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35、散

ノリオに拒否られた可哀そうな綾乃が、俺の腕の中に飛び込んできた。

慌てて受けとめる。


「丈治ー、私、ノリオ君に告白していないのに、フラれてしまいましたー。凄くショックですぅ。」


本当にショックだったのだろう、綾乃が俺にぎゅうっと抱きつく。

ヨシヨシと言いながら、俺はノリオを睨みつけた。


「おいっ、ノリオッ!俺の可愛い綾乃が無理ってどういうことだよっ!?ああっ!?」


俺の声がデカかったせいか、部屋の全員がこっちを向いた。

クソジジイと戸田のジジイがゲラゲラ笑っている。

何故か、魚富士の亭主もクスクス笑っている。

だけど、ババアは焦ってノリオをしかりつけた。


「そうだよっ、ノリオッ!あんたなんてこと言うんだいっ。綾乃ちゃんの御両親の前で、お前みたいなバカが何いってんだよっ。大体、私みたいなもんと、天下のT大卒業した優秀な綾乃ちゃんと比べるんじゃないよっ!」


ババアが綾乃の両親に、すみませんねぇと謝っている。

だけど。


「か、かーちゃんっ。何言ってるんだっ。た、確かにっ。かーちゃんは、ぶ、不細工だけどっ。すげぇじゃねぇかっ。」


ノリオがババアの事を不細工と言った時点で、クソジジイと戸田のジジイ、魚富士の亭主、ヤスオ、タロー、友則が一斉に噴き出した。

俺も我慢できずに、噴き出した。

だけど、ノリオだけは真面目な顔で、言葉をつづけた。


「お、俺たちを育ててっ。店だって、繁盛させてっ。と、父ちゃんが浮気ばっかなのにっ、父ちゃんが遊んでいる時もずっと働いていてっ。だ、だけど、俺たちの為に、は、働いている時、すげぇ楽しそうでっ。お、俺達だけじゃなくてっ、丈治やシュウや、ケイタさんだって・・・可愛がって、あ、綾乃ちゃんにはもう自分の子供みたいに世話焼いてっ・・・だから、俺たちも幸せで・・・だ、だから、か、かーちゃんは・・・すげぇ。ぶ、不細工は勘弁だけどっ、俺っ、かーちゃんみたいな女がいいっ。あ、綾乃ちゃんは、可愛いしっ、頭もよくて・・・だけどっ、世話が焼けるっ。よ、嫁さんには無理だっ。だ、だけどっ、すげぇ、好きだっ。お、俺っバカだけどっ、綾乃ちゃんは上から俺を見ない・・・ど、どっちかってぇと、最近は自分が苦手なこと、俺に頼ってくるっ・・・め、面倒くさい時もあるけどっ、ほっとけないし、心配になる・・・い、妹がいたらこんな感じかなっ、って思う。こ、この間も、鎌倉まで連れて行かれた時もっ、お、俺っ絶対に綾乃ちゃん守るって思った。だからっ、綾乃ちゃんは、い、妹っ。そう思ってるっ!」


今まで笑っていた声もとまり。

皆、シンとした。


ノリオは、すげぇバカだけど。

やっぱ。

ヒーローだな・・・。


「・・・綾乃、妹だってよ?あんなバカが兄キでいいのか?」


腕の中の綾乃にそう聞くと、綾乃は無言で何度も頷いた。


ったく。

泣き虫だよな・・・。


まあ?

そこが可愛いんだけど?


そう思ってニヤニヤしていたら。

綾乃のおふくろさんが、有難うございます、と頭を下げた。

綾乃の親父さんも、クソジジイやババア、ノリオに頭を下げて。


「本当に、娘をこちらへ嫁にやってよかったです・・・綾乃のこんなにイキイキした顔を見たのは、幼稚園の時以来です・・・私達は、いつも綾乃に我慢ばかりさせてきました・・・だから――「パパ、私はパパとママの娘で幸せですよ?」


綾乃が大きな声で、親父さんの後悔の言葉を遮った。

親父さんとおふくろさんが、ハッとして綾乃を見た。


「さびしかったけど・・・いつも、パパとママは私の自慢でした。だから、怠け者の私がここまで頑張れたのです。色々あったけど・・・過ぎてしまったことを言っても、今更どうしようもないし。ただ、パパとママが私の事を大切に思ってくれているのはわかっていますから・・・だから、私はパパとママの娘で幸せです。」


その率直な言葉が、綾乃の両親の胸を突いたのだろう。

綾乃の両親が肩を震わせた。


そして、その言葉は俺にも・・・何かを、心の中の何かを。

突いたのだった――






親父さんの明日飛行機の時間が早いらしく、綾乃の両親は9時頃帰って行った。

俺とクソジジイ、ババア、ノリオに綾乃を頼むと何度も頭を下げて。

そして、最後に何か綾乃に封筒を渡していた。

気になったが、まだ他のヤツらは残っていたから、それが何だとは聞けなかった。



リビングにもどると、鍋の後片付けをヤスオと友則、タローがしていた。


「おう、悪ぃな。」


殆んど綺麗に片づけられていて。

バカ高校生とバカにしていた、友則とタローの働きに少し驚いた。


こいつらバカだけど、滅茶苦茶働き者だ。


「お前ら、よく働くなー。」


と、つい、言葉にだしてほめた。

すると、戸田のジジイが当たり前だ、と俺に向かって言った。


「あ?」


「友則は、旭谷署長の自慢の息子だ。見た目は、こんな悪そうなツラだが、今時見上げた若者だぞ?丈治、お前が浜田に反抗して悪さしてた高校時代とは、雲泥の差だ。」


偉そうに、戸田のジジイが嫌な話をしだした。

思わず、舌打ちをした。


「そりゃぁ、俺だって、立派な親もってたら、違ってたぞー?」


「あのな・・・親が立派過ぎんのも、大変なんだぞ?親が立派ってことは、その子供は普通以上を求められんだよ。普通だったら、あの親なのに、子供は・・・っていわれんだよ。綾乃ちゃんなんか、そのプレッシャーあったんじゃねぇか?」


「まぁ・・・そうですね。でも、それだったら、戸田さんも・・・戸田さんのところは、代々とても大きな華道教室ってうかがっていますけど?」


「まあな、親父はすげぇやり手で・・・もともとデカかった華道教室をその倍くれぇにして、その上華道家としても有名だったからな・・・結構なプレッシャーあったなぁ、俺も。しかも親父、俺が大学ん時に死んじまったし・・・。」


さらりと、戸田のジジイがそう言ったが。

戸田のジジイの鎌倉の家を思い出して、何となくそんな言葉ではとても表せないものがあったんだろうと、察した。


「お、俺・・・・。」


戸田のジジイの話に考え込んでいたら、突然友則が口を開いた。


「ん?・・・どした?」


珍しく、クソジジイが優しい口調で、友則に話しかけた。


「俺・・・顔、っつうか・・・目つきが子供の頃から悪くて・・・別に睨んでねぇのに、皆怖いって、よってこなくて。体も、他のヤツらより飛びぬけてデカくて。だから、力もつよくて。意地悪なクラスメートが殴りかかってきて、殴られるの嫌だから肩を押したら、そいつ吹っ飛んで行って。ガラスに頭ぶつけて、頭から血が出て、大騒ぎになって。俺、別にけがさせようなんて思ってないのに、俺が悪いことになって・・・でも、父さんが警察官で、警察官の子供なのに・・・って言われているの聞いて・・・迷惑かけちゃいけないって思って・・・それから、何かされる前に睨むようにしたら、皆怖がってなにもされなくなった。つうか、誰もよりつかなくなった。で、そのうち俺のこと悪く言われるようになって・・・何もしてねぇのに・・・だけど、父さんは信じてくれて・・・だから、迷惑かけちゃいけないって、もっと思うようになって・・・で、何か俺にできることはないかって思ったら、家の仕事を手伝うことを思いついて・・・。」


「アサヒヤマンションは、鎌倉一デカいっていわれてるけどよ、殆んど空き室ってないんだよな・・・評判がいいマンションなんだよ。どうしてかわかるか?丈治?」


突然、戸田のジジイが俺に話をふってきやがった。


「鎌倉のことは、あんまわかんねぇよ。」


「鎌倉のことを言ってんじゃねぇ、人の心のことを言ってんだ。あのな、アサヒヤマンションは、管理費が滅茶苦茶安い。清掃と管理を外注してねぇんだよ。」


「はっ!?あのマンションすげぇ、デカいじゃねぇかっ。外注しねぇでどうすんだよ?住人が当番制か?いや、でも、すげぇ綺麗じゃねぇか?」


花壇には花が植わっていて、手入れの行き届いた綺麗なマンションっていう印象があるぞ?


「殆んど・・・特に清掃に関しては友則がやってるから、金がかかんねぇんだよ。学校があるから、管理の方もぜんぶじゃねぇが、半分くらいは友則の責任だ。最初から全部はできなかったけどな、小学校の頃からこいつは家を手伝ってる。悪いことなんかする暇もねぇだろ?」


驚いた・・・あんなデカいマンションの清掃って・・・。


「最近は、タローもよく手伝ってくれるから・・・。」


友則が照れくさそうに笑った。

すると、タローも照れくさそうに頭をゴシゴシ掻いて。


「俺・・・トモリンの家の手伝いするようになって・・・うちの店も、そろそろ手伝おうかなって、思うようになったんだー。だって、トモリンの父ちゃん、トモリンが一生懸命仕事するの見て、すげぇ嬉しそうだし・・・それみたら俺も、うちの店手伝おうかなって思った・・・まだ、父ちゃんには言ってないけど。」


タローの家は、駅前で結構デカいケーキ屋をやっている。

5階建てのビルで1階がケーキ販売で、2・3階が喫茶店、4・5階が事務所だ。

不動の人気商品があり、通販もやっていて繁盛している。

まあ、息子が手伝うといえば、親父は喜ぶだろうな・・・。


だけど、その言葉に綾乃が目を吊り上げた。


「タロー君!その前に、歯医者さんに行って虫歯を治して、前歯もちゃんと歯を入れないと駄目です!そんな前歯が虫歯でなくなっていたら、お客さんにタロー君のお店のケーキを食べると虫歯になるって思われますよっ!?」


は?

虫歯?


「ええっ!?歯医者っ!?綾乃ちゃんっ、俺っ、歯医者嫌いっ!!」


タローが騒ぎ出した。

でも、そこへすかさずクソジジイがドスを利かせた声を出した。


「おいっ、タロー。お前、今週中に歯医者いかねぇと、お前ここら辺歩けねぇようにすっぞ?綾乃ちゃんが、お前の体を心配してんだよ。歯がねぇと、健康に悪いっつってな。それに、お前、シンナーで歯がなくなったって、噂あんだぞ?お前の父ちゃん母ちゃん、そんな噂されて可哀想だろ?」


そう言われたタローはチビリそうなくらいビビって、無理やりクソジジイに歯医者に行く事を約束させられた。


タローのシンナーの話・・・噂だったのかよ。

俺が信じていたくらいだから、結構そう思っているヤツ多いだろうな・・・。


「まったく、信じられませんっ。こんなにいい子のタロー君や、こんな綺麗な目をしている友則君が、どうして悪いことをするなんて考えるのでしょうかっ?一目、目を見たらわかるのにっ!!」


綾乃が、腹立たし気にそう言った。

って、綾乃・・・そう思っていたのか?


「あ、綾乃ちゃんは・・・初めて、養老軒で会った時から・・・俺の事、怖がらなくて・・・すげぇ、やさしく話しかけてくれて・・・餃子も・・・普通俺の顔みたら、怖がってみんな手を出さないのに・・・そんなこと全然なくて・・・最後の一個誰が食べるかって、じゃんけんしよう、って・・・大人なのに、餃子一個に必死になって・・・俺の顔が怖いとか、全然思ってないんだな・・・って嬉しかった。俺の事、初対面で怖がんないで、笑ってくれたのはタローと綾乃ちゃんだけで・・・すげぇ嬉しかった。」


友則が、ポツリポツリと話した。

皆、なんて声をかけていいかわからなかった。


ただ、色々なもん、抱えてんだな・・・いい歳して、俺は改めてそんな風に思った。


だけど、タローはバカだから。

空気も読めねぇ、ヤツで。


「えー、俺、トモリンのこと一回も顔怖いって思ったことないぞー。だって、丈治さんや、浜田さんの方が滅茶苦茶怖ぇーし!!トモリン顔かわいいぞー?」


「「あぁっ!?」」


タローが聞き捨てならねぇことを、言いやがった。

思わず、クソジジイと声がカブった。

一瞬にして、タローが涙目になってビビる。


だけど、綾乃が。


「本当ですねー。確かにトモリン、顔かわいいですよねー。」


なんだと、ゴラ?


もっと、聞き捨てならねぇことを言いやがった。

しかも、友則が顔を真っ赤にして綾乃を見つめる。


おい、ちょっと待て。

もしかして、コイツ・・・綾乃の事・・・。


「あ、あ、綾乃ちゃんっ、それっ、本当!?」


ションベン臭ぇガキが、何、マセたこと考えてやがんだ?

許せねぇ・・・そう思って、友則につかみかかろうとしたが。


そこはやっぱ、綾乃で。


「ええ、本当です。トモリン、体格はマッチョで私の好みなんですが、顔は可愛いので少し残念です。私、以前はスマートなイケメンタイプが好きだったのですが、丈治と出会ってからは、マッチョで強面がタイプになって・・・。」


そう言って、綾乃はチラリと俺を見た。


オイオイオイオイオイ・・・。

それって・・・。


思わず、顔がニヤける。


何だよ、こんな皆いるところで、ノロケんなよ。

可哀想だろ?

友則、がっくり肩をおとしてるぞ?


ったく、しょうがねぇなぁ。


と、思っていたら。


クソジジイが、例の如く喉の奥でクッ、と笑いやがった。

そして。


「じゃあ、綾乃ちゃん、俺もタイプか?」


信じらんねぇ、図々しい事を言いやがった。

俺ははらわたが煮えくりかえって、思いっきり睨みあげると。

クソジジイは、ニヤニヤしてやがって。

絶対に、からかってやがるとイラついたんだけど。


またまた、そこはやっぱ、綾乃で。


「浜パパは、アウトです。まず、年齢で。」


ばっさり、切り落としやがった。


ふ、ざまぁ。


戸田のジジイが爆笑して、クソジジイは顔をひきつらせた。


ふふん。

だけど、クソジジイも懲りずに。


「綾乃ちゃん、俺は蟹むくの上手ぇぞ?クソガキは下手くそだけどな?」


汚ねぇことを言いだした。

今、綾乃ん中では蟹のポイントがデケェのを知ってやがって・・・クソッ。


でも、正義って勝つんだよな。

綾乃が厳しいことを言った。


「蟹をむくのが上手な人より、女性問題がない人のほうがいいです。」


「・・・・・・・・。」


綾乃、よく言った!

何故か、クソジジイだけじゃなく、戸田のジジイも、魚富士の亭主もがっくりうなだれているが。


そんなことより!


綾乃が俺の腕をとって、顔をこすりつけた。


おい、止めろ。

今、ソレするのか?

ま、まずいだろ、今は。

いや、そりゃ・・・・。

嬉しいけど?


そう、心の中で葛藤していたら。

いつもの如く、綾乃は爆弾を落としやがった。


「誰がタイプとか、もう、ありません・・・丈治だけが、いいんです。」


「・・・・・・。」


おい。

おい。

おい。

俺、もう。

・・・・・・・・・・駄目だぞ?


俺、もう。

我慢できねぇからな!






と、いうわけで。

俺は叫んだ。





「解散!!」





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