36、励
三河安城駅をまもなく通過、とテロップが流れた。
窓側に座る綾乃は、窓の外を眺めている。
何を考えてんのか急に気になって、つないでいる手をグイと引っ張った。
結婚してから半年がたつというのに、未だ安心できねぇのは何でだよ。
そして。
窓から俺に向けられた綾乃の顔が可愛くて、ドキリとする。
これも、未だにしょっちゅうだ。
好きになる気持ちが、止まんねぇって事か?
はあ・・・俺、こんなんじゃ、将来心臓病になんねぇかな・・・。
そんなことを考えていたら、綾乃が首をかしげた。
「丈治?どうしました?」
そうだ、俺が綾乃を引っ張ったんだった。
「お、おう。まだ神戸まで1時間以上あるからよ、次、車内販売来たらなんか買うか?」
「あ・・・そうですね・・・新幹線に乗る前に、N田駅で随分早くお昼食べましたし・・・何か食べましょうか?あっ、そう言えば・・・ノリオ君が今朝、おやつにと言って何か袋をくれたのです・・・忘れていました。」
そう言いながら綾乃が立ち上がろうとするから、それを制して頭上の荷棚に乗せたボストンバックを下ろしてやった。
笑顔で礼を言う綾乃に、バッグを渡しながら尋ねた。
「今朝って・・・お前、いつノリオに会ったんだよ?」
「ああ、朝、丈治がシャワーを浴びている時に・・・ノリオ君がこれを届けてくれたのです。昨日の朝、通勤時にお店の前で会った時、今日から2泊3日で神戸に丈治と出かける話をしたので。気にしてくれたようで・・・・あっ、甘栗ですっ!」
話しながらバッグから取り出した紙袋を開け、中から出てきた赤い甘栗の袋を見た途端、綾乃のテンションが一気に上がった。
そうか。
甘栗、好きなんだな。
「じゃあ、車内販売が来たら、コーヒー買うか?」
「はいっ!それで、おやつタイムにしましょう!」
「ふっ、わかった、わかった。だけどよ、ノリオがわざわざこれ届けにだけ、朝からうちに来たのか?」
綾乃とノリオは、この間ノリオが綾乃の事を妹と言ったように、マジにそういった意味で仲がいい。
気が合うっつうか。
ノリオも今まで女友達はおろか、俺ら以外でダチっていなかったもんな。
まあ、ノリオは皆に好かれてっから、別に周りに人がいないわけじゃねぇんだけど。
なんつうか、腹をわって話せるっつうか、そんなヤツはいなかった。
俺たちはガキの頃から一緒に育って全部お互いに知ってっから、今更、一々話すこともねぇし。
他のヤツらに対してノリオは、頭が悪ぃからっつって、どこか人より一歩引いているところがあった。
だけど綾乃とは、テレビの話やら、食いもんの話、駅裏のどこどこの店のオヤジの話とか、商店街のセールがはじまるとか、いつも楽しそうに話しこんでいる。
不思議でしょうがねぇんだが、知能指数は随分ちがうだろうに、すげぇ話が合う。
俺が海外や地方でいない時は、養老軒へラーメン食いに行ったり、休日は『ネイビーブルー』の店番をしたりとなんだか楽しそうに行動を共にしている。
そこへ、クソジジイやヤスオ、タローや友則が合流したりしてるらしいんだが。
まあ、1人で放っておくより、楽しそうだし安心だが。
「丈治、私・・・もしかしたら、こんなに心を許せる友達って、ノリオ君が初めてかもしれないです。」
「あ?」
俺の質問とは別の言葉を返してきた綾乃を、俺は見つめた。
何か言いたいことがあるのか?
「人は・・・私もそうですが、皆・・・二面性があります。表と裏、建て前と本音。大人になれば必ず。それがなくては社会ではやっていけませんし。特に、今まで私を取り巻く環境では、表向きは綺麗事を言っているくせに、本音は違う。でも、最初から本音を言うと、品がないとかはしたないとか、否定される。わかってはいますが・・・でも、うんざりします。だけど、ノリオ君はどこまでも本音のままです。そしてノリオ君の本音が、私はとても好きです。昨日も駅裏の寝具店のおじさんが腰を痛めたって、ノリオ君がとても心配して。普通、上っ面でそういう事を言う人は多いですが、ノリオ君は本当に心配しているのです。それで、昨日、魚富士が終わって、午後から布団の配達を手伝うと言っていました。」
「ああ、ノリオらしいな。」
あいつは腰が軽く、近所で何かあるとすぐに手伝いに行く。
まあ、ババアの性分がそのまま遺伝で受け継がれたんだろうな。
ノリオが近所でも好かれているというのはそういうところにも理由がある。
「だから、私は、ノリオ君の言葉には重みがあると思います。」
「ああ、話し方はアホっぽいけどな。」
「丈治、茶化さないでください・・・ノリオ君、今朝家へわざわざ来たのは『丈治は、いつもは気が強そうに見えるけど、本当はさびしがり屋だから、綾乃ちゃん頼むな。』って、言いに来たんです。」
「あ?」
「多分、芦屋の本宅に2人で挨拶に行くと言ったので、ノリオ君が丈治のこと心配しているみたいで。本当に、いい友達ですね?」
「・・・・・。」
ノリオのヤツ・・・。
くそう・・・。
「それで、これは私にそのお駄賃だからおやつに食べてって、くれたんですっ。嬉しい・・・私、甘栗大好きなんですっ。あっ、今から食べるってメールしよう!」
甘栗にテンションが上がり、スマホをとりだした綾乃を見ながら、なんとも言えない気持ちになった。
ずっと、最低の環境だと思っていた俺の周りが。
恵まれていたんだって、思えるようになったのは。
やっぱ、綾乃のおかげなんだろうな。
と、しみじみしていたら。
綾乃が、甘栗の赤い袋を俺に渡してきた。
ん?
何だ?
綾乃は満面の笑み・・・。
ん?
だから、何だ?
「私、甘栗好きなんですけど、今まであまり食べなかったんです。」
「ん?」
「甘栗って、皮むかないと食べられません。」
「!!!」
こ、こいつ・・・。
その時、俺の携帯がメール着信を知らせた。
着信欄には、ノリオの名前。
「・・・・・はあ。」
やっぱ、俺の環境は腐ってるぞ!
あいつ・・・この、メール、絶対に狙ってんだろ。
別に芦屋へ挨拶へいくからの話しじゃねぇよな?
むしろ。
甘栗むきに対してだよな?
今から、甘栗食うって綾乃がメールしたんだからよ。
俺は荒々しく携帯を閉じると。
袋を広げ、甘栗に爪を立てた。
ノリオのメールの文章は――
「じょうじ、がんばれ!」
ああ、あいつ・・・
この間の蟹鍋の蟹むき、もしかして根に持ってっか?




