最終章~親父
披露宴も無事終わり。
やっと綾乃と2人になれると思ったのによ。
「丈治、三次会は『TOP OF YOKOSUKA』ですから。皆さんお待ちかねですよ?」
綾乃が、とんでもねぇことを言い出した。
今日は貸し切りで、披露宴に出なかった商店街の奴らを呼んで、皆で飲むんだそうだ。
商店街の奴らが披露宴に出ない事を綾乃が残念に思っていると、クソジジイが気をまわしたんだろう。
俺に直前まで黙っていたのは、場所が場所だからだろう・・・。
きっと、今までの俺なら、絶対にゴネていたに違いないからで・・・。
もう今日は一日『TOP OF YOKOSUKA』はクローズだそうだ。
いや、聞けばここグランドヒロセ横須賀も、披露宴出席者の宿泊以外を今日は断ったらしい。
つまり、俺達のためだけに貸切って事で・・・。
そういや俺達の結婚式、披露宴はすげぇ従業員の数で。
段取りも完璧で、手違いなんか全くなかった・・・。
それって――
すげぇ、赤字じゃねぇのかよ?
さすがに心配になって。
俺がそう聞くと、広瀬のジジイは。
「あぁ?丈治のくせに何生意気なこといってるんだっ!?あのなぁ、俺はここの社長だ。他のお客様がいたら気ィ遣うだろ?そっちにも。お前の結婚式なのに他に気ィ遣うのが嫌なんだよ!ジョーだって、そうだ・・・それに、赤字だぁ?あのな、ここは元々儲けは度外視なんだよ!・・・俺の女房・・・麻実のためにここ作ったんだからな?で、その麻実にとっちゃぁ、兄貴・・・よりももっと絆が深いな・・・そんな男なんだよ、ジョーは。だから、麻実も喜んでるんだ。絶対・・・で・・・『TOP OF YOKOSUKA』は、今も・・・麻実のための場所なんだ・・・・だから・・・捨て子だった、ジョーに息子ができて・・・その息子の結婚式を麻実にも見せてやりたいんだよっ。あいつは・・・麻実は、ジョーに家族をつくれって、そう言ってたからな・・・きっと、スゲェ、喜んでる。なあ、麻実に・・・見せてやってくれよ・・・お前の結婚を泣いて喜んでる・・・幸せなジョーの姿を・・・。」
最初は俺の言葉に対して生意気だって怒鳴った広瀬のジイイが、亡くなった嫁さんの話になると、急に声のトーンが変り・・・クソジジイの生い立ちを思ってか、最後の方は出す声が震えていた。
ここは、クソジジイが捨てられ。
そして、拾われ・・・育った街で。
きっと、色々なことがあったんだろう・・・だけど、今もこうしてこの街で根を張って生きている・・・そして。
今更ながらだけど・・・そんな中で。
クソジジイは、何よりも。
俺を・・・大切にしてきた――
そんなことに、今更気づくなんてな。
俺、ダセェ、よな・・・やっぱ。
俺は・・・俺が生まれ育った環境の悪さばかりを嘆いてくさっていたが。
マイナス点ばかりを見て、恵まれた事なんかには気づこうともしなかった愚か者だ。
結婚する前、綾乃が俺の家に初めて泊まりに来た時。
俺は、綾乃の家が裕福で親が大学教授でいわゆる上流家庭と知り、自分ばかりが恵まれていないと卑屈になった・・・だけど、それは思い違いで。
結局、俺は。
裕福な家庭や、立派な両親でなくても恵まれていたんだと、綾乃に教えてもらった。
それは、綾乃が俺の気がつかなかった周りからの思いを素直に受け取り、そしてそれに対し素直に幸せを感じ、表現するからで。
綾乃の求めていたものが、ここにあったんだと。
俺が、綾乃を幸せにできるんだと。
そんな自信をも俺にくれた。
綾乃を見ていて分かった事。
それは、自分が幸せを感じる事が、まわりを幸せにするって事。
綾乃が幸せな顔をすれば、俺ばかりか。
綾乃の両親も、クソジジイも、魚富士の一家も、商店街の奴らも・・・皆、幸せな気持ちになる。
不思議な事に、綾乃が俺と結婚してここに来てから、街のやつらの笑顔が増えた。
つうか、会話が・・・スゲェ増えた。
会話っつっても、たわいもない事で。
昨日夫婦げんかしたとか、パチンコで3万すったとか。
娘が耳にピアスを7つも開けた彼氏をつれてきたとか、かーちゃんの機嫌が良いとか・・・そんなくだらねぇ話を挨拶代わりに皆でして、笑っている姿をよく見る。
綾乃が通勤時に駅まで行くときにも、皆がそうやって話しかける。
帰りもそうだ。
綾乃はそれを嬉しそうに聞いて、笑っている。
んで、先日の、金平のジイサンの件だ。
俺のライブハウスを建てる費用を綾乃が出した。
そんな大金を綾乃が持っている事にも驚いたが、それよりも・・・オーナーになりたいなんて・・・。
聞けば、ずっと両親から生活費が送られてきているようだ。
断っても断っても、未だに続いているようで。
きっとそれは、綾乃の両親の贖罪みたいな気持ちがあるんだろう・・・。
綾乃は贖罪なんか求めちゃいねぇのにな・・・。
それと、綾乃は驚く事に。
商店街の一員になりたかったようで――
その気持ちを綾乃から聞いた時、滅茶苦茶嬉しかった。
こいつ、本当にここが好きなんだって。
改めて思ったから――
だけど、まぁ・・・やっぱ、綾乃は綾乃で。
金出して、オーナーになったはいいけどよ・・・。
結局は――
「よっ、待ってましたっ!ご両人!!」
「ロイヤル商店街!!期待の組合長、副組合長っ!!」
「ジョ、ジョージッ、か、かっちょいー!!あ、綾乃ちゃんっ、き、綺麗だぞっ!!」
「おせぇよっ、早く座れっ!早く飲もうぜっ!!」
「綾乃ちゃん、結構、チチでけぇなぁ・・・丈治、お前そんなお宝もってる嫁さんもらって、しあわせもんだなぁ?」
『TOP OF YOKOSUKA』に綾乃と2人腕を組んで入った途端、品のねぇ掛け声の数々。
その中で、組合長、副組合長と不本意ながら呼ばれたのは・・・。
結局・・・商店街店主たちの満場一致で、綾乃が組合長になったのだが。
何つったって、綾乃だ・・・押し寄せる不安。
クソジジイも同じだったらしく、副組合長には、俺とクソジジイ2人が就任した。
で。
仕切り実務は、結局。
全部俺とクソジジイでやることになって。
ああ、商店街の名まえも新しく変えることにして・・・それは綾乃が決めた。
つっても、金平のジイサンのパチンコ屋の名前をそのまま使っただけで。
『ロイヤル商店街』と決まった。
俺のライブハウス予定地は、マンションだっただけあって結構広く。
ライブをやらないときはオープンにしておいて、魚富士の亭主の案通り買い物客の子供を預かるサービスをやったり、俺と綾乃が時間のある時は子供向けのリトミックをやったり。
タローや近所のガキに休日綾乃はちょくちょく勉強を教えてやったりするから、そういう場としてもつかったり。
2階は商店街の組合の事務所にして。
3、4階は、クソジジイに頼まれて、今まで古いビルの3階にあったガキのいるホステスたちが使う託児所を移設することにした。
もちろん、ホステス以外の街の人が使うこともできるようにした。
金平のジジイのところで働いていたパチンコ屋の店員や、ラブホの従業員達はそのまま商店街組合の職員として使うことになった。
商店街の設備管理を一手に引き受け、休日込み合うときの交通整理とかやることはいろいろある。
新生『ロイヤル商店街』は、俺のライブハウス完成こけらおとしの日がオープンと決まった。
すげぇ急がせて、10月10日になった。
それまで、本当に色々やることはある。
だけど、皆、やる気満々で。
楽しそうだ。
だから。
俺と綾乃の祝いの席のはずが、いつの間にか商店街のオープン準備の会議の様になっていた。
クソジジイを中心にして、店主たちが色々話しをしているのを少し離れたところから綾乃と一緒にそれを眺めていた。
「ふふっ、皆、楽しそうですねぇ。」
そう言う綾乃も楽しそうだ。
「お前も楽しそうじゃねぇかよ。」
「はいっ、楽しいですぅ。」
俺の言葉に素直に返事をする綾乃のとびきりの笑顔に、俺は今日もクラリとする。
そろそろ、2人っきりになりてぇんだけど?
つうか、このところ綾乃、すげぇアッチの方積極的だし?
結婚して半年以上たつけど、まだまだ色々ヤリてぇみたいで・・・。
本当にスケベになったよな・・・あ、でも昨日はお互い準備で疲れていて、ヤってねえな。
まあ、今日はせっかくだからここのスゥイートとったし、じっくりヤるけどよ?
そう思い、1人心の中でほくそ笑む。
と、そこへ。
「綾乃ちゃん、色々ありがとなー。それと、でけぇチチ拝ませてもらって、俺、いい冥土の土産になったぞー?あー、欲をいえば・・・できたら、下の方もちょっと拝ませて・・・って、いってぇなぁ!?何も殴るこたぁねぇだろうがっっ!?丈治、おめぇ、ストリップの恩を忘れたのかっ!?入れ歯がはずれそうになったろっ!?」
すっかり元気になったドスケベ金平のジイサンが、やってきてとんでもねぇ事をいいやがるから、頭をはたいてやった。
しかも、綾乃の前でストリップの話なんかしやがって・・・。
慌てて、綾乃に説明しようとすると。
「ああ、おじいちゃんから聞いてますよ?ふふっ・・・。」
いつの間にそんな話をしやがったんだ・・・。
って、結構金平のジイサンと綾乃よく喋ってるよなぁ。
そういや、あんなおじいちゃんがいたら良かったなんて、とんでもねぇこと言っていたよな?
どこが良いんだよ?
スケベの塊だぞ?
・・・・まぁ・・・それだけってわけじゃ、ねぇけどよ。
入れ歯の位置がもとに戻って落ち着いたのか、金平のジイサンがゆっくりと綾乃に向き直った。
「綾乃ちゃん・・・ありがとうな・・・『ロイヤル』の名前を残して・・・『ゴールデンキャッスル』の跡地に住むようにしてくれて・・・。」
さっきのスケベな口調とは打って変わって、金平のジイサンは静かに綾乃に頭を下げた。
珍しくマジな様子に俺は戸惑った。
「いえ、私こそ・・・おじいちゃんに、昔の話を聞いておいてよかったです。」
綾乃もマジな顔になり、そっと金平のジイサンに頭を下げた。
1人訳のわからない俺は、2人の顔を見比べ。
「何だよ、昔の話って?」
と、聞いた。
だけど、金平のジイサンはそれには答えず、じっ、と俺の顔を見つめ。
「故郷のない人間の気持ちが、お前には分かるか?」
いきなり思ってもいない質問をしてきた。
「あ?故郷がないって、何だよ?」
「言葉通りの事だ・・・お前も知っている通り、ジョーは、捨て子だった。」
「・・・・・。」
「お前は、ここで生まれて・・・お前の母ちゃんとジョーの事で子供のお前にはつらいことがあっただろうが、だけど、ここで育った。それで、今も暮らしている。こんな良い嫁さんも、ここへ嫁に来てくれた。その上ここが好きだと言ってくれている。だから、ここがお前の故郷であり、お前の生きて行く場所なんだ。わかるか?」
「・・・おう。」
「だけど、ジョーはここで生まれたわけじゃねぇ。親だって・・・叶の兄貴が、親代わりでジョーを育てたが・・・やっぱり、ジョーはよ・・・1人で・・・自分ってものが結局、何だかわかんなかったんだよ。わかんなくなると、いつも・・・俺んとこの『ゴールデンキャッスル』にきて、俺と一緒に酒を飲んだ・・・でも、まぁ、それも?お前が生まれるまでの話しだけどな?」
「・・・何で、『ゴールデンキャッスル』なんかに行ったんだよ?」
金平のジイサンと飲むのは分かるが、何でラブホなんかに・・・?
潔癖症のクソジジイを思い浮かべ、酒を飲むのにラブホでというのが理解できなかった。
だけど。
「それは・・・浜パパが、『ゴールデンキャッスル』で捨てられて・・・いたからです。」
綾乃の切ない声に、俺は驚いた。
「そうだ、多分・・・ジョーの母親は、コールガールだったんだな・・・2、3度来たことがあってな・・・事務所で、ジョーを頼まれて預かったことがあってな・・・・で、あの日も・・・客が先に帰ったから、少し休みたいつって・・・ジョーを部屋に戻したんだ。で、2時間くれぇたったから部屋に行って声かけたら・・・女は消えていて・・・ジョーが1人眠ってた・・・で、サイドテーブルにスーパーのチラシがあって・・・その裏に、『事情があって育てられないので、この子を頼みます。』って、走り書きがあってな・・・名まえは書いてなかったが、5歳だったジョーが自分の名前を言ったんだ。」
「・・・・。」
初めて聞く、クソジジイの過去。
俺は・・・。
「丈治・・・。」
「おい、丈治、めでてぇ日に泣くんじゃねぇよ。そんなジョーだって、ほらよ、あんなに幸せそうに笑ってんじゃねか?故郷がねぇあいつだって、お前がいるから・・・いつのまにかここが故郷で、ここがあいつの居場所になったんだよ。わかるか?故郷がねぇってのはよ・・・いや、あったって帰ることがもうできねぇやつにはよ・・・故郷は・・・憧れなんだよ。でもよ、あいつは・・・ジョーはよ、お前のおかげで・・・憧れを手にできたんだ・・・めでてぇなぁ・・・よかったなぁ・・・ジョー・・・。」
俺に泣くなっていっときながら、ボロボロと涙を流す金平のジイサン。
そうだ、昔聞いた金平のジイサンの故郷は遠くて・・・今となっては家族もなく、帰るすべもねぇんだよな・・・そんなところが、クソジジイと気持ちが通じるところがあったのかもしれねぇな・・・。
切ない気持ちで、金平のジイサンの肩にそっと手をやったんだけど。
「何を言っているんですか?おじいさんの故郷は、もうここですよ?・・・叶さんって、広瀬さんの亡くなった奥様のお父様ですよね?今の浜パパみたいにこの街のリーダーみたいな事をされていた・・・浜パパを育てた方で、そして、おじいさんに『ロイヤル』と『ゴールデンキャッスル』を亡くなる前に、譲って下さった方なんですよね?」
綾乃が、珍しくキツイ口調でしゃべり出した。
「お、おお。叶の兄貴が、俺の事可愛がってくれて・・・今思えば・・・虫の知らせだったのかって思うんだけどよ・・・死ぬ3ヶ月くれぇ前に・・・俺に、よく働いてくれたっつって、店の権利くれたんだ・・・。これからも頑張れって・・・『ロイヤル』は元々叶の兄貴がやってたデケェキャバレーの名前からつけたんだよ・・・『キャバレーロイヤル』っていやあ、ここらでは一番だったからなぁ・・・ああ、今ジョーがやってる『キャバクラチェリー』なんて目じゃねぇくれぇデカくて、ゴージャスっての?スゲェ店だった・・・。」
「ほら、やっぱり。叶さんは・・・ここがおじいさんの故郷に、生きて行く場所になるように、ってそう思ってしてくれたのではないのですか?」
金平のジイサンが、ハッとしたように綾乃を見た。
「あ、綾乃ちゃん・・・。」
「ね?ここは、もう・・・おじいさんの故郷になっていますよね?・・・丈治もそう思いませんか?」
にっこりとほほ笑みながら綾乃が俺を見た。
もう・・・。
もう、綾乃には。
かなわねぇ――
そう思ったのか、金平のジイサンも。
ゴシゴシ目をこすったかと思ったら、両手で両頬を、パンッ、と叩いた。
そして。
「ありがとな、綾乃ちゃん。こんなジイサンになって、やっと故郷にたどりつけたなんてよ・・・ははっ・・・灯台もと暗し、ってか?・・・おら、丈治・・・おめぇも、ガキみてぇにいつまでも泣いてんじゃねぇよっ。ガキじゃねぇだろ?昨日ちゃんと、綾乃ちゃんとアクロバットエッチしたんだろうが!?・・・で、どうだったよー?このスケベッ!」
金平のジイサン自身も、探し求めていた答えが出たようで・・・って、何だと?
「おいっ、何でジイサンが、昨日の俺と綾乃の・・・ああっ、ジジイッ、もしかしてっ!?・・・てめぇっ、綾乃におかしなことふきこんだんじゃねぇだろうなぁっ!?」
「丈治っ、何を失礼な事いっているのですか?おじいちゃんは、子供ができやすい・・・その・・・たい・・・いえ、体の向きとかを、教えてくださったんですよっ!?あ、でも・・・昨日はちょっと疲れていて・・・って、丈治っ止めて下さいっ!!」
綾乃が真っ赤な顔で、ジイサンの首をしめようとする俺を止める。
だが、その説明でよおおおぉぉぉく状況が分かった。
「あのなぁ、綾乃・・・このジジイに、子供はいねぇぞ?なのに、なんで、できやすいかできにくいかってわかんだよ?」
「ええええええっっっ!?」
俺の言葉に綾乃がのけぞった。
まったく・・・。
俺は、金平のジイサンを睨みつけた。
だけど、金平のジイサンは飄々としていて。
「フォッ、フォッ、フォッ・・・。あのなぁ、綾乃ちゃん。やっぱり、子供は授かりもんだ。悩んだって・・・そのためだけに惚れた男とヤるってのは、もったいなくないか?それよりも、もっとリラックスして、今を楽しめよ。俺は、ガキは確かにいないがなぁ・・・その道に関しちゃ、楽しみ方はいくらでもしってるからなぁ・・・まあ、実践で手取り足とり、チチとりおしえて・・・ってっ、いてぇよっ!!」
やっぱ、とんでもねぇジジイだ。
頭をはたいてもおさまらねぇ。
だけど、綾乃は。
そんな、とんでもねぇ言葉に。
ポロリ、と涙を流した。
そして。
「ありがとうございます、おじいちゃん・・・これからも、傍にいて、私の話を聞いて下さいね?約束ですよ?」
そう言って、綾乃は金平のジイサンの手を握った。
金平のジイサンはさっきまでのふざけた表情ではなくて・・・泣き笑いのような、何とも言えねぇ表情で、何度も、何度も頷いた。
暫くして、照れくさくなったのか・・・。
「あー、丈治ガッついた顔してんなぁ?綾乃ちゃん、昨日ヤってないんだろ?じゃあ、今から試してみろよ、アクロバット・・・もう、そろそろお前達消えても、誰も文句いわねぇよ?皆飲んで騒いでるだけだしなぁ?俺もちょっくら、あそこの文房具屋の後家さんと飲んでくるわな?・・・じゃあなっ!」
そう言って、そそくさと本当に文房具屋の後家さんのところへ行って、満面の笑みで横にちゃっかり座りやがった。
何なんだよ、一体。
どっと、疲れて。
ため息が出た。
だけど。
パフッ――
左腕に、よく知る・・・甘い重み。
はあ。
もう一度、ため息が出た。
でも、今度のため息はさっきのとは違って。
グイッ――
綾乃の肩を抱き寄せた。
そして、耳元で。
「おい、このまま、部屋戻るぞ?」
と、甘く囁いた。
途端に、ふるりと綾乃の体が震え。
俺を見上げたその瞳は、濡れていて。
ゴクリ、と。
俺の喉が鳴った。
もう、もう、もう・・・。
堪んなくなって。
いや、綾乃もだろう。
手を繋ぎ立ちあがった。
そして。
出口へと、歩き出した時――
「ジョ、ジョージー!」
空気を読むって事をしらねぇ、バカ野郎が俺の名前を呼んだ。
とりあえず、無視を決め込む。
「ジョ、ジョージィィィ!!!」
む、無視だ・・・。
「・・・・・。」
だけど、やっぱ、ノリオはバカで。
「ジョ、ジョォォォォォォォジィィィィィィィィッッッ!!!!!!!!!」
はぁぁぁぁぁ。
ダメだ、これ以上無視したら、階下に宿泊している綾乃の親戚にまで聞こえるかもしれねぇ。
仕方がなく足を止め、振り返る。
「何だよっ。」
不機嫌になるのは仕方がねぇだろっ。
何となく、ノリオ以外の奴らは俺らの状況を察知したらしく、ニヤニヤ笑ってやがる。
ウゼェ。
だけど、当のノリオは勿論気がつくはずもなく。
「ジョ、ジョージ、ジャ、ジャンパーとっ、エ、エプロンどっちがいい?」
「あ?」
ノリオの質問に思わず、眉間にシワがよった。
お前・・・そんなくだらねぇ事で、俺を呼びとめたのかよっ。
って、クソジジイ、既に笑ってんじゃねぇか。
マジ、うぜぇ。
・・・・だけど、ふと、思った。
クソジジイは、昔はよく笑っていたって・・・。
母ちゃんや周りのやつらには、笑った事なんか見たことなかったけどよ。
俺と一緒の時。
ガキの頃、俺に対してだけは、ああやって・・・笑ってた。
そう、気が付いたら。
クソジジイの笑っている顔が、グニャリと歪んで――
うぜぇ。
マジ、うぜぇ。
そんな俺の手を、ギュッと握る綾乃の力に励まされ、何とか持ちこたえた涙腺を褒めてやろうと思う。
「・・・何だよ。何の話だよ、ジャンパーとエプロンって。」
どうにか、冷静な声が出せた。
「ああ、新生『ロイヤル商店街組合』のユニホーム的な何かを作ろうって話しになったんだよ。まあ、ジャンパーやエプロン位なら簡単につくれるしな?」
ノリオの代わりに応えたのは、テーラー『寺門』。
披露宴用の綾乃のドレスと俺のタキシードを作ってもらいに行った時、丁度区画整理で店の立ちのきの話がでていて、綾乃が横須賀に来ないかと誘ったら、すぐに遊びに来て・・・。
その後、トントン拍子に。
寺門は、何故か気に入ったらしく、『みのり』で商店街のやつらとも仲良くなって。
丁度、古いビルの託児所が空くからそこに店を移転するということになって。
で、すっかりもうオープンの準備に加わっている。
つうか、結構主要メンバーだ。
何が気に入ったのか・・・本当に、謎だ。
俺も綾乃も早く部屋に戻りたくて。
どっちでもいいと思い。
何となく、エプロン、と答えた。
だけど、その何となく応えた俺の意見に。
クソジジイが楽しそうに。
「そうだな、エプロンのほうがサイズもあんま関係ねぇし、季節を問わないから・・・エプロンがいいかもな。」
何て、真面目に意見を出しやがって。
それも滅茶苦茶・・・マジ楽しそうに。
何で、そんなに楽しそうなんだよ?
そんな俺の心がわかったのか、綾乃がぽつりとつぶやいた。
「浜パパは、丈治と力を合わせて・・・一緒に何か出来る事が、嬉しいんですね。」
「・・・っ。」
バカ野郎。
んなんじゃ。
まんま、親バカじゃねぇかよっ。
ホント、バカじゃねぇのかっ。
震えそうになる肩を必死で止めようと戦っているのに。
また、空気の読めないバカが、次の質問をしてきやがった。
「エ、エプロンなっ・・・よしっ、じゃ、じゃぁっ・・・色っ、色は何色にすんだっ!?」
その言葉に皆がいっせいに俺を見た。
って、何で、俺が決めんだよっ。
こういうのは・・・・。
「・・・商店街の名前は、綾乃が決めた・・・で、エプロンは俺が決めた・・・だから・・・色くれぇは、テメェが決めろよ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・オヤジ。」
うぜぇ。
マジ、うぜぇ。
何で、俺が言った、たった3文字で。
何故全員が、泣いているんだよっ。
つうか、クソジ・・・いや・・・オヤジが、声を上げて泣くなんて・・・。
マジ、うぜぇ。
勘弁してくれ。
と、そう思ったんだが。
もっと、勘弁してほしい事を、あいつが言いだした。
あいつっていうのは、勿論。
「ジョ、ジョージーッ、お、おかしいぞっ!」
「何がだ。」
「ジョ、ジョージ、ちがうぞっ!!」
「だから、何だよっ!?」
「オ、オヤジは、おかしいぞっ!!」
「はっ!?」
「丈治は、浜田さんの事をオヤジなんて言った事ないぞっ!いつも、と、父ちゃんだったじゃないかぁっ!!」
「・・・・・・。」
ノリオ・・・。
どうしてくれんだ、この全員の爆笑・・・。
号泣だった、クソジ・・・オヤジでさえ、涙を流しながら腹を抱えて笑っている。
「ブッ、ハハハハハハッ、ククッ・・ハハハハハハハハッ・・・・ああっ、ダメだっ考えらんねぇ・・・綾乃ちゃん・・・父ちゃん・・・・ブックククッ・・・の代わりに・・・プッ・・・エプロンの色考えてくれっ。」
くそぅ、何笑ってやがる・・・。
だけど、笑われてむくれている俺とは違い綾乃は、目を潤ませながら。
嬉しそうな、泣き笑いの顔で元気よく答えた。
「ロイヤルブルー!!」
【完】
ここまで読んでくださって、ありがとうございましたm(__)mこれにて、「ロイヤルブルー」完結です。この次は、丈治のマネージャー、ケイタのお話を投稿したいと思っています。




