蚊に刺されたような、って言ったらいいのかなあ」


ガッタは獣人としての勘で、その巨大な蛇の魔物がどのような状況にあったのかを推測していた。

ここで、洋市は少しだけ嘘をついた。


「他の皆さんは、その後どうされたのですか?」


洋市は現場にいたので、当然セミーン、ガッタ、マンナの三人らしき人物が現場を離れたことは把握していた。

だが、実際に砦の中でどのような判断となったのか、例えば討伐隊を組むなどの動きに発展したのかどうかについては知らない。


「そのときは、ノアがお腹を下してて……」


「その情報いらない!」


セミーンによると、ノアは死闘の森アタックの前、行商人からもらった果物を食べてお腹を下していたらしい。

それで急遽、偵察として残りの三人が森を探索し、そこで陰蛇に遭遇したのだという。


マンナがノアのツッコミをいなしつつ続ける。


「……別に本当のこと言っただけでしょ、それで続きだけど、私たちは命からがら砦に戻ってバルカスさんに報告した。そして、防衛兵たちに守りを固めてもらってから、ちょっと調子が戻ったノアも加えて四人でもう一度様子を見に行ったわけ」


そこからは、洋市の想像通りの続きが返ってきた。


「すると、陰蛇の姿はなくなっていた。身体を動かした痕跡らしきものは残っていたんだけど、森の奥へ入り込んだ感じではない。だから湖の中に戻ったんだと思って、報告もそんな感じでしたわけ。それからは警戒レベルを上げるだけで対処している状況」


端的にまとめると、陰蛇はまだ生きていて、砦の脅威の一つとなっている、ということだ。

そこで、洋市はふと、気になった点を質問した。


「マンナさんたちは、最近この砦に来たわけですから当然として、砦の方々は陰蛇の存在について知らなかったのですか?」


「あの砦はね、昔の戦争時代の名残をそのまま使ってるの。レゾルグ王国兵が入植先を探し始めてて、その候補地の一つとして駐屯先を決めただけだから、森の生態についてはあんまりよく分かっていないらしいのよ」


詳しく聞くと、レゾルグ王国は戦争終結後、領主のいなくなった土地や魔物だらけの土地を入植する試みを始めているという。

ただ、兵士たちだけで開拓できるほど状況は芳しくなく、有力な冒険者頼みとなっているのが現状らしい。


先ほどまで、自分の恥部をあっけらかんとカミングアウトされ、顔を赤くしていたノアが口を開いた。


「まあ、そういうことで、私たちは陰蛇が湖から出てこないように見張るのが妥当だと思ってる。ヨウイチの強さは分かってるから、アキちゃんだけが心配だけど、きっと大丈夫でしょ」


こうして、別行動時の方針が固められたのだった。




パーティーに見送られ、洋市と亜希はいったん森の奥へと進み、巨大な岩の裏手へと回った。

パーティーの視界から完全に外れたことを確認してから、洋市はマッピングのスキルを発動し、ワープスポット“パキラ”への移動を開始する。


『スキル【隠形】』


新たなスキルの発動を意識した直後、洋市の姿は影に吸い込まれるようにスッと消えた。

亜希は驚いて周囲を見回し、洋市を探そうとしたため、洋市はそっと亜希の手に触れて自分の存在を知覚させた。


「……良かった、いきなり消えるからびっくりした」


「私も亜希さんのリアクションにびっくりしました。本当に私の姿が見えなくなるんですね」


「はい、なんか、その木陰に吸い込まれるような感じで」


お互い小声で話した後、洋市は亜希を背負う体勢をとった。


「ここからは、声を出さないようにしましょう。おそらくですが、私の身体に密着していれば、亜希さんの姿も一緒に【隠形】の範囲に入るはずです」


亜希が彼の背中にしがみつくと、彼女の身体もまた周囲の風景に同化して見えなくなった。

もっとも、その瞬間が分かるのは、二人が消える前から見張っている人間だけだ。


亜希が背中越しにうなずいたのを確認し、洋市は足音を殺しながら、目的地に向かって走り出した。


その()()姿()()()()()()()()人物がいるのも知らずに。

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