第百四十二話 鼻を折る
洋市たちがアルトヤ界へ戻ろうとしているとき──。
死闘の森、命の泉では、強面・隻眼の男が尻もちをつき、護衛たちも同様に恐れをなしている様子である。
その様子をパーティー『アサンの水源』とバルカスは、表面上はいたわるように、内心ではほくそ笑みながら見ていた。
「こ……これは何の魔法だ! ノア君、せ、説明したまえ!!」
ノアはいかにも“申し訳なさそうに”して、慌てて隻眼の男に寄り添う。
しかし、口角が上がるのは抑えきれていない。
「は、はい、こちらは死闘の森の主たる存在で、水の精霊の眷属として、長年泉と森を守り続けてきた陰蛇の頭領と名乗られております」
説明に際し、慌てた雰囲気こそ演出しているものの、内心では『この小心者が、その眼帯は飾りか』とあざける。
もっとも、初めて遭遇したときは、ノアもまた同様に死を覚悟していたはずだが。
隻眼の男は慌てふためきつつも、どうやら危機がないと分かると、立ち上がって少しずつ落ち着きを取り戻す。
「そ……そうか、それで、こちらは何と?」
「はい、確かにヨウイチ、アキ二名に託したのは間違いないと」
「そうな、のか、わ、分かった、理解した、では待とう!」
神話の世界から、圧倒的なプレッシャーを受けた隻眼の男と護衛たちは、すごすごとアサンの水源の後ろに回る。
マンナは表面上、取り繕い用の真剣な表情を浮かべているが、内心ではノアの怒りを察してため息をついていた。
『この人、別に王家に近い血筋のギルド職員ってだけで、富裕層でも何でもないのにね……まあ、いけ好かないのは間違いないけど』
ノアが隻眼の男に怒りを覚えたのは、託宣の存在を疑われたからではない。
そもそもは、クラスアップセレモニーの参加確認を行っていたときの、隻眼の男の態度にさかのぼる──。
「──ふむ、君たちが『アサンの水源』か。噂はかねがね。預かり昇格したポーターがいると聞いたが、彼らはいないのかね?」
冒険者ギルド本部、冒険者クラス管理部門に属する冒険者ギルドスタッフ・ジュークは、高級眼帯を見せつけるように高飛車な言い回しで対応する。
彼とその護衛たちは、もともとハンスルでノアたちを出迎える予定だったが、急な予定変更をマンナから手紙で知らされ、死闘の森の砦・応接室へとやって来たのだった。
「飛び箋で急ぎ事情を知らせてくれたのは助かるが、砦を出られない事情ができた、というのはどういうことかね? 私たちも旅程があるので、急な対応には限界がある。そのあたりを考慮してくれるとありがたい」
アサンの水源の面々は、言葉こそ違えど、この高慢なスタッフに対してネガティブな印象を抱いた。
『……Aクラスパーティーに対する口の利き方がなってねぇな』
『いやマジで臭ぇなコイツ、ちゃんと腋洗ってんのか?』
『ギルド本部の人間と会うのは久しぶりだけど、今のところ最下位の人間性ね』
『ムカつく! 何様なのお前! 聖杖のエジキにするぞこのチョビヒゲ!』
基本的にギルド職員というのは、冒険者のサポートに徹するのが職務である。
なぜなら、自分たちを養っているのは、ある意味で冒険者たちだからだ。
冒険者が危険を冒して魔石や素材を確保したり、要人を守ったりすることで懐が少なからず潤うのが、冒険者ギルドなのである。
ゆえに、クラスに関係なく、冒険者が少しでも良きビジネスパートナーとして働いてもらえるよう、折々で支援を行うのがギルド職員。
その本部スタッフともなれば、本来ならAクラスパーティーに丁寧な、場合によっては慇懃にも取れるような対応をしなければならない。
アサンの水源メンバーも、自分たちがAクラスに昇格した後、折々で尊敬の眼差しを向けられたこともあり、わずかながら天狗になっていた部分は否めない。
しかし、それを踏まえたとしても、目の前の幹部は本部の対応として不適切であると思わざるを得なかった。
もっとも、晴れてAクラスとなったパーティーが、この程度のことで死角を作ってはいけない。
ノアはパーティーの代表として、できる限り丁寧に事情を説明する。
「こちらの急なお願いにもご対応、ご足労いただき感謝申し上げます。しかしながら抜き差しならぬ事情が生じ、当パーティーの斥候・マンナを介してお願いした次第です」
ジュークは鋭い頤に右手を当て、スーツのようにも軍服のようにも見える、カーキ色の服の襟を正して姿勢を改める。
「承知した」
ノアは妖精の件には触れず、ジルファからの託宣があったという体で回答する。
「私は“アサンの水源”の頭領として活動する中で、この泉の存在を知り、また水の精霊からの託宣を受ける立場として眷属の御方に認めていただきました。泉の生態系が整うまでは、定期的に行に勤しまなければならず、ご迷惑をおかけしております」
「ふむ。しかしクラスアップパーティーの日程は動かせんぞ。すでに王家への伝達も済ませてある」
「心得ております。今回はアサンの水源四名、つまりガッタ、マンナ、セミーン、ノアの四名で出席いたします」
「何? 今回は預かり昇格の二名は参加しないと?」
「託宣があり、今回はそれも踏まえご報告できればと思いました。その代わりといっては何ですが、もし託宣の達成に時間がかかるような状況が生じた場合は、有料講習改善委員会の中で、私またはセミーンによる講師参加を想定しております」
「……ほう? 少し詳しく話そうか」
ジュークはノアの提案の意図を探るように、自分の部屋でもないのに応接室のソファに座るよう促す。
その様子を見て、ホストでもあるバルカスは苦笑いする。
『……国民のものは王家のもの、ってか? 今時こんな鼻持ちならない奴がいるとはな』
ノアとセミーンが、少しうろたえた様子でバルカスに目を遣ると、バルカスはジュークに気付かれない程度に首を動かす。
しかし、護衛たちがジュークのそばに座ったため、仕方なくバルカスが上席者として別のソファに座り、ノアたち四名は立った状態で話を続ける。
ジュークが口を開く。
「さて、まずは有料講習改善委員会の議題について確認しようか。そもそもは預かり昇格者二名が冒険者になって間もない、ということで、彼らに必要な知識を実践的に教える観点から、これまでの座学主体の講習を改善する試みを兼ねてカリキュラムを組み直すのが目的だった」
ノアが頷き、それを見たセミーン、ガッタ、マンナも追って頷く。
四名を目で追った後、ジュークが続ける。
「しかし、当事者が参加しない、ということは、別の形でカリキュラムの組み直しに必要な課程を検討せざるを得ない。となると、冒険者養成所の生徒を対象にするわけだが、正直な話、それでは冒険者ギルドの有料講習における宣伝効果は見込めない。それを見越した対案を出してくれた、という理解でいいかね? ノア君」
ノアは、前にいる傲岸不遜な男が、一応の理解力を備えていることを確認して返答する。
「はい、その通りです」
ジュークは大きく頷いた後、本人にとっての“本題”を切り出す。
「して、なぜ二人は参加できないのかね?」
ノアは単刀直入に、しかしパーティーの事情を意図的に伏せて回答する。
「水の精霊の眷属たる者より、新たな眷属を迎え入れるための“座”を得よ、との精託を賜りました。その際、ヨウイチ、アキ二名が指名されております」
ここでジュークは、当然の疑問を口にする。
「彼らが? なぜだ? 冒険者としての実力があったとしても、なぜ君たちを指名しない?」
「それは私も存じ上げません。託宣の意図を曲解はできかねます」
ジュークはふう、とため息をついた後、少し語気を強めてもう一度ノアに尋ねる。
「もう一度聞く、どういうことかね?」
このようなやり取りと、いくつかの神学的解釈および批判を経て、ジュークは実際に命の泉の祠へと向かい、精霊の眷属たる者に直接問い合わせてみてはどうかとノアから提案を受けた。
高慢ながらも、少なくとも片目を失うほどの死闘を経験した者として、ジュークは意気揚々とノアたちと一緒に泉の祠まで向かう。
そこで、想像を絶する神域のプレッシャーに襲われ、文字通り腰を抜かしたのだった。
新進気鋭のAクラスパーティーの後ろに隠れたジュークと護衛を尻目に、ノアは水の精霊の眷属・ジルファに感謝の意を伝える。
『私めの我儘をご快諾いただき、誠にありがとうございます。ああでもしなければ、あの者は託宣を信じないと思いましたので』
ジルファは少し上機嫌そうなトーンで返す。
『よいよい、アサン様も笑っておるだろうよ。精霊の眷属を脅しに使った巫女は、後にも先にも其方だけだ、とな』
顔を赤くするノア。
『あ……いやー、その、何というか……そういうつもりではなく……』
『分かっておる。何にせよ、ヨウイチ、アキもそれほどかからず戻るだろう』
『!! ……それは、座が見つかったと!?』
『おそらくな。あちらの世界のすべてが視えるわけではないが、今は買い物をしているようだ。おそらく其方たちの土産物だろうよ。我も何か言伝しておけばよかったのう』
『……それは、配慮が足らず失礼をいたしました……』
『いや、多くのものを買い込んでいるから、我は余りでよい。おそらくアンジェもな』
『は……はっ』
『泉と森の浄化は、ほぼ終わったものと言ってよい。ゆえに我もこのままヨウイチ、アキを待つとしよう』
ジルファの方針を、後ろで腰を抜かしたジュークに伝えるべきか迷ったノアは、とりあえずヨウイチたちが戻ることのみ伝えることにした。
次回の更新は、10/25(日) 11時頃を予定しております。
現在、各賞応募のため、執筆初期の表現やストーリーの改変を想定しております。
具体的には、第一話~第十話、第十七話、第二十三話の修正を行う予定です。
そのため、更新が遅れてしまう可能性がありますが、物語の主要な部分については変更がないようにリメイクいたしますのでご安心ください。
引き続き、ゴブリンマンをよろしくお願いいたします。




