1:最低最悪な結婚式
雲ひとつない青空から降り注ぐ、惜しみない祝福の光。白い花弁が風に舞う中、参列者たちの視線はただ一人の花嫁へと注がれた。
ーーアウローラ・ヴァレンティア
皇帝の従兄弟にあたる現ヴァレンティア公爵の娘であり、若くして皇太子の首席補佐官を務めるロベルト・ヴァレンティアの妹だ。
触れることすらためらわれる白磁の肌と、憂いを帯びて伏せられた翡翠の瞳。
陽光を受けて柔らかく揺れる蜂蜜色の髪に、左右対称に整った端正な顔立ち。そして、成熟した豊かな肢体。
その高貴な血筋と比類なき美貌に、人々は彼女の事を『地上へ舞い降りた女神』と形容した。
男なら、誰もが一度は彼女を求めて手を伸ばし、女なら、誰もが一度は彼女に嫉妬した。
そんな社交界の女神が今日、遂に人のものとなる。
どれほど美しい言葉で愛を囁かれても、贈り物を積まれても、決して誰の手も取らなかった彼女を手に入れた幸運な男の名は
ーーヴィンセント・アルドリッジ
平民上がりの無骨な軍人だ。
黒髪短髪の、獰猛な金の目を持つ大男。
少佐の地位を与えるためだけに叙爵された、ろくに社交もできない成り上がり男爵。
結婚の報せが広まったとき、社交界は阿鼻叫喚に包まれた。
軍神のごとき働きをするヴィンセントを国に繋ぎとめるためだけに、皇帝が直々に整えた結婚。政略的な意味しか持たない、アウローラの意思などまるで無視のその結婚に、男たちは彼女を憐れみ、女たちはザマアミロと嘲笑った。
「お父様、今までありがとうございました」
バージンロードを歩くアウローラは、エスコートする父の手をギュッと握りながら呟いた。
「わたくし、幸せになりますね」
アウローラは笑顔で、涙ぐむ父の手を離した。
本当は不安しかないけれど、心配症の父を安心させるためだけに笑って見せた。
そして、夫となる彼、ヴィンセント・アルドリッジの無骨な手を取った。
「これから、よろしくお願いしますね。旦那様」
「……ああ」
無愛想な返事に合わそうともしない視線。けれど握る手だけはしっかりしている。
何なのだろう、この人は。無礼が過ぎるのではないだろうか。
アウローラはちらりとヴィンセントを見上げたが、すぐに不安気に目を伏せた。
この人と、うまくやっていけるだろうか。
この人は、何を求めてくるのだろうか。
結婚が決まったその日から、そんな不安がずっと心の奥に渦巻いている。
「どうぞ、こちらへ」
「……はい」
アウローラはヴィンセントにエスコートされ、壇上に登った。
壇上で優しげに微笑む神父は、二人の顔を交互に見ると、手順通りにアウローラに問いかけた。
「アウローラ・ヴァレンティア。あなたは生涯、死が二人を分かつまで、夫ヴィンセントを愛し続けると誓いますか?」
「……はい、誓います」
神父は彼女の答えに深く頷き、次に、ヴィンセントに視線を向ける。
「ヴィンセント・アルドリッジ。あなたは生涯、死が二人を分かつまで、妻アウローラを愛し続けると誓いますか?」
同じ質問。ただの形式だけの問いだ。
それなのに、ヴィンセントは何故か深く息を吸いこんだ。
そして、ゆっくりと吐き出した息と共に、声高々に宣言した。
「誓わない!」
………
…………
…………………?
騒然とする参列者たち。アウローラ自身も理解が追いつかず、助けを求めるように神父の顔を見た。
だが神父もまた、同じように助けを求める顔をして、彼女を見ていた。
「……あ、あの、旦那様。ここは『はい、誓います』と答えるところですよ」
アウローラはたまらず、そう耳打ちする。
けれど、ヴィンセントは首を横に振り、アウローラと向き合った。
真正面から見た彼は噂ほど恐ろしくなく、むしろ比較的整った顔立ちをしていた。
「よく聞いてください、アウローラ嬢」
「あ、あの………」
「俺は女性が苦手です。だから、あなたを愛することは絶対にありません」
「は、はあ……」
「いいですか?アウローラ嬢。俺はこの先、何があろうとも、生涯、あなたを愛さないと誓います!」
曇りなき眼でそう宣言するヴィンセント。
彼のあまりにも真剣な眼差しに、アウローラは思わず頷いてしまった。
「は、はい……。ありがとうございます……?」
こうして、ヴィンセント・アルドリッジは帝国で最も最低の夫となり、その妻アウローラは誰もが同情する悲劇の花嫁となった。




